(俺に何が足りなかった……?)
白熱する試合。フィールドはもちろん、ベンチや配信で視聴している全世界のサッカープレイヤー達も湧き上がっている中で雪宮は呆然と試合の流れを眺めていた。視界には映っているが、情報としては脳みそに入ってこなかった。あるのは後悔のみ、自分は世界一のストライカーにはなれなかったと絶望に打ちひしがれてる。
(……神さまなんていなかった。俺は姫宮依桜という女神を引き立てるためのただのモブでしかなくて……俺の人生も……アイツの輝きの前に消える
姫宮依桜という絶対的才能の前に雪宮の心は折られていた。自分が世界一のストライカーになると信じて疑わなかったのに、今はその未来を見ることができない。
「カイザー!」
(次は決める……! ゴールまで30m、止めて撃てば
「一瞬の隙が命取りです!」
「く……!!」
ネスからのパスを受け、今度はボールを止めてマグヌスを撃とうとするカイザー。しかし試合中にボールを止めるなど悪手でしかなく、読んでいた二子にボールを弾かれてしまった。
(アイツも俺と同じ……姫宮に堕とされた脇役。新世代
無様に這い蹲るカイザーに雪宮は自分を重ねていた。恐らく自分もあんな惨めな醜態を晒していたのだろう。想像するだけで死にたくなってくる。
「凡ザー様、勝手に潰れてくれて好都合や」
「ヤバ……姫宮に上げられる!」
「まだだ、女王潰しぃ!」
二子が弾いたボールを確保した烏。そのまま流れるように依桜に浮き玉のパスを供給する。パスに反射し走る依桜に再び五十嵐がマリーシアを狙いに立ち塞がった。
「そんなの二度と通じないし♪」
「クソッッ……! またオーバーヘッドパス……! 人間業じゃねぇって!」
それに対し依桜は再びシュートではなくパスを選択した。しかし今度は玲王ではなく、敵対しているはずのカイザーへのパスだ。これには依桜以外、敵味方関係なく驚愕した。
「な……!?」
「姫宮がカイザーにパス!?」
パスを受けたカイザー本人でさえ呆然とした顔をしている。そんな彼に向けて、依桜はとびっきりの笑顔で言葉をぶつけた。
「ほら、遊んであげるから頑張ってよ雑魚玩具♡」
「……ッッ!!!」
依桜の煽りにカイザーは言葉にもならない怒りを覚えた。血管が破裂するかと思うほど全身に力を込め、ボール左下を全力で撃ち抜く。
「クソお邪魔しますOK?」
「不快クソ金歯……!!」
「だぁ! いでぇ……!」
しかしカイザー渾身のシュートは飛び込んできたロレンツォの顔面ブロックで防がれてしまった。怒りで周りが見えなくなり、動きが単調になっている。それは誰の目にも明らかだった。
(今の姫宮にはフィールドにいる全ての選手が玩具同然……俺たち下界の民は女神の気分一つで簡単に奈落に堕とされるのか)
気づけば雪宮の視線は依桜に釘付けになっていた。依桜によって堕とされたカイザー、次は誰が犠牲になるのかとある意味俯瞰して試合を見ている。
(……あれ?)
その時だ、雪宮が何かに気づいた。相変わらず動き回る依桜だが呼吸が荒いし、心做しか身体が軽く痙攣しているようにも見える。雷市や時光程じゃないにせよ、ブルーロック内でも依桜は体力のある方だ。試合開始からまだ30分も経っていないのに、異常と言える。
(いくら動き回ってるからって……アイツがもう息切れ? なんで……?)
