霞の奥の幻影   作:にわとり肉

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 遅れてすいません


宵闇(ヨイヤミ)()

 宵闇に満ち、ほんの少しの月光が霧の中に反射し、薄く光を帯びさせる。

 そんな薄寒い雰囲気の練習用コースに、ぱきり、ぱきりと、木材の破砕音と足音が響きわたる。

 すると、空間に絵の具を撒いたかのように、巨大な翼を携えた紫色の巨軀が霧の中に像を結ぶ。

 巨大な眼球をぎょろぎょろと動かし、一歩踏み出すごとに、一度手足を引いてから前へ着地させて進む彼――霞龍(カスミリュウ)の、鼻先から伸びる立派な角の下の口は固く閉ざされていた。

 

 『……!』

 

 ____ふと、彼は体を震わせ、ギョッとしたように平べったい頭を動かし、周囲を見回す。常に蠢いていた眼球をさらに激しく動かし、ウッドチップのコースに尻尾を優しく叩きつける。

 その安らかな霧の揺らぎは波紋状に伝わっていき、彼に周囲の情報を与える。

 

 『……』

 

 そして、彼の盛んに動いていた眼球は、闇夜の霧に沈んだある方向に固定された。

 

 『……くるるる』

 

 彼は少し上を向いて口を開け、苦しそうにえずくと、すぐにウッドチップコースの上に何かを吐き出した。

 それは、大量の可愛らしい雑貨の類、電子機器の基盤など。今日も今日とて、彼はトレセン学園内外を徘徊しては興味のあるものを絡め取ってきているのである。

 

 『……』

 

 全てを吐き出し、長い舌で口元を拭った彼の紫色の身体は、再び霞の中に溶けて消えていく。

 

 空気の揺らぎとなった彼の体は、目玉が捉えた対象に向け、抜き足差し足進んでいく。

 

 「____十分注意していけよ? 話が本当なら相手は20メートル級のバケモンだ」

 「()()()()()まで引っ張り出してきて…… 夜も深いし霧も濃いし、これで何もないなら骨折り損のくたびれ儲けも良いとこですよ」

 「軽口言うな……」

 

 「まて、何か赤いのが近づいて____」

 

 ____そして、彼が目指す場所に居たのは、愚かにも彼の領域と化していた練習用コースに足を踏み入れた、哀れなトレセン学園の教員達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、練習用コースの中で、何かが破裂するような重い音が数発、霧の中にくぐもって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。先行きの見えない霧が府中市を覆い続ける中、トレセン学園はいつも通り門を開き、陰鬱な生徒達を迎えていた。門前に立つ緑色の制服に帽子を被った妙齢の女性の挨拶も、心なしか気落ちしているように感じられた。

 その中、白い浮毛が湿気に負けて項垂れ、同じように顔を俯かせた黒髪の少女――マンハッタンカフェは、続々と登校していく生徒達の群れに紛れ、ついていないようでついている足を前へ運んでいた。

 群衆の中心を進んでいるという安心感、人々の雑音に耳を傾けていると、あの化け物の声を想像しなくて済む。そのように考えてしまう自分への不甲斐なさを憎み、自分を遠ざけてくれた無二の友人の情念に苦しむ。そんな彼女の表情は重く暗い。

 ____しかし、群衆は彼女の味方をしているわけでは無いのである。

 

 「もうこれで四日目かあ……」

 「寒い、暗い、走れない……」

 「スズカ先輩寝込んじゃってるらしいよ?」

 「ええっ! 走れないから?」

 

 『____あなたに、巫女を勤めてほしいのです。カフェさん』

 

 「っ……!」

 

 人の波の中で、マンハッタンカフェは、肩にかけたスクールバッグの紐を握った手と力無く下げていた手を握りしめ、歩みを止めた。見開かれた金色の瞳は忙しなく震えるように動き、動悸が彼女の慎ましやかな胸をうった。

 

 (関係ない……関係ない! だって、私がやらなきゃならないことじゃないんだから……! 私はただのウマ娘なんだから……! )

 

