「くッッ……!」
依桜のスーパーゴールを目の当たりにして、ベンチのカイザーは歯を食いしばった。マグヌスを奪われ、飼い犬を取られ、彼のプライドはズタズタだろう。
「……」
そんなカイザーをノアはどうやら気にしているようだった。依桜に語ったようにノアは強敵を求めてこのリーグに参加した。そして当初はカイザーがそうなってくれると思っていたが、依桜が予想外の成長を遂げた。現時点でどちらが上かは言うまでもない。
(そうだ、そのエゴと戦え。進化はその先にしかないぞ)
しかしノアはカイザーへの期待を捨ててはいなかった。依桜がカイザーに与えた不自由を糧に出来れば、彼は更なる高みへ行ける。依桜と並びいつの日か自分に立ちはだかってくれると、ノアは密かに期待しているのだった。
「なんか今の姫宮見てっと、初めて凪達と戦った時のこと思い出すな」
「あー、一次選考の時のチームV戦か。懐かしいな」
試合が再開される前、千切が潔と蜂楽に語りかけた。依桜の圧倒的才能を見せつけられたこの状況は、未知の天才である凪誠士郎と初めて戦った試合に近い感覚を覚える。
「確かにあの時の凪っちやばかったからね。このワクワクも似てるかも♪」
「ああ、俺達も負けないくらいスーパースペシャルにならないとな」
「甘いよちぎりん! 今の俺達ならもっと凄い、ウルトラスーパースペシャルになれる♪」
フランスのボールで試合再開。ボールを持った蜂楽は先程のように右サイドからではなく、中央を駆け抜けていく。
「行っくぜ女王と下僕達!」
「……!?」
「また単独突破か蜂楽……!」
まずは玲王が蜂楽とマッチアップする。蜂楽のドリブルの厄介さは嫌という程わかっているので、警戒心はMAXだ。
「同じ手が通用すると思うなよ?」
「わかってるよお坊ちゃん!」
(……! トップスピードのまま……マルセイユルーレット!?)
蜂楽はドリブルの速度を落とさず、華麗な技で玲王を抜き去った。今までの蜂楽よりも更に強気なドリブルスタイルだ。
「アンタの思い通りはならないよロキ! 自分の世界に入りすぎるのが俺の弱点なら、相手もこっちに引きずり込むべし!」
「なるほど……そう来ましたか、蜂楽廻」
ロキに言われた己の弱点。それを克服するのではなく、相手もその領域に強制的に入れてしまう。ロキの超加速からヒントを得た蜂楽廻の新たなテクニックだ。
「行かせませんよ、蜜蜂さん」
「ヤろうぜ魔法使い!」
蜂楽VSネス。MFとしては最高クラスのネスだが、DF能力もまたトップ選手のそれだ。しかし蜂楽はまたもやトップスピードからの高速フェイントで彼を瞬く間に抜き去った。
(……!? 上手い……!?)
