──透子はすごい。勉強も運動もできるし、友達も多い。いつも明るくてボクみたいな普通じゃない奴とも仲良くしてくれる。だから絶対離したくない、またひとりぼっちになるのが怖いから。
「ね、なんか悩んでるなら話してよ! 私は依桜のパートナーでしょ?」
「あ……えっと」
依桜は言葉を詰まらせた。ずっと胸の内に秘めておこうと心に誓った本当の想い。それをまさか今、この瞬間言わなければならないとは夢にも思っていなかったのだ。嘘は通じない。そもそも人を騙すこと自体できないし、透子は人のことをよく見ている。表情ひとつでこっちが思っていることを当ててくる。嘘なんてついてもすぐにバレるだろう。
「で、でも……言ったらきっと……ボクは透子のパートナーじゃいられなくなる」
「え? そんなに重要なことなの?」
「……うん」
依桜の返答に透子は頭を悩ませている様子だった。サクッと悩みを聞いて、一緒に解決策を探すつもりだったが思った以上に重大な悩みらしい。少なくとも自分に言うのを躊躇うくらいには。ズカズカと踏み込んでくると見せかけて、透子はそういった一線はしっかり守っている。
「本当に言いづらかったら言わなくてもいいけど……私はどんなことがあっても依桜の味方だよ。それだけは覚えておいて」
「……透子」
それだけ言うと透子はくるっと背中を向けて歩き出した。その背中は依桜には眩しすぎて、そして勇気をくれる魔法があるようだった。次の瞬間、依桜は無意識に口を開いていた。
「あのさ……ボク──!」
気づけば依桜は自分の今までの人生で感じた全てを話していた。本当は可愛いものが好きで可愛い服を着たいし、髪も伸ばしたい。だけど普通男の子はそんな事しないと周囲に言われ、いつしかその想いを封じ込めていたことを。透子とサッカーをやるのは楽しいけど、いつも心のどこかにポッカリ穴が空いたような感覚だったことも。後から考えたら別に言わなくてもいいかも? と思うようなことも全て話していたのだ。
「ごめん……変だよね……気持ち悪いよね」
気づいた時には思ってること全部言ってしまっていた。後悔の念がじわじわと湧き出てきて、咄嗟にその場を離れようとする。
「待って!」
「……!?」
「すっごいいいと思う! 依桜可愛いし、絶対似合うって! 私見てみたいもん!」
離れる依桜の腕を強引に掴み、自分の元へと手繰り寄せる。絶対逃がさない、そんな強い精神が感じ取れる行動だ。
「で……でも、ボクは男だし……そんなの変だよ……普通じゃない」
「別に良くない? 自分のやりたいことやるのが一番でしょ。私だって女の子なのにサッカーに夢中になるのおかしいって言われることあるけど、そんなのどうでもいいもん」
ね! と笑う透子を前に依桜は呆気に取られていた。変に同情するわけでも、慰めるわけでもない。本心からの言葉が今の依桜にはとにかく嬉しかった。
「あ、なんならランドセル交換しない? 私ピンクより黒の方が好きなんだけど、お母さんがピンクにしなさいってうるさかったから……依桜が使ってくれるなら嬉しい!」
「透子……」
「約束! 私たちは何があっても私たちらしく生きる! それでW杯で優勝して世界最強コンビになろうよ!」
気づけば号泣し、透子に抱きついていた。今まで許されないと思っていた生き方、自分らしく生きることが初めて肯定された瞬間だった。普通じゃなくてもいい、自分たちらしければそれでいいと。その時、依桜の目には透子が神様にも見えた気がした。
「依桜、髪伸びてきたじゃん! 可愛い!」
「えへへ……そうかな?」
それから依桜は心のままに生きた。髪を伸ばし、可愛い服を着て女の子とアクセサリーやメイクの話をする。最初はクラスメイト達は困惑していたが、依桜が透子の一番の親友というのはクラス全員が知っていたので割とすんなり受け入れられた。それほど透子はクラスで絶対の信頼を獲得していたのだ。
「お、見ろあいつだよ」
「やーい! 男のくせにスカート履いてる! 変なの〜!」
「コラ〜!!」
ただやはり他のクラスの子供から理解を得るのは難しく、よくからかわれたり酷い時はいじめとも言える仕打ちを受けていたが、その時は透子が助けてくれた。サッカーで鍛えられた蹴りはそこらの男子よりも遥かに強力だ。
「あはは♪ やりすぎって怒られちゃった!」
「ごめん透子……ボクのために」
「いいのいいの!」
いつもは上手いこと加減するのだが、今回はそれが効かなかったようで相手の男子に少し怪我をさせてしまったらしい。無論悪いのは向こうなので、怒られるだけで済んだが自分のせいだと自覚する依桜は責任を感じていた。