 そう喚き散らし、頭を抱える彼女の心に、太く鞭のようにしなやかな舌が巻きついた。

 

 「っはぁっ……!?」

 

 飛び跳ねて振り向くと、そこにあるのは、霞の奥から姿を現す喜怒哀楽あふれるウマ娘の群れ。当たり前に現実の風景が広がっていた。

 顔を青くし、肩で息をしていた彼女は、ウマ娘達を掻き分け、まるで逃げ出すように中央玄関へ駆けていった。

 

 ____それからしばらく経ち、職員室や理事長室などが固まって配置されている棟の、紫色の光が外から差し込む廊下を、四人のウマ娘達が歩いていた。

 その中の一人、一際大きなアホ毛と、一際大きな胸を揺らし、少し猫背になって歩く少女は、どこかゆるっとした印象を抱く唇をモゴモゴさせ、意を決して開いた。

 

 「やっぱり、酷なんじゃないですか〜……? あれだけ怖がっていたのに……」

 

 ふと、隣の方から聞こえてきた優しく弱々しい声に、だるまの飾りと黄色いクローバーの飾りを両耳につけた栗毛の少女――マチカネフクキタルは、紫色の薄明かりに照らされながら歩みを止めずに口を開いた。

 

 「()()()人の想いを受け止め、エネルギーとして余すことなく活用できる。そんな行為に耐えられる肉体を持っているのは、数多の霊体と触れ合ってきたカフェさんだけなんです。

 私ができるのは、せいぜい人の想いを()()してやることだけ。それもシラオキ様の力をお借りして……」

 「な、なら私が……」

 「押し潰されて廃人になるだけですよ」

 「あぅ……」

 

 悲しそうに口をつぐみ、下腹部で組んだ手をいじいじとさせる、紫の瞳が渦巻いた少女――メイショウドトウを宥めるように、しかし、複雑な表情を浮かべながらマチカネフクキタルは口を開く。

 今から紡ごうとしている言葉が、自己弁護に過ぎないと理解しながら。

 

 「ドトウさんも覚悟したのでしょう? オペラオーさんをビワハヤヒデさんから助けるために、私だって、スズカさんのために……」

 

 その瞬間、メイショウドトウはハッと顔を上げた。

 

 「そ、それこそカフェさんもじゃないですかぁ〜!! 私たちのためにカフェさんを犠牲にしているようなものじゃないですか〜!!」

 

 自分もそこに加担している時点で言えることではない。そう思いながらも、彼女は指摘せざるを得なかった。

 そういう選択を自分は取りたくなかったし、目の前の友人にも取らせたくなかったのである。

 

 「ううっ!……」

 

 四人の硬い足音が乱れる。

 弱々しく、しかし、確かな意思を込めた紫色の瞳の眼力をひしひしと感じながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、マチカネフクキタルはわなわなと肩を振るわせる。

 

 「むうっ、うう、ぐぬぬ……」

 

 親指と親指を擦り合わせ、百面相を浮かべながら冷や汗を流して唸っていたマチカネフクキタルは、

 

 「……ふんぎゃぁあ〜ッッ!!!!」

 

 ____ついに頭を抱えて発狂した。

 それを見て、メイショウドトウが少しだけホッとしたのはいうまでもない。

 

 「じゃあ目測20m強のバケモノを一体どうやって倒すっていうんですかあ! 無駄に刺激を与えないでやるにはこれしか……!」

 

 混沌とした十字に切れた瞳を向けられるも、負けじとメイショウドトウも混乱し切った渦巻き模様の瞳で応戦し、頑と譲らない姿勢である。

 そんな彼女達を、苦笑いを浮かべて後ろから眺めていた二人のウマ娘は、居心地悪さを隠さず徐に口を開いた。

 

 「あの、もう理事長室前です……」

 「ややっ!?」

 

 ハッと動きをシンクロさせて横を向いたマチカネフクキタルとメイショウドトウは、そこに重厚で荘厳な雰囲気を醸す、木彫の扉を見た。

 しばらくそこを見つめていた二人は、徐に視線を合わせる。

 

