年が明けて、1999年の一月七日。俺は一人、ザバン市の地下にいた。そう、第287期ハンター試験の一次試験会場である。
レルート先輩のことは、正直まだ完全には受け入れられていない。先輩の連絡先は一切削除できていないし、先輩と一緒に撮った写真や買ったあれこれは今でも俺の大切なものだ。今となっては、先輩のことを考えない日はないくらいまである。
ここまで来ればさすがに誰でもわかると思うが、どうやら俺はわりと本気で先輩のことが好きらしい。元々生まれ変わってからというもの、深い人間づきあいをあまりしなかったから、これはある意味必然だったのかもしれない。
いやあ、前世以来実に何十年ぶりの恋愛かなこれ。これに振り回されるのは久しぶりだなぁ。
とはいえこの気持ちをすぐにどうにかできるんなら、恋愛にまつわるエピソードや物語は広く人気を集めたりしないだろう。
そこは理解しているから、今はこの気持ちとはもう少し向き合い続けようと思っている。それだけ先輩との思い出がたくさんあって、どれも楽しいものばかりだから、簡単には諦められそうにないのだ。前世の嫁には悪いがね。
そういうわけだから、だからこそ俺はハンターになる。
この世界のハンターが持つ特権は、ものすごく多いし強い。もちろん正規の手続きは必要だが、ハンターが声をかければ犯罪者を自分の仕事に起用することすら可能になる。
実際原作でも、この第287期ハンター試験ではそういうやつが出てくる。第三次試験で受験者が相手をするのは、まさに先輩のような超長期刑囚なのだ。
であれば、俺だってハンターになれば、先輩を秘書か何かで引っ張れるかもしれない。すぐには無理でも、最低限面会くらいはできるはず。だから俺は、ハンターになる。
もちろん、当初やりたかったことを忘れたわけじゃない。そういう意味でもちゃんとハンターにはなりたいが、その目的が一つ加わったってことだな。
と、そんなようなことを考えながら、試験開始を待ちつつ会場で日課の修行をこなしている俺である。
いやその、原作知識で試験内容を大体把握してるから、うっかり一番乗りしちゃったんだよな……。
「やあ♥ キミのことは天空闘技場で見ていたから知ってるよ♠ 試験開始まで時間ありそうだし、ボクと遊ばない?」
「嫌です……」
だけどそのせいで、気狂いピエロに絡まれる羽目になった。
正直なところ、こうなることは想定してしかるべきだった。戦闘狂のヒソカが、念能力者を見つけて絡まないはずがない。
いや正確には、興味がわかない程度の弱い念能力者なら普通は絡まれないとは思うが、今は状況がまずい。試験開始までたっぷり時間がある状況で、暇を持て余したヒソカが「とりあえず誰でもいいや。念が使えるならなおよし」程度の考えで接触してくる可能性は否定できない。
実際そうなった。嫌ですと即答したものの、どうしたもんかなホント……。「つれないこと言うなよ♥」とか言ってダル絡みされ続けてるんだ。
やめろやめろ、俺は今世の操は先輩に捧げるって決めたんだ。気安くボディタッチすんじゃないよ。オーラもなんか粘着質だし、だんだんヤバくなっていってる気がする。クッソしんどい。
でもこのまま粘着され続けるのも嫌だし、試験中に不意打ちされるのはもっと嫌だ。仕方ない、ある程度はこいつの機嫌取りに付き合っておくとしよう。
「……発はなし、殺しも欠損もなし、先に一撃を入れたら一本で三本先取したほうが勝ち。それでいいならちょっとだけ付き合うよ」
「ま、しょうがないか♣ いいよ、今はそれで手を打とう♦」
ということで、突発的にVSヒソカというクソイベントが勃発した。
とはいえ、こうやって突発的に命の危険にさらされる世界だからこそ、俺は備えるために本気で鍛えてきたわけで。そういう意味では、今までの成果を試す機会とも言える。
もちろんヒソカとガチって五体満足で済むはずがないのはわかっているので、だからこそ条件を付けたわけだ。
条件を呑むだろうという勝算はあった。ヒソカは確かに殺人鬼だが、別に殺すことを楽しんでいるわけではない。
いや楽しんでるのも事実だし、人を壊すことに快感を覚える変態なのも本当だが、戦うことそのものも彼は好きなはずなんだ。
なんていうか彼の場合は殺すのが楽しいんじゃなくて……こう……殺す過程、つまり戦いもきちんと楽しめるタイプの殺人鬼っていうか……。
うん、あれだ。ヒソカは殺人鬼であると同時に戦闘狂なんだな、たぶん。
だから自分が最高に楽しい戦いをして勝つことにも意義を見出しているなら、条件をつけること自体はさほど無理なく受け入れてくれるだろうって思ったんだ。
……まあ、ヒソカがある程度冷静でいるときにしか使えないテクニックだろうけどな。原作の四次試験では誰でもいいから殺したい気分のヒソカが描かれたが、そういうときのヒソカには何を言っても無駄だと思う。
ということで、ヒソカとの戦いだが。二対三で無事負けた。
意外に善戦してるじゃんと思われるかもしれないが、ぶっちゃけ俺も意外です。喰らった一撃も全部きちんと急所を外して受けれたし、後遺症もない。もしかして俺結構強いかも?
