霞の奥の幻影   作:にわとり肉

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 続きました


(ナニ)か”の足跡(ソクセキ)()って

 「まあ、まずは紅茶でも飲みながら“作戦会議”とでもいこうじゃないか」

 

 アグネスタキオンの提案で、彼女達は研究スペースからマンハッタンカフェの趣味のスペースへ移動。ソファでふんぞり帰って顎をくいくいと動かす白衣を身につけた友人に一発蹴りを入れた後、マンハッタンカフェは、ささやかな“作戦会議”の準備を始める。

 

 「……まあ、作戦と言っても、そんなだいそれたことはしないけどねえ」

 

 ____芳醇なコーヒーの香りと澄んだ紅茶の香りが混ざり合い、二人の鼻腔をくすぐる。

 そんな、急な穏やかさに逆に表情を固くする、黒猫の模様が一つ入った白いマグカップを包み込むように持っているマンハッタンカフェの対岸で、机に置かれた紅茶のカップに角砂糖を一つずつ入れるアグネスタキオンは、中世的な古めかしい雰囲気をぶち壊す精密機械の塊(ノートパソコン)を机に置いて開く。

 

 「……流石に、弁えてくれていて助かるよ」

 

 何を思い出したか、急に胸を撫で下ろしたアグネスタキオンは、忌まわしい記憶を振り払うかのように頭を横に振り、

 

 「まずはこれを見てほしい」

 「……これは」

 

 カタカタとキーボードを打ち、ノートパソコンを回転させてモニターをマンハッタンカフェの方へ向け、身を乗り出してきたアグネスタキオンへ、モニターからの光で影を濃くしたマンハッタンカフェの、訝しげな視線が向く。

 

 「ウマッター……じゃないですか」

 「そうさ。ここには承認欲求の塊達が自分を見てほしいが為に、バカの一つ覚えのように話題に乗っかって投稿をしまくっている…… おっと。気を悪くしたなら謝罪するよ」

 「気に、なさらず…… 話を先に進めてください」

 「ふぅん…… そして、当然と言ってもいい。府中市一帯を包み込む霧はいい話題になるわけだ」

 

 ぼんやりとモニターの光に照らされた顔は、醜いものを見るような苦笑いに歪んでいた。

 一切の装飾のない簡素なマウスを滑らせ、トレンドの欄を確認すると、“府中市 霧”と関連するワードが上位を独占している。そのうちの一つをクリックすると____

 

 「全部…… 霧の画像、ですね」

 

 すると、急に画面が切り替わり、マウスカーソルがとあるファイルをダブルクリック。

 そこに現れたのは、よく見覚えのある形状の地図。府中市の全体図である。わざとらしく赤く記された場所は、おそらくトレセン学園の位置であろう。マンハッタンカフェはそう結論づけ、湯気を立ち上らせるコーヒーをゆっくりあおる。

 

 「ウマッターの投稿というのはこういう時に役に立つ。何せ、位置情報を削除せずに投稿している(マヌケ)がほとんどなのだからねえ」

 

 すっかり紅茶を隅へやり、嘲笑混じりにそう呟いたアグネスタキオンは、徐にエンターキーをクリック。

 

 「……!」

 

 その瞬間、まるでウイルスが爆発的に増殖するかのように、府中市の地図を何かが埋め尽くしていく。

 目を顰めながらも、その何かを注視すると、マンハッタンカフェは思わず目を見張り、耳をピクリと反応させる。

 

 「……これ、全部ウマッターの画像ですか……?」

 「大正解。千件ほどの霧の画像とその位置情報を地図上で視覚化してみたのさ」

 

 自慢げに鼻の下を擦ったアグネスタキオンは、急にマンハッタンカフェの方へ向き直り、彼女の目の前へマウスを差し出す。

 

 「さてカフェ。ここで、なぜ私がこんな面倒極まりないことをしたのか。わかるかい?」

 「……」

 

 面倒臭い。そんな表情を受けながらも、あくまでも何も教えない。知りたければそのマウスを使ってみろ。と、言外に言い、耳をはためかせるアグネスタキオンを殴りそうになる右手を、どうにかマウスに添えたマンハッタンカフェは、夥しい数の画像データにカーソルを合わせ、すらすらと流し見ていく。