「舐めんなやお前ら! そいつは複数人で行かんと止められへんぞ!!」
「そーゆーコト! ま、何人で来ても止まんねぇけど!」
烏の号令でバスタード・ミュンヘンの空気が引き締まった。蜂楽廻という怪物はフィールドの中央を突き進み、確実にゴールへと迫っている。
「時間稼がせてもらうで蜂楽!」
「うげ……邪魔烏」
1on1で蜂楽を完全に止め切るのはいくら烏でも不可能。故に必要なのは足止め、少しでも時間を稼ぎ味方の守備を強化する。そして……
「ナイス時間稼ぎ♪」
「いてまえ女王」
「マジかお姫さん……!」
数秒の烏の時間稼ぎ。しかしこれはバスタード・ミュンヘンにとっては大切なものだ。おかげで依桜が割って入り、ボールのカットに成功したのだから。
「流れ止めんな! P・X・G!」
「……! ナイスちぎりん♪」
依桜が弾いたボールはラインを超えて外に出ると思われたが、千切がギリギリのところでフィールド内へと戻した。ボールはシャルルが確保、フランスの反撃はまだ続くことになる。
「ど・こ・に・出・そ・う・か……な♪」
「激イキドッビュン!!」
シャルルは最前線を走る士道にドンピシャのパスを送る。彼の身体能力を持ってして、ダイビングヘッドでギリギリ届くかという際どい球だ。
「久しぶりだな悪魔野郎……!」
「……あ? 誰だっけお前?」
「お前に人生潰された……器用貧乏クソボンボンだよ!」
しかしそのパスが玲王がカットした。彼は二次選考で士道に敗北し、ワイルドカードで復活した経緯を持つ。リベンジするには十分すぎる理由だろう。
「ぬりぃんだよ
「挟むぞ日不見!」
「言われなくってもやってるよワニワニちゃん!」
ルーズボールをかっさらったのは凛。そのままシュートモーションに入るが日不見と鰐間に挟まれてしまった。
「邪魔だクソ雑魚共……!」
「くぉ……!? シュートフェイク!?」
「チッ……!」
しかし凛は一度シュートフェイクを挟むことで無理やりコースをこじ開けた。ギリギリ反応してきた日不見がファウル覚悟で止めに来るがそれをも凛はかわしてみせた。
「はいダメ〜!」
「……!?」
だがその一瞬の隙で依桜が間に合った。スライディングで凛のシュートを弾くと彼を見てウィンクしながらケタケタと笑う。
「もっとベロベロしなよりんりん! そんなんじゃ大好きなお兄ちゃんに捨てられちゃうぞ♪」
「ほざけぶち殺す!」
弾かれたボールは再び誰の手にもないルーズボールに。それを確保しようと全員が動く中、最初に触れたのは氷織だった。
「やっぱレイドボス倒すには……手数で攻めるのが一番やな」
中盤でパスコースを探す氷織。ど真ん中に出してもさっきみたく依桜や玲王に防がれる。
「うん、そこやな潔くん」
「ナイス氷織」
同じメタ・ビジョンを持つ者同士の思考共有。抜け出した潔にドンピシャのスルーパスを送る。後は潔の代名詞であるダイレクトシュートをぶち込むだけだ。
「バレバレや魔王……!」
「……!?」
しかしそのパスコースに烏が入り込んできた。一番危険なのが潔だと分析し、対策していたのだ。これにはさすがの魔王も驚きを隠せない。
「ああ、そう来ると思ってたぜ害鳥」
「よそ見厳禁だよ烏っち!」
(な……!? 蜂楽……!? しまった……潔に気を取られて……!)
なんと潔は囮、烏を引き付けて蜂楽への警戒を軽くするのが狙いだったのだ。烏の更に前でパスを受け取った蜂楽はそのままゴール前に切り込んでいく。
「チッ……! 攻撃パターンの引き出し多すぎやろ!」
「……文句言ってる場合じゃない」
灰地が蜂楽にスライディングを仕掛けるが、これもかわしゴール前へと抜け出す。後は依桜との1VS1を制するだけだ。
「いいねハニーちゃん! ボクとヤる?」
「望むところっしょ!」
ドリブルの速度を落とさず依桜に突っ込んでいく蜂楽。ルーレットからのヒールリフトで抜きにかかるが依桜は惑われることなく的確についてくる。
「こんなんじゃボクには勝てないよ!」
「なら……これでどうよ!」
(足にボール乗っけたまま回転……!?)
蜂楽の超絶テクにさすがの依桜も一瞬怯んだ。しかしすぐさま反応し、ボールにつま先を掠めることに成功した。蜂楽の足から離れたボールはコロコロとフィールドを転がっていく。
「まだだ……行け蜂楽!」
「……ちぎりん!?」
今度は猛ダッシュで千切がボールに触れた。依桜の裏を抜けるパスとなったそのボールだが、依桜はこれにも反応してしまった。ボールは宙に浮き、またもやこぼれ球となる。
「惜しい♪」
「な……!? マジかよ……!」
「いや、ナイスランだお嬢」
「潔……!」
「決めろ怪物!」
「最ッッッ高だお前ら……!」
こぼれ球にいち早く反射した潔がダイビングヘッドで蜂楽にラストパスを送った。ワンバンドしたボールに蜂楽が空中ボレーでシュートを叩き込む。
「さっすが、やるじゃん♡」
「ボン!」
GOAL!!!