「気がついたか?」
「……! スナッフィー……」
その時、いつの間にか移動していたのか隣にスナッフィーが立っていた。あくまで視線はフィールドに向けつつも、彼は雪宮に語りかけてくる。
「人間が死の淵に立たされた時に起こる防衛現象。周囲の動き全てがスローモーションに見える……脳の限界を超えた力を彼は使い続けてる」
「……え?」
「俺は医者じゃないからなんとも言えないけど、あの様子だと持って残り2、3年ってとこだろうね」
突然のことに雪宮の思考が固まった。スナッフィーの言葉は情報の最低限を切り取っただけのものだが、口ぶりから大体のことは察せる。つまり、姫宮依桜の寿命は……
「あんまり俺の口から言うべきことではないだろうけど、姫宮依桜……彼は命を削ってサッカーをしてる」
「命を……」
「雪宮、君の眼のことは絵心から聞いてる。相当苦労してきただろ? 君に時間がないことはよくわかってる……でも、そこで思考を止めちゃダメだ。君が君自身を主人公だと思っているように、人は誰しも主人公なんだ」
「……主人公」
雪宮は自らを振り返った。確かに自分は自分自身を悲劇の主人公のように思っていた。そして、ドラマや映画のように試練の先に必ず報われる道があるのだと。だけどそれは半分正解であり、半分は間違いだった。
「……俺と俺の親友もそれを勘違いしてしくじった」
「親友……ミック・ムーン選手のことですか?」
「ああ、あの頃の俺たちは自分たちこそがこの世界の主人公なんだと信じて疑わなかった。俺たちこそが最強だと……だが、そうやって思考停止している内に下の世代の主人公たちは成長を続け……いつしか俺たちは脇役に成り下がってた。結果……ミックは死んだ」
人は誰しも自分の人生の主人公だ。しかし、人生という物語は必ずしもハッピーエンドで終わるとは限らない。バッドエンドで終わる物語も山ほどある。それは何故だろうか?
「……話が長くなったな。要するにだ、今ここには自分を主人公だと信じて戦う選手たちが集まってる。だけどこの試合の主役の座は一つだけだ。その座を賭けて主人公たちがシノギを削る……当然、自分の物語だけに酔いしれて他人を見れない奴は堕ちていく」
(そうか……俺は、俺がこの中で一番努力してると……一番重いものを背負って戦ってると思ってた。だけど天才だと思ってた姫宮にも背負ってるものがあって、それはきっと大小関わらず全員同じなんだ)
雪宮は自分の物語だけに酔いしれていた、正にスナッフィーの言う通りだ。その結果自身の能力を過信し、依桜に挑みズタボロに叩きのめされた。完全に自業自得だったのだ。
ピ──ッッ!!
試合の方ではボールがタッチラインを割り、ユーヴァースのスローインで再開されようというところだった。スナッフィーは選手交代の意を表明した後、雪宮に視線を移した。
「ラストチャンスだ雪宮。このワンプレーで結果を出せなければ俺は二度と君を使わない。君の物語はここで終わる……それでもやるかい?」
「……やります! やらせてください!」
再びやってきた出場機会。しくじれば全てを失うギャンブルだが、今の雪宮にやらないという選択はなかった。さっきまでの彼と今の彼とでは見えている景色が全く違う。覚悟を決め、雪宮はフィールドに再度足を踏み入れる。
「おかえりユッキー。少しは頭冷えた?」
「凪くん……みんな……ごめん!」
「……!」
雪宮はフィールドに入って早々、凪たちに向けて深々と頭を下げた。驚いた彼らは顔を見合わせる。
「勝手なことをしておいて厚かましいと思われるかもしれない。だけど頼む、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか!」
「……」
その場に沈黙が訪れた。なおも頭を下げ続ける雪宮、その場で一番最初に口を開いたのは二子だった。
「まぁ、あんなの
「だな。むしろユーヴァースじゃそんなのなかったから懐かしかった」
「……OK、ユッキー」
黒名、凪と次々言葉を紡いでいく。雪宮の独断専行には驚いたが、こうやって頭を下げられても許さない程頭が固い人間達ではなかった。
「ありがとう……!」
深く礼を伝えると、雪宮は自身のポジションへと歩いていく。これがラストチャンス、人生が終わるかもしれない正真正銘の崖っぷち。しかし不思議なことに恐怖はなかった。
(行くぞ……!)
