マジタニが気絶してから約五時間が経過した。こんな何もないところで五時間ただ待ちぼうけとか、あまりにも時間の使い方としてもったいなさ過ぎて泣けてくる。
俺は念の修行というか、体力の回復のためというか、主に心を落ちつけたくて絶と瞑想で過ごしていたわけだが……ダメだ。これ以上は俺が我慢できない。
いや、四人目の試練官が気になるのが一番ではあるが、それとは別に残り時間が普通に気になる。
何せこの三次試験をクリアするのが早ければ早いほど、次の四次試験では少し有利に立てるんだ。原作だと色々あって結局ゴンたちのクリアは時間ギリギリになるんだが、それはできれば避けたい。
最悪の場合は俺が硬を床に連発してぶち抜いていけばなんとかなるだろうが、それはマジで最後の手段だ。色んな意味でやりたくない。
あと、俺の「みんなも鍛えればできるようになるよ」発言と、この空き時間中にやり出した「修行も兼ねた瞑想」を受けて、ゴンが瞑想を真似し始めたのも怖いんだよ。一刻も早くやめさせたい。
お前、おっまえ、1000万人に一人レベルの念の天才がこんなところで瞑想してんじゃないよ! そんなやつに何時間も瞑想されてみろ、うっかりここで念に目覚めちゃうかもしれないだろ! 頼むからまだもう少しだけ主人公より明確に格上という甘い夢にしがみつかせてくれ!
ってわけで、俺の精神衛生のためにもこれ以上は待ってられねぇ。強引にでも話を進めるぜ!
「ねえあのさ……あの人、もしかしてもう死んでるんじゃない?」
ということで、俺は瞑想状態を解いて口を開いた。
この言葉に、俺と同じくイライラしながら待ち続けていたレオリオが真っ先に反応する。彼は勢いよく立ち上がってリングのほうに近づき、目を凝らすが……ここからじゃうつぶせに倒れていることしかわからない。
いやま、俺は原作知識でこれが狸寝入りってことはわかってるんだが。それは根拠にはならないからなぁ。
「おい! そいつの生死を確認させてもらおうか! 目を覚ますどころかとっくに死んでるかもしれねーからな!」
レオリオが声を荒らげる。だが、返事は実に平坦なものだった。
「さっきも言ったでしょ。彼は気絶しているだけよ」
その言葉に、声色に、再度俺の心がざわつく。もしかして、とそわそわしてしまう。
「あれから何時間経ってると思ってんだよ!? とてもお前の言葉だけじゃ信用できねーな!!」
そして、そのときが来た。
「それじゃ、賭けましょうか?」
あ。と、思った。
間違いない。この状況で、そんな勝負を持ち出そうとするその姿勢。そのやり方。その言い方。
間違いない。あれは、あの人は、レルート先輩だ。
ここでの流れ……つまりレオリオを主体とした第四戦のことは、もちろんおおよそ覚えている。その記憶に照らし合わせると、ますますレルート先輩だという確信が深まっていく。
先輩はそういうこと、する。自分の刑期をチップにしたギャンブルを、こういう状況だろうと躊躇なくやる。あの人はそういう人だ。
そこがまた彼女の魅力ではあるんだけど、それは今は置いとくとして……。
マジかよ。あの人原作キャラだったのかよ!? 知らなかった、そんなの……!
いやしょうがないじゃん!? だってここで登場する五人の試練官なんて、序盤の数話しか登場しない半分モブみたいなキャラなんだもん!
クラピカにボコられる上にやたら小物で人間臭いマジタニと、キルアに文字通りの瞬殺されるジョネスは色々とインパクトが強いから名前まで覚えてたけど! こんなところにしか出てこないマイナーキャラの名前とか見た目まで覚えてるわけないって!
「よーし勝負は受けるぜ」
あっ、しまった。動揺しているうちに話が進んでしまった。
早速ギャンブルによる戦いを始めたレオリオの背中を眺めながら、俺はクラピカにそっと声をかける。
「クラピカ……ぼんやりしてて聞き逃しちゃったんだけど、この四戦目中にクラピカの勝利が確定したら試合を中断してすぐに抜けられるとかって取り決めってしてた?」
「……! いや、していない……!」
「あー……じゃあ間違いなくこの四戦目は終わるまで付き合わされるね……」
「……すまない、迂闊だった。レオリオが浅慮であることはわかっていたのだから、戦いの交渉に入った段階で口を挟むべきだった」
「いや、うん、仕方ないよ。レオリオのほうもだいぶケンカ腰だったし」
で、実際そうなった。
マジタニの気絶は狸寝入りであることが発覚し、彼はそのまま敗北を宣言。クラピカの勝利が確定するも……先輩は口八丁で四戦目の継続を断行し、俺たちはこの場に釘づけにされた。
となると、原作同様にレオリオの負けで俺たちは五十時間分を代償として浪費させられるだろう。
あのレルート先輩が、ここ一番のギャンブルで負けるところなんて想像できない。特にこういう危険なギャンブルであればあるほど、あの人は冴え渡るんだ。原作でもレオリオは負けてたしな。
そう思っていたところで……先輩の手枷が外された。彼女はそのまま上半身を覆っていた布切れを脱ぎ去り、顔を露わに……待てよ?
