織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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意味:彼女は全部知っている。


011. 壁に篠ノ之、障子に束

 私の記憶が正しければ、今日はクラス代表就任のパーティーが催される日だ。

 少年を囲んで黄色い声が飛び交っているであろう食堂とは対照的に、私が放り込まれたおおよそ二畳の空間は耳が痛くなるほどの静寂に満ちていた。地下にあるが故に窓もなく、目を凝らしても己の身体すら視認できない暗闇ばかりが漂う。

 学園に来て最初に缶詰にされた一室とはまた異なる、危険人物のために設けられた一時勾留用の本格的な特別独房。

 教育機関であるはずの学園の地下に何故そんな部屋が存在するのか――その疑問は思考の片隅に置いておくとして、国際組織の要人に傷を負わせたのだからブチ込まれても不思議はない。

 とは言え。

 私とて人の子、自らの行いを悔い改める機会など――まあ、確率的に絶対に有り得ないと断言はしないが、今回の場合はオネエサマや暗部の長たる更識姉の顔を立てる意味合いが強い。そうでもなければ誰が大人しく拘束されたりするか。ただでさえあんな無能な連中が原因だってのに。

 

「にしても暇だなぁ……」

 

 現在の私は拘束衣とベルトで雁字搦めのミノ虫状態。おまけに鎖で吊るされて宙ぶらりんだから暇で暇で仕方がない。ナノマシンが老廃物まで徹底的にカロリーに変換するので飲まず食わずでもしばらくは大丈夫だが、しかし、常日頃から大量摂取して蓄えていても何時かはバッテリー切れになってしまう。

 

「もうすぐチャイナ娘も舞台に上がってくるし、そろそろ出る頃合かね」

 

 ここはアウシュヴィッツかとツッコミたくなる尋問が続いて早三週間。

 取り調べするために委員会から派遣されたと言う女達は、尋問の段階をすっ飛ばして問答無用で肉体言語を行使してきやがった。そりゃあもう殴るわ蹴るわ刺すわ抉るわ、テロリスト(自称)に人権など不要と言わんばかりの度を超した暴力の嵐。監視カメラの映像もダミーに差し替えたから助けは来ない――と楽しそうな顔でご親切に教えてくれる徹底ぶり。

 一国の独断か、協議の結果か。

 何にしてもこれが民主主義を謳う法治国家の素顔なのかと思うと、やはりこの世界は取り返しのつかないほどに腐り切っている。

 

「…………ふんむ?」

 

 と、イチカイヤーが二人分の足音を捉えた。

 拷問係のご出勤にしてはいつもより人数がちと少ないし時間も早い。それに、明らかにこちらに向かって走ってくる(・・・・・)。慌しく、一刻も早くと焦っているかのように。

 はてさて一体どう言う訳ざましょ。私まだ何もやっとりゃせんよ?

 

『――この部屋か』

『小父様、今お助け致しますわ!』

 

 おんやまあ、意外なお二人さんが来なすった。

 姉上もオルコット嬢も卑怯卑劣から目を背けない性格だし、私が学園地下に幽閉されている事はともかく、拷問を受けている事などまず間違いなく知らされていないと思ったのだけども。

 

『ああもう、スイッチが多くてどれがどれやら!』

『……右端のを押せ。ドアのロックと鎖が外れるはずだ』

『分かりましたわ!』

 

 …………はい?

 

「ちょい待ち、待て待て! こんなカッコで下ろされても受け身取れなフガッ!?」

 

 身体と天井を繋げていた鎖が外れ、冷たい床に顔面から突っ込む私。ええと……助けてもらったはずなのに今までで一番ヒドイ仕打ちを受けた気がするのは何故だろう。

 日頃の行いの悪さを憂いつつ鼻の痛みにゴロゴロする私の前で、金庫さながらの鋼鉄製のドアが重苦しい音を立てて口を開いた。

 直後に織斑先生の安堵したような声がかけられる。

 

「どうやら、無事のようだな」

「つい今しがたまではね。できれば外す順序を逆にしてもらいたかったです」

「ああ、小父様の顔から血が。一体誰がこんな惨い事を……」

「「お前だお前」」

 

 膝枕しなくていいから、愛おしそうに撫でなくていいからさ、とりあえずティッシュくださいなオルコット嬢。鼻血が止まらねぇ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「うーん……久しぶりの娑婆ダバダ。空気が美味いぜぇ」

 

 と言っても姉上やオルコット嬢と一緒にエレベーターで地上に出ただけなので、学園の敷地内に変わりはないのだが。

 両腕を腰に当てて上体を反らし、あっちこっち凝り固まった身体をほぐす。三十路になるとすぐ鈍るから日頃のストレッチが大事なのです。

 

「済まなかったな。私がもう少し早く気付いていれば……」

「んー、身から出た錆みたいなもんですし、過ぎた事をとやかく言っても始まりませんて。むしろ私としては自力で抜け出すまで誰も気付かないと思ってましたしね。織斑先生が問い詰めなければ日本政府も見て見ぬ振りを決め込んでたんじゃないですか?」

「よく分かるな」

「アレ見りゃ誰だって分かりますよ」

 

 私が指差した先――木の陰からこちらを窺う会長さんが。その手に持つ扇子には力強い毛筆体でデカデカと『ゴメンナサイ!!』の文字が。

 姉さんが呆れて溜め息を吐く。

 

「更識の奴め……」

「雇用主あってこその暗部ですし、責任ある立場なら命令に従う以外ねーですわな。それに彼女も織斑先生も、私が酔狂で囚人の真似事をしてると勘付いていたんでしょう?」

「まあ、な」

「さて……そうなると余計に謎が深まる。国ぐるみでひた隠しにしてきたのに、何故こうも簡単に織斑先生の知るところとなったのか。聞かせてもらえませんか?」

 