……ってことはなくて、ヒソカが手加減してただけだろう。こいつはそういうところある。それでもめちゃんこ駆け引きの勉強になったのはちょっと悔しいな。
「君なかなかイイね、わりといい暇潰しになったよ♠ またヤろうね♥」
当然嫌だって即答したけど、普通にスルーされた。ホントなんなんだよもう……気に入らないでくれよぉ……。ほっといてくれよぉ……。
嫌だなぁ。受験者同士の戦いが、許可されるどころか推奨される試験もあるんだぞ。確実に仕掛けてくるじゃんアイツ。どうしたもんかなホント……。
まあ一応今朝から
「ただ今をもって、受付け時間を終了いたします。これよりハンター試験を開始いたします」
なんて考えてるうちに、試験が始まってしまった。
原作に登場するネームドキャラを把握できるだけ把握したら、余った時間は体力温存に回そうと思ってたのにヒソカェ……。そこそこ消耗した状態で試験始まったじゃん……。
この日に備えていろいろやってきたから大丈夫だとは思うが、一次試験にはできれば万全の状態で挑みたかったな……。
なんせこの一次試験、80キロ走ってもなお全行程の半分にも満たないとんでもない超長距離走を強いられるのだ。しかも後半は、殺意クソ高生物どもが跋扈する湿原を走らされる。前世だったら絶対に人類には不可能な試験だと思うよ。
だがこの世界の人間は、鍛えればわりとこの域に到達できる。これを想定して二百キロ走を事前に何度かしてきたし、念にも目覚めている俺が走り切れない道理はない。
……行けるよな? 大丈夫だと言い切れないからこの世界は怖いんだ。
特に後半の湿原はマジで殺意高いからな……。霧もあって、余計死人が増える状況になるわけだから……とりあえず前半は軽めに流して、後半湿原に入るタイミングでちょっとだけ休憩が挟まるから、そこからは試験官のサトツさんからなるべく離れないようにしよう。そうしよう。
***
一次試験は問題なく終わった。予定通りに推移して、予定通りの終結である。
おかげで特に語るべきことがない。原作通りに蝶ネクタイのふとっちょくん(さすがに二話しか登場しない半モブの名前なんて覚えてない)は最初にリタイアしたし、原作通りに中間地点で受験者を連れ去ろうとしてヒソカに殺されたやつがいたし、原作通りに湿原でヒソカが軽くハッスルした。
懸念していた体力は、普通に持った。走り終わったあともまだ数時間は走れそうだったのだが、正直この感想を抱いた瞬間が「あ、俺異世界転生したんだな」って実感を人生で一番強く持った瞬間だったよね。念を覚えたときよりもよっぽど。前世の俺にこんなこと言っても信じないだろうなぁ。
で、二次試験だ。
二次試験は二段構えで、お題は料理。前半は豚の丸焼きを、後半は寿司を作れという試験だ。一次試験もだが、ちゃんと原作通りで安心する。
豚の丸焼きはまあ、単純に捕まえて焼けばいいだけなので気にしなくていい。
いや、それでも試験会場周辺に生息してる豚がとんでもなくデカくて凶暴だから、前世だったら間違いなく死を覚悟する相手ではあるんだが。そこはまあ、今や俺も超人の末席にいるんでね。
だから問題は寿司だ。
この世界における寿司はマイナーな民俗料理でしかないので、基本的に誰も作り方を知らない。だが知っていたとしても素人が見様見真似で作れる料理でもないので、マジでここは初見殺しのクソゲーなのだ。
あのヒソカですらずらりと並ぶ調理器具と調整済みの酢飯を見て困惑してるとこだけは、めちゃんこ面白い光景なんだけどな……。
まあそれはさておき。前に寿司の訓練はキャンセルって言ったが、ぶっちゃけここは一種の負けバトル。ここで合格にならなくってもちゃんと救済措置はあるから、無理に頑張る必要なんてない。
とはいえ、そうなることを知ってるのは俺しかいない。あるいはネテロ会長なら、試験官のメンチがここでやらかすと予測してたかもしれないが……少なくとも彼は今この場にいない。
だからあからさまに手を抜くのはやめておいたほうがいいだろう。大丈夫だとは思うが、一応念のためな。何せハンター試験って、試験官の気分次第でアウトになることもあるから……。
ってことで寿司のお題が始まってすぐ、俺は調理スペースが設けられた会場から飛び出した。
この試験は負けバトルだが……なに、別に倒してしまっても構わんのだろう? なんだかんだ言いつつある程度は調べてきてあるんだよね。電脳ネット便利。
