霞の奥の幻影   作:にわとり肉

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独断専行(ドクダンセンコウ)

 何故彼女のもとにこんなにも人が集っているのかだとか、聞きたいことはあるが、マンハッタンカフェはそれらを全て飲み込み、一度逃げ出した場所へ足を踏み入れた。

 薄暗い床に散らばった資料類を避け、周りの奇異の視線も構わず、彼女は、白衣を纏った焦茶色の瞳をした栗毛の少女の前に立った。

 

 「……手、怪我しているじゃないか」

 「ええ。…… カフェテリアで、()に、一発喰らわせた時に」

 

 カフェテリアで遭遇したということになる、彼女が奴と呼ぶもの。それがかの霞龍(カスミリュウ)であることを察せないほど、白衣の少女――アグネスタキオンは鈍く無い。

 長く伸びた一房の前髪の奥にある金色の瞳を見つめていたアグネスタキオンは、真一文字の口を開く。

 

 「ここに戻ってきたということは、()()()()()()なんだね?」

 「ええ。あなた…… いえ、あなた達なら、奴をどうにかする方法を…… 知っている、のでしょう」

 

 そう言い、じろりと周りを見渡したマンハッタンカフェの雰囲気は、まるで剥き出しのナイフのように鋭い。

 一通り見回し、その視線をアグネスタキオンへ戻したマンハッタンカフェは、ぐらぐらと煮えたぎる激情を握りしめ、

 

 「巫女でもなんでも…… やってみせましょう…… だから、私は何をすればいいのか。それを…… 早く、教えてください」

 

 爛々と輝く金色の瞳は、アグネスタキオンの心を見透かしているようであった。

 

 「……私は、今、とてもイラついているんです」

 

 そして、彼女の表情は言葉を紡ぐごとに情念が噴出し、むしろ冷たさを増させていくのだった。

 

 「……」

 

 お互いに見つめ合い、しかし、椅子を軋ませ、背もたれに思い切り背をつけ、薄汚れた天井を仰いだアグネスタキオンは、固まっていた表情筋をようやくほぐした。

 

 「ふふ……そうか」

 

 ぐんと反動をつけ、その勢いのままに立ち上がった彼女は、貼り付けた笑みで鼻を鳴らし、目を伏せた。

 

 「……はからずとも、これで最後のキーが揃ったわけだ」

 

 彼女の搾り出したような言い方に、暗幕が下され、怪しげな薬の灯りで照らされる部屋の雰囲気がより引き締まる。

 マンハッタンカフェの後ろに位置する、黄色いクローバーとダルマの髪飾りをそれぞれ耳元につけ、明るい栗毛の尻尾を忙しなく動かす少女に、紫色の渦巻き模様が入った瞳を不安げに、後頭部へうねった白い浮毛を見つめる少女の嚥下音が、静まり返った研究スペースに響き渡った。

 伏せっていた目を、アグネスタキオンはようやく開いた。

 

 「……カフェ。君のすることは簡単だ。まずレースで1着を獲れ。そのあと、練習用コースにのさばってるカメレオン野郎の目玉を思いっきり好きなだけ殴ってやるといい。これだけさ」

 

 まるで台本を読んだかのようにすらすらと言ったアグネスタキオンは、うねったアホ毛が踊る癖っ毛の頭を掻き、再び椅子に腰を落とす。そして、腕置きに肘をつき、手を組み背を丸める。

 

 「……知っていた、んですね」

 「過去、儀礼として選ばれたウマ娘がレースを行い、実際に天災を払った記録なんて掃いて捨てるほどある。それが本当とはかけらも信じてはいなかったが……」

 

 アグネスタキオンが目をやったのは、真剣に話に耳を傾けていた、十字に煌めく瞳を持つウマ娘――マチカネフクキタルである。

 

 「彼女の必死の論説を信じてみることにしたのさ。何せ、私自身あのバケモノを殺すないし無力化する方法を思いつけなかったからねえ。過去同じように龍が現れたという記録も今となっては信用せざるを得ないだろう。なら、過去に倣えば同じように奴も倒せるはずさ」

 

 と、ベラベラと長台詞を吐くアグネスタキオンであったが、その語調に勢いはなかった。

 

 「……その結果、奴と対峙するカフェに何が起きるか。そこが保証されてないけどね」

 「……!!」

 

