織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
はい、言いたい事は分かります。
だけど言い訳させてつかぁさい。
人間、仕事に忙殺されると自分でもワケワカラン行動に出るのよ。
それでは大人な一夏ワールド、ぐったりと始めて逝きましょー。
さて。
唐突に何を言い出すのかと甚だ疑問に思うのも仕方のない事だが、これから私が語るのは完全な独白であり現実逃避なので聞き流してくれても構わない。
ただ、それだけ私が柄にもなく混乱しているのだと理解してくれればそれで良い。
◆ ◆ ◆
戦場においては如何に迅速に状況を把握できるかが生死を分けると言っても過言ではない。
もちろん、最終的には自分と敵勢力――彼我がそれぞれ有する戦闘能力の優劣が勝敗を決める訳ではあるが、戦況を見極めて侵攻、あるいは撤退すべきと即断即決できないようでは遅かれ早かれ間違いなく死ぬ。
などと――今では物知り顔でほざく私自身も、若かりし頃は勢いとド根性だけでどんな障害でも乗り越えられると本気で信じていた。
たとえ一人では無理でも、仲間の協力があれば不可能ではない、と。
全く、恥ずかしい限りの青二才である。戦場の『せ』の字も知らない尻の青いヒヨコも同然だ。
そういう意味では、生まれて間もない――創られて間もない頃より某組織で任務を淡々とこなす我が妹君の方が、私なんかよりもよほど戦場慣れしていた。
閑話休題。
ともあれ状況の把握、そう、把握だ。
客観にしろ主観にしろ、どのような形であれ物事を見極めるのは重要だ。
だからこそ己の目で見て、思考し――そして私は失望した。
――ああ、この世界のなんと醜い事か。
技術と知識も、所詮は授業と放課後の自主鍛錬で培われただけの付け焼刃。
安穏平穏とした『箱庭』から放り出されてみれば、学んできた事の大半が役に立たず、どれだけ虚飾と欺瞞に満ちているかを徹底的に叩き込まれる。
少なくとも、私の期待を裏切るには十分な『穢れ』が世界には蔓延っていた。
たとえば
たとえば
いや……絶対に迷い、触れなければならなかったとしても……私がもう少しだけこの黒い衝動を抑え込めたなら、もしかしたら何も知らされる事なく別の道を歩めたのだろうか――そう後悔する時がなかったと言えばそれは嘘になる。
篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識姉妹。
山田先生、篠ノ之博士、織斑先生……千冬姉。
本当に好きになり、心から愛し、共に添い遂げたいと本気で願った頃もある。
ありえたかも知れない、騒々しくも平和な日常。
しかし私は夢のために、理想のために、彼女達と明確な敵意を持って相対する事を選んだ。
その果てが――この有様だ。
「警告は一度だけだ。すぐにISを解除して名前と所属国を言え」
眼前に打鉄の近接用ブレードの切っ先が迫る。
本当に……神の悪戯と呼ばざるを得ないあまりに夢物語な末路だな。いや、
まあ何にせよ、麗しの姉上様に得物を突きつけられて良い気分はしない。つい先ほどまで彼女を含めた女衆と一対多の激戦を繰り広げていたのだから尚更だ。
「……嫌だ、と言ったら?」
学園で相棒だった白式とは異なり、全身装甲型であるランスローは私の声を自動的に機械音声に変換する。そのおかげで各地で暴れ回っても正体がバレる事はまずなかった。まあ、篠ノ之達にはすぐ気付かれたけど。
「正直に話した方がマシだったと、あの世で後悔する事になるだろうな」
言外に殺人予告されてしまった。アンタ仮にも教育者だろうに。
とは言え、反抗したところで一方的な戦闘になるとは到底思えない。
人外の域すら凌駕した四十代の織斑先生に比べ、この時代の――花も恥らう二十代の織斑先生はまだ人間を止めてはいない。生身の私と同等か、それより少し劣る程度の実力しかない。身体中が悲鳴を上げてはいるが、フル装備の今ならば容易く逃げ遂せる。
だが、私は敢えて顔を晒す事にした。
要求に従った場合と逃亡した場合の、それぞれのメリットを天秤に掛けた上での判断だった。
「…………っ!? そ、んな……」
黒に近い灰色の鎧兜が解除され、目を見開く織斑先生。断っておくが服装はISスーツではなくシャツにスラックスです。三十路の野郎があんなラバースーツみないなモン着れるか。
それにしても予想通りと言うか何と言うか、まさかここまで効き目があるとは。普段の凛とした雰囲気も何処へやら、混乱により呼吸は浅く速くなり、ブレードも振動を起こして狙いがどんどん逸れていく。
流石は血の繋がった実姉。目の前にいるのが二十年後の弟だと一目で判るか。
「……父、さん?」
「………………」
