霞の奥の幻影   作:にわとり肉

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 ほんとに文章二倍になったった


(キリ)(シズ)(マチ)

 原因不明の意識障害で気絶し、病院に運び込まれた。ということになっていたマンハッタンカフェは、精密検査の後、そのまま退院できることになった。

 

 綺麗に洗濯してもらった制服を身につけ、入り口にて、老人が待合所の椅子で背中を丸くしている傍、まだ浮き足立っているようなローファーの指先でトントンと病院の床を叩いた彼女は、手に持っていたスマートフォンの画面を見やる。

 そこに映し出されていたのはLANEのトークルームで、相手と何度かやり取りをした形跡が残っていた。相手方は過度に心配した文章を打ち込み、マンハッタンカフェはそれに一言返す。そんな様相であった。

 細い人差し指をキーボードに乗せ、ささっとフリック入力をして打ち出したのは、“今から戻ります”の一言。スカートのポケットにスマートフォンを入れたマンハッタンカフェは、自動ドアを通り抜け、病院の外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____外に出た瞬間、白い浮き毛がふわりと靡き、長い前髪の下の血の気の薄い表情を僅かに動かしたマンハッタンカフェは、細腕を抱えるようにして、肌を撫でる冷たさに耳を固まらせた。

 

 「……」

 

 ここは、トレセン学園から離れた府中市内に位置する病院で、霧の濃さはトレセン学園付近に比べれば、幾分か薄まっていた。しかし、太陽の光を遮るには十分であった。

 

 一週間弱もの間光がまともに届かないでいる府中市には、時期はずれの寒気が顔を出し始めていたのである。

 

 ____入り口の雨除けから身を出すと、薄紫の光を湛える霧が風に乗り、少女のなめらかな肌を薄く濡らしていく。敷地の入り口に植えられていた紫陽花の葉は、先の練習用コースの芝のように、葉の先端に露をためて垂れ下がり、青い花弁の塊の上には、小さなカタツムリが懸命にしがみついている。

 そして、広い車道を眼前にした歩道へ出ると、その道路に車は少なく、人も、はたまた鳥の囀りさえも聞こえない、寂しい静寂のみが流れ、霧に沈む街が霞んで広がっていた

 一週間前は車通りも多く、近くには小学校もあるため、子供の明るい叫び声とそれを嗜める笑顔の大人が行き交い、ムクドリが晴天を背にのんびりと飛び去って行ったのだろう。

 それが、たった一匹、紫の怪物が現れた瞬間、全て崩壊した。

 

 「……」

 

 ____トレセン学園への最寄りの電車に乗り、その座席に腰を下ろし、俯いた人々と共に振動に揺られていたマンハッタンカフェは、ふと、電車の扉の上につけられたモニターに釘付けになった。

 それは、転倒事故、交通事故の多発、市内のバスなどの公共交通機関の緩やかな麻痺、そして、思うように動けない人々の、霧に対する憤懣やるかたない思いが吐き出されたニュースの映像。

 画面から少し目を下にすると、目の前に立つ男の表情が目に入る。

 吊り革を掴み、寡黙に目を伏せていた彼も、この霧に苛立っているのだろうか、どことなく雰囲気が固い。

 いや、この人もまばらな電車に流れる雰囲気が、朝の通勤ラッシュの満員電車に勝るほど、重く沈んで息苦しい。

 

 「……」

 

 逃げるように後ろを向き、車窓を眺めようにも、そこに広がるのは紫の霧の海である。

 彼女が、左右に誰もいないにも関わらず、一人身を縮こまらせているのは、決して空調が効きすぎて寒いからという理由だけではない。

 

 ____電車を降り、あえてバスには乗らず、マンハッタンカフェはトレセン学園までの道を歩いて進むことにした。

 それは、当たり前過ぎて気にも留めなかったものを、今更見て回ろうという後悔からか、この状況下においてバスを使いたくなかったからか、はたまた別に理由があるのか。あるいは全てか。

 とにかく、湿って重く艶やかに纏まった黒髪を揺らして、彼女は霧の中を進む。

 

 「……」

 

 トレセン学園に在籍する生徒がよく訪れる、昭和下町の風景がそのまま残されたような商店街。その場所も、薄暗闇に光が不気味に浮かび、人通りの少ない、まるで眠ってしまったかのように静まり返っていた。