 霧、霧、また霧。何故人はこうして、他人が撮ったものを自分も撮りたくなってしまうのか、頭の片隅でそんな疑問が思考のノイズとなるが、シパシパしてきた目の方が気になってきて、カーソルの移動速度が低下していく。

 

 「……ん」

 

 そして、一見無秩序に並べられているだけのそれの、とある()()()に気づいた彼女は、トレセン学園を示した赤い丸の周辺の画像を見る。

 そこを埋め尽くすのは、一寸先すら見えない紫色の濃霧。つまらない絵である。

 次にカーソルが移動した先は、府中市の外縁付近。

 そこの画像。つまり、その場所で撮られた画像、そこには____

 

 「……綺麗」

 

 思わずそう口からこぼすのも無理はない。宅地に薄くかかった霧に道路照明灯の光がかかり、まるでそういう撮影処理をしたかのように輪郭のぼやけた写真は、どんなにひどいアングルであろうと、まるでプロが撮影したかのように一級品な雰囲気を醸していたのである。

 

 「ほらほら見とれてないで。答えはわかったのかい?」

 「……つまり、位置によって霧の濃さが異なる。そして、……霧が特に濃いのは…… トレセン学園近辺。……霧は“何か”を中心にして、発生している。……そう、言いたいのでしょう」

 

 ふう、と息つき、じろりと睨みつけてくるマンハッタンカフェに、縦に頷くことで返答したアグネスタキオンは、マウスカーソルを包むマンハッタンカフェの滑らかな白い手に自身の手を重ね、

 

 「ここ三日間何の変化もないんだよ、そのデータには。つまり、この事態を引き起こしている犯人はここら(トレセン学園付近)に潜んでいる確率が高い……」

 

 さらに別のファイルを開くと、一見全く同じ府中市の地図が。しかし、もう片方の手でエンターキーが押されると、今度はトレセン学園近辺にしか画像が浮かび上がらない。

 そのうちの一つへカーソルを合わせると、

 

 「……ひどい、ですね」

 

 映し出された画像は、()()()()()のようなもので殴られたとしか言いようがない、ひしゃげて砕けた赤い自販機。

 深煎りコーヒーのほろ苦さを堪能しながら、しみじみと呟くマンハッタンカフェをよそに、狂った瞳を爛々と輝かせるアグネスタキオンは、さらに笑みを深めて、

 

 「ここ三日間、この地域で()()()()の器物損壊や交通事故、そして盗難事件が目下多発中。間違いないねえ」

 

 ぱたむとパソコンを閉じたアグネスタキオンは、ソファーの背もたれに腰を下ろして足を組む。彼女のそばに置かれた紅茶は、すっかり冷めて湯気のひとつも立っていない。

 

 「……で、潜伏中の地域を絞った、としても、ここら一帯を闇雲に探してもしょうがないでしょう……?」

 「全くもってその通り。調査用の機材もいるし色々買ったのだが…… それが届くのに後1日はいる」

 

 背中をバキバキと鳴らし、ぐんと前のめりになったアグネスタキオンは、冷め切った紅茶のカップの取手を指で掴み、顔のそばへ近づける。

 

 「そこで、今日は地道に一歩ずつ進んでいくことにした」

 「……なにをするつもりです?」

 

 しかし、口をつけるまでもなく小皿へ戻した彼女は、マンハッタンカフェの疑問へ、単純明快に返すのだった。

 

 「痕跡を追うのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おやおや、オグリちゃんとスペちゃんが押しかけてきたと思ったら、珍しい二人組が来たもんだ」

 

 白い厨房制服で恰幅の良い体を包み、気の良い笑顔を浮かべるのは、トレセン学園のウマ娘の食を支えるカフェテリア。その厨房の女大将である。

 そんな彼女の物理的に大きな背中を追う二人――マンハッタンカフェとアグネスタキオンがたどり着いたのは、食料庫付近の監視カメラの映像を管理するデータサーバーの部屋である。

 

 「……これは」

 「ひどいもんさね。中の生鮮食品が持ち去られるわベトベトにされるわで全部パー。君らにゃ、本当に苦労かけたねえ」

 