 「……一先ず、今はプランを前に進めないと……」

 「で、でもぉ……」

 

 ぐぬぬ……と互いに声を漏らして顔を突き合わせる二人の耳がはためく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「____」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「!!」

 

 その瞬間、400m先の音をも拾う高感度の耳が、扉の向こう側からの音を察知した。

 突き合わせた顔をじわじわと神妙そうに変えた二人は、さっと扉の側へより、その光沢を湛えた冷たい表面に頬をくっつけ、次に耳をぺたりとつけた。

 

 「____への要請は、済ませましたが…… まさか、こんな事態に発展するなんて」

 「3人はいまだに意識不明の重体。このまま、もう意識が戻らないかもしれないとも…… 話せる者の話によると、その液体が触れた芝は一瞬にして枯れ果てたそうです。結果がどうあれコースはしばらく閉鎖せざるをないかも____」

 「今日のところはウマ娘達を寮に帰した方が」

 「寮だってあそこ(練習用コース)からそこまで離れてないんだぞ____」

 

 「……」

 

 聞こえてくる内容を噛み砕き、理解していくごとに、扉にへばりついて顔を見合わせた二人の顔が底冷えして青くなっていく。

 そっと扉にもたれかかっていた体を離し、廊下の真ん中へよろめいた二人は、お互いに目を見やった。

 その瞬間、十字に煌めく黄色の瞳と、渦巻模様が入った紫の瞳。その奥にある意思は一致した。

 

 「っ……!!」

 

 血相を変えた二人の表情をみて、蚊帳の外になっていた二人のウマ娘が身を引き、

 

 「わわっ!?」

 

 しかし、それぞれ手を掴まれた彼女達は、グンと強く引っ張られる感覚を覚えた。固まっていた脚が強制的に動かされ、今まで辿ってきた風景が逆戻りし始めた。

 彼女達を引っ張り、マチカネフクキタルとメイショウドトウは、掟破りの激走を始めたのである。

 

 「わわっわっ、な、何が聞こえたんですか!?」

 

 激しく揺れていた視界を戻そうと脚に力を込め、まるでG1レースを走っているのかと言わんばかりの迫力を見せる彼女達へ話しかけるが、冷や汗を振り払った二人は相変わらず取り合ってくれない。

 ただ、そんな二人がどこへ向かおうとしているのか。それはわかるのであった。

 

 ____彼女達の向かう先。そこは、授業で使われなくなって久しい旧理科準備室。

 

 「タキオンさぁぁん!!!?!?」

 

 そこの引き戸を蹴飛ばし、散らばった資料が花のように舞い散る中踏み入ってきた四人のウマ娘を見て、そのスペースの主は、耳を引き絞って椅子を回転させ、大きく大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、マンハッタンカフェはカフェテリアへ向かうために、同じように友達と会話に花を咲かせながら生徒達に紛れ歩いていた。

 授業の内容は全く頭に残らず、頭の中を自己弁護と後悔とがぐるぐると滞留し続け、姿の見えない怪物の巨影に怯え続ける午前中を過ごし、他の者と同じように、彼女の心身は栄養を求めていたのである。

 

 「……!」

 

 そして、大勢のウマ娘が集い、霧に沈んだトレセン学園で唯一と言っていいほど活気に満ち溢れ賑わうカフェテリアへ足を踏み入れたマンハッタンカフェは、青白い顔に生気を取り戻した。

 

 「カフェさン!」

 

 薄茶色のボブカットの髪を白いカチューシャでまとめ、耳には白いメンコをつけ、まるで白ウサギのようなあどけなく人懐っこい笑みを浮かべる少女――ユキノビジンが、彼女を待っていたからである。




 「わだすは! カフェさんにもっともっと頼って欲しいんですっ!! 何だってやりあんすよ! カフェさんの、為、なら……」
 『__いたい』








 「やだやだ!?」
 「逃げて!!」
 「いやぁあ!!!」








 次回、「緊急事態発生(キンキュウジタイハッセイ)!」
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