あ、そっちの
物心つく前に捨てられた私は記憶にないが、どうやら姉上様はあの人でなし共の顔をはっきりと覚えているらしい。忘れたくても忘れられない、と言った方が正しいのだろうが。
「いやいや、人違いですからね?」
私にこんな大きな娘はいねーよ。
万が一『そうだ、私がお前の父親だ』とか星戦争的な展開だったとしても、親父殿が何歳の時に生まれた娘のつもりなんだアンタは。大雑把に計算しても十一歳くらいになるぞ? 精通してるかどうか微妙な時期だけどまずありえねーって。十一歳の父? ドラマじゃねーんだから。
「とりあえず言われた通りISは消したので、その物騒なの下ろしてもらえませんかね?」
「あ……ぅ……」
よほど混乱が大きいのか、織斑先生は素直にブレードを退けてくれた。
しかし、そこまでクソ親父殿にそっくりだと言うのであれば、こちらとしても整形手術を考えに入れなくてはならない。鏡を見る度に自分を捨てた親のツラが映るなど御免被る。
「お前は、何だ? 何者なんだ……?」
「何者か、ね……」
貴女達と世界を敵に回した弟ですよ、と言えたらどんなに楽か。
……いや、もういっその事、私が経験した全てを告白して危機感を煽ってしまえば、この時代の私もISから距離を取って全く違う人生を歩め――そうもねぇな。きっと無理だな絶対。何故かは説明できないが、どんな方法を用いてもISを起動させてしまいそうな気がする。
具体的には藍越学園に行く途中で道に迷って何処かの倉庫に辿り着き、そこにあったISについ手を伸ばしたらあら不思議動かせちゃった――みたいな感じで。
やりかねない。
篠ノ之博士だったらやりかねない! しかも嬉しそうに!
どーしろってんだか。
「あーその、アレです、決して貴女の心の傷を抉りに来たとかそういうのじゃなくて、単純に道に迷ったとでも言うべきなのか何なのか……」
時代に迷い込んだ、などと馬鹿正直に言ったら待っているのは頭の病院だ。
「……私を馬鹿にしているのか?」
年下の姉上のテンションが少しばかり回復。すなわち危険度も一段階レベルアップ。ほーら見て御覧なさい、ブレードも元気を取り戻しちゃって今度は私の首筋にロックオンですよ?
学び舎の前で刃傷沙汰、しかも被害者は弟で加害者はそれより若い姉。
ホームズもビックリな不可思議事件である。
「馬鹿にしているのなら、もうちょっと面白味のある冗談を考えてきますよ。現状ではそうとしか説明できないからそう説明しているだけでして」
「つまり、真面目に答える気はないと言う事だな?」
「そう受け取られても仕方ないでしょうねー」
疲れたようにハァァ……と息を吐く姉上。
いけませんなぁ、溜め息を吐くと幸せが逃げていきますぜ? だから未来っつーか私の時代でも男っ気がなくて独り身のままなん――
「うぇい!?」
唸るブレード。しゃがんで回避する私。逃げ遅れて飛び散る髪。目のハイライトが消えた姉。
おっまわりさーん! 殿中、殿中でござるよ外だけど!! あ、ダメだ来たら私がブタ箱行きになっちまう!! でもって強引に避けたから全身が死ぬほど痛ぇ!! ナノマシン仕事しろ!!
「ちょっと待ったストップストップ! はぐらかそうとしてるのはその通りですけど、だからっていきなり打ち首はアカンと思うのですよ!?」
「気にするな。失礼な気配を感じたから断罪しようとしただけだ」
あらまこの人ったらエスパーなの?
そういえば織斑先生(四十代Ver.)もこの手の話題には神経質なまでに敏感だった。元いた時代でも隙を作るつもりで挑発したら見事にスーパー野菜人になっちゃったもんね。つーか篠ノ之とか他のメンバーまで野菜人化しちゃったし。いやーあれは怖かった。恐るべき三十路ーズ。
「とにかく、正体が判明するまでお前を拘束する。異論は認めんから観念するんだな」
「むしろさっさと捕まった方が安全な気がしてきましたよ」
打鉄を纏った教師の皆様方がタイミングを計ったようにゾロゾロと現れる。よくよく見れば山田先生の姿もあるし、二階の窓では扇子を持った水色の髪がこちらを窺っている。
はいはいホールドアップ。優しくしてね、と。
◆ ◆ ◆
とまあ、そんな感じで。
二度と来る事はないと思っていたIS学園に舞い戻った訳でございますが、ようやく落ち着いたところで改めて自己紹介をば。
名前:織斑一夏。
年齢:三十五歳。
使用IS:正式名称『
勘の鋭い諸君らの御察しの通り、なんやかんやの諸事情で二十年ほど前の過去にタイムスリップしてしまったらしい、何処にでもいそうなただの国際的テロリストであーる。
あっはっはっはっは。
もうホントどうしようね。
原作ヒロインズを名字で呼ぶのは、敵対する上での覚悟だとお考えください。