頬を叩き気合を入れた。あと1点失えば終了の背水の陣、そんな中でユーヴァースの反撃が始まる。
ユーヴァース Newformation
ユーヴァースのスローインから試合再開。ユーヴァースは交代して戻ってきた雪宮は使わず、従来通りのデザインでボールを前線に押し上げている。
「四面楚歌っしょユッキー?」
「……」
そんな状況を日不見に煽られるが、雪宮は顔色を変えなかった。今はまだ待てと己を静止している。やるべき時は必ず来ると。
(コイツら、ボールロストを防ぐためにちょっとずつパスを回してる。やりにくいな)
状況を俯瞰して見れている玲王は思わず心の中で愚痴を漏らした。突っ込んでもパス回しで簡単に避けられるし、積極的に攻めてこないのでこちらからできることも無い。
「今です!」
「OK、ゴーゴー」
「……!? コイツら、急にスイッチ入れてきやがった!」
中央、二子にボールが渡った瞬間ユーヴァースが一気に攻勢に出てきた。二子から黒名へとボールが流れ怒涛の攻めを展開してきた。
「速……!」
「クソ! パスコース阻止!」
柊を中心に周囲を囲む黒名、西岡、超の連携で速攻を仕掛けてくる。そしてフィニッシャー凪は最前線でボールが来るのを待っている。
「行かせへんで凡ポニテ」
「しつこいですねぇ殺し屋さんは」
烏にマークされた柊はワントラップの後ボールをバックヒールで背後に戻した。そこにはいつの間にロレンツォが走り込んでいる。彼はボールを持つとゾンビステップで中央突破を図ってくる。
「止める!」
「クソ阻止る……!」
「来たねぃ仲良し主従コンビ」
自身を止めに来たネスとカイザーを見て、ロレンツォはすぐさま凪へのパスへと切り替えた。一瞬だがフィールドの視線はロレンツォに向いており、凪はフリーだ。
「追いつく! リニアカー!」
「バレバレなんだよその策!」
「ありゃ、また来たのお二人さん」
凪の前に再び立ちはだかる斬鉄と玲王。パスコースはない、読みの玲王と速さの斬鉄なら凪を封殺できるだろう。
「しょうがないな、持ってけユッキー」
「……雪宮!?」
「消えてたはずじゃ……!?」
しかし凪はロレンツォからのパスをダイレクトで左サイド、雪宮へと送った。誰も警戒していなかった暴走ドリブラーへのパス。これには玲王や斬鉄も面食らっている。
「ありがとう凪くん、恩に着る!」
ゴールまでは40m程ある。まだ狙える距離じゃないが、少し持ち込めば雪宮のシュートテクで決められる距離に入る。
「懲りないねユッキー♪ またボクに遊ばれたいの?」
「……姫宮!?」
だが雪宮の進路に依桜が立ち塞がった。誰も予期していなかった雪宮へのパス、それに反応し最短で走っていたのだ。先程ズタボロに負けた相手を目の前にし、雪宮の思考は加速した。
(落ち着け……まずは認めろ、受け入れろ! 今の俺じゃどう足掻いてもコイツには勝てない! ならどうする……姫宮に勝てない今の俺が、それでも手に入れたい物はなんだ……!? スナッフィーが与えてくれたこのラストチャンスで……俺が本当に欲しい物は……!)
「来なよゴーグルマン♡」
(黙れ……! 例え
「は……? もう撃つ!?」
ゴールまでの距離実に40m。しかし雪宮は依桜とマッチアップする前にシュートを放った。逃げながら落ちていく、雪宮得意のジャイロシュート。しかしこの距離だ、キーパーバッハマンは意表を突かれながらもシュートに反応していた。
「さすがに無理筋だろ! 届く!」
(行け……! 姫宮の加速するシュートから着想を得た、一か八かの
「な……!? 落ちながら、加速!?」
雪宮のジャイロシュートはなんと依桜のプリンセス・ストライクのように落ちながら加速した。この変化球に反応出来なかったバッハマンの横を抜け、シュートはゴールへと突き刺さる。
「刺せ、貫け……!!」
GOAL!!!
