カストロ。ジャンプ史はおろか、日本のサブカル史上においても有数のかませ犬として名を残す稀代のキャラクターである。
彼以上のかませは、恐らくヤムチャ(かませ回数の多さ的な意味で)かサイコロステーキ先輩(最大瞬間風速的な意味で)くらいしかいないだろう。それくらいの逸材である。
だが彼、実際にはとてつもない達人だ。
とはいえ、かませ犬とは得てしてそういうもの。前評判が高い、つまり世間的には実力者であるキャラがあっさりと敗北する形がもっともかませ犬の効果が高いのだから、それを担保するためにかませ犬本人は実力者でなければならないのだ。
実際、カストロの戦績はとんでもない。二百階クラスでヒソカ以外に負けたことがないから、という意味じゃない。彼が初戦でヒソカからポイントはおろかダウンを取っているから、という意味だ。
何せ天空闘技場において、ヒソカはカストロ以外からはダウンを取られたことがない。この時点でカストロはまだ念に目覚めていなかったにもかかわらずだ。ヒソカも多少舐めプしてたとは思うが、だとしてもこれがどれほど驚嘆に値することか。
そう、彼は発の開発こそ失敗してしまったが、その格闘能力は作中でも指折り。というか、ほとんどトップクラスだろう。
そんなやつを相手に、俺が勝てるかというと……まあ、勝てるわけがないよねっていう。いや、そりゃあ念を解禁すれば余裕で勝てるのは間違いないけど、相手が相手だから武術一本で戦いたかったんだ。
まあそれで負けてちゃ世話ないって話ではあるんだが。結果自体に不満はない。できるだけ早く上がりたいという俺の思惑は第二歩目にしてつまづく結果となったが、経験値的にはアドだろう。
悔しくないとは口が裂けても言えないけどな!
「残念だったわねぇ」
「ぐぬぬ……いきなりあんな達人と当たるなんてツイてない……」
「そんなときもあるでしょ。ま、あたしは稼がせてもらったからいいんだけど」
なお、レルート先輩はちゃっかり俺じゃなくてカストロに賭けて資金を増やしていた。あんなこと言っておきながら、賭け一発目でいきなり俺に賭けないなんて選択肢普通取れるもん?
いやわかるよ、先輩ってこういう駆け引きめちゃんこ上手いし。きっと会場の状態を見て、カストロのが勝てるって判断したんだと思うけどさ。なんか釈然としないぜ……。
「そうは言うけど、アンタ戦う前から負けてたわよ?」
「……え?」
が、返ってきた言葉に俺は愕然とした。
「格闘技なんてあたし詳しくないけど、それでもアンタのことはよく知ってるからね。……顔に書いてあったわよ、『勝てるわけない』って」
「…………」
「ギャンブルだってそうだけどね。戦う前から負ける気でいたら、勝てるわけないじゃないのよ。この世に絶対なんてないけど、絶対勝つつもりでやるのが当たり前じゃないの?」
「…………」
「っていうか、最初から負ける気で戦うのって、武道家としてどうなの?」
「……その通りですね……」
そうだ。
先輩の言う通りだ。俺は確かに、勝てる気がしないって思ってた。原作でも屈指の実力者カストロ相手に、一般TS転生者の俺が勝てるわけないって思いこんでた。そうじゃないかもしれないのに!
くそう、俺のバカ! 何が武術一本で戦いたかっただ! このヘタレ! 師匠に申し訳が立たねぇ!
「先輩! 私のこと殴ってください! 活入れてほしいです!」
「イヤよ、そんなことしたらあたしの手が痛いじゃないの」
「ですよね! 知ってた! おりゃあ!!」
かくなる上はと思って頼んだら、あっさり断られてしまった。先輩はそういうこと言う。
ので、自分で自分の頬を思い切り叩く。両頬に赤々ともみじができたが、これは不甲斐ない自分への戒めだ。
「見ててくださいよ先輩! 私、明日から絶対負けないんで!!」
「絶対なんて言葉、あたしは絶対信じないけどね」
「そこは信じてくださいよぉ!? かわいい後輩が発奮してるんですよ!?」
「かわいいのは認めるけど、それはそれこれはこれよ」
「ぐへぇ! でもかわいいって認めてくれたのは嬉しいですありがとうございます!」
先輩がツン! もっとデレてくんないかなぁ!