蜂楽のボレーシュートはGKバッハマンの横を抜け、ゴールネットへと叩き込まれた。一瞬の静寂の後、世界中が熱狂の渦に飲み込まれる。
『ご……GOAL……!! なんというゲームだ!! 絶対女王姫宮依桜から得点を奪い……フランスが同点に追いついたァァ!!』
「ナイシュー蜂楽!!」
「やるじゃねぇかコイツ!!」
「にゃは♪ ウルトラスーパースペシャルっしょ!!」
千切と愛空が蜂楽に駆け寄り喜びを分かち合った。姫宮依桜からゴールを奪った、それだけで金賞ものだ。それに対しゴールを奪われたドイツ側は緊張感を増している。
「すまん姫宮、カバー間に合わなかった」
「上手いこと崩されたな……クソ」
「やってくれるやんけ大非凡共」
「ま、これくらいやってくれなきゃ困るし♪」
斬鉄や玲王、烏が各々思うことを口にする。そして点を決められた当の依桜だが、どうやらあまり気にしていないようで、逆に笑みを浮かべている。まだ余力があるからなのか、それとも敵は強い方が嬉しいのか。
(いや……今のゴールじゃダメだ。蜂楽の挑戦から始まって、シャルルのパスから士道と凛が敵陣に風穴を開け……そして混乱に乗じて
同点に追いついたことで盛り上がるフランスチームの中、潔は一人今のゴールを分析していた。その結果導き出された結論は、中々に手厳しいものだ。
(あれをもう一回やれって言われても絶対無理……あの瞬間、全員がトップパフォーマンスを発揮してそれがたまたま噛み合ったに過ぎない……! 姫宮からもう一点、いや二点奪うには……再現可能な理論を見つけなきゃダメだ……!)
「どうした、潔?」
「……喜ぶのは今この瞬間で終わりにしろお前ら。再現性のないゴールで勝った気になってたら瞬殺されるぞ、相手は姫宮だ」
「……!」
千切の問いに潔は冷静に答えた。その迫力は並ではなく、千切ですら少し怯んでしまった程だ。もの凄い集中力と思考、それは見ただけで感じ取れる。
「魔王様にゃ納得いかなかったか、手厳しいな」
「でも確かにその通りやな。あのゴールもう一回やれって言われても不可能やろ」
潔の一言でフランスチームの空気が一変した。相手はドイツ、バスタード・ミュンヘン。しかも姫宮依桜だ。一瞬の油断が命取り、それを全員が理解した。
『その通りだ潔世一。一度きりのスーパーゴールで消えていった天才モドキはこの世界じゃ珍しくない』
「……え?」
その時、頭上のモニターから聞き馴染みのある声が聞こえた。目線を上げるとモニターに映った絵心甚八がこちらを見下ろしている。
「あ、絵心ちゃん!」
『やあやあ才能の原石共よ。ファイナルマッチは首尾よくいってるか?』
選手達の間でざわめきが起こる。絵心が試合中に口を挟んでくるのは今までなかったことだ、嫌でも何が起こるのか疑問に思ってしまうだろう。
『あー……盛り上がってるところ悪いんだが、お前らにお知らせしなくちゃならないことがある』
「……お知らせ?」
『同時視聴数全世界2億人突破……バスタード・ミュンヘン VS P・X・G の王者決定戦。今世界中が熱狂しているこの試合にだけ特別ルールを設けることが決定した』
「……!!?」
特別ルール、その言葉に選手達は疑問を強くした。一体どのようなものなのか、しかし経験則で言うとろくなものでは無さそうだ。
『まずは試合レベルの向上に伴い……従来の3点先取ルールを5点先取に変更する!』
「な……!?」
「なるほど……3点取った後に5点取った方の勝ちという訳か」
「バーカ、それだと8点先取だろ。先に5点取った方の勝ちってことだよ」
「へ〜、じゃあボクあと4点も取れるってこと?」
衝撃のルール変更にフィールド内外がどよめく中、斬鉄がお得意のおバカ節を発揮し玲王に突っ込まれていた。依桜はその隣で自信満々な発言をしている。