 

 『原因不明の霧が府中市を覆って五日が経ち、気象庁は本日未明に専門家会議を開き対応を____』

 

 どこからともなく聞こえてくるラジオの音は曇っていて、呼び込みの声も聞こえない。時折通り過ぎる腰の曲がった人々は口々にため息を吐き、雑誌や古書を外へ出していた本屋の前は、随分綺麗さっぱりとしている。

 

 「……」

 

 そして、二日前にアグネスタキオンと痕跡を辿っていた時に訪れた商店街の一角。鈍器のようなもので殴られてひしゃげ、破壊された自動販売機の死骸は、規制線の中に変わらず佇んでいた。

 今見てみると、その損壊痕の中心、自販機の側面のくの字のように折れ曲がった部分は、マンハッタンカフェの腹に巻き付いていた怪物の舌の大きさと瓜二つ。彼がこの犯行に及んだのだという隠しきれない証拠であった。

 

 広い河川沿いの土手道。ススキの草むらがさざめき、川のせせらぎと川鳥の鳴き声を聞きながら走ると、なんとも清々しい気分になれると、トレセン学園のウマ娘のみならず、周辺住民の憩いの場として大人気のこの場所も、冷たい光を湛えた霧に覆われ、青いススキの海は静止し、鳥の鳴き声は掻き消えている。

 道路照明灯の薄灯り、そして、スマートフォンのライトを頼りに、ゴム質の赤いレーンと隣り合わせの並木道を行く彼女は、ふと、目の前に揺れる灯りを見つけた。

 それはどんどんと近づいてきて、黒い影に色をつけていく。さらに、くぐもって聞こえてきたのは、崩れないリズムで地面を蹴る音。

 そして、ついに姿を現したのは、トレセン学園指定の赤と白のジャージを身につけ、ヘッドライトを着用して走っているウマ娘であった。

 平時よりも苦しそうに、霧の混じった空気を吸っては熱い息を吐き出すウマ娘と、マンハッタンカフェの金色の瞳が交差する。

 

 「……」

 「……」

 

 お互いに、言葉を交わすことはない。わかっているからである。

 一週間弱もの間溜まりに溜まった“走りたい”という欲求。そのささやかな解消が、マンハッタンカフェの鼻にツンと香った。

 

 「ふっ…… ふっ……」

 

 ウマ娘の孤独な背中が、霧の中へ消えていく。シルエットが霞み、くぐもった足音が遠ざかり、聞こえなくなる。そんな背中を追っていた金色の瞳は、それと正反対に向く。

 そして、少し急ぎ足になって、彼女は再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い煉瓦をさらに濃くし、冷たい鉄に水滴を実らせた門。トレセン学園の校門の前へ立ったマンハッタンカフェは、ふう、と一つ息を吐いた。

 真っ直ぐ進んで行くと、照明の灯りが過ぎていくと共に、巨大な校舎が像を結んでいく。そして、どうどうと水が流れ落ちる音が、重たい空気を揺らしていく。

 

 「……」

 

 水瓶を抱えた三女神像を中心に、校舎の中央玄関の目前に広がる広場。そこに人の気配は無かった。スマホの画面を叩くと、簡素な待ち受け画面に時刻が表示され、1時30分を示す。まだ授業中の時刻であった。

 徐に、マンハッタンカフェは、微笑んでいるような、口を一文字に結んでいるような、絶妙な表情を崩さずに佇む三体の神を見上げる。

 

 (……三女神様が実在していたなら、()()をどうするというのですか)

 

 三女神像から返答はない。あるはずがない。

 そんな、わかりきっていた虚しい結果を噛み締めるように、金色の目を閉じたマンハッタンカフェは、さっと木々がざわめき出したのを感じて、膨らむ黒い長髪に手を添える。

 冷風が、彼女の心を冷やしていく。

 そして、マンハッタンカフェは急に駆け足になって、中央玄関の中へ駆け込んで行った。

 足音が掻き消え、風も止み、広場には静寂が残された。

 

 「はぁ、はぁ、っ……」

 

 校内に入ってから、彼女は妙に胸がざわついていた。冷静な理性とは裏腹に、身体はこの場所で何を受けたのか。それを克明に記憶しているからなのだろうか。

 

