織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
当然と言えば当然、私とオルコット嬢の模擬戦はうやむやになった。
まあアリーナのシールドが破壊されたのだから、即座に中止して避難を促した織斑先生の判断は正しいと思う。多少の事は目を瞑ってくれるとは言っても、流石に一般生徒にも危険が及ぶ恐れのある行為は――私が狙う気がなかったとしても教師の立場から見過ごせないのだろう。
それよりも、オルコット嬢が指示に素直に応じた事が意外だった。
彼女へのアドバイスは嘘偽りのない本音なのだけれども……結果として利用する形になったのも弁解しようのない事実。性格から考えて『心にもない言動でわたくしを惑わせるなんて!!』とか非難してきそうなものだが、予想とは裏腹に、しきりに私を見るだけで何も言ってはこなかった。
ふむ、これはアレですか。何も知らないオッサンのクセに偉そうに説教してんじゃねぇ――的な言葉なき意思表示ですか。うーわ、私ってばもしかしてもしかしなくてもやっちまった?
「……ないわー。この年で黒歴史作るとかないわーホント」
「戻ってくるなり何をやってるんだお前は」
「えーと、ブラックタイガーの真似?」
甲冑姿のまま頭を抱えてエビの如くビョンビョン飛び跳ねる私に、待機していた姉上が訝しげな視線を向けてくる。その右手には私専用ツッコミ道具と化した毎度お馴染み打鉄用近接ブレードが握られているが、そこは今はスルーの方向で。
緩やかに腕を組み、織斑先生は言う。
「まったく、焚き付けた手前あまり強くは言えんが……いくら何でもやり過ぎだ馬鹿者。破壊した設備の修繕費はお前にツケておくからな」
「わあ懐に優しくない」
来賓席にいたバカ共の安否ではなく真っ先に修理代の話するあたり、どうやら姉さんも委員会に対して良い印象は抱いてはいないらしい。ISから遠ざけていた弟を無理矢理に入学させられたらそりゃ毛嫌いもするか。
と、私にめでたく借金が発生したところで、何やら外が騒がしい事に気付く。
いやまあ、誰が喚いてるかは見当がつくんだけどさ。
『だ、駄目です! ここは部外者は立ち入り禁止で――』
『ええい退きたまえ! キミでは話にならん!!』
『きゃっ!?』
突き飛ばされた山田先生が転がり込んでくる。尻もちをついた拍子に学園一の双丘が激しく自己主張を始めるが、経験豊富でアダルトな私はこの程度で照れたりしない。てか普通にガン見しますありがとうございます。そして背後からお姉様にブレードを突きつけられて真っ青になります。
そんな私達のじゃれ合いを、空気を読まずにぶち壊す輩がいた。
「キッサマァ!! あれは一体どういうつもりだ!!」
……確かに私はサマーですけれども。
無駄に値の張りそうなスーツの禿頭中年が、ISを解除した私の胸倉に血管が切れそうな形相で掴みかかってきた。もっとも、地位に固執しているだけの三下に揺さぶられるような柔な鍛え方はしていないので、私の身体はその場から微動だにしなかったが。
男の背後にはこれまた身なりの良い男女が数名――風潮のせいか女が多い。一様に憤怒の表情を浮かべており、中にはお粗末ながらも殺意に満ち満ちた奴まで。そして誰も彼もが、額にガーゼを貼り付けていたり手足に包帯を巻いていたりする。
ちなみに少年と篠ノ之は席を外させているのでここにはいない。汚い大人の話を聞かせたくないという理由もあるにはあるが、一直線な少年は元より、女子にしては血気盛んな篠ノ之が一緒だと余計にややこしくなりそうだったからだ。口より先に木刀が飛び出すからねぇあの子の場合。
「どういうつもりも何もあれは偶然、そう、偶然にも狙いが逸れてしまっただけですよ? むしろあの攻撃に巻き込まれたのにそれっぽっちの軽傷で済んでとてもラッキー。揃いも揃ってゴキブリ並みにしぶといもんだからホントうざったいっつーか何つーか。おや、どうかしましたか? 顔が知能なんぞまるで感じない野猿みたいになってますよ――おっとこれは失敬、テメェらの脳ミソはゴキブリや猿以下のミジンコサイズどころかアメーバくらいしかなかったのでしたね忘れてましたゴメンナサイ」
山田先生はぽかんとして。
織斑先生はやれやれと溜息を吐き。
三下共は何を言われたのか脳の処理が追いつかないらしく無様にフリーズし、言葉を噛み砕いて飲み込むようにゆっくりと、やや間を置いてから――
「ふ――ふざけるなぁっ!!」
感情を大袈裟に爆発させた。
……ったくどいつもこいつもヒステリックに叫びやがって――『被害者』にするだけじゃ報復にならねーから、とりあえずはまだ軽傷で済むように手加減してやったってぇのに。いっそあの場で口が利けなくなるまで痛めつけた方が良かったか?
