「ねぇねぇ姫宮くん! サッカーやってるの!?」
依桜が小学2年生になった5月、休み時間を自分の机でボーッと過ごしていた依桜に突然話しかけてきたクラスメイトがいた。両手で机をバンッと叩き、興奮した様子で声をかけてきたのは綺麗な黒髪ロングが印象的な女の子だった。教室で誰とも関わらず過ごしてきた依桜は、その子の名前もなぜいきなり話しかけてきたかもわからず首を傾げた。
「瀬名透子! クラスメイトの名前くらい覚えといてよね! ……ってそんなことより! サッカーやってる!?」
「え……あ……えっと……今日初めてやった……です」
全てが唐突すぎて変な敬語が出てしまった。今日の体育で依桜のクラスはサッカーをやったのだが、依桜は意外にもクラスで運動神経がダントツ優れていて、なおかつサッカーの才能があったのか大活躍だった。さすがにちょっと楽しかったのを今でも肌で感じている。
「初めて!? ホントに?」
「う……うん」
瀬名さん、初めて喋ったのに勢いがすごい。思わず仰け反った依桜を放って何やらブツブツと考え事を始めてしまった。「初めてであれだけ」だとか「もしかしてすごい才能見つけちゃった」とか聞こえてくる。
「ねぇ、今日の放課後って空いてる?」
「へ? ……空いてる……けど」
「やった! じゃあ今日は私に付き合ってね!」
それだけ言うと、彼女はご機嫌な様子でどこかへ行ってしまった。まるで嵐が過ぎ去ったかのように再び依桜の周りには静寂が訪れた。まだ理解しきれていないが、どうやら放課後に何かしらの約束? をしてしまったようだ。学校が終わった後にクラスメイトと約束なんて、初めての経験だった。
「お待たせ! さぁ行こ!」
瀬名さんは本当に迎えに来た。ワンチャンからかわれてるだけかも? と思ったけれど帰りのHRが終わった瞬間こっちに駆けてきたのだからその線は薄そうだ。無理やり手を引かれ、学校を飛び出した。
「あ……あの、どこまで行くの?」
「いいからいいから!」
瀬名さんに引っ張られて歩くこと20分程、目的地に到着したのか彼女は足を止めた。
「着いた〜!」
「ここって……サッカーの……」
そう、たどり着いた先はサッカーの練習場だった。中では依桜と同年代くらいの子供たちが走ったりボールを蹴ったりして練習の準備をしているようだ。
「行くよ姫宮くん!」
「わ……! ちょ……待って」
再び手を引かれ練習場の中に入っていく。あまりたくさんの人がいるところには行きたくないが、そもそも人見知りなので断るのも難しい。
「お父さん!」
「ん? お、透子。隣は友達か」
「クラスメイトの姫宮依桜くん! それより、姫宮くんも一緒にやらせてあげたいんだけど、いいでしょ?」
サングラスをかけたガタイのいい男性。どうやらここのコーチらしい彼に瀬名さんが話しかけた。聞く限り親子だろう、怖そうに見える男性にも普通に声をかけていた。
「お前がそんなこと言うなんて珍しいな」
「えへへ……今日サッカーの授業があったんだけど、姫宮くん凄いんだよ! 初めてなのにゴール決めて、とにかく凄かった! 私の見立てならノエル・ノアを超える天才だね」
「どこで覚えてくるんだ? そういう言い回し……しかしノエル・ノアとは大きく出たな。……まぁ他ならぬ娘の頼みだ、いいぞ」
依桜の意思関係なく、何故か練習に参加することになった。瀬名さんの父親、見かけによらず親しみやすいいい人のようだが娘と似た強引さがあるようだ。まぁどうせ暇だし、体育でやったサッカーは楽しかったので流されるまま参加してみることにした。
「はい、姫宮くん! トラップだよトラップ!」
「わ……! 難しいなぁ……」
いくら運動神経が良くても、いきなり経験者の中に混ざれば上手くいくはずもない。トラップとかドリブルとか、よくわからないし難しい。悪戦苦闘していると、5VS5のミニゲームが始まった。依桜は瀬名さんと同じチームだ。
「も〜らい!」
「あ!? また透子に取られた!」
依桜はサッカーの知識をほとんど持ち合わせていないが、それでも瀬名さんの実力がずば抜けているのはわかった。ドリブルを簡単に止めるし、パスを出しても読まれてカットされてしまう。さすがにコーチの娘なだけはあった。
「ほら、いくよ姫宮くん!」
「え……! あ、あそこ……空いてる」
ゴール前、守備を固めた敵チームが密集する区域に僅かに見出したフリースペースだ。依桜はそれを一瞬のうちに見極め、敵ディフェンスの間をすり抜けてそこに走り出した。
「……! 速いな」
その動きは透子の父も見入るほどだった。僅かなスペースに正確に入り込み、なおかつ密集地帯でもスピードを落とさずすり抜ける。プロのサッカー選手でも容易には出来ない動きだろう。
(ボール来た! けどトラップ……? とかしてたら取られちゃうかも)
瀬名さんからのパスが飛んできた。せっかくいい位置に走っていた依桜だが、素人のお粗末なトラップではあたふたしている間に敵に追いつかれてしまう。かといってドリブルしても抜けるとは思えない。
(めんどくさ、撃っちゃえ)
出した答えはシュート。自分の頭上に飛んできたボールに対して狙いを定めて身体をひねり、そのまま空中でオーバーヘッドシュートを放った。ミニゲーム故にキーパーはいないので、ディフェンスの間をすり抜けていったシュートはゴールネットに突き刺さった。
『…………』
(え……? まずかったかな?)