「……ほんと、バカね」
「ありがとうございます!」
「はいはい」
ひらひらと手を振る先輩。やっぱりそっけない。
でもその顔を見て、俺はにへらと笑った。この絶妙な距離感が、やっぱり好きなんだよなぁ。
***
次の日からは、順調に勝ち進むことができた。三日連続で二戦出場、合計六連戦を全勝して、無事百階クラスに到着だ。
この時点で、俺の所持金が百万くらいに到達。転生してからの個人資産の最高記録を大幅に更新した。
その翌日は、せっかく大金を得たんだからってことで、試合は休業。先輩と一緒に街を散策して過ごした。
色々食べたり、よさげな服を見繕ったり。ウィンドウショッピングが大半だったが、それでも楽しかったな。今の俺は、女子と一緒にあてどなく街を見て回るだけでも楽しめるのだ。
もちろん冷かしてばっかりだったわけじゃない。二人で色々買い込んだぞ。野蛮人の聖地とも言われる天空闘技場の周辺にはおしゃれ系のものを扱う店はそんなに多くなかったけど、それでも十分だ。
へへ、先輩にキレイな緑色のリボンもらっちゃったぜ。細かい縁取りなんかが凝っててオサレだ。
早速ポニテにしてみた。どうすか。かわいかろう?
「まだまだね」
「そこはもうちょっとなんかあると思うんですけどぉ!?」
まあ髪の量が少し足りてないし、微妙と思われても仕方なくはあるか。せっかくの機会だし、もう少し伸ばしてみるかな?
ともかくその後はまた翌日から一日二戦する日々に戻り、合計一週間半をかけて俺は初日以外つまづくことなく二百階クラスに到達することができたのだった。
いやー……なんていうか……百九十階クラスも即抜けしちゃったんだけど、ここのファイトマネーが二億って感覚がマヒするね……。おかげさまで、この時点で俺の個人資産は約四億に到達しようとしている。
なんだこれ。定年前に死んだとはいえ、前世の生涯年収を既に余裕で上回ってるんだが?
この俺がほとんどストレートに超人とも言えるクラスである二百階まで到達できたのも、いまだに信じられない。これは現実か?
「アンタが今までずっとやってきたからこそでしょ? その結果なんだから、もっと誇ればいいじゃない」
先輩はそう言ってくれたが、俺は人生二回とも一般庶民だし凡人なのだ。この辺りの感覚に慣れるには、もうちょっと時間がかかりそうだよ。
ちなみにレルート先輩も順調で、俺が確認している範囲だけだが既に彼女はここでの賭けだけで十億ジェニーほど獲得している。
もちろんそれはあくまで獲得額で、実際の総資産額は差し引きでだいぶ下がるとは思うが……どうもこの人、要所要所で全賭けしてるらしいのだ。
この人、こういうところあるんだよな。普通ならためらうような場面でも、躊躇なく全財産をそのままベットしちゃう。俺なんてギャンブル苦手だから、そんなのとてもできないぜ。
「確実に勝つギャンブルなんてつまらないから好きじゃないけど、確実に勝てる場面をみすみす見逃すほどお人よしでもないわよ」
とのことらしいが、そういう問題じゃないと思う。
さて、そんなこんなで天空闘技場に来てから二週間が経ったある日のこと。今日は試合には参加せず、観客として闘技場に来た。
今日は、というか二百階クラスに上がってから今日までにまだ一度も戦っていない。二百階クラスは基本戦いたい日に戦えるシステムなので、自分で調整ができる。その分それなりに時間はあるんだよね。
まさか一か月どころかほぼストレートにここまで来るとは思ってなかったので、若干時間を持て余し気味だが……それはそれとして、二百階クラスの戦いは基本的に念による戦いなので、俺としても体験はしたいし見学だってしたいんだよね。見ることだって修行の一環なのだ。
下手したら死ぬ戦いばかりだが、それでも原作ヨークシンシティ編以降どんどん加速していった殺意に比べれば、だいぶ穏当なほうってのがこの世界のヤバさを表してるような気もする。
