三次試験の会場……に、向かう飛行船の中。翌日の試験に備えて大半の人間がそれぞれのやり方で休んでいる中、俺は暇を持て余して船内を徘徊してたネテロ会長を見つけて突撃していた。
「ぜひっ! 稽古をつけていただきたく!」
「んー? どうしよっかのォー」
なんでそんなことをって思われるかもしれないが、ネテロ会長って、心源流拳法の創始者なわけじゃん? 流派の文字通りのトップなわけよ。
俺も生まれ変わって以降、必要に迫られてとはいえ曲がりなりにも十五年近く心源流に打ち込んできたわけでさ。一度心源流のトップと手合わせ願いたいなって思うわけ。
いきなり殊勝なことを言い出したと思われるかもしれないが、別にやる気に満ち溢れてるとかそういうのじゃない。
一応の免許皆伝をもらってるとはいえ、まだまだ上は遠く果てしない。俺の身の安全のためにも、さらなる強さは必要だ。つまり強さを求めるという点においては普通の武道家と同じだろうが、そのモチベーションの源泉が後ろ向きなんだよ俺は。
とはいえモチベはモチベ。無残な死に方はしたくないという一心ではあるが、しかしだからこそというものもあるはずだ。
そういうわけで、ここでいっちょ念能力者の頂点とやらを体験しておきたい。成長するためでもあるし、この世界屈指の念能力者の強さを実感しておきたかったのだ。
オーラの不気味さや凶悪さという意味ではヒソカやキメラアントのほうが圧倒的に上だろうが、シンプルに強さという点ではやはりネテロ会長が随一だろう。これを体感することは、今後の念による戦いへの備えという点で大きな意味を持つ。
具体的に言えば、天井付近を一度見ればそれより下の敵が出てきても必要以上に怯えなくなるんじゃないかという魂胆である。
「……ま、門下生ならちょっとくらいよかろ。ワシも今夜はずーっと暇しとったしな」
よし、言質取ったぞ。
本来なら、ここではゴンとキルアがネテロ会長の相手をするシーンなわけだがそれはカットだ。すまんな。
でも二人も無駄な体力消耗しなくて済むし、キルアに至っては他の受験者を殺さなくて済むんだし、悪いことばかりでもないと思うんだ。原作だとここで彼に殺されるはずの二人は、ぜひとも俺に感謝してくれ。
「そんじゃ、まずは型から見せてもらうとしようかの。一通り済んだら、超かるーく流々舞でもどうじゃな。無論、最大限手加減はしてやろう」
「押忍! よろしくお願いしまっす!!」
というわけで、そういうことになった。
***
で、結論。
無理!!
流々舞は性質的に同程度の力量であるときに最も効果を発揮するから、ネテロ会長はあからさまに力を抜いて手加減してくれていた。顕在オーラをわざわざこっちの堅に合わせてくれていたから、宣言通り彼にとってはマジで「超かるーく」だったんだろう。
あるいは、彼にとっては堅よりも絶に近い状態だったとかあっても俺は驚かない。
それなのに、一方的にやられてしまった。つまり流の技術差がエグすぎ。最大限手加減してこれって。達人すぎるのよ。
その「手加減」の流も、俺が絶えず気を抜かず機を見てちょっとだけ限界を超えればついていける、程度で抑えてるものだから嫌らしい。原作でもゴンキル相手にそうだったが、これならもしかしていけるんじゃ、って思わせるのがうますぎる。
おかげで俺ボコボコよ。かわいい顔が台無しだわ。すごいいい訓練になってるのは間違いないけども。
これでこの人が作中最強キャラじゃないってマジ? これでまだ上にメルエムとか直属護衛軍がいるんでしょ? どんな世界だよホント……怖すぎるわ……。
「敢闘賞、と言ったとこじゃな。その歳でそこまでできるなら筋はええほうじゃ」
「はあ……っ、はあ……っ! う……押忍……! あざます……!」
おまけに俺はほぼ下着も同然で大量の汗にまみれた状態、かつ息を切らせまくってろくに動けない状態にまで追い込まれているっていうのに、ネテロ会長はうっすら汗が浮かんでる程度だ。
しかもたぶんだが、この汗は運動のあれこれじゃなくって、手加減が難しくてうっかりやらかしかけたときの冷や汗とかそっち系だと思う。わかってはいたが、文字通り天と地ほどの差だなぁ。
とはいえ、ネテロ会長が念能力者として大成したのは四十代半ばとか、それくらいだったはずだ。それを考えれば、彼が言う「筋はいいほう」ってのは信じてもいいんじゃないだろうか。原作では散々食えない爺さんとして描かれてはいたが、強さに対しては真摯でもあったし。
「で? どうするかね?」
「ま……まだ……、もうちょっとだけ、いいっすか……」
「ほっほっほ、なかなか根性のある娘っ子じゃな。そんじゃリクエストにお応えして……もう少しだけギアを上げるとするかのォ」
「う……お、おっす」
やっべ、早まったかもしれねぇ。
せっかくの機会なんだから時間が許す限り教えを請いたい、なんて思ったのは間違いだったか? いやでもこちとら勝手に生えた発のおかげで念の習得効率がクソ雑魚だから、こんな機会逃すわけにはいかないし……。ちんちんは悪くない……ちんちんは悪くないんや……!