 姉貴は隣を歩くオルコット嬢に視線を送り少しだけ考える素振りを見せた後、聞かせても問題はないと判断したのか、煙草でも吸うようにゆっくりと話し始めた。

 

「一時間ほど前に、IS委員会と各国政府に一通の脅迫メールが届いた。内容は『投獄されているテロリストの即時解放』――要求を呑まなければ相応の報復に出るとも書いてあったらしい」

「珍しくもない。その程度の不幸の手紙に降参するようなら首脳なんかやってられないでしょ」

「確かに。解放するテロリストが『IS学園の地下にいる男』で、報復の方法が『登録されている全てのISコアを永久停止させる』なんて世界を一変させてしまうものじゃなければな。ご丁寧にウサギのマーク付きのハッキングを食らって、主要国の保有するコアが一つずつ使い物にならなくなったそうだ。そんな芸当が可能なのはこの世でただ一人」

「……篠ノ之、束」

 

 まさか世界中を脅すとは。

 宇宙を目指す人は脅迫のスケールも大きくていらっしゃる。

 

「一人はISの生みの親、そしてもう一人は未登録(・・・)のコアを搭載したISの操縦者。つまり、もし束が本気で行動に移せば、国々はアイツとお前に対してあらゆる抵抗力を失い手も足も出なくなるという訳だ」

「抵抗力て、まるで病原菌みたいな扱いですな」

「委員会はお前と束の間に個人的な関係があると睨んでいるようだが?」

「それに関しちゃ身の潔白を主張しますよ」

 

 未来でならともかく、この時代の博士との結び付きに心当たりはない。わざわざ助けてもらえるような理由なら尚更。

 

「私の事は……多分学園のカメラをハッキングして知ったんじゃないですか。ダミー映像だろうがファイアウォールだろうが、あの天災の前じゃあらゆる電子機器は丸裸も同然だ」

「お前にコケにされたお偉方が、その理由で納得すればいいがな」

「納得して泣き寝入りするしかないでしょ。私が自由になるのを阻止する術も、博士との繋がりを証明する手段もないんですから。いいザマと言えばその通りですが」

 

 はい、大人の話はこれで終了。

 残った疑問もついでに片付けちまいましょう。

 

「……で、オルコット嬢。何でキミまでいるんさね。せっかくのパーチーはどしたのさ?」

「なっ……!? 今の今まで触れずにおいて開口一番それですの!? わたくしだって、小父様をお救いするために急ぎ馳せ参じましたのに!」

「地下にはレベル4権限を持つ関係者しか入れないんじゃなかったっけか」

「それは…………英国淑女たるこのセシリア・オルコットにそんな規則など無意味ですわ!」

「うん、その心意気は賞賛に値するけどもう少し言葉を選ぼうな」

 

 ほーら隣見て? 鬼教師が怒るに怒れなくて目元ヒクつかせてるよ?

 

「……オルコット、話を聞くのは明日でも遅くはないだろう? とにかくお前は寮に戻れ。それと反省文十枚を三日以内に提出するように。理由はどうあれ規則違反には違いないからな」

「で、ですが織斑先生、わたくしはまだ小父様にお礼を――」

「だから、明日でも遅くはないと言っている。文句を言うなら二十枚に増やしてやろうか?」

「うぐっ…………分かり、ました」

 

 オルコット嬢は渋々ながらも踵を返す。

 雨が降って散歩に行けなくなった子犬のようにしょんぼりと、ありもしない犬耳と尻尾まで幻視できてしまうのは……獄中生活で私の目がおかしくなった事にしておこう、うん。

 

「あー、オルコット嬢」

「…………?」

 

 だから、そんな捨て犬みたいな目で見るなってば。

 ともあれ、

 

「まあ……何だ、助けに来てくれたのは嬉しかったよ。また明日な」

「――っ! はいっ、また明日!」

 

 ……私もまだまだ甘いのかね、二十七点。

 それまでの暗さを何処かに放り投げ、ステップでも踏みそうな足取りで去るオルコット嬢の背を見送りながら、自分の未熟さを採点する。常に九十点台の私にしては珍しく赤点だった。

 

「………………」

 

 織斑先生の視線が刺さって痛い。

 

「……言いたい事があるなら遠慮なくどうぞ?」

「別に。ただ、改めて何処かの愚弟に似ていると思ってな。自覚のない女たらしな部分が特に」

「失礼な、少年と違って自覚がない訳じゃないですよ?」

 

 期待に応えてあげられないから気付かない振りをしているだけで。

 

「…………ふん、まあいい。冷えてきたしそろそろ戻るとしよう。私の部屋の隣が空いているから今夜はそこで寝ろ」

「人肌恋しいんで一緒に寝ませんかー?」

「死ね」

「こいつぁ手厳しい」

 

 私をその場に残してさっさと寮に向かうお姉様。

 だが途中で足を止め、こちらに背を向けたまま、

 

「――ありがとう」

「え?」

「大切な家族と生徒の名誉を守ってくれて、その……感謝する」

 

 顔は見えないけど耳が真っ赤ですよ?

 ふむ、つまりこれは――

 

「…………ちーちゃんがデレたゴハァッ!?」

「礼を言われた時くらい真面目になれ馬鹿者ぉ!!」

 

 鳩尾に突き刺さる照れ隠しのキチンシンク。

 いやはや、恥ずかしがる姉さんなんて久し振りだ。

 やっぱり私はこうあるべきだよねぇ。




ようやくセシリア編が終了。
次回から鈴編でござい。
ゴーレムも出ますけどオリ敵も出ますよー、人間じゃないけど。

追記。

いつも感想をくださる方々、本当にありがとうございます。

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