 彼女の足は、教室にも職員室にも向かなかった。

 

 薄い紫の光が差し込む廊下を、彼女は焦燥感に任せて走った。一人分の硬い足音がどこまでも澄み渡って行った。

 とにかく体が震えていた。頭に鳥肌が立ち、腹部が窮屈に感じられた。

 呼吸が億劫になり、息苦しさが手足を縛った。

 

 そして、本能が理性を侵食し始める。

 

 目にじわじわと温かさが広がっていく。脳裏に、思い出したくない記憶が、どれだけ必死に押さえつけても、障壁に穴を穿って漏れ出してくる。

 

 鋭利な角の鋒を向けられ、左右別々に蠢く巨大な眼球の視線。

 

 腹部から染みてくる生暖かい不愉快な湿り気。そして臭気。

 

 虚脱感と浮遊感。

 

 そして、全身が一斉に筋肉痛になったかのような、耐え難い苦しみ。

 

 「っ……!」

 

 ___その時、彼女の潤んだ目は、廊下の突き当たりに旧理科準備室の扉を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 「たきおんさっ……!!」

 

 バァンと重たい破裂音が廊下中、そして、扉の奥の空間に響き渡った。瞳と体をガタガタと震わせ、肩で息をするマンハッタンカフェは、部屋の奥の紙の資料で溢れた床の中心で、椅子に腰掛けていたウマ娘の肩が跳ねたのを見た。

 そのウマ娘は、椅子ごと回転して、マンハッタンカフェの方へ向いた。

 

 「たきおっ……!!!」

 

 瞬間、白い花びらのように紙が舞い上がった。

 さらに、腰に衝撃が走った後、お腹あたりに締め付けを感じた。

 それは、あの怪物に持ち上げられた時のような恐ろしさはなく、ただ、穏やかな暖かさがあった。

 顔を下に向けると、そこには、長いアホ毛をしなだれさせ、顔を自身の腹部に擦り付ける、栗毛の友人の姿があった。

 そのウマ娘の耳がぺしぺしとお腹にあたり、マンハッタンカフェはこそばゆさに少し身を捩ると、腰に縋る白衣を着た少女の身体も一緒に揺さぶられた。

 

 「……」

 

 ____お腹に当たる硬い感覚。それは、わずかに震えを伴っていた。

 マンハッタンカフェがそっと、栗毛の至る所が跳ねている髪の毛に手を伸ばし、指を丸くして梳くように撫でると、少女の震えはとまり、代わりにぐりぐりと頭を擦り付けてくる。

 

 「ちょっと、っ痛いです……タキオンさん……」

 

 それは、怒ったマンハッタンカフェが、栗毛の彼女――アグネスタキオンの頭から濃度100%のジュースを圧搾しようとするまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「生徒会や先生方には話をつけた。非常に非っっ常に不愉快で腹立たしいことだが、奴に対して私達だけでは手の打ちようがないからね。アイアムノーアイディア!」

 

 ____昨日のことである。

 禁止されていた練習用コースへの無断侵入。そのありがたい説教を生徒会総出で喰らっていた時のことである。アグネスタキオンは、その一切を打ち明けたのである。

 当然、練習用コースに未知の巨大生物が居座っています。それが霧の原因、昨今トレセン学園の人間を悩ませる窃盗被害の原因なのです。という荒唐無稽にも程がある事実は、アグネスタキオンというウマ娘自身の悪評も相まって、最初はがんとして受け入れられなかった。

 が、途中から自身が経験した恐怖を思い出し、脇目もふらず恐慌状態に陥った彼女を見て、ウマ娘第一主義であり、勘も鋭い生徒会長は、それが嘘とは思えなくなったのである。

 しかし、彼女の話が本当とすると、事は重大で、尚且つ対処法、マニュアルなど存在しない面倒極まりない事案である。また、現状はアグネスタキオンの話した事だけであり、生徒会長を除く生徒会に教師陣、学園上層部を含めた者たちは、怪物をその目で確認しておらず、しかし、実害は出ているし……という、半信半疑状態である。

 そこで、事態解決まで絶対に生徒が練習用コースに侵入することのないように警備体制をさらに強め、その上で、問題の場所を調査することで話がついたのであった。アグネスタキオンへの罰も、生徒会長の嘆願により取り下げられた。

 