それにあれだ。負けバトルとはいえ……いや、負けバトルだからこそ勝ちたいって思うのは、ゲーマーとしては自然な心理だと思うんだ。自他ともに認める凡人の俺ではあるが、それでもゲームだってサブカルの一種。サブカルハンター志望としては、こういう縛りプレイとか負けバトルにだって一回くらいはきちんと挑んどくべきだろう。
なーに、別に失敗してもいいことはわかってるから気は楽だ。ゲーム感覚でいられるのはそれが理由だろう。
それに、実のところまったく勝算がないわけでもない。「未知のものに挑む気概」を試したくて寿司をお題にしたメンチの前で寿司の調理法をすべて声高にバラす、というやらかしをハンゾーがする前なら、ワンチャンあると思うんだよね。だから俺は真っ先に行動を開始したのだ。
そんなわけで俺は真っ先に会場を飛び出て、できる限り多くの種類の魚を捕まえた。
俺はこの世界の寿司を食べたことがないし、この世界の魚がすべて前世の記憶通りかどうかも知らないからな。色々と試す必要がある。
大丈夫だろう。前世のものではあるが、寿司ネタの味の基準はわかってる。それに向けて調整していけばいい。
ああそうだ、体温がシャリやネタに移らないように手はしっかりと冷やしておかないとな……。
と、いったように記憶にある限りのことを全力で遂行した結果。
「二次試験後半の料理審査、合格者は一人! よ!!」
合格しちゃいました。
おかげで他の受験者からの視線がクッソ痛いです。念能力者二人組の視線とか、冗談抜きに物理的に痛い気がする……!
やめて。俺は一般人なの。戦闘狂な殺人鬼とか暗殺一家の長男なんてかかわりたくないの!
とはいえ、正直紙一重だった。メンチからのコメントも、
「ん~……! まあ……ギリギリ……ギリギリなくもない、かな……!? 正直落としたいけど……まあ一応……一応、最低限は満たしてるし……! 何よりこのネタにワサビじゃなくてカラシを選んだのは味覚がきちんとしてる証拠……!」
だったし。冗談抜きでマジのギリギリだったのだ。
これはやはり、ハンゾーが寿司の調理法をバラす直前に滑り込めた分メンチのハードルが低かったことが最大の勝因だろう。
それはそれとして、素人なりにやった工夫を認めてもらえたのはまあ、素直に嬉しかったかな。決まり手がカラシってのはしまらないけど。
その後の展開は、おおむね原作通りだったと思う。レスラーだか何かの巨漢が抗議と同時に実力行使に出ようとするも返り討ちにされ。そこにネテロ会長が割って入って、お題を一新してやり直しという流れだ。
選ばれたお題も、原作通りゆで卵。試験官によるお手本が実演されるところも含めて、しっかり一致していた。
まあうっかり寿司に合格してしまったから、俺はこれをやる必要はないんだが……とんでもなくうまいと表現されていたクモワシのゆで卵は気になるので、俺も挑戦することにした。
ところで飛び降りてから落下中にふと思ったんだが、落ちたらまず助からない高さの断崖絶壁から飛び降りることに対して、特に思うことがないとはなぁ。いやー、俺異世界転生したんだなぁパートツー。
あ、クモワシのゆで卵はめちゃんこうまかったです。
どうしてくれるんだ。こんなの味わっちゃったら、もう市販ので作ったゆで卵食べられないじゃん!
メンチにそう抗議したところ。
「美食ハンター仲間は歓迎するわよ?」
「アッハイ」
しれっといい笑顔で言われて、何も言い返せない俺だった。
ようやく原作開始です。
この辺りの話書くためにハンター読み返したけど、今や色んな漫画で色んな試験的なイベントある中で、ハンター試験編ってズバ抜けて面白いよね。
その後もコンスタントに面白いから、マジで富樫センセーはレジェンドよなぁ。センセーの腰がよくなりますように。
ちなみにヒソヒソの主人公評ですが、武術のほうは優、念が並ということで念の今後および発の実態に期待と言ったところで、熟しつつあるそれなりにおいしくなりそうな果実、くらい。
ただし発がもしかして除念系かもしれないということには既に思い至っているので、そこを含めて評価すると、まずいことはまずあり得ないけど冷静に考えたら収穫しないほうがいいかもしれないものすごく扱いの難しい果実、って感じですね。
今はとりあえず、発が本当に除念なのかどうかを探ってる状況です。