と、そんなこんなで依桜と透子は小学生6年生になった。この頃になれば他クラスの生徒たちも依桜についてなにか言うことはほとんどなくなっていた。それどころか、下の学年の依桜を知らない生徒から告白されることすらあった。女子に混じっても違和感がないどころか、女子を含めて学年で一番可愛いという声を聞くほどだ。
「はい残念、こっちだよ」
「上ッ……!?」
そしてサッカーの方も全国のクラブが参加する大会で優勝するほどに成長していた。透子が守り、依桜が攻めるという黄金戦術は小学生の域を遥かに凌駕する完成度だ。
「依桜ってさ、試合中人変わるよね」
「え!? そうなの?」
「まぁ私にかわからないだろうけど、ちょっと怖いというかなんというか……」
「何それ?」
しかし依桜も透子の言うことに心当たりがあった。依桜は今まで純粋にサッカーが楽しいからやってきたが、最近何故楽しいと思うか自覚するようになったのだ。
「おい! そいつ止めろ!」
「できるならとっくにやってるよ!」
「何やってんだお前ら!」
依桜のプレーで崩される敵ディフェンス。相手がFWを止めるために積み重ねてきた努力を全てぶち壊すのが快感だった。まるでおもちゃ箱を全てひっくり返した時のような、遊びが無限に湧き出てくる。ドミノやジェンガ、合体させた戦隊ロボのおもちゃを一気に崩す感覚に近いかもしれない。それにこいつらは全員普通な奴らだ、それを普通じゃない自分がぶっ潰す。ここでは普通じゃないことが肯定されるのが居心地が良かった。
そんな自分の中のちょっとやばいかもしれない感覚を自覚つつあった頃、依桜は中学生になった。制服は男子用だが、透子のスカートと自分のズボンを交換したので問題ない。ブレザータイプなので違和感なく着こなせた。
「ねぇ依桜、入部届け出しに行こうよ」
「OK」
透子の父のチーム、名古屋ユナイテッドは小学生までのチームだ。なので依桜たちは中学のサッカー部に入ることにした。ここ星章中学校サッカー部は全国出場も経験している強豪校なので不満はない。そして早速初練習の日になったのだが。
「1年は俺らがいいというまでボールを磨け! 腕がちぎれようがやめるんじゃねぇぞ!」
サッカー部は強烈な年功序列……というか3年生のパワハラがやばいところだった。1年生はボールすら蹴らせてもらえず、何時間も延々と掃除をやらされていた。当然最初は文句を言っていた1年生だが、キャプテンでエースストライカーである北野先輩が1年を1人ゴール前に立たせ。
「オラ!!」
「ごぇ……!!?」
彼の腹に強烈なシュートをぶち込んだ。的になった選手は地面を転がりながら、呻き声を漏らしてゲロを吐いている。その恐ろしさは圧倒的であり、1年生は全員黙り込んでしまった。その日以来、面と向かって文句を言う者はいなくなった。一人を除いて。
「先輩、ちょっといいですか?」
「あ?」
1年生入部から二週間が経った頃、声を上げたのは透子だった。磨いていたボールを片手に持ち、北野の真正面から抗議した。
「いい加減ボール磨きとか掃除とか、飽きたんで練習させてください」
「黙ってろ無能雑用。おめぇらは俺らが卒業するまで永遠にボール磨きだ」
「無能はそっちですよね? 正直先輩のプレー、大したことないと思いますけど」
「てめ……!」
いきなり一年、それも女に歯向かわれて北野は相当プライドに触ったようだ。周りの目があるのも忘れ、透子に殴りかかってきた。
「透子!!」
「だいじょぶ!」
「な!?」
しかし透子。間一髪のところで北野の拳をかわすと、逆に彼の足に蹴りを入れ転ばせることに成功した。一連の流れを見ていることしか出来なかった依桜はほっと胸を撫で下ろした。
「勝負しましょう先輩、私たち1年と1軍レギュラーで。私たちが勝ったら練習に参加させてください」
「ぐ…………はは! 身の程知らずってのはこのことだな。ボコボコにして先輩の威厳を思い知らせてやるよ」
恥をかかされたことで頭に血が昇ったのか、二つ返事で了承された。かくして1年生VSレギュラーの試合が3日後に行われることになった。最初は参加を躊躇していた1年だが、どの道やらなかったら地獄だと透子に説得されて渋々ながら参加を決めた。
「逃げずに来たのは褒めてやる。格の違いってのを教えてやるよ」
「そっちこそ、負けた時の言い訳を考えておいてくださいね」