『な、凪誠士郎のアシストからの……雪宮剣優のウルトラゴールで……!! ユーヴァース遂に1点を返しましたァァ!!』
「……ッッ!! っっしゃァァァ!!」
「ユッキー!! スーパーゴール!!」
「シャッハー! ユッキー面白OK♪」
「ナイスナイス!!」
こだまする雪宮の咆哮と、彼を取り巻き喜ぶユーヴァースの選手たち。ロレンツォが一番に雪宮に抱きつき、黒名や五十嵐もそれに続いた。
「今の姫宮くんに勝つなんて……とんでもない快挙ですよ雪宮くん」
「……! それは違うよ、俺は姫宮には勝てなかった……だけどその現実から目を背けずに向き合った……それだけさ」
「何カッコつけてやがんだよコノヤロー!!」
「ちょ……やめて五十嵐くん」
二子の言葉を雪宮は真っ向から否定した。依桜には勝ててなどいない。勝負から降りて、別のルートからゴールを目指しただけだ。少なくとも、これが今の自分に出来る精一杯。
「……姫宮。さっきは失礼なことを言って悪かった」
「!」
「俺は俺の物語だけに酔いしれて……お前の苦労を知ろうともしなかった。アレで勝っただなんて思ってない。結局俺は……お前との勝負から逃げて、シュートをパクらなきゃゴールを決められなかった」
チームメイトを振り切った雪宮は依桜の元へ行くと、彼に対する失礼な言動を謝罪した。あのプレーで勝てたとも全く思っていない。それを依桜は黙って聞いていた。
「凄いよ、お前。今の俺じゃ足元にも及ばない……」
「別に……気にしてないからどうでもいいよ。言ったでしょ? ボクが興味あるのはボクとやり合える強い奴か、ボクに従う下僕だけって」
依桜はそう言うと雪宮に近づき、満面の笑みで覗き込むように雪宮の顔を見た。
「さっきまでのユッキーはどうでもよかったけど、今のユッキーはボク結構好きかも♪」
「……へ?」
覗き込んでくる依桜の顔を見た瞬間、雪宮の顔がどんどん赤くなっていった。それは周囲から見ても一目瞭然であり、何より本人も顔が熱くなっているのを自覚している。
「え? なんで赤くなってんだ?」
「これは……まさか」
「惚れた? 惚れた?」
「おー、シュートだけじゃなくて恋にも堕ちたのユッキー?」
「ガチ恋OK?」
「恋愛占いは専門外だけど……勉強しておくか」
「ちょ……! ちがっ……!!」
みるみる赤くなる雪宮を取り囲んで茶化すユーヴァース。否定するも顔を熱さと胸の高鳴りを止められない雪宮。そんな彼らを放ったらかしにし、依桜は物思いにふけっていた。
「あ〜あ、油断した。すぐに調子に乗る癖治さないとな〜」
ため息を吐き、反省する。強くなったのは間違いない、しかしそれで油断してやられていては本末転倒だ。今回は直接負けたでは無いにせよ、目の前でゴールを決められては当然悔しい。
「ウッッ……!! ゲホッッ!!」
その時だ、依桜の視界がぐるぐると歪んだ。口の中を鉄の味と匂いが包み、視界は赤黒く染まっている。脳みそのリミッターを限界以上に引き出すのは、思っていたよりもずっと過酷だった。体力の限界はすぐそこまで来ている。
「いいじゃん……油断してたバカにはちょうどいいクスリでしょ。残り1点、絶対ボクが決めて世界をひっくり返してやるんだから!」
だが依桜は立ち止まらない。もう止まれない。世界一のストライカーになるか、死ぬか。依桜が立ち止まるとしたその二つだけだ。雪宮のゴールでまた乱れた戦場で、死に際に立たされた女王は血を拭いながら笑うのだった。