ともかく絶で色々と整えながらのろのろ立ち上がりつつ、壁にかかった時計に目を向ける。
日付が変わったくらいか。思ったより長く続いたが、三次試験会場に着くまでまだ八時間くらいある。
いくらなんでも最後まで付き合うのは無理だろう。マジでもうちょっとだけになりそうだな。
「ほれ、かかってきんさい。いっちょ揉んでやろう」
「押ッ忍!! お願いしますッ!!」
俺の勇気が世界を救うと信じて……!
***
まあ無理なんですけどね。どうあがいても現時点では絶対に勝てないわ。マジで揉まれるだけで終わった。
それでもあの疲労困憊の状態から、なおも二時間近く食らいついたんだから俺も捨てたもんじゃないと思いたい。
……というか、「どれ、一つご褒美をあげちゃおう」とか言いつつ百式観音はどうかと思うんだ。それをご褒美って言えるのはさ、ヒソカとかそういう連中くらいであってだな。
事前にここを全力の硬でガードしろと言われていて、きちんとそこにミリのズレなくぶち込んできたからなんとか死なずには済んだけどさ。せっかくの機会だしってんで
それでも生きた心地はしなかったよ。だって全力で
まあ明らかに込めたオーラ量に反してダメージが少なかったせいで、「意外とイケる口じゃな? そんじゃもう一発くらい行っとこうかのぉ」と二発目を頂戴する羽目にもなったが。
おまけに、トップ層の目の前で短時間に二回も使ったせいでネテロ会長には
契約書も交わしたので、とりあえず大丈夫だと思う。なんか大事があったら引きずり出されそうでもあるが、そこはもう仕方あるまい。
そんな過酷な稽古だったせいで最後は寝落ちしたわけだが、目が覚めたときにはもう八時を過ぎていた。
もちろんめちゃくちゃ焦ったけど、飛行船はまだ普通に飛んでいたし他の受験生も普通に船内にいたから、たぶんネテロ会長が着時間を遅らせてくれたんだろう。いつの間にか毛布までかけられてたし。
子供相手じゃなくてもしてくれるんだね、これ。門下生だからだろうか。あるいは俺が女だからか?
まあどっちにしても、そんなことで俺は別にキュンとかトゥンクとかしないんだからねッ! 俺の心はレルート先輩のものなんだからねッ!
とはいえ、マジで助かったのは事実だ。稽古とはいえ冗談抜きにプルスウルトラしてしまったから、精魂尽き果ててたんだよな。一秒でも長く寝ていたい状態だったもんよ。
六時間程度の睡眠じゃ正直回復しきれてないが、だいぶマシにはなってる。少なくとも三次試験に支障をきたすことはないだろう。
危ない危ない……とホッとしたところでアナウンスが来た。どうやら試験会場に着いたらしい。
窓の外を見てみれば、何もない崖の上にぽつんと細長い塔が一本建っている。トリックタワーだな。ここも原作通りのようで、再度ホッとする。
「生きて下まで降りてくること。制限時間は七十二時間」
内容も原作通りだ、よかった。ロッククライミングが得意なおじさんが外壁伝いに降りようとして、怪鳥の群れにおいしくいただかれたところも含めて原作通りだ。
もちろんおじさんの件はあんまりよくないが、俺一応やめとけやめとけってとめたし……じゃああとは自己責任じゃないかなって……。
彼の最期を思えば誰でもわかると思うが、この塔を下まで降りるに当たって外壁伝いは不可能だ。念能力者なら行けるかもだが、この高さは人によっては念があっても難しいだろう。
じゃあどうするかと言えば、この屋上部分の床に下に降りる穴がいくつもあって、そこを通っていくことになる。ただしこの穴は一度しか開かないから、全員が同じルートを辿ることは不可能だ。
そんな中俺はどうするかだが……言うまでもなく、主人公たちにおんぶにだっこ一択である。
彼らが選ぶ道は、原作通りなら多数決の道。さっき言った「全員が同じルートを辿ることは不可能」という原則から外れたルートになる。入り口は別々だが、進む先は同じという扉が五つあるのだ。
そして五人が中に入ることで進めるようになり、五人の意見をすり合わせながら進む多数決の道になっている。
原作においてここに参加するのは、メインの四人組に加えて新人潰しの異名を取るトンパだ。
なのでそう、もうおわかりだろう。恐らくは数々の先駆者たちもやって来たであろう、トンパと入れ替わる方針で行くつもりだ。
いやだってさ、トンパとか正直押しのけても心が痛まないタイプのクズだし……。
つーかそもそもあいつハンターに本気でなるつもりないんだから、ここで不合格になっても別にいいんじゃないかな。ここを突破してもどうせ次で落ちるんだし。
まあ本音を言うなら、あんまり主人公たち……というか原作で一定以上活躍が描かれているネームドキャラとは関わりたくないんだけどな。そういうやつの周りって、危険が向こうから笑顔でやってくるじゃん?
