『おおっと──!? 糸師凛のゴールで更に激しさを増す戦場に、満を持してミヒャエル・カイザーの投入だァァァ──!!』
「……」
実況の声が鬱陶しいと言わんばかりの表情をしながらカイザーはフィールドに足を踏み入れた。頭の中では先日潔と話した内容が何度も何度も繰り返されている。正真正銘、これがラストチャンスだ。依桜に奪われた地位を取り戻すためには、この試合で結果を出すしかない。
「おいカイザー、凛が抜ける今が一気に片をつけるチャンスだ。前みたいに姫宮の妨害とかくだらない真似するなよ」
「……黙れクソコピマン。んなこと言われなくてもわかってる」
流れを壊されないためにも、カイザーに釘を刺す玲王。彼の投入は戦力アップ以上にリスクが伴うだろう。今の依桜中心となったバスタード・ミュンヘンに彼の存在がどのような結果をもたらすかは未知数だ。
『初めに言っておくぞ、潔世一。頭を使って理屈を捏ねくり回し……それで依桜に勝つつもりならやめておけ』
『……?』
『いくら頭のいい人間がいたとして、素手でクマに勝てると思うか? 基礎スペックが違えば理屈なんてモンは全て無意味だ』
人間の知恵はどんな動物にも備わっていない固有の武器だ。非力な代わりに銃や爆弾を開発し、強い獣達を押しのけて地球の頂点へと君臨している。しかし、生身の人間は脆い、いくら知恵を振り絞ろうとクマに勝てるはずもないのだ。
『……誰が素手でやり合うっつった? 確かに姫宮は最強だ、今の俺じゃ絶対に勝てない。だから作り出すんだよ、俺だけの武器を……それでアイツの急所を撃ち殺す』
『……!』
依桜を倒すための武器を作る。言うだけなら簡単だが、それがどれだけ困難なことかカイザーは身をもって味わっている。マグヌスも未完成、勝てるビジョンは全くない。それでも、今はただやるしかない。
『さぁ、ここまでは点の奪い合い!! カイザーを加えたバスタード・ミュンヘンが再び引き離すか!? それとも P・X・G が逆転するのか!? 瞬き厳禁の超展開、再スタートです!!』
バスタード・ミュンヘン formation
バスタード・ミュンヘンのボールで試合が再開された。左サイドのカイザーはボールの流れを見つつ、積極的にはゲームに参加せずにいた。まだその時では無い、今は見極める時間だ。
(カイザーが入ることで流れは確実に変わる……向こうにペースを掴ませないためにも……!)
「……! いきなりハイプレスかいお嬢……!」
「いいぞ千切!」
千切の速さを活かした鬼プレス。ロキもいる状況でこれは単純だが効果はてきめんだ。烏のキープしていたボールを弾き、流れを切る事に成功した。
「まだ、取れる」
「ナイスです静」
しかしそれを灰地が確保、ネスへとパスを出した。ボールを受け取ったネスは周囲を見渡し、パスコースを探す。
「姫宮警戒!」
「OK、俺がつく!」
「汗臭いよアイクン! ボクに付いてこれる?」
依桜には愛空がマークにつき、最大限警戒する。これだけで止められるとは愛空も思っていないが、依桜をフリーにするなど愚策もいいところなのだ。
「……魔法使いは平等です、堕ちていく者にもチャンスを与える」
「!? ……姫宮じゃない!?」
ネスは依桜ではなく、別のルートを選んだ。左サイドに飛んでいくボール目掛けて走っているのはなんとカイザーだった。
「ここでカイザー!?」
「何考えとんねんアイツ!」
「クソ犬……!」
ネスのパスは左サイドのゴールライン目掛けて進んでいく。カイザーは全力で追いつこうと走っているが、パスの速度の方が上だ。
「これは……まさか!?」
「また減速……!?」
しかしパスは途中で減速した。まるで一点目、依桜に出したパスのようだ。サイドこそ逆だが、カイザーの身体能力に合わせたパスで、あのシチュエーションを完全に再現してしまった。
(……!? トレーニング通り……クソドンピシャ!)
