「俺、男に戻れんかもしれん……」
ある日の夜。シャワーを浴びながら俺は頭を抱えていた。テイクツーである。
念能力にいまだに目覚められてない、ってわけじゃない。自宅から車で一時間弱のところにある心源流道場に入門して、約三年半が経った。その間転生者のプライドにかけて必死に稽古に食らいついた結果、どうにかこうにか念の教えを受けられるところまでは来れたからな。
結果として、なんとか開眼まではこぎつけることができている。一桁歳にして念に開眼、というのはこの世界でも珍しいほうだろう。
ただ、ここで調子に乗ると痛い目を見るだろうことは明らかである。念を授けてもらえた理由も才能豊かとかそういうんじゃなくて、礼儀正しさとか素直さとか、あるいは何度失敗してもめげない根性とかそっち方面だし。
もちろん、師匠たちから見たら才能あるように見えてるかもしれない。将来性を期待してくれたのかもしれない。
が、それは俺が転生者で精神年齢が他より高いからだ。同年代よりも教えられることのありがたさを理解しているからこそ、現時点では理解力がずば抜けているからこそで、ある程度歳を重ねたらこのアドバンテージはすぐに消えてなくなる。だからここは謙虚堅実をモットーに、もっと貪欲に教えを乞うて行くぜ。
じゃあなんでまた頭抱えてるのかって言えば、それはやっぱり己の才能のなさである。
そう、念の修行は滞っている。
……いや、しょうがないだろ!? 繰り返すが俺は凡人なんだよ。結局ここでもやっぱりそうだった、ってだけの話だ。
ここまでの道のりを簡単に言うと、俺は四歳くらいで修行を開始し、何の成果も得られないまま六歳に。そこで一念発起し、心源流に入門。念の教えを受け始めたのが二年後の八歳からで、念にきちんと目覚めたのはそのさらに一年後、九歳のときである。
師匠たちの視点だと一年で目覚めたそこそこ才能があるほう、という認識かもしれないが、それまでに見様見真似でもやっていたことが繋がったからこそだろうと俺は思っている。試行錯誤を続けた日々は無駄ではなかったのだ。ガチで前情報なしでゼロから修行開始だったら、まだ目覚められてはいなかっただろう。
話を戻そう。今がそこから半年くらいが経ったタイミング、間もなく十歳というところなのだが……現在の成果は、とりあえずの纏と絶だけである。練? やつなら家出中だよ。
いや一応できてはいるんだけどね。本当にそれ練なの? ってくらいのショボい練しかできないんだ。どれくらいショボいかっていうと、水見式をしても系統がさっぱりわからない程度のショボさである。マジヤバくね。
師匠が言うには、これは俺の練が特別ドヘタってわけではなく、単純にオーラの総量がそもそもめちゃんこ少ないらしい。
練はオーラの総量を増やす技術じゃなくって、体外に出すオーラの量を増やす技術だ。だから大元の潜在オーラが少なかったら、出せるものも出せないってわけだな。
まあこれも悪い面ばっかりじゃなくって、オーラの量が少ないからこそ逆にオーラを一切出さない状態である絶はわりかし得意である。
絶の状態だと気配を消せるし、自然治癒力も上がる。おかげで最近は、うっかり食事中に口の中を噛んでも今までの何倍もの早さで治せるのが地味に便利で助かってる。
ただ絶は文字通りオーラを外に一切出さない技術なので、この状態の防御力はオブラート未満だ。念の籠った攻撃がかすっただけで死にかねない。
とはいえ、どうにもならないわけでもない。オーラの最大容量は修行で増やせるからな。だからしばらく(てゆーか未来永劫?)は、纏と練をひたすら繰り返すだけの日々になるだろう。師匠からもそう言いつけられているので、空いた時間は基本的にこれに充てている。
だが、念の修行だけをしているわけにはいかないのが人生だ。拳法としての心源流だってもっと身に着けたいし、将来のための勉強も欠かせない。学校だってあるのだ。
え、転生者なのに飛び級とかしないのかって? 嫌だよ、貴重なモラトリアムの時間を削るなんてとんでもない。
学校を出た以上は相応の責任を負わされるし、それこそ労働だってしなければいけなくなるだろ。それは、それだけは嫌だ。俺は楽して左うちわで暮らしたいんだ!