今までの道中で絡みに行かなかったのも、彼らの物語における登場人物になりたくなかったからなんだが……原作で描かれたトリックタワーの攻略ルートがこれ一つしかない以上、安全マージンをある程度確保できるルートはこれしかないんだよな。
ビビリと言いたきゃ言うがいい。俺は慎重な男!
……もとい、女なんでね……! 真ん中より上の実力者になったとしても、危険にはできるだけ近づかない所存である。
……問題はゴンたちが本当に原作通り多数決の道を選ぶのか? ってことと、パッと見ただけではこの多数決の道がどこにあるのかわからない、ってことだ。
まあこれについては、この屋上からそこそこの人数が脱出した辺りでゴンたちが抜け穴に気づくはずで、そのあとは比較的すぐに四人まとまって動くはずだから……それまで彼らを注意しておけばいいか。
……ガン見してたらレオリオ以外には普通に気づかれそうだな。他の受験者の様子も見ながらにしよう。道探しもきちんと並行する。こうすればごまかせるやろ。
円で探知すればいいだろって? バカ野郎お前、円とかアレめちゃくちゃ疲れるんだぞ。あのゼノですら神経削るからしんどいってぼやくくらいなんだから、俺の場合どうかは察してくれよ。
いや使えないわけじゃないよ? 前に応用技は全部きちんと戦闘で使えるくらいにはできる的なこと言った通り、ちゃんと使える。
そのときに少し触れたけど、円はマジで最低限なんだよ。半径二メートル半を一分十一秒が今のところ俺の最高記録だ。一応半径六メートルくらいまでなら範囲広げられるけど、それやると三十秒くらいしか維持できないんだよな。しかもその状態じゃ歩けないしさ……。
と、話を戻そう。
そんなわけなので、適当に屋上をブラつきながら探索を行いつつ、ゴンたちをそれとなーく観察することおよそ四十分。遂にその時が来た。
四人が一か所に固まり、それぞれの穴に落ちていったのだ。確認ヨシ!
「おっしゃ、俺も行くか」
大丈夫だとは思うが、他の連中に先を越されても困るので、すぐにそっちに足を向ける。
決して走らず急いで歩いてきてそしてその場の穴を軽く調べる。……うん、密集した五つの穴。まだ開くのはうち一つだ。原作通りと見ていいだろう。
……なんだか緊張してきた。
ここで遂に俺は主人公たちに完全に認知されるのだ。今まで避けておいてなんだが、やっぱり一ファンとしてはね。ワクワクするよね。
深呼吸を一つして……うん、よし。
メルメリア、行きまーす!!
ネテロ会長とキャッキャウフフの回でした。
会長が暇を持て余してるタイミングかつ、門下生からの申し出なら遊ぶくらいのことはしてくれるだろうなと思いまして。
なんだかんだでそれなりの使い手にはなってる主人公です。才能はなくとも、危険なのは怖くても、そこから遠ざかるための努力ならクソしんどくてもガンガンできる辺り、追い込まれればそれなりに輝けるタイプ。
今ならたぶん、前に触れてたキメラアント編でブートキャンプを終えた後のゴンキルくらいの戦力にはなってると思います。格闘、念双方の技術面で一日の長がある分、もしかしたらまだギリギリ上かもしれない。