ゴールラインの上でカイザーは足を振り抜きシュートを放つ。皮肉にもそれは今まで何度も試みては失敗してきたカイザーインパクトマグヌス。ネスのパス技術の向上により、その技をカイザーも放つことができたのだ。
ゴールライン上ギリギリ、零角度のカイザーインパクトを放つ。体勢を保てずにカイザーは地面に倒れ伏したが、シュートは弧を描きながらゴールへと向かっていく。
「クソッッ……!!」
キーパーが飛ぶが間に合わない、しかし指先をボールに擦らせることだけは成功した。それによって僅かにズレたシュートは軌道がブレ、ゴールポストへと直撃し跳ね返ってしまった。
「な……!?」
「ナイスキーパー!!」
弾かれたボールを愛空が前線に送り、今度はフランスの攻撃が始まる。ドイツが守備を固める中、カイザーは一人芝を握りしめ這いつくばっていた。
(ネスのパスは完璧だった……今のを決められなかった俺は……やはり依桜より遥か格下のクソだ……!!)
シュートを撃ったのが依桜だったら決まっていただろう。実際に試合開始直後、依桜は全く同じシチュエーションでゴールを奪っている。つまり、これがカイザーと依桜の力の差だ。
(なら……もう捨てるしかないか……栄光も、プライドも、肩書きも……この試合の英雄の座も……)
「ぶっ飛ばします……!!」
「行かせんぞクリクリ頭……!」
「執拗いですね眼鏡さん」
加速するロキに何とか喰らいつく斬鉄。玲王の作戦が効いているのか、清羅と二人がかりではあるがロキの動きを制限できていた。
「でも残念……これが限界だと思ってました?」
「な……!? また加速!?」
「チッ……!!」
しかしロキはまだ最高速ではなかったのだ。更に足に力を込め、斬鉄と清羅を置き去りにしてしまった。だがここまでも計算内、玲王がカバーに入っている。
「甘ぇよ速ボウズ!!」
「……! しょうがないですね、フィニッシュはどーぞ性欲モンスターさん」
「シャッハァ!! エゴ汁
玲王のカバーを見たロキは咄嗟にボールを士道へと託した。ロキからのパスに走り込む士道はそのままダイビングベッドでシュートを放つ。
「くわっ……! そんな体勢から!?」
「下品だよアホ悪魔!」
「……!? クソお姫様が……!」
「世界一可愛いボクがいるんだから、セクハラはダ〜メ♡」
士道のダイビングヘッド、それを依桜が間一髪のところで弾いた。しかし士道のシュートもまた高精度、弾いたものの依桜は体勢を崩しフォローまでは間に合わない。そこにブルーロック1の快速が走り込んでいる。
「押し込む……!」
「ヤバ!」
他の選手の追随を許さない速さで千切がこぼれ球に喰らいつく。依桜は間に合わず、DF陣も千切の速さには敵わない。千切はこぼれ球をダイレクトでゴールへと押し込もうとする。
「クソ韋駄天……!」
「な……!? カイザー!!?」
だが、それも阻まれてしまった。カイザーが千切よりも一瞬早く、こぼれ球をかっさらったのだ。まさかのプレーにフィールドが一瞬の脆弱に包まれる中、カイザーはあくまで冷静に思考する。
(今の俺は……依桜には勝てない! そんなクソ物な俺が……ゴミカスな俺が……ニンゲンになれない俺が……! 全てを失ってでも、守りたいゼロは……!)