ここに来てはっきり思い出したけど、このあとに出される賭けのお題って確か……性別に関してだったような……。
「あたしが男か女か賭けてもらうわ」
やっぱり!!!!
「レルート先輩待ってください!? それ外れた場合どうやって証拠を提示するんですか!?」
「うわ。急にどしたのオネーサン」
「先輩? もしかしてメルメリアさん、あの人知ってるの?」
「高校の先輩だよ! こんなところで囚人やってるとは思ってなかったけど!」
これには我慢できず、俺は立ち上がって声を荒らげるが……。
「外野は黙っててくれる? 駆け引きの邪魔だわ。今後何か言うなら、勝負の妨害ってことでペナルティをつけてもいいのよ?」
「ぐふぅ……!」
先輩はチラッとこっちを見ただけで、ぴしゃりと言い切った。にべもない。
物理的に間に挟まれる形になってるレオリオが困惑している。他の面々も同様だ。
で、キルアが小声で聞いてきた。俺も小声でそれに応じる。
「……あんなこと言ってるけど? 騙されてんじゃないの?」
「騙されてないです……高校時代はルームメイトだったし大学入ってからもよく一緒に旅行する程度には仲良くしてました……」
「それであれとは……やはり所詮は犯罪者ということか?」
「いや先輩はああいうことする。先輩にとってギャンブルは生きがいの一つだから真剣勝負に水を差されたくないだけ」
「……悲しいのか嬉しいのかどっちなんだ?」
「両方……! 両方の心がある……!」
呆れたようなクラピカに対して、両手で顔を覆う俺であった。よしよしと頭をなでてくれるゴンの気遣いが心に沁みる。さすが年上キラー……!
「横やりが入ったけど、あなたが外れた場合は気が済むまで調べていいわよ。あたしの身体をね」
ほらやっぱりそういうことするぅ!! もっと自分の命とか身体とか大事にしようよぉ!!
と言おうとしたものの、他の三人から一斉に口をふさがれて不発になった。そうだね、口にしたらペナルティだね。ごめん。
でも念じるくらいはさせてくれ!
レオリオ!! 絶対当てろよ!? 外しても先輩の身体を隅から隅まで調べるとか絶対許さないからな!?
「ひえっ」
「うーわ」
「これはひどい」
たぶん威嚇のオーラが漏れ出ていたんだろう。三人とも冷や汗をかいているが、それでもここで下手なことはさせるものかという気概を感じる。一歩も引かないのはさすが主人公たちか。
キルアだけは及び腰だが、これは長兄イルミによる洗脳の影響だろうな。そういう教育を受けてるってこともあるんだろうけど。
「男に十時間!」
そして離れた場所からとはいえ、オーラ込みの威嚇に臆することなくそう言い切るレオリオからは、勇者の風格を感じた。
こんなところで覚悟を見せるんじゃないよ……!
あっあっ、先輩の! 先輩の身体が! 柔肌があらわに!!
うわああああ! やめろォ! 先輩の大事なところをそんなしげしげと見るんじゃないッッ!! 俺だってそこはまだ見たことないのに!!
「うわあメルメリアさん落ち着いて!」
「暴れんなっての……! ってかどんなパワーしてんだ、ゴリラかコイツ!?」
「負けて悔いなし!!」
「レオリオ……お前はもう喋るな……!」
しばらくお待ちください。
***
その後は案の定というか、原作通りにレルート先輩が完勝した。
が、五戦目は開催されなかった。俺が一戦目に勝ってたから、レルート先輩とレオリオの戦いが終わると同時に先に進むことが許されたのだ。
出番がなかったジョネスだが、暗殺一家のエリートに殺されないで済んだと思って納得してもらいたいところだ。
そのキルアも、出番がなかったことに対する不満は特に見えない。そう繕っているだけなのかもしれないけど、少なくとも表面上は。
「ここを通り過ぎると小さな部屋がある。そこで負け分の
一戦目の男にそう言われて、先に進む俺たち。
だが俺は途中で足をとめて、先輩と向き合った。
「先輩……心配したんですよ……」
「ごめんなさいね。カタギのアンタを巻き込みたくなかったのよ」
「だとしても、私は知っておきたかったです……」
「おかしな子。あんなに危ない橋渡るのを嫌がってたくせに。あたしはマフィアなのよ?」
「それでも……それでも先輩は私にとって、大切な人なんです!」
我慢できなくなって、思わず先輩の身体に抱き着く。
「先輩……大好きです。愛してます」
「…………」
「その……そう言う意味で。だから私、ハンターになったら……」
「……メル」
「ぇ、は、はいっ、なんでしょう!」
「……汗臭い」
「それ今言いますぅ!?」
先輩に嫌われたら死ねそうなので、とりあえず勢いよく離れる。
くそう、確かに昨日は半日以上走ってたし、ネテロ会長と長時間組手をし続けて精も魂も尽き果てた状態だった。その上で風呂はおろかシャワーだって浴びれてないから、そりゃあ汗臭いのは仕方ないだろうけど!
