霞の奥の幻影   作:にわとり肉

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 実はモンスターハンターシリーズの全てに透明になって参加しているという説が有力なあいつです


(イニシエ)(マナコ)

 『……から府中市を覆う霧は、今日も衰え知らずで____』

 

 ある日の朝方、美浦寮のとある一室である。小さなテレビから流れるニュースをBGMに、黒い髪を艶やかに伸ばした少女――マンハッタンカフェは、金色の瞳に困惑を浮かべながら、先の見えない窓の下にある棚の中をまさぐっていた。ぺたんと地面に腰を下ろした彼女の周りには、白い下着や私服、変えの部屋着などが乱雑に広げられていた。

 

 「……くぁっ……んん、ん? カフェさン? 何をしてンですが……?」

 「!!」

 

 その時、唐突に横から眠たげな声が聞こえ、マンハッタンカフェのやせぎすな背筋がピンと張り立つ。ハッと音のなった方へ振り向くと、そこには、はだけた布団の上で目を擦る同居人の姿が。

 

 「……その、えっと。……下着が、無くて」

 

 と、事の次第を話したカフェの頬が僅かに火照る。

 

 「下着ぃ〜?…… あー、最近“盗っ人”出てるらしいですからねぇ…… シチーさンもお化粧用品無くしたって言ってたし…… もしかして盗られちゃったのかもぉ」

 

 しょぼしょぼした目でカフェを見やり、うつらうつらと首を漕がせながらそう言う同居人から、赤みの差した顔を背けたカフェは、散らばった部屋着に目を落とす。

 そして、瞬きの後、霞の中に不気味に光が湛えられた外へ目を向け、

 

 (……“お友達”は、何か知らないのですか)

 

 その瞬間、静まり返っていた部屋に僅かな軋みが走り、カフェの長い前髪がふわりと揺れる。

 そして、彼女の片耳に“声”が走る。

 

 「……」

 

 しかし、くりくりとした金色の瞳に光をためた無表情に、次第に眉間に皺が寄っていき、しまいには大きくため息を吐いて項垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____この異変が起こったのは、3日前の蒸し暑い早朝のことであった。

 突如として府中市を覆った謎の霧。たった1日だけならば、時期はずれの濃霧としてすぐに忘れ去られてしまうのだろうが、太陽の光を吸収し、ぼんやりと紫色に光って見えるそれが、光の切れ間をつくることすらなく、すでに3日経つ。

 そのあおりは当然、多くのウマ娘達が“トゥインクル・シリーズ”にて夢を叶えるため、日夜研鑽を行う学舎____トレセン学園にもかかる。

 

 「……」

 

 美浦寮から外へ出た、紫の夏用制服に身を包んだマンハッタンカフェは、懐中電灯のスイッチを入れる。しかし、光で照らされるのはせいぜい5メートルが良いところである。

 短い嘆息を霧に溶かした彼女は、スクールバッグを揺らして歩き始める。

 本来であれば、彼女は早朝からトレセン学園周辺を軽く走って汗を流す予定だったのである。しかし、この状況下で公道を走れるほど、彼女の常識は欠落していない。

 沈黙した門を潜り抜け、人の気配が立ち消えた歩道へ出ると、霧の奥からくぐもった音が聞こえてきて、二つ並んだ光が右側から迫ってくる。

 それが車だと認識するのに手間取るのだから、ウマ娘専用レーンであっても走るのは憚られるものである。

 いつもよりもスピードを落とした車が過ぎ去り、その風に靡く黒髪を押さえた彼女は、霞んだ世界に金色の瞳をやり、奥へと進んでいく。

 少し進むと、シルエットがはっきりしていくように目の前に現れたのは、赤い煉瓦造りのトレセン学園の校門。ウマ娘達が夜を過ごす寮と学園は隣接しているのだから当たり前である。

 しかし、振り返ると寮の門は朧気に見える程度。

 正面に向き直り、校門の奥側を、目を狭めて注視しても、かろうじて見えるのは、電灯の連なりと、自身の持つ懐中電灯が照らす範囲だけ。

 

 「……」

 

 一瞬、別世界に迷い込んでしまったのでは無いか。実は、自分はたった一人だけなのでは無いのか。そんな不安が胸に渦巻くのも仕方がない。

 ともかく、マンハッタンカフェは、懐中電灯が照らす地面を頼りに前へ進む。

 

 ____教室へたどり着くと、30人ほどが詰められたその部屋の雰囲気は重苦しく沈んでいた。誰もが耳を項垂れさせ、口を開けば、

 

 「ねー、この霧いつまで続くわけぇ!? コースの使用禁止令、いつんなったら解除されんのよぉ!!!」

 「トレーニングルームの倍率バカ上がりね。あぁ……」

 「太陽が恋しいなぁ」

 

 と、霧に対する恨みつらみが吐き出されるばかり。

 しかし、ただ霧のことで雰囲気が死んでいるのであれば、まだ()()であったことだろう。

 教室の隅でたむろし、吐けるだけ文句を言っていたウマ娘達が悲しそうにため息をつく中、他の場所からも言葉が飛び交う。

 