そして試合当日、噂を聞き付けた生徒たちが見守る中試合が始まった。1年生側は透子をCBに置き、依桜がワントップを務める布陣だ。レギュラー側のキックオフで始まり、北野がドリブルで突進してくる。
「どけぇ!」
「う……鬼フィジカル!?」
チーム一の巨漢である北野のフィジカルの前では小手先のテクニックなど無意味、中盤を突破し一人で突き進む。
「大丈夫! 練習通り人数かけてプレスだよ!」
『おう!!』
「!!?」
対する1年チームは人数をかけたプレスで強引に北野を止めようとする。さすがに二人、三人と来られると彼でも突破するのは厳しい、故にパスを出す選択に切り替えた。
「速い!?」
「超速パス回し!?」
「バカが! 個人技だけだと思ったか!?」
さすがに全国経験チーム、パスのコンビネーションも超一流。急造の1年チームではボールに触れることも出来ない。
「見え見えですよそのコース」
「……てめ!?」
「タックルしたいならラグビーやってな!」
誰にも止められないと思われたパスワークを透子が止めた。フィールド全てを見渡し的確な位置にポジショニングし、北野へのパスをカットしたのだ。挑発混じりに舌を出し、これまた煽るようにウィンクをした。
「行くよ! 速攻カウンター!」
「チッ……!」
元々話し合っていたのか透子がボールを奪った瞬間、1年生がゴールに向かっていっせいに駆け出した。それに合わせて透子がボールを蹴り出そうとするが……
「そんな付け焼き刃のカウンターが通用っすっかよ!!」
だが前線の1年達にはディフェンスが早々とマークがついている。これではせっかくのカウンターチャンスが無駄になってしまう。
「残念♪ 私の狙いはその奥だよ!」
「な!?」
透子はカウンターで動き出した選手ではなくさらにその奥、一人初めからゴール前に残っていた依桜にパスを出した。しかし当然依桜にもマークが複数ついている。
(さっすがに寄せ速いね。トラップしてたら取られそうだし……そうだ!)
相手の素早い寄せを考慮し、一度オーバーヘッドの体勢でボールに触れ右に流す。そして着地と同時に身をひるがえし、ディフェンスの間をすり抜け流したボールにたどり着いた。
「は!? なんだそのプレー!?」
「ぐぇっ……!」
「あはっ! 壊れた壊れた!!」
依桜の予想外すぎる動きに翻弄され、味方同士激突し転倒するDFたち。そんな彼らを嘲笑うかのように笑みを浮かべると、依桜はキーパーと一対一の状況に持ち込みシュートを放つ。ゴール左隅に正確なシュートが決めり、1年生組に先取点が入った。
「ナイシュー姫宮!」
「俺たちが先制……行けるぞ!」
ここまで上手くいくと思っていなかったのか大はしゃぎする1年組。対してレギュラーチーム、特に北野は屈辱で唇をかみ締め今にもはち切れそうな程に血管が浮き出ている。ブチギレているのは誰の目からも明らかだろう。
「ぶっ潰してやる……クソゴミ共!!」
「プレーが単調になってますよ。頭冷やしてきたら?」
「こんのクソ女が……!!」
しかし冷静さを欠いたドリブルでは透子を突破できない。あっさり北野からボールを奪った透子はさっきとは違い前線にパスを出さず、ドリブルで攻め上がっていく。
「コイツドリブルも出来んのかよ!?」
「止めろ! そんな女一人ぶっ潰せ!!」
透子1人に寄ってたかってディフェンスが集結する。いくらなんでも無理だろと全員が思った時、透子はノールックで真横にパスを出した。
「崩すよ依桜」
「おっけ……楽勝だね」
依桜だ。彼に一旦ボールを預けた透子がディフェンスを突破し、再び依桜からボールを受け取る。そして次が来る頃には依桜は透子の周りを持ち前のスピードで撹乱し、見事なパスワークで敵陣深くまで切り込んでいく。このコンビの攻撃を誰も止めることが出来ず、あっという間にゴール前にたどり着いた。
「これで最後、決めちゃえ依桜!」
「うん、めっちゃいいとこ」
「舐めんな! 確かにいい攻撃だったのは認めるが、読んでんだよこのパスは!!」
「!!?」
依桜がシュートを撃とうとした瞬間、シュートコースに北野が身体を入れてきた。ギリギリではあるが、何とかシュートを阻止できる位置だ。しかし依桜はそんな彼を見てもなお足を振り抜いた。
「バカめ! ギリ届…………!?」
「くふッ……! 残念だけど届かないんだよねこれが」
(シュートが……加速しやがった!?)
依桜の必殺シュート……
新英雄大戦 依桜君に選んで欲しい国は?
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