 むぐ、と声を漏らした者の方向に、全員の視線が行った。

 その苦しそうな音の発生源、耳を項垂れさせたマチカネフクキタルは、苦々しそうに歪め、顔を逸らし、地面に散らばった資料に目を滑らせた。

 

 「……私一人で制御できる限界、府中市民10000人以上の人の、早く霧が晴れてほしいという想い。そして、レースで活性化したウマ娘10数人の想いを受け取れば、かろうじて生還はできるだろう。というのが、シラオキ様のお告げです……」

 

 と、歯切れ悪く、まるで弁明をするように言い放たれる言葉。そんな彼女に向き直っていたマンハッタンカフェの耳に短い嘆息が聞こえる。

 

 「……私はこういうのには疎い。正直なところあやふやなところだらけだが…… そうだな。君に危険があるということだけはわかる」

 

 なるほど。何やら気後れしているような雰囲気であったのはこれが原因ということだ。マンハッタンカフェは、そう結論づけた。

 その上で、彼女は呆れ気味に金色の瞳を細めた。

 

 「あなたに、そんな感性が残っていたんですね」

 「酷いこと言うねえ。これでも私は人命を尊んでいるんだよ。それが友人兼優秀なモルモットとなれば____」

 「あぁ、もういいです」

 

 えー! と驚き悲しむアグネスタキオンへ、マンハッタンカフェは、初めて穏やかに笑って見せた。

 

 「別に、私は…… 死ぬ気や大怪我を負う気なんて、ありません。……ちゃんとボコボコにして…… 五体満足で、戻ってきますよ」

 

 安心させるにはあまりにも物騒な文句を言ったマンハッタンカフェは、しかし、すぐに表情を変え、

 

 「しかし……」

 「一体どうやってレースなんてするんだ。君はそう言いたいんだろう」

 

 と、疑念を隠さず、顎に手をやったマンハッタンカフェを遮って言い放たれたアグネスタキオンの言葉は、大胆不敵で傲岸不遜な、いつもの雰囲気を取り戻していた。

 ぐるりと椅子を回転させ、子供のようにクルクル回りながら、まるで指揮をするように指を振るってアグネスタキオンは言葉を続ける。

 

 「レースの予定は綿密だ。地方のレース場であろうと我々の一存で穴を開けることはできないし、そもそも距離が遠くて()()()()()。練習用コースはいうまでも無いし、東京レース場も視界不良で当然封鎖。

 ふぅん…… さて、この中どうやってレースをしようか____」

 

 ____そこで、私たちの出番です!!!

 

 瞬間、この薄暗く薄気味悪い研究スペースに似つかわない、ほんわかとして清らかな声が重なって響き渡る。

 マチカネフクキタルに連れ回された彼女たちは満を持して一歩踏み出し、研究スペースに集った者たちの視線を一手にする。

 

 ____片や、薄茶色の髪の毛の前髪に菱形を縦にしたような白い模様が入り、右耳に緑を貴重とした絢爛な飾りをあつらえた、いかにもお嬢様然としたウマ娘。

 ____片や、右側側頭部にて黒髪をまとめた特徴的な髪型をし、前髪に尖った月形の模様が入り、右耳に王冠を模した飾りを身につけた、府中市には久しく姿を見せない青空のような瞳のウマ娘。

 

 彼女たちを見て、ふと、マンハッタンカフェの脳内の片隅に引っかかる記憶があった。

 

 「……なるほど。……VRウマレーター、ですか」

 「はいっ!」

 

 透き通る薄茶色の瞳を輝かせて返事をしたウマ娘――サトノダイヤモンドに続き、傍の少女――サトノクラウンが一歩前に出、マンハッタンカフェへ向き直る。

 

 「サトノグループが、現在VRウマレーターの接続人数の拡大とサーバー強化、一般人が使用する家庭用ハードにアバターの開発等々を日夜進めています」

 「VR空間を利用した新時代のレース体験____。このように異常気象が発生しても何が起きようとも開催できるバーチャル空間上でのレース、それに伴う新たな観戦方法の実験、また、この異常気象で不安がっている府中市の人々を元気付けたい、と称して!」

 

 ようやく役目ができたと鼻息を荒くして説明してくれた二人から目を外し、背もたれにしがみつくようにしているアグネスタキオンへ目をやると、彼女はくいと不敵に笑みを浮かべながらアイコンタクトをしてきた。

 