ともあれそんなわけで今日は観戦に来たのだが、実のところ今回に限っては観戦自体にはあまり興味がない。
「メルもせっかくだし賭けてみない?」
「そですねぇ、たまにはやりますか」
で、先輩に誘われたんで、俺もせっかくだから賭けることにした。
そしたら先輩、まったくよどみなく賭け方とかこの闘技場における賭けの仕組みとかを説明してくれた。
へえ……単純な試合の勝ち負け以外にも、ポイントがどれくらい入ったかを見る賭け方もあるんですね。……いやいや、そんなん当たるわけないやろ……。
ていうかこの人、マジで一日にどんだけ賭けてるんだろう? 俺がさっき、彼女の資産について「俺が確認している範囲」と言ったのは、この辺が大きい。俺が関わっていない場所での賭けにも積極的に参加しているらしいのだ。
そんだけ連続で賭けてたら負けるときもそれなりにあるわけで、けれど先輩の資産は多少の上下はあってもトータルで見れば増え続けている。マジでどんな勝負勘してるんだろうね。
とはいえ、今回の戦いは賭けに悩む必要がない戦いなので、俺も遠慮なく賭けることにした。先輩の誘いがあったからってのもなくはないが、ここは最初から結果がわかりきっているから賭けることにしたってのが大きい。
なぜなら、今回の二百階クラスの対戦カードは、ヒソカ対カストロなのだ。観戦自体にはあまり興味がない、ってのはそういうことだ。
方や気まぐれな死神、方やいまだ念に目覚めていない非能力者。勝敗結果は火を見るより明らかだ。念による戦闘の参考にはまったくならないから、今回はほとんど冷やかしと先輩の付き添いみたいなもんなのだ。
きっとこの戦いがカストロにとっての洗礼であり、ヒソカがカストロに目を付けた戦いなんだろうな。ここでカストロは念に出会い、ヒソカとの因縁を刻まれたのだ。あるいは恐怖も。
そして賭けとしても、こんなもん迷う余地が一切ない。取られるポイント5以下でヒソカが勝つに秒で全賭けだ。
カストロには悪いが、ここは俺の資産の糧になってもらうとしよう!
「初日に彼に負けたのがそんなに嫌だったの?」
「そういうわけじゃないんですけども」
なお、先輩もしっかりヒソカに賭けていた。さすがに全賭けはしていなかったが、それでもやっぱこの人の勝負勘やべぇわ。
で、結果はお察しの通りだ。特に何かが起こることもなく、順当にカストロが負けた。
原作同様にカストロも一度ダウンを取っていたが、念なしではやはり勝てるはずがない。最後意識を失う直前、精孔が開いてオーラが噴出したのが見えたので、洗礼自体も問題なく済んだことだろう。
カストロの具合は、あとで噂で聞いた話では、ヒソカがやったにしては軽傷だったらしい。それでも全治二か月くらいはかかるらしいけど……念に目覚めた上に原作の才能お化けっぷりからして、それよりも早く完治するんじゃないかな。
ま、大怪我でダウンしているカストロには悪いが、俺たちはがっぽり稼がせてもらったから感謝してるぜ。
いやあ、まさか一般人の俺が二十億近い資産を手にできる日が来るとは思ってなかった。
正直な話、これだけあれば今からでも十分遊んで一生暮らせるわけだが……リスク回避のためにも口座は分散させて、さらにそれぞれに十分な金額を確保しておきたい。
この世界、うっかりほしいと思ったものがとんでもない金額で登場する可能性が否定できないだろ。ハンター専用サイトで情報収集するときもわりと数百万、数千万単位の金が飛ぶし、極端なたとえだが前にも触れたグリードアイランド(販売価格59億)みたいなやつがこの先出てこないとも限らないからな。
そういうときのためにも、もう少し資産は保有しておきたいところだ。
先輩も、今一番ほしいものがかなり高額なものらしく、何より金はあればあっただけいいということで、まだまだ稼ぐつもりらしい。そうこなくっちゃね。
カストロの救済は今のところ特に予定しておりません(無慈悲