 そこの映像監視用の小部屋、その一人用の小さなモニターへ映されたのは、突如として()()()()()が押し寄せ、カメラの映像が乱れて吹き飛ぶという、なんとも口惜しい映像であった。

 3人で顔を寄せ合い、その映像が延々とループされるのを見ていると、徐に、栗毛のアホ毛を揺らす少女――アグネスタキオンが口を開く。

 

 「これは、つまり監視カメラが壊れたということかい?」

 「なんでも、カメラの耐水性を超える霧が室内に発生したもんだから、屋内用じゃあ耐えられなかったみたいでねえ。記録に残ってる分はそれしかないんだよ」

 

 ふむう、と顎を指の腹で撫でる彼女は、スッと立ち上がり、礼も言わずに踵を返す。

 

 「時間が惜しい。さっさと次へ行こう」

 「あ……! すみません、今日は…… ありがとうございました……」

 「いいのさ。今後はこんなこと起きないように気を引き締めるから、明日も食べに来てよね!」

 

 笑顔で見送ってくれた厨房長へ頭を下げた黒髪の少女は、礼儀知らずの友人を追いかけていく。

 

 「タキオンさん…… 明日の仕込みの途中に、私たちが押しかけたのに……」

 「成果なしなのに長居する理由がないだろう。さあ次は外へ行くぞ」

 「そういうことじゃなくて……」

 

 廊下をずかずか進んでいくアグネスタキオンに付かず離れずなマンハッタンカフェは、横柄な振る舞いの友人にため息混じりの視線を突き刺しながらも、スピードを上げてその隣へ並び立った。

 

 ____そうして、彼女達の“何か”を追う散策の旅は続いた。

 とはいえ、基本的な調査はアグネスタキオンが勤め、マンハッタンカフェはその尻拭い役、時間を優先して最低限の礼儀をもかなぐり捨てた今の彼女にかわり、頭を下げる役割を担うというフォーメーションである。

 後半になってくると、アグネスタキオンが自分を一緒に連れ回しているのは、はなからこの役目を押し付けるためだったのではないかと勘繰ってしまうのも無理はなかった。まあ、単独での調査では()()()()()()()()()()()という建前も、半分以上は本音なのだろうが。

 

 「____事故当時のことだあ? 嫌なこと聞くじゃないの、嬢ちゃん」

 「……すみません。……でも、この霧の正体を、追うために…… 必要なことなんです」

 「……何度語りゃいいのか。誰も信じちゃくれないがね。……急にボンネットがぐしゃぐしゃになったんだよ。確かに、ぶつかった感じはしたんだ。だが、俺は()()()()()()()()()()()()()()。……意味わかんねえだろ……。 そのはずみで家に突っ込んじまったんだ。夢かと思ったぜほんと……」

 

 ____と、トレセン学園近郊のとあるマンションの扉前にて、人相の悪い男の愚痴に近い情報提供を受けた二人は、玄関前の通路から、先の見えない風景を並んで見下ろしていた。

 

 「壊れた自販機にへし折れた電柱、そして原因不明の交通事故、ともいえない何か。色々回ってみて感じたことはあるかい?」

 

 ビル風で揺れる前髪がチラつく、妖しい紫一色の世界に、朧げな赤い塊が沈んでいく情景を眺めるアグネスタキオンが気だるげに発した質問、それに、疲れ切った表情のマンハッタンカフェは、白い毛が束になって混じった長い前髪を弄りながら、しゃべり疲れた口を開く。

 

 「……いずれも、目撃者は()()()壊れた……と、語って……います。そこに、これだけ大胆なことをしておいて……異様に()()()()()()()ことを合わせれば…… あなたが言いたいことは…… 大体わかります」

 「さすがカフェ。では答えを」

 「姿形を……隠せる。ほとんど完璧に……で、いいですか」

 

 せいかーい。気の抜けた返事が霧の中で吸収され、くぐもって黒い耳の中へ届く。

 そして、ここまで彼女のノリに付き合ってくると、こうして変に質問してくる時の傾向も予測がつくものである。

 

 「……当然、それ以上もわかっているのでしょう?」

 「事案発生現場を周りながら改めて考えてみたのだけれどね。例えば、一番最初に行った食料庫における事件。それが起きたのは昨日。そして、電柱倒壊や自販機の損壊といった、人的被害すら危ぶまれるような事案が起こったのは、全て3()()()なのさ」