そう、俺には覚悟がある。向こう十年は親のすねをかじり続ける覚悟がな……!
というわけで、せめて成人までにはなんとかしたい。なんとかしたいが、これも才能が大きくかかわってくることだからなぁ……。
やれやれ、性別を変える発を開発できるのは一体いつになることやら。ババアになってから身に着けたって遅いってのに……ってことで、冒頭のセリフである。
ただまあ、男に戻る云々抜きにしても、そろそろ将来のことは考え始めといたほうがいいかなとも思う。この治安の悪い世界で、一般TS転生者は何を思い何を成すのか。
俺の嘘偽りない本音は、できるだけ楽して生きていきたい、である。なるべくなら働きたくない。働いたら負けだと思ってる。
これが中世ファンタジーものとかなら、ニート生活してても暇すぎて苦痛だろう。
だがこの世界は現実ほどじゃないにしても、ゲームやらマンガアニメなどの娯楽がそれなりに豊富な世界だ。だから金さえあれば、ニート生活も夢じゃない。
つまるところ、必要なのは金だ。現実もこの世界も、そこは変わらない。やはり金……金はすべてを解決する……!
というわけで、できるだけ楽に大金を稼ぎたい。そういう仕事がいい。できるなら、一年に一回、ちょっとしたことをするだけで遊んで暮らせるだけの金が入るやつ。
でもそんな仕事、そうそうあるもんじゃないんだよな。
当たり前の話だ。だからまっとうに働いてくしかないのかなぁと思うわけだが……。
けどさぁ。普通に就職して普通に働いて……なんて現実と大して変わらない生活をもう一度したいかっていうと、やっぱノーなんだよなぁ。その生活、前世でさんざんやったからもう飽きたっていうか……あくせく働くのはもう御免っていうか……。
そういう意味では、ネオンはわりと俺の理想に近い暮らし方をしていたな。親との関係は冷え切っていたし、年少者ゆえの不自由はかなりあったが、自身の能力である占いによって世界中の有力者とコネがあり、占いの数はそれなりにこなさないといけないもののそれ以外で忙殺されているような描写はない。人体収集という趣味に生きていたように思う。
なので、俺はそこを目指そうと思う。将来何が使えるかわからないから、学校はきちんと勉強して普通に時間をかけて卒業したい。モラトリアムの時間を削りたくない、ってのはそういう意味もある。
一応、せっかく異世界転生したんだし、可能ならこの世界じゃないとできない仕事がしたいなぁって思うことはある。
けどこの世界特有の仕事ってなると、やっぱハンターなんだよなぁ。
ハンターの仕事って、多岐に渡る。賞金首ハンターとか、懸賞金ハンターとか、美食ハンターとか、色んな肩書のハンターが原作に出てきたが、一貫性がない。
彼らの共通点なんて、「何かを追い求める者である」「パンピーより強い」くらいのもんだ。ハンターとは常に自分が求めるものを追求し続け、そのためなら命だって平気で賭けられる人種のことなのだ。「懸ける」じゃなくてガチで「賭ける」なヤツがわりといるのがまた怖い。
そんなにも夢中になれる何かを、俺は今のところ見つけられていない。
前世でも、そういう何かはなかった。ほどほどに色んなものを見聞きして楽しんだけど、ずっと追求したいと思えるものには出会わなかった。
だからこそ、だ。そういうものを見つけるためにも、今のモラトリアムの期間は大事にしたいと一般TS転生者思うワケ。いやまあ、単純に労働したくないってのも本音ではあるけど。
***
毎日ひたすら纏と練を繰り返す日々の中で、一つ思い出したことがある。原作のタイトルにもなっており、この世界において非常に大きな特権を持つ職業、ハンターについてだ。
思い出したっつーか、この世界の歴史なり社会なりを学校で教えられることで改めて思い至った、ってのが正しいんだが。
ともかくハンターだが、これになるためには年一開催の資格試験で合格する必要がある。その資格を担保するものが、ハンターライセンスという資格証だ。
これを提示することで各種の特権が利用可能になるという非常に重要なアイテムであり、原作でもたびたび色んな人物が利用している。その使用者が善人か悪人かは関係ない、というのがこの世界の怖いところではあるが。
だが、問題はそこじゃない。問題はこのライセンスが、「七代は遊んで暮らせる」くらいの金額で売れるってことだ。
……これじゃね!?