「……! アイツ……!」
潔は感じ取った。カイザーの中で何かが変わったことを。直接話し、思考を共有することでカイザーの哲学は理解したつもりだ。しかし、今のカイザーはそれとはまた違う、必死に生き残ろうともがいているのだ。
「行くぞ……
「……!?」
「カイザーが……姫宮にパス!?」
なんとカイザーが依桜にパスを出したのだ。これにはフィールドは一瞬の思考停止を余儀なくされた。パスを受けた依桜でさえ、困惑してしまっている。
「どーゆーつもり?」
「……俺を使え依桜」
罠かも? と依桜は思考した。カイザーが依桜を倒すため、なりふり構わず卑劣な手段に走ったのかと思ったからだ。しかしカイザーの眼差しは少しの揺るぎもなく、依桜を見つめている。そこに嘘があるとは思えなかった。
「……しょーがないな、一回だけだよバカイザー!!」
「!!?」
そして依桜がカイザーを認めることで完成したのだ。今までいがみ合い、潰し合ってきた二人の共演が。依桜が自由に動き回り、その綻びをカイザーがカバーする。素晴らしい連携で二人は一気にフランス陣内に攻め込んでいく。
「マジか!? その連携は想定外……!」
「いいねいいね! そうこなくっちゃ♪」
事前の対策では全くの想定外。突如連携しだした二人にフランスはすぐには対応できずにいた。そんな中でも、潔は冷静に俯瞰した視点からカイザーを分析している。
(アイツ……姫宮に勝つって選択肢を捨てて……プライドも恥もかなぐり捨てて、生き残る為の選択肢を選んだのか……! この局面で合理的な判断ができる……世界型のエゴ……!)
「ええやん、俺も混ぜろやその化学反応」
「行くぞカウンター!」
烏と玲王、ネスも含めたカウンターでフランスを翻弄する。カイザーが加わったことにより、烏達のメタ・ビジョンは更に隙なしになった。
「ぶち抜けそこ……!」
「クソ裏抜け」
「いいね満点♪」
玲王からカイザー、そして依桜へ。ゴール前に流れるようにパスが繋がった。しかしそう簡単にゴールは奪えそうにない。
「視えてんだよ同じトコ……!」
「潔世一……!?」
「合理性なら俺のが上だ」
カイザーから依桜へのパスを潔がカットした。依桜の動きに合わせたカイザー達の立ち回りを全て読み切っていたのだ。
(カイザーが姫宮に下るなら……ミュンヘンの攻撃は加速する。思考を止めるな……アイツらにとっての最高のルートを分析しろ……!)
「潔くん、速攻いくで!」
「おう」
潔から氷織、そして前線へのロングパスが通る。氷織のパス技術はUー20カテゴリでトップクラス、長距離でも変わらぬパス精度だ。
「ナイスパス」
「通さんぞ……!」
「ここっしょ鬼加速コーヒー豆!」
「……!」
斬鉄がロキにベタつき、その隙に日不見がパスをクリアした。斬鉄はかなり息が上がってきているが、何とかロキに喰らいつけている。それも彼の初速の賜物だ。
「んで、更にここっしょスプタンニキ?」
「……!?」
「やり返し♪ イラッとしたでしょ?」
しかしそのクリアボールはシャルルが確保した。カウンターは時間をかけないのが鉄則、すぐさまサイドへとパスを送る。
「いいね天邪鬼!」
「クッ……!」
「……上手」
パスを受け取った蜂楽が清羅と灰地をかわし、そのままシュートを放つ。フワッとした浮き玉はキーパーの頭上を越え、ゴールへと吸い込まれていく。
「これ以上……やらせん!」
「……! 鰐間のお兄!」
「生き残る……くわっぁぁ!!」
だがそのシュートは飛び込んできた鰐間に弾かれてしまった。この試合、まだ活躍のない彼は生き残るために必死だ。死に物狂いで自分にできることをやろうとしている。
「うん、ナイスワニちゃん」
「いいですよ二人とも」
ルーズボールは灰地が取り、それはネスへと送られた。前線の配置を見て、最適なパスコースを選択しようとする。
(今……この状況で僕がかけられる最高の魔法……最高のゴール……最高のパス!!)