 「私、シューズ無くしちゃって…… せっかく新品だったのに」

 「ええっ!? そういうの聞くのこれで何度目よ……」

 「カフェテリアの食糧庫でも盗難被害があったらしいねえ。オグリ先輩が憤ってた」

 

 そんな不安定な雰囲気が醸される中へ入っていき、自身の机にバッグを乗せたマンハッタンカフェは、何も見えない窓に映る自分を見た。

 その表情は、得心がいったかのように力が漲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、その表情が()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はっ……はぁっ……!!」

 

 何に驚いたのか、なぜ自分はよろめいて転んだのか、マンハッタンカフェは何も分からなかった。

 

 ()()()()()()()()()の視線。

 数多の“非常識なもの”に関わってきた彼女ですら知らない、悍ましくも神秘的な気配。

 そうとしか言いようがない何か。それを感じたからなのか。

 とにかく、うまく息が吸えず、体の震えが止まらない彼女は、クラスメートが声をかけるまで、呆然と窓の先を食い入るように見つめていた。

 いつ襲ってくるのか。それを見極めるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。紫の淡い光に照らされる廊下を進み、“旧理科準備室”と銘打たれた教室の扉を引いたマンハッタンカフェは、戸惑うことなくその奥へ踏み入る。

 扉を跨ぐと、その先に広がっていたのは、まるで夢の世界のようであった。

 かたや、床一面に広がった謎の資料、机の上には七色に輝く液体が溜まった試験管が何本もたてられ、ウマ娘の身体模型が睨みを効かすように立つ。

 かたや、子供部屋の飾りのような、月や星を模ったものが天井からぶら下げられ、壁には幻想的な額縁が飾られている。アンティーク調の家具が置かれたそこには、人ならざる気配すら立ち込めているのであった。

 そして、前者と後者は部屋を二分しているのであるが、そのうち前者の方に、マンハッタンカフェの目当ての人物は鎮座していた。

 

 「ほう……これはこれは、君が()()()()するなんて。一体原因は____」

 「御託はいいです…… 私が言いたいことは…… わかっているのでしょう……」

 「残念ながら、霧の正体は皆目見当もつかないねえ」

 

 マンハッタンカフェの視線の先で、椅子をくるりと回転させ、薄ら笑った表情を見せた、制服の上に白衣を羽織ったウマ娘――アグネスタキオンは、お手上げだと言わんばかりに首を振る。

 

 「むしろ、こういうのは君の面目躍如じゃないのかい? 気象条件をガン無視した霧の発生なんて」

 「……そのことなのですが」

 

 マンハッタンカフェは、自身の胸に軽く握った手を押し付け、金色の目を伏せる。

 

 「お友達も、……この霧の先を()()()()()()()()()()()()()()()。……と、言っているので……」

 

 ほう、と興味深そうに相槌を打つアグネスタキオンへ、マンハッタンカフェは震えた視線をやる。

 

 「……多分、霧が遮っているんだと……思います」

 「……しかし、君は()()を見た」

 

 肘掛けに肘をつき、笑みを絶やさないアグネスタキオンの赤茶けた瞳の先で、マンハッタンカフェは静かに頷く。

 組んでいた足を変えたアグネスタキオンは、はあ、とため息。

 

 「……この霧に、ここ最近の盗難騒ぎ、か」

 「……タキオンさんも盗まれたんですか?」

 「スカーレット君さ。ティアラが盗まれたんだと。全く可哀想に…… 盗むならせめてウオッカ君のものを盗めば良かったのにねえ」

 

 心の底から悲しそうな表情を一瞬浮かべたアグネスタキオンは、次の瞬間、ギラついた視線を虚空に向ける。

 

 「盗難事件は霧が発生すると同時に始まっている。しかも、トレセン学園付近を中心に同時多発的に発生しているのだよ。君のお友達のことも踏まえて、異常すぎるね、これは」

 

 虚空に向いていた瞳が、固まってしまった黒髪の少女を見据え、

 

 「そして、君が見た何か。私には、どうにもその三つが繋がっているように思えてならないよ」

 「……根拠は?」

 「まだ勘」

 

 あっけらかんと言い切ったアグネスタキオンは、椅子から立ち上がり、マンハッタンカフェへ詰め寄る。

 金色の瞳を至近距離で見つめるその目には、隠しきれない狂気の火が揺らめいて見えた。

 

 「だが、調べてみる価値はあるだろうさ」

 

 いつまで経ってもターフが使えないのは癪だし。と、アグネスタキオンは傲慢に言って見せた。

 こんな異常気象を引き起こす存在を、霊的現象に触れ続けてきたマンハッタンカフェが気圧された存在に全く怯えを見せていないのは、アグネスタキオンの強い好奇心の表れと言っていいだろう。

 普段は煙たい彼女のそれが、マンハッタンカフェに不思議な勇気を与えたのだった。

 

 「ところで、君は何盗られたんだい?」

 「……」

 「ん? なぜ顔を逸らすんだい? おーいカフェーー?」




 「まあ、まずは紅茶でも飲みながら“作戦会議”とでもいこうじゃないか」
 「あ……! すみません、今日は…… ありがとうございました……」
 「学習しているんじゃないかなあ。人の騒ぎようをみて、ここまでならしても()()()()()にならない。という線引きを」

 次回、「“(ナニ)か”の足跡(ソクセキ)()って」
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