ゴールが決まってしばらく、周りの子供たちは固まってしまった。依桜の動き、そしてシュートはとても初心者とは思えないものだった。言い換えるとするならば、“普通じゃない”。また同じコトになってしまうのかという不安が頭をよぎる。
(ボク……また……)
「すっごいよ姫宮くん! 今のゴール!」
「へ?」
「やっぱり私の目に狂いはなかったね、うんうん!」
依桜の前で飛び上がってまるで自分が決めたかのように喜ぶ瀬名さん。他のメンバーも、依桜に羨望の眼差しを向けていた。それは依桜にとっては初めての経験、誰かに褒められたのなんて産まれて初めてだ。
「そうかな? ……えへへ」
思わずにやけて情けない声が出てしまう。慌てて誤魔化そうとするが、口角が上がるのを抑えることが出来なかった。
「あ、笑った! 姫宮くん笑ったら可愛いね!」
「かわ……!?」
顔が真っ赤になって爆発しそうなほど恥ずかしい。だけどそれ以上に嬉しかった。可愛いと言われるのも初めてで、そして何より依桜が1番求めていた言葉だ。
「すごいな姫宮くん。ノエル・ノア……は言い過ぎにしてもこの才能を燻らせるのはもったいない。どうだ? 君さえよければうちのチームでサッカーをしないか?」
「え? あ、でも……その……高いんですよね? スパイク? とかも買わなきゃ……だし」
「お父さん……ごにょごにょ」
瀬名さんが父親にだけ聞こえるように耳打ちした。依桜が孤児だということはクラス内の共通認識で彼女も知っている。が、他の子供たちに聞こえるように言うことはしない。
「そうか……まぁスパイクやすね当てはOBが置いていったのがあるからいいとして……さすがに月謝は貰わないと他の子の親御さんに示しがつかないからな。……よし、一度施設に問い合わせみよう。もしダメなら俺の小遣いからひねり出す!」
「え〜、お父さんこの前めっちゃ高いトレーニングマシン勝手に買ってお母さんに怒られてたよね。しばらくお小遣いなしって」
「うぐ……ま……まぁ現役時代母さんに内緒でしてた貯金があるからな」
「それ、お母さんに言わない方がいい感じ?」
「まったく……誰に似たんだか。わかったよ、今日の晩メシは好きなとこに連れてってやる」
「やった! 姫宮くんどこ行きたい? 私焼肉! そうだ、みんなで多数決とるよ!」
「おいちょっと待て!? チーム全員で行くつもりか!?」
その時親子の会話を依桜は初めて羨ましいと思った。今までは街中で家族で出かけているのを見ても、クラスメイトが親と話しているのを見てもそんな風には思わなかった。ただ自分が普通じゃないと再認識させられるだけだったのだが。
「ボ……ボクはお寿司がいいかな」
「お寿司! いいね! せっかくだから回らないところで!」
「待て待て! せめて回転寿司にしてくれないと俺の金が無くなる!」
結局多数決で寿司に決まり、その日はみんなで回転寿司店に行った。施設の人達以外とどこかに出かけるのも初めての経験だった。そしてサッカーをやることも施設から承諾され、依桜は瀬名さんのチームである『名古屋ユナイテッド』に所属することになった。
「依桜〜! 練習行くよ〜!」
「う、うん」
「透子ちゃん、姫宮くん! バイバイ!」
「バイバイ〜!」
「バ……バイバイ」
瀬名さんはすごい。いつも元気だし、友達も多い。その影響力はそれまでクラスでひとりぼっちだった依桜がそこそこ馴染めるようになった程だ。彼女と仲良くするようになって少し経った時、依桜は瀬名さんを一日観察することにした。ただの興味本位だが、幼いながら中々のストーカーっぷりだ。
「はい、瀬名さんは今回も満点ね」
「ふふん! 当然ですよ先生!」
運動はもちろん、瀬名さんは勉強もできた。テストはいつも満点だし、授業中は積極的発言する。ちなみに依桜は全然できない。面白くないからそもそも帰ってから勉強なんてしないし、授業中もボーッとしている。宿題をやるので精一杯だ。それでも3回に1回位は忘れるが。
