no title 作:チキン南蛮定食
やばいやばい――!!
遅刻する――!!
必死に両手を動かして、前へ前へと全力疾走しているけど、間に合う気がしない。
左手首につけた時計を見れば、入学式まであと2分。終わってる。完全に終わってる。
魔法を使ってひとっ飛び出来たらどれほどいい事だろうか。
んまぁ、残念ながら、そんな都合のいい魔法はないわけで。
現実逃避&ダッシュを繰り返しているうちに、会場扉の前まで来れた。
通り過ぎないようドアの前で急ブレーキ。ワックスが塗られた木の床と、自分の靴が擦れて小気味のいい音が鳴る。
「会場はここであってますか!」
扉の横にいた警備員に詰めよれば、コクコクと頷く。
警備員さんが何か言葉を発する前に両開き扉に手をかけ、何の躊躇もなく勢い良く開け放った。
後になって思う。自分バカすぎだろ、と。
どう考えても、静かに入るのが得策だったのに。
「裏口が……」と、か細い声が聞えた時には時すでに遅し。
扉を勢い良く開け放ったせいで、全校生徒の視線を一身に浴びる。
つい、(ぎゃああああ!! ミスったああああ!!)と叫びそうになって、グッと喉元で抑え込む。「ぎゃ」までは出てたかもしんない。
会場の壇上から一人の女性と目が合った。胸に付けた赤い花から察するに同じ新入生。
そしておそらくきっと、新入生代表の言葉を述べていたところだったんだろうと簡単に予想できた。事前にしおりは貰っていたし。
「ふぅ……」
軽く息を吐く。
次にすべき行動は分かっている。
スッと膝を畳み込み、両手をハの字にして地面に付いた。
「すみませんでしたあああ!!!」
死ぬ気で謝った。これ以上ないほど真剣に謝った。
結果として、『入学初日に土下座した奴』と通称が付けられたのは言うまでもない。
ー1-
入学式が始まる数十分前のこと。
早朝独特の、冷たくて透き通った風を浴びながら、寮から学校までの通学路をのんびり歩いていた。
時計をチラッと見れば、全然時間に余裕がある。少し早く出過ぎたか。これなら、途中で道草食っても問題なし。といっても、食う気はないけど。
レンガで造られた地面に対して、わざと音が鳴るように地面をはじきながら歩く。カツカツと音が鳴って、ちょっと気分が上がる。
新調したてのスニーカーは、まだ履きなれてないから硬さがある。新品の時にしか味わえない感触を楽しみながら、ふと、店の前で立ち止まった。
ガラスの前で止まり、「ふふん」とポーズを取ってみたりしちゃったり?
なにも新調したのは靴だけじゃない、今着ている制服もそうだ。パリッとしたブレザーに、ひざ上まであるスカート。首元のネクタイの位置を整え、左胸にある校章の角度を正す。
ついでに、自慢のサラサラショートヘアーを見る。前髪は割れてないけど、手櫛で軽く調節。
うん、いい感じ。
丁度、その時。店の扉が開いて、店員らしき人が顔を覗かせる。
「何か御用ですか?」
「い、いえ。すみません」
頬が熱くなるのを感じながら、そそくさとその場を後にした。
内側に人がいるって知ってたら、かっこつけなかったのに。
ハズカシッ。
ー2ー
気持ち早歩きで進んでいたら、道の途中で立ち尽くす小さな少年がいた。
ぱっと見3から4歳くらいで、自分の服裾をぎゅっと掴み、不安気に視線をあっちこっちへ彷徨わせている。
明らかに困っている様子。無視する理由もないので、少年に近づく。
「やあ、ボク。どうしたのかな?」
軽くしゃがみ込んで、少年を見上げるようにして目を合わせる。
少年は一瞬ビクッとしたが、私がなるべく優しく笑いかけると、ゆっくりと口を開いてくれた。
「おか、おかあさんが、いない……おかあさんが」
「もしかして、迷子になっちゃたの?」
「おかあさんが、おかあさんが」
「うんうん、そっか。おかあさんとはぐれちゃったんだね」
絶妙に会話が通じない。
てんぱりすぎてこっちの話が聞えてないのか、本人の中では会話が繋がっている判断なのか。
とにもかくにも、聞けることだけ聞いてみないとやりようがないか。
「ボクは何歳かな?」
「……3」
指を立てながら、教えてくれる。
「おかあさんの名前はわかる?」
少年は軽く唸ったあと、「ううん」と涙交じりの声で首を横に振った。
「だったら、おかあさんから貰ったものとかはないかな」
少々話が通じなかったり、脱線したりしたけれど、粘り強く話しかけていたら、ポケットから御守りを取り出してくれた。
「ちょっと借りても大丈夫?」
「うん……」
首から下げているネックレスを取り出す。
ネックレスを軽く握りめて、
「サーチ、実行」
と、定型文を発すれば、握りしめた拳の隙間から光が漏れる。
「まほう、つかえるの?」
「ふふん。これでも、魔法学校に通ってるエリートですから!」
これから通うんだけど、まぁ、誤差誤差。
少年は迷子になってる事実を忘れて、パアッと笑顔を浮かべてくれたし、何でもよし。噓も方便って奴。
そうこうしているうちに御守りが光り、一つは少年の方へ。もう一つは弱い光だけど、反対方向を示していた。
「多分、あっちにおかあさんがいるね。はぐれたら怖いから、おててつなごっか」
自分の手のひらより一回り小さくて柔らかい手を、しっかりと握りしめた。
ー3ー
方位磁針のように光が示す方向へ歩いていけば、恐らく少年の名を呼んでいるだろう母親を発見。
少年が私の手を振りほどいで、一目散に駆けていく。
無事に再会して、抱きしめあう二人を眺めて、心の中に暖かい気持ちが広がっていく。
ふと、時計を見る。
――瞬間、思考が止まる。
母親と少年がお礼を言おうとしているのを遮って、勢い良くその場から駆け出す。
やばいやばい――!!
遅刻する――!!