勢い任せだったとはいえ、こっちは一世一代の告白をしたってのに!
「もう……しょうがない子」
「先ぱ……」
けど、改めて先輩に顔を向けると、先輩は口元を手で隠しながらそっぽを向いていた。耳が赤くなっているのが見て取れる。
……おや? これはもしかして、脈があるのでは……?
「……言っておくけど、あたしが逮捕された最大の原因はうっかり十老頭のシノギに首を突っ込んだからよ」
「……マジすか?」
先輩ほどの人がどこでドジ踏んだのかと思ったら、とんでもない虎の尻尾を踏んでいらっしゃった……。
もしかしたらハメられたとか、あるいは家族であるマフィアファミリーを守るために進んでスケープゴートになったとか、そういう可能性もあるとは思うけど……どっちにしてもよく生きてたな先輩。豪運だよ豪運。
「だからどうなっても知らないわよ。話はアンタだけにとどまらないんだから」
でも、そうか。十老頭のメンツに関わる話となると、発端とも言える先輩を下手に生かして外に出すわけにもいかないのか?
だとするともしものとき、俺だけの問題じゃ済まなくなる。俺の家族はもちろん、親族にまで影響が及ぶだろう。なんなら一族郎党皆殺しまであり得る。マフィアの報復とはそういうものだ。
「それでも私、先輩と一緒にいたいです。ずっと」
けれど、気づいたら俺の口はそう言っていた。
言ってから、自分でも驚く。
俺は自他ともに認める凡人だ。この世界特有の恐ろしい死に方なんてまっぴらごめんだし、その原因になり得るものに近づくなんてもってのほかだと思ってる。
家族だって、今の両親や親族のことはそれなり以上に大切に思っているつもりだ。それだけのものを、あの人たちはくれたんだから。
それでも……だとしても、今の俺の中の優先順位はもう元には戻らないらしい。一番上にいる人のためなら……と、そう思えるくらいには。
なんだろう、なんだか不思議な気分だ。こんなに情熱的に人を好きになったことなんて、二回の人生を通じても初めてのことのような気がする。
あれかな。前世の結婚はある程度歳食ってからのことだったし、婚活サイトの仲介だったからかな。
これが若さか……。
「……ホント、バカね」
先輩が、視線をこちらに戻さないままぽつりとつぶやいた。ため息交じりの、本当に「しょうがないな」って感じの声だった。
けれどその後は手を下ろして、俺へと向き直る。そのまま先輩の顔が近づいてきて……一瞬だけ、唇と唇が重なった。
「……え、先輩……?」
「……待ってるから」
「……! はいっ! 死んでも絶対迎えに行きます!」
「約束よ? マフィアの約束は怖いんだから」
「破ればの話でしょ? なら大丈夫ですよ! 鍛えてますから!」
たとえ鍛えていたとしても、どんなに強いやつでも、何かの拍子にあっさり死ぬのがこの世界だ。
だから……もっと、もっともっと、強くなろう。何があっても先輩との約束を守るために。何より、先輩を守れるように。
はい、ということでもう既に感想返しで答えてましたが、本作ヒロインに内定していたレルートはちゃんと原作キャラです。声はかないみかさん(日テレ版)なのでめちゃくちゃいい声してます。
ただ、本作における彼女の設定は大半が独自設定です。数少ない公式設定である希少生物の売買と違法賭博の罪から色々膨らませて、マフィアという形に落ち着きました。
結構いい感じになったんじゃないでしょうか。
目の上のたんこぶになり得る十老頭は約9ヶ月後に全員死ぬしな!
なお、実を言うとちんちんの天啓を得た直後、書き始めた当初の予定では、ヒロインはネオンの予定でした。これはこれで、やってみたら面白い気もします。
それがなんでこうなったのかは、正直よく覚えてません。ハンター試験編を読み返してて、なんかキたっていうか。
たぶん年上になつきまくるわんこ系後輩主人公と、一部の人にだけ甘いツンデレ系先輩ヒロインの組み合わせが書きたかったんだと思います。