「透子ちゃん、今日学校終わったら家来ない?」
「ごめんかなりん! 今日も練習あるから!」
「おい透子! 早くドッヂボールやろうぜ! 昼休み終わっちゃうぞ!」
「待ってたっきー! 今行く!」
瀬名さんは友達も多い。クラスメイトで彼女と仲が悪い人なんていないし、なんなら依桜と仲良くなったことでコンプリートかもしれない。そして友達をあだ名で呼ぶ、ネーミングセンスはあんまりかもだけど……。
「あ、瀬名さん……今日の練習だけどさ」
「もう依桜! 名前で呼んでって言ってるでしょ!」
「う……うん。えと……透子……さん?」
「呼び捨てでいいって! 依桜は私のパートナーになるんだから!」
「……パートナー?」
瀬名さん……いや透子は距離を詰めるのも早かった。最初に話した次の日には名前呼びだし、ボディタッチも多い。それでもウザイとは思わないのは彼女の明るさ故だろう。
「そ! 私が守って、依桜が決める! 最強コンビになれるよ、私たち!」
「最強コンビ……」
透子の言う通り、依桜と透子のコンビはみるみるうちに力をつけていった。依桜に才能があったのはもちろんだが、彼がサッカーにハマったことが大きいだろう。
「すっげー姫宮!」
「ナイスシュート!」
依桜の生み出すプレーは奇想天外、他の誰にも想像できない依桜だけのサッカーだ。他人と違う、フィールドの外では依桜を苦しめていた要素がフィールドの中では肯定される。“普通じゃなくてもいい”、むしろ“普通じゃない方がいい”……それが依桜をサッカーにのめり込ませた要因だ。
「行くよ依桜!」
「うん、来て透子!」
そして依桜のサッカーを一番理解していたのは透子だった。彼女のサッカーは合理的、まだ2年生だというのに優れた空間認識とサッカーIQでフィールドを支配する。DFにいながら中盤まで攻めて司令塔の役割もこなす。年齢から考えれば規格外のスペックだろう。
対して依桜のプレーは直感頼りだ。サッカーの知識などほぼないので、来たボールをゴールに入れることだけを考える。才能に全振りしたまさに普通じゃありえないプレーだった。
そうして学校終わりと休みの日にはサッカーをする日々を送り、あっという間に依桜達は3年生になった。この頃には地元でちょっとした話題に上がるほどのコンビになり、試合も連戦連勝。依桜は透子の影響か少しづつ明るくなっていった。
「ねぇねぇ、これ見て! お姉ちゃんのヘアピン借りてきたんだ!」
「え〜可愛い! いいな〜!」
「…………」
1年生の頃と比べるとかなり充実した日々を送っていた依桜だが、可愛い物への憧れは消えるばかりか増える一方だった。だけどサッカーは楽しいし、前よりは今の自分を好きになれていた。だけど心のどこかにぽっかり穴が空いた感覚はずっと続いている。
「依桜! 練習行くよ!」
「……うん」
だけどこの想いを口にしたら透子に嫌われるかもしれない。そんなことないと思いたいが、しかし過去のトラウマが依桜を縛って離さなかった。このまま黙っていればずっと一緒にサッカーができる。そう決意して一生胸の奥に封印しておくつもりだった。
「ねぇ依桜、最近元気なくない?」
「え? そんなこと……ないと思うけど」
「いや、絶対なにか隠してる! 私わかるから! 何があったの?」
「あ……」
しかし黙っていようと決意したのもつかの間、透子に様子がおかしいのを見抜かれ問い詰められてしまった。透子は一度決めたら諦めが悪い。ここで話してしまうか、強引でも口を閉ざすか……この選択が今後の依桜の人生を大きく左右すると、彼はまだ知らなかった。
新英雄大戦 依桜君に選んで欲しい国は?
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