『そして次に……
「つまり……俺らみたく何回でも交代できるし、3分を超えてもずっと試合に出られるってことか」
「ハッ……! 視聴数と金を稼ぎたいって魂胆がバレバレや。どうせ銭ゲバ狸辺りが言い出したんやろ」
『まぁそういうことだ。お前らとしてもアピールチャンスが増えるのは悪いことではないはず……特に人でなしの冷酷
「……?」
絵心はちらりとノアの方に視線を向けたと思うと、すぐに何事も無かったように振る舞い続ける。それに潔や烏、玲王など観察眼の鋭い者は少々違和感を覚えたが、それ以上は追求できなかった。
──そして少し前、イングランドVSスペインの試合会場では。
絵心はドイツとフランスの前に、イングランドとスペインの選手達に事の経緯を説明していた。彼らには直接関係ない話ではあるが、知らせない訳にはいかない。
『……とまぁ、そういうワケだ』
「おいちょっと待て!? それだと向こうの試合の方がアピールチャンスが多くなるじゃねぇか!? 不公平だろうが!!」
絵心の説明を聞いて一番に声を上げたのは雷市だ。5点先取になるということは、単純にその分向こうだけアピールチャンスが増えるということ。イングランドとスペイン、そしてイタリアにとっては不公平に感じても仕方ないだろう。
『ええそうですよ? そもそもお前らはハナから同じように評価はしてもらえないんだよ』
「ああ!?」
『片や年俸価格No.1とNo.2をエースに据える最強チーム同士の王者決定戦。片や全敗チーム同士の負け犬対決……最初っから圧倒的に不利なんだよお前ら負け犬は』
絵心の言葉に雷市は言葉を詰まらせた。酷い言い草ではあるが、言っていること自体は正しいから何も言えない。
『プロの世界では実力があるにも関わらず怪我や監督との不仲……様々な要因で世間から見向きもされなかった選手など腐るほどいる。そうやって一生死ぬまで燻り続けるか、死ぬ気で足掻いて這い上がるかはお前ら次第だ』
「まぁ、向こうも向こうでゲームのレベルが上がるってことは一回のミスが命取りになるかもしれないし、一気に評価が落ちる可能性もあるからな」
我牙丸が絵心の後に付け足すように言った。野生児で常識などないように見えて、意外と頭は回るのが我牙丸だ。
「クソが……! 負け犬の底力見せてやらぁ!」
「アピるアピる、ニンニン」
「結局やることは変わらない。オシャ! に存在を示すだけだ!」
「見てろよヘタクソ。死にかけから這い上がってやる……!」
イングランドとスペインの選手達はそれぞれ気合いを入れ直す。タダでさえギリギリの崖っぷちだったのが、更に危機的な状況になったのだ。しかし彼らはこんな危機は慣れっこだ、何故ならここはブルーロックなのだから。
──再びドイツVSフランス、依桜side。
『さぁお前ら……条件は整ったぞ。前評判通り姫宮依桜が王座に君臨するのか、それとも誰かがその座から引きずり下ろすか……チームとしての王者にはなれても、No.1は一人だけだ』
「いいねぇファイナルロングファイト♪ 全員孕ませてやんよ!」
「……鏖だ。ぬる雑魚玩具共」
「殺る気満々やんけ、こっちまで殺意飛んできとるわボケェ」
「僕は依桜に魔法をかけ続けるだけです♪」
「やってやるよ……No.1は俺だ!」
「あは♪ じゃああと4点分、ボクの可愛さを存分に見せつけてあげる♡」
それぞれが自分の最高を表現するファイナルファイト。特別ルールの発表でその熱は更に高まっていく。そんな中、一人の選手は熱を帯びる彼らを羨ましそうに眺めていた。
「凄いな皆……世界中から期待されて、あんなに熱くなって。ええなぁ、僕も……連れてってくれ」
──次回『キタイと期待』に続く。