 「そういうことだ。彼女ら曰く、全国の工場をフル稼働させて家庭用ハードの生産中。それの最低限10000台生産し切るのに残り四日、それを府中市に送り込んで世帯へ配布すること等々諸々含めて三日。今日から一週間で全てを済ませられるらしい」

 「……それなら」

 「あぁ。あとは理事長やURAやらを説き伏せて開催すれば私たちの勝ち」

 

 と、ここでアグネスタキオンは一度言葉を切り、全体を見回した。

 そこに見える者たちの顔に、誰一人として安堵の色が見えているものはなかった。

 

 「……ま、とは行かない事態になってしまった。というのは理解できているようだねえ」

 

 徐に椅子を回転させ、一見資料類が散乱しているだけの机の上をがさがさ弄りながら、笑みを湛えたままのアグネスタキオンは嫌に軽妙に口を回し続ける

 

 「昨日の夜方のことだ。トレセン学園理事会は練習用コースに教師陣で結成した調査隊を派遣した」

 

 目当ての資料か、一枚の紙を手に取った彼女は、ギシギシと音を立てて椅子を回し、立ち尽くすマンハッタンカフェへ向き直る。

 

 「ここは自然あふれる雄大な土地だ。都会としてはここ以外あり得ないってほどに。そうなれば当然有害鳥獣が溢れかえるのも無理はない…… だから、ことが起きた時に早急に、職員だけで対処できるよう、トレセン学園の職員は皆第一種銃猟免許を取得している」

 「……なるほど。それで、先生達は、()()()()()()()。……奴に」

 「サーモスカメラを貸したのが仇になった。そして、おそらく口腔内の粘膜に当たったんだろうねえ。

 ……中途半端な攻撃はかえって刺激を与えるだけだ。彼ら調査隊は、()()()()()()()()()

 

 アグネスタキオンが差し出したのは、その一枚の紙切れである。

 受け取ったマンハッタンカフェは、そのびっしりと書かれた文字の連なりに目を通した途端、

 

 「……!」

 

 思わず目を細め、黒々とした耳をはためかせた。

 そこに載っていた内容。それは、とある大学病院のカルテであった。

 

 「結果は凄惨極まりない。霞龍は以前カフェに使用した毒とは異なる、より殺傷性の高まった激毒で反撃にでた。それは搬送先の大学病院にいる“友達”からもらったものだが……」

 「ウマ娘すら、容易に殺せる…… 皮膚から浸透し、体細胞全てを根こそぎ壊して回る毒……ですか」

 「そんなのを大勢が喰らって調査隊は壊滅。ついでに土壌汚染も起こったらしい。無茶苦茶だよ」

 

 マンハッタンカフェが握っていた紙に皺が入る。ふう、とため息をついたアグネスタキオンをよそに、一人のウマ娘が彼女達の空間へ割り込んだ。

 それは、調査隊が霞龍に大敗したという情報を持ち帰った立役者――マチカネフクキタルであった。

 

 「それで、トレセン学園理事会がサーモスカメラのデータとこの事実を引っ提げ行政に対して行動を起こしてしまったんです。そうなれば、確実に警察が動きます。十数人が一挙にこれだから、かなり強気に」

 

 そこに続き、アグネスタキオンも面白くなさそうに口を開いた。

 

 「そんなことをすれば、イラついた彼によって人を意識不明に至らしめる毒がそこらじゅうにばら撒かれること請負だ。トレセン学園周辺が死の大地に変わる。

 そこで、我々の計画を、というわけだったんだが……」

 

 「____霞龍が、先んじて…… カフェテリアを襲撃、した」

 

 ズキズキ痛みを発し始めた拳を眺めながら、吐き捨てるように呟いたマンハッタンカフェを見やったマチカネフクキタルとアグネスタキオンは、二人して悪どい笑みを浮かべた。

 

 「全くもって寝耳に水!」

 

 と、アグネスタキオンは唐突に天井を仰ぎ、仰々しく手で目を隠す。口元の笑みを隠さずにである。

 

 「豪快にカフェテリアをぶっ壊されたとなれば、そんな状況でレースをやろうなんて提案しても体裁面を考慮して突っぱねられるだけだ! いや困った!」

 「……で、どうするんです」

 

 わざとらしく頭を抱えて椅子の上で回るアグネスタキオンは、マンハッタンカフェの言葉で体を止め、あっけらかんと言って見せた。

 

 「実に単純。()()()()()




 なんか始まりました

 全容が見たいのなら評価することです。
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