「クソ鬼難易度
「左サイド……カイザーか!?」
再びネスからカイザーへのパス。先程のカイザーインパクト・マグヌスの為のパスではなく、カイザーへの挑戦状のような高難易度のパスだ。これに全力で追いついたカイザーはゴールへ向けて足を振るう。
「コース塞げ!」
「うん行ってる!」
カイザーのシュートコースを狐里が塞いだ。他のDFもカイザーのマグヌスを警戒している。簡単には撃ち抜けないだろう。
(俺への挑発かクソ
「マジか……!? 無理やり撃つ!?」
「そりゃ悪手だろ皇帝ちゃん……!」
それでもカイザーは足を振り抜いた。狐里の横を抜けていくボールは弧を描きながら曲がっていく。ネスの高難易度パスからのマグヌスを成功させたのだ。
「いくらなんでも無理だろ、外れる!」
「感じろ依桜……闇の中に一筋一瞬だけ現れる、最高の
「あはッッ♪ 最高に最悪だよバカイザー!!」
「姫宮……!? まさか、これはシュートじゃなくパス!?」
なんと、ゴールから外れたカイザーインパクトマグヌスの軌道の先に依桜が走っていた。ネスからのカイザーからの依桜。誰にも予想がつかない最高のプレーの応酬、その最終到達点は依桜だ。
「とんだイカレコンビネーションだなお姫ちゃん!」
「……!?」
「残念だったな、これ以上気持ちよくはさせねーぜ?」
しかし、そこには愛空も走っていた。かなりギリギリだが、対応して走っていたのだ。オーバーヘッドでシュートを狙っていた依桜だが愛空がいては撃てない。
「バーカ、気持ちよくなれないのはそっちだよヤリチンお髭!」
(……!? このパス……俺がギリギリ届かないトコに……!)
「クソ決めろ……依桜!!」
GOOOOAL!!!
『ス……SUPERGOALッッ!!! ミヒャエル・カイザーのアシストからの、姫宮依桜の超アクロバティックバイシクル!! 素晴らしい一撃だァァァ!!』
愛空を振り払ったパスを依桜はバイシクルシュートでゴールに叩き込んだ。湧く実況や視聴者達など意に返さないように、アシストを献上したカイザーはゴールへと歩いていく。
(クソがッッ……!最悪だ……こんなアシストで……俺の地に堕ちた評価が覆る訳がないのに)
ゴールの中に転がるボールを拾い上げ、カイザーは複雑な感情に浸っている。このアシストは評価に値するだろう、しかし今までの分がチャラになるはずがない。ストライカーとしては尚更だ。
(だが……不思議と悪い気分じゃない。全てを捨ててゼロになった俺が、それでも守りたいエゴは……お前なんだ、クソ物……!)
目を瞑り自身の過去を振り返りながらボールを抱きしめた。地位も名誉も栄光も、守ろうと思えば守れたのかもしれない。しかし、それらよりもカイザーにとっては汚れたサッカーボール、それだけが守りたい共同体だったのだ。
「依桜……俺は今この瞬間から、お前に仕える忠実な下僕だ。お前のゴールのために、俺の能力全てを献上しよう」
「……!」
ボールをそっと地面に置き、今度は依桜に向かって歩く。そして依桜の前に跪くと、彼の手を取り手の甲にキスをした。
「だが……忘れるな。俺はお前の下僕であると同時に、お前の命を狙う
「あは♡いいねゾクゾクする♪ 死ぬまでこき使ってアゲル……ミヒャ!」
新しいミヒャエル・カイザーに依桜は感情を動かされた。プライドを捨て、自分を殺すために自分に従うと決めた皇帝に期待せずにはいられなかったのだ。
「やっべぇな……まだ強くなるのかよ、バスタード・ミュンヘン」
「やね……あと1点取られたら終わり、何か対策を立てんとやられるで……潔くん?」
千切の言葉に同意する氷織。もう1点で決着の最終局面、そんな状況を打開する策を潔と講じようとするが、潔の意識は別にあった。
「最高だ皇帝。見つけたぞ、姫宮を倒す
「……!」
──この試合は……俺のモンだ!!
絶対絶命の状況の中、魔王の眼光は姫宮依桜を鋭く捉えていた。
──次回、『マイ・ベスト・ピース』に続く。