「何が偶然だ――とぼけるのも大概にしろ!! 大方あの生意気な小娘と裏で示し合わせて我々を狙ったんだろう!? 証拠などなくとも貴様を解剖室送りにできるんだぞ!?」
「奇遇ですね、前にも似たようなセリフを言われましたよ。馬鹿の一つ覚えのように実験するだの解剖するだのと。ところで『あの生意気な小娘』ってのは……誰の事でしょうか?」
私の殺気を感じ取ったのか、姉上は何時でも対処できるようブレードの柄を手を添え、入口から中を覗き込んでいた生徒会長も右腕に部分展開して蛇腹剣を構える。それでも進んで阻止しようとしないのは、この屑野郎の人望の少なさが原因に違いない。
「誰の事だと……? あのイギリスの候補生に決まっているだろうが!! だいだい初めから気に食わなかったんだ! 名家の出だか何だか知らんが立場も弁えず我々に意見しおって! 叶うなら貴様諸共処分してやりたいくら――」
「おやこんなところにクソ虫が」
「ぷぎゅっ!?」
殴ったよ殴ってやりました殴らずにいられるかってんだ三段活用。
だって目の前で虫が鬱陶しく騒いでやがるんだもの。うるさい羽虫は潰さなきゃ――ねぇ?
「おっと、テメェらも目障りな真似はするなよ? 一歩でも動いたら両足の骨をすり潰す。一言でも喋ったら喉を抉り抜く。これ以上私の機嫌を損ねたら……今すぐこの場で縊り殺す」
「「「ヒィッ!?」」」
騒がれるのも面倒なので、順番待ちの連中は睨み付けて黙らせておく。何人か失禁したようだが知った事か。おむつ取れたてのガキじゃあるまいし、そんなのは自分で始末させればいい。
殴り飛ばされてうめく男の髪を片手で掴み、目の高さにまで引き上げる。ひん曲がった鼻からはだくだくと血が溢れ、前歯は三本ほど行方不明。おーやおやおや、さっきよりだいぶ男前になったじゃあないですかぁ豚基準で。
「処分、処分、処分ねぇ。オルコット嬢の後釜なんていくらでも用意できますってか? そう言う自分達の方こそ掃いて捨てるほど代わりがいると気が付いてますかぁもしもし? 仮にテメェらに何かあったとしても、次の日にはもう新しい首にすげ替わっているのが容易に想像できらぁな」
「ぐっ、ひぎっ……」
「まあ確かに、ISを動かせるって理由だけで一回りも二回りも若い娘っ子に色々言われちゃ腹に据えかねるだろうが……そもそも根本からして間違ってるんだよ」
「間違い、ですか?」
山田先生の呟きが、この場にいる全員の心中を代弁する。
「インフィニット・ストラトスは近代兵器でもなければ他国に対する軍事的抑止力でも、ましてやくだらない選民思想の象徴でもない。篠ノ之束の夢を乗せた、宇宙へと至る可能性の翼だ。なのにテメェら凡人共ときたら、吐き捨てられたガムみたいに地上にへばりついてドンパチするばかりで空を目指そうともしない。何が国家代表、何がモンド・グロッソ――結局はテメェの国の技術力を自慢して優越感に浸りたいだけじゃねぇか」
地上には失望しかなかった。
だから篠ノ之博士は姿を隠す事を選んだ。
だから私は――
「単なる玩具としか見ていないなら――私が全てのISを破壊してやる」
「フ、フヒハハハ、何を馬鹿な! ISは今や国家防衛の要、各国軍の全ての上回る戦力を有しているんだぞ!? 全世界を相手にたった一人で戦争でも始めるつもりか!?」
「……戦争か」
そう。
これは今の今までできずにいた、二十年越しの宣戦布告だ。
私の戦争はもうとっくに始まっているのさ。
「ISコアは未稼働の物も含めて467個。その大半がこの学園にある打鉄やラファールのような量産機や試作機だ。全て稼働状態の専用機ならまだしも、訓練ばかりで実戦に出た事もない連中の機体にこの私が後れを取るものかよ」
これは戯言でも虚勢でもない。
事実、未来において私は457個まで回収していたのだ。まあ、残り10個のコアの所有者達が揃いも揃って戦いにくい強者ばかりだったので達成目前とまではいかなかったが。
現状での私の戦力は、世界最強の座に君臨する若き織斑先生と同等以上。つまりどれだけ頭数を揃えたとしても、今の姉さんにも劣る烏合の衆ならば殲滅など容易いのだ。
ああ、笑みが浮かぶのを抑えられない。
いかんいかん、いかんなぁ――薄汚い世界に長年浸り続けてきたせいか、怒りを発散するよりもまず笑顔で取り繕う癖がついてしまった。
おやおや皆さんどうかしましたか? 顔が蝋人形みたいになっちゃってますよぉ?
「何だ――何なんだ貴様は!?」
「カハッ、誰も彼もが同じ事を聞きやがる」
男を壁に叩きつけ、道化じみた所作で名乗る。
今の私に相応しい肩書きを。
「私はただのテロリスト。テメェらにはそれだけで十分だ」
次回でセシリア編が終了です。しかしこうして見るとセシリアが一番のヒロインポジにいるように見えるのは何故だろう……。