 

 汚れたマンションの外壁にも憚らずに肘をつき、両手で重い顔を支えるアグネスタキオンは、沈む太陽から片時も目を離すことなく、あっけらかんと言い放った。

 

 「学習しているんじゃないかなあ。人の騒ぎようをみて、ここまでならしても()()()()()にならない。という線引きを」

 

 そして、半分ほど姿を隠した太陽から目を離し、じっと自身を見つめていた金色の瞳を見つめ返してやったアグネスタキオンは、初めて困ったように首を傾げ、

 

 「トレセン学園で多発する窃盗事件。それは、私たちが実のところ、本気で騒ぎ立てて犯人探しをするようなことをしていない。そんな対応でいるからこそ起きていることなんじゃないかと思うのだよ」

 

 そう締め括ったアグネスタキオンの顔を見て、再び眼下のつまらない風景に目を落としたマンハッタンカフェは、隣の友人と同じように、黒ずんだ白い外壁に肘をつき、前のめりになるようにして沈黙する。

 

 「……」

 

 そして、二人の合間に訪れる静寂。風が止み、じっとりと湿った暑苦しい空気が下から突き上げてくる。

 じわじわと額に滲む汗を手で拭い払ったマンハッタンカフェは、まさしく霧に包まれたような不愉快さに苛まれているのだった。

 必死に歩き回って二人で集めた情報。それが繋がるようで絶妙に繋がらないような苛立ち。それが延々と頭の中で繰り返され続け、ゲシュタルト崩壊を引き起こしそうな勢い。

 それは、隣で黙りこくっている天災少女も同じようで、

 

 「……あー! 今日のところは()()()()っ! 帰ろうよカフェ〜……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「引き上げる…… 帰る……」

 

 しかし、そんな彼女の投げやりの言葉が、意外にも、マンハッタンカフェの心に立ち込めた霧を、完全完璧に吹き飛ばしたのである。

 

 「帰る……!!!」

 

 そうなれば行動は単純である。

 

 「どわっなっなななんだいカフェ」

 

 狼狽えるのも構わない。友人の手を引いて階段を一個飛ばし、二個飛ばしと駆け降りていくマンハッタンカフェは、そんな様相とは裏腹に、冷静沈着に言葉を紡ぐ。

 

 「タキオンさん…… ここ最近多発している事件はトレセン学園の中で起きているものが多い。……そうですよね……」

 「そうだが……」

 

 鉄の階段を打ちつける音にも負けず、彼女の底冷えするような低音の語りは続いていく。

 

 「私たちは当然のように()()()()()()()()()ばかりを探索していました…… そうして痕跡を辿っていけば、……“何か”の居場所にたどり着く。そう思っていたからです」

 「……」

 「もっと単純に考えれば良かったんです…… ここ最近の…… トレセン学園における盗難事件の集中度合い…… それを考えれば、……トレセン学園内をもっとくまなく調査するべきだった。……いや、結局はこれが正解なのかも、しれないですが……」

 「何が言いたいんだい!!」

 

 そして、階段を下り切ったところで懐中電灯を照らし、周りを顧みずにマンションの敷地から駆け出し、ウマ娘専用レーンへ躍り出た二人は併走。

 

 また容量のつかめていない表情を浮かべる友人を横目に、マンハッタンカフェは決定的な疑問を口にした。

 

 「ところで…… この3日間、おそらくほとんどの人が立ち入ってない場所があると、思いませんか」

 「……!!」

 

 その瞬間、アグネスタキオンも合点が行ったのであろう。ハッとしたと思えば、焦茶色の瞳に、再び狂気の焔が唸りを上げたのである。

 

 「そうか……! 状況証拠だけだが確かにそれならありえるかもしれないな……! ははっ、灯台下暗しにも程があるだろ……!!」

 

 完全に思考が合致した二人の口が、数コンマもブレずにシンクロする。

 

 「「練習用コース……!!」」




 「……いますよ、……多分」
 「さあ、お互いの目的を果たしに行こうじゃないか」
 (……()()()?)

 次回、「しじまの()こう」
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