手っ取り早く遊んで暮らせるようになるために必要なのは、これなんじゃね!?
と、そんな風に思ったわけですよ。俺は天啓を得たのだ。
もちろん、七代も遊んで暮らせるほどの金額ってのはさすがに誇張だろう……と思ったが、確か日本の生涯年収の平均が二~三億くらいだったはず。ということは、単純計算で七代が遊んで暮らせるってことは十五億とかそれくらいで売れるということだろうか。
この世界にはとんでもない高額のモノがそれなりにあることを考えれば、あんま大したことのない金額のような気がしてきた。グリードアイランドの販売価格が59億だぞ。まるで足りんわ。
グリードアイランドはさすがに極端な例かもだし、それはそれとしても慎ましやかに暮らせばライセンスを売るだけでも十分かもだが……取得する苦労に見合った金額とは思えないな。
となれば、特にハンターになってやりたいことは何にもないけど、それはそれとしてハンターとしての立場はきちんと維持すべきなんだろう。
そもそもの話、このライセンス色々とぶっ飛んでるしな。マンガ特有のやりすぎな特権特盛ライセンスなのだ。
だってこれ持ってるだけで、一般人は入れない場所の約八割以上に入れるんだぞ。公的施設も95%がタダになるし、街の質屋ですら即金で億単位貸してくれる。戦闘狂のヒソカが言うには、人を殺しても不問になることも結構あるらしい。
マジでどうかしてる規模の特権だと思うが、要するに持っているだけでも一生不自由しない生活が送れるのだ。だから即売るのが正しいのかどうか、ってなるんだな。
それに、「ライセンス売って金にするためにハンターになりに来ました」なんて言ったら、結構な人数にブチ切れられるだろうし。クラピカとか。
まあどっちにしても、そういう金なり特権なりが欲しいなら、ハンターはなってきちんと活動すべきなんだろうな、やっぱり。
となると、修行ももっと本腰を入れたほうがいいかもなぁ。なんせハンター試験、普通に人が死にまくるから……。
それとどうせ受験するなら、原作で描写された287期、288期、289期のどれかが無難だろう。俺は自分を過大評価していないので、仮に合格できるとしたら試験内容がわかってるそのどれかしか可能性はないまであると思ってる。
命の危険がないという意味では、289期が狙い目だ。ここは筆記試験とか面接とかがメインに切り替わった回だからな。
問題は、俺の成人時期がそれより前に来るということである。俺は! 普通には働きたくねぇんだ!!
我が家は中流階級くらいなので、別に一年や二年くらいはニートしてても多少は許されるだろう。だが今は1987年で、原作開始の287期ですらまだ十二年も先のことになる。
……クカンユはフランスがモデルだとかどっかで聞いたことがある。フランスの教育制度とか成人の時期は知らんが、少なくとも今俺が住んでいる地域は十八歳が成人だ。つまりあと八年が一応のタイムリミットなわけだが、287期を目指すとしたらニート期間は四年になる。それはさすがにまずいだろう。
これを逃れるために大学に通ったとしても、順当に大学を卒業するタイミングがタイムリミット。そこが287期にかかるから、もうここが本当にギリギリのギリってことになる。
医学薬学部? それはちょっと俺の頭じゃ無理かなって……。
それと大学院もちょっと難しいだろう。これは主に我が家の財政的な問題だな。一人っ子ではあるが、それでも大学院はな……やっぱ高ぇのよ。やはり金……金はすべてを解決する……!
……うん。やっぱもっと修行頑張ろう。
でもって、早く男になる発を開発して、男としてハンター試験を受けよう。ハンターライセンスってある意味最強の身分証明証だから、男としての俺を公的に認めてもらうためにもあったほうがいいだろうし。
かくして、恐らくは過去一不純な理由でハンターを目指すTS転生者が誕生したのであった。
ハンター二次で、マネーハンター狙いの主人公って案外見ない気がする。というかまっとうにハンターしてる/しようとするオリ主ってなかなかいないんじゃなかろうか。
原作を変えたり、原作キャラと仲良くなったりとかももちろんやりたくはありますけど、でもそれハンターらしくはないよねって言うか。
でも元一般人がハンターになる動機って何が一番らしいかを考えたら、やっぱ金でしょってなったんですよね。
いやまあこいつ最大の目的は現状ちんちんなんですけど。