 「……それ、危なくありませんか?」

 「そう言ったの! 私も! 奴らどうしても自分の目で確認しないと気が済まないようだからねえ! せっかく買ったゴーグル型サーモスカメラ押し付けて、絶対刺激しないようにって強く強ーく言いつけてやったよ!! へっ!!!」

 

 机に両手を叩きつけて身を乗り出し、うがーと吠えたアグネスタキオンは、へろへろと美しい模様がついたソファへ腰を下ろし、紅茶を吸った角砂糖で埋まったアンティーク調のティーカップの持ち手を指の腹で掴んだ。

 黒々とした液体に自分の像が揺らめいているのを見つめながら、マンハッタンカフェは嫌な記憶を少しずつ解いていく。握った手が、力を強めては緩めてはと忙しなくする。

 

 「まだ帰らないと言っていました…… だから、やはり、あの生き物は……」

 「別世界から来た。と考えるのが正しいだろうね」

 

 しゃりしゃりと紅茶の香り高さを纏った角砂糖を齧りながら、アグネスタキオンはぶつくさ文句を垂れるように言う。

 

 「ウマ娘の耐毒性能を上回る猛毒に、姿形を肉眼では認識できないレベルで消せる擬態能力…… 府中市全域を包む霧を発生させ、おまけに知性もある程度あるときた。神話の生き物か何かかねえ、“(カスミ)(リュウ)”は」

 「……霞龍?」 

 

 ふと、聞き慣れない単語が飛び出し、マンハッタンカフェは怪訝そうな表情を浮かべ、その単語を反芻する。

 その疑問に、アグネスタキオンは、あぁと何ともないように、

 

 「いつまでも名前がないと呼びにくいだろう。霞を操る龍。ほら、あんなカメレオンみたいな図体をして、四つ脚に一対の翼。そこだけ切り出せば、西洋に伝説で伝わるドラゴンの定形になるだろう?」 

 

 アグネスタキオンの説明を受けながら、マンハッタンカフェは、コーヒーの注がれた熱いぐらいのマグカップを白い手で包む。

 

 「霞龍……」

 

 瞬間、コーヒーの水面に波が走り、マンハッタンカフェの表情を隠す。

 深く息を吸い、吐き出した彼女は、勤めて表情を能面のようにし、搾り出すように言葉を発する。

 

 「これから、どうしましょうか」

 

 空のティーカップを小皿に戻したアグネスタキオンは、ペロリと唇を舐め、薄笑みを浮かべる。

 

 「決まっているじゃあないか」

 

 ソファから立ち上がったアグネスタキオンは、マンハッタンカフェの毛艶の良い黒髪を見下ろし、微笑みを、歯を剥き出しにした力強い狂気の笑みへ変えた。

 

 「私の目的は変わらない。彼からスカーレット君のティアラを取り返して、霧を晴らしてもらったのちに異世界へ丁重に送り帰す。

 ……いや、この私の目の前でカフェに毒を浴びせたという罪もある、それを晴らさせずに帰すのは……」

 

 いやしかし、あーでも、と一人で盛り上がるアグネスタキオン。一方、マンハッタンカフェはいよいよ、体の震えを隠せなくなっていた。

 

 「そう、ですか」

 

 まるで、あの日の夜のように喉に力が入らず、掠れた声でマンハッタンカフェは一人呟く。

 しばらく盛り上がっていたタキオンだったが、一人静かに震えるマンハッタンカフェの縮こまった背中に気づき、その勢いはなりを顰め、

 そう時間をおかず、二人の空間は静けさのベールに包まれる。

 

 コーヒーの水面に映るマンハッタンカフェの表情は、泣きそうになって歪んでいる。彼女にも、言いたい言葉があった。しかし、それを言おうとすると、体全身に幾重もの手が伸びてきて、押さえつけられるような幻覚を見る。

 口を開き、口を閉じる。その繰り返し。

 

 「わっ、たし、……は」

 

 瞬間、彼女の精神の体を縛っていた手が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全て、口を大きく開けた霞龍の、血管の浮き出た血生臭い舌に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「カフェは、無理しなくて良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉は、マンハッタンカフェの精神を縛っていた霞龍の幻影を消した。

 しかし、それは霧のように変化し、マンハッタンカフェの中へ入り込んで行った。

 

 惚けたように目を見開いていた彼女は、ふと、その言葉を反芻し____

 

 「……っえ」

 

 ハッと驚いたように顔を上げたマンハッタンカフェに、アグネスタキオンは背を向ける。その白衣を纏った背中を縋るように見つめていたマンハッタンカフェは、思わず身を乗り出して膝を机に乗せ、思いきり手を伸ばした。

 しかし、その手は虚しく空を切った。

 

 「……」

 

 心配しなくていい。私も協力する。何でそんなことを言う。

 

 何とでも口にすることができた。しかし、実際に彼女の悴んだ口が動く事はなかった。

 何故なら、それらは全て詭弁となってしまうから。

 

 「____!!」

 

 勢いよく立ち上がった拍子に、マグカップが揺れ、コーヒーが机の表面に滴る。しかし、マンハッタンカフェはそれを気にしている暇がなかった。

 居てもたってもいられなかった。

 がらら、と立て付けの悪い扉を引いた彼女は、誰もいない廊下へ一歩踏み出した。

 

 「……」

 

 しばらく立ち止まっていた彼女は、耳を項垂れさせ、一人廊下を歩き始めた。

 

 一人残されたアグネスタキオンのため息が、二つの領域に染み、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気の少なかった旧理科準備室から離れ、だんだんと人の気配が聞こえ始めても、マンハッタンカフェは幽鬼のように揺れながら、廊下に足音を響かせ歩いていた。

 本当は、振り向いてアグネスタキオンのもとへ戻り、隣にいたかった。しかし、いたくないと思う自分も居た。

 だからこそ、言い出せなかったことがあった。

 

 ____『ごめんね。怖かったんだ、君が』

 

 (彼は、霞龍は、私を()()()()いた……)

 

 それは、事態解消に繋がるであろう一筋の光。しかし、彼女はそれを、霞龍と対峙するアグネスタキオンへ伝えるのが憚られたのである。

 フラフラと揺れ動く視界の中、彼女の後悔はヘドロのように心の底に溜まっていく。

 

 (わからない…… わからないよ……!)

 

 助けを求めて虚空へ目を向けるも、彼女に寄り添うようにしている黒い影は、顔を見せずに黙ったまま。

 

 (どうすれば、どうすれば……)

 

 「わぶっ」

 「びゃっ!」

 

 その時、思い悩む頭に痛快な衝撃が走った。さらに、随分と汚らしい少女の叫び声。

 すぐに人とぶつかったことを悟ったマンハッタンカフェは、慌てて顔を上げ____

 

 「すい、……」

 

 ____そこにたっていたのは、3人のウマ娘であった。

 

 「だ、大丈夫ですか〜……?」

 

 左から、不安げに自身の豊満な胸に手を添えた、巨大なアホ毛が目立つサングラスとマスクを身につけたウマ娘。

 

 「いったぁ……! っく、おかしいですね、ゴルシさんの話では胸に飛び込んでくるはずなのに……!!!」

 

 次に、マンハッタンカフェとぶつかった子なのだろう。おでこを両手で押さえヒイヒイと声を上げる、濃い青と赤いラインの入った白いメンコを片耳につけ、金色のクローバー、赤いダルマの飾りで栗毛の頭を飾ったサングラスとマスクを身につけたウマ娘。

 

 「フクちゃん先輩〜…… これから大仕事なんですよお!」

 

 最後に、そんな前者をアワアワと見守る、薄紫の帽子を耳を突き破らせて被った、腰まで届くリボンで後頭部を飾った、サングラスとマスクを身につけ、何やらズタ袋を片手に持つウマ娘。

 

 「……えっと」

 

 次の瞬間、やけに流麗な動きで身なりを整えた真ん中のウマ娘は、途端に尊大な雰囲気を醸し始めた。

 

 「少し格好がつきませんが問題ありません。決行します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ドトウさん!! おマチさん!! やっておしまい!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、マンハッタンカフェの視界は、毛玉のついた布地に変わった。




 ____えっほ、えっほ、えっほ……
 「あ、あの、マンハッタ____あびゃっ!?!?」
 「あなたに、巫女を勤めてほしいのです。カフェさん」
 「……っ、く、ぅう……」

 次回、「対霞龍撃退作戦(タイカスミリュウゲキタイサクセン)!」
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