織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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013. 結局自分が悪いのさ

 凰の登場により篠ノ之が授業に集中できなかったり、教室の後ろで見学中の私をオルコット嬢が気にしたり、美少女キャラのシーツを被った私がスリーパーホールドを食らったり、とばっちりで少年がネックハンキングツリーを食らったり――ちょっとした波乱こそあったものの、授業自体は普通に進んでいった。うん、普通だ普通。普通って言うな!

 そして待ちに待ったランチタイム。

 何だか最近メシ食ってる描写ばかりな気がしないでもない。しかし、既に一度学んだ授業内容を事細かに説明して誰が得すると言うのか。少なくとも私の得にはならん。

 

「小父様……と織斑先生も、わたくしの隣が空いておりますのでどうぞ!」

 

 特盛りラーメンライスが載るトレイを手に何処に座ろうか考えていると、早々にオルコット嬢に見つかって大声で手招きされてしまった。

 

「……あんなにはっちゃけてたっけかねぇ。淑女が聞いて呆れる」

「小父様ー!」

 

 ああ分かった、分かったから。

 こんな人目の多い場所で『小父様』と呼ぶんじゃない。湖の水とか飲み干さなきゃならなくなるだろうが。で、結局飲み切れなくて『今はこれが精一杯……ウプッ』とかオチつけなきゃならなくなるだろうが。大体この辺に湖なんかねーよ。海水でも飲めってか。いくら私でも死ぬわ!

 

「……随分と懐かれたじゃないか」

「いやいや懐かれ過ぎて困ってるくらいで。織斑先生こそ機嫌は直りましたか?」

「さっきまではな。今また少し悪くなった」

 

 はて、どうしてでしょうね不思議デスネー。

 とにもかくにも。

 別の席を選んで無視するっつー選択肢もあるにはあるけども、放っておくと隣に座ってやるまで何時までも『小父様オジサマおじさま』と連呼しそうで怖い。

 仕方なく、空けられていたスペースに織斑先生と並んで腰を下ろす。途端にオルコット嬢が肩が触れ合うくらい間を詰めてきた。もう私にどうしろと仰るのやら。

 できる事と言えば、同じ卓で篠ノ之と凰その他大勢に囲まれた少年に話を振る事くらいだ。

 

「悪いな少年、せっかく両手に花だらけなのにオッサンとオネーサンが水差しちまって」

「あ、全然大丈夫ですよ、皆で食べた方がメシも美味しくなりますから。ところで『花』って一体何の事ですか――イテェ!? 何で蹴るんだよ箒! 鈴も!」

「ふん!」

「アンタが悪いのよ!」

「俺のせいかよ!?」

「ってな感じで青春を謳歌してるようですが織斑先生、判定をどうぞ」

「心の鍛錬が足りん」

 

 チャンバラ時代が似合いそうなご感想をどうも。

 昔の自分がどつかれてるのを見る――正直あまり楽しい物ではない。じゃあ私自身がどつくのはどうなのかって? そんなの……面白いに決まってるじゃないか。

 それからしばらくは少年と少女らのやりとりを傍観しつつ、左隣より漂ってくるやたら熱っぽい視線の回避に努めた。おかげで味なんぞロクに分かりゃしない。

 キムチ?

 もちろんサービスされましたけど何か?

 

「ときにオルコット嬢、あれを見てどう思う?」

「どう、と言われましても……」

 

 テーブルを挟んだ向かい側で繰り広げられる恋愛喜劇。

 少年と凰が和気藹々と昔の話に興じる一方で、自分の想い人が知らない女と楽しそうに話すのを見せつけられた篠ノ之が小さく頬を膨らませる。何ともまあ、どちらも応援したくなる微笑ましい光景じゃあないか客観的には。

 

「確かに一夏さんは真っ直ぐで信念を曲げる事のない、わたくしの目から見てもとても魅力溢れる異性に思えます。篠ノ之さんや凰さんがああまで心惹かれるのも分かりますし、あのような殿方と願い叶って恋仲になれたら正に夢心地ですわね。ただ――」

「……ただ?」

「あそこまで女心の機微に疎いのは、ちょっと……」

 

 わーい、そこが最大のネックかよやっぱり。

 もう一人の『織斑一夏』――私という不確定要素が存在しているだけで、決められていたはずの物語がここまでややこしくなるのか。今のところ女の子に好かれてしまった程度だが、これが後でどんな形で影響を及ぼすのか想像すら難しい。

 過去への干渉。

 未来への冒涜。

 一個人が小賢しく動き回るには――

 

「――生憎だが、一夏は私とISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」

 

 あ、もうそこまで進んだ?

 さてどうなるか。現状の限りじゃオルコット嬢はあまり少年にご執心じゃないようだし、これはもしかしてもしかしなくとも篠ノ之と二人きりで特訓する展開!? リンちゃん編なのに!?

 

「でも、どうせ特訓するならセシリアにも手を貸してもらいたいよなー」

「おいコラ、ちったあ場の空気ってのを読む努力をしやがれ」

 

 じゃなきゃ、せめて幼馴染どちちかの想いくらい気付いてやれや。他の子達も『あー……』とか呻いて項垂れてんじゃねぇか。

 

「わたくしも一緒に、ですの?」

 

 流石にオルコット嬢も戸惑っているようだ。

 

「わ、私一人だけでは不十分だと言うのか!?」

「だって、俺も箒もどう考えたってガチガチの近接戦タイプだろ? だったら中距離射撃が得意なセシリアに協力してもらった方が弱点の克服できるかなーって思ってさ」

「……ふむ、一応理に適ってはいるな」

 

 あらら、今度は予想外の伏兵が登場。

 空になった器に箸を置き、食後の余韻に浸りながら姉さんは両手の指を絡める。

 ちなみに、今日のメニューは月見うどん一人前。私に合わせて暴食を繰り返していたら体重計が素晴らしい数値を叩き出してくれたらしい。外見は全くと言っていいほど変わっていないのだから気にしなくてもいいんじゃなかろうか――と、これも『女心に疎い』と酷評される原因か。

 

「千冬さ――織斑先生までそんな…………せっかく、一夏と二人だけで……」

「俺がどうかしたか?」

「何でもない!!」

「一夏さん、レディーの独り言には聞き返さないのが礼儀でしてよ?」

 

 そういうもんなのかなぁ、と首を傾げる馬鹿。

 もう同一人物と思いたくなーいー。 

 ともあれ、これでオルコット嬢が誘いを承諾すれば、道筋は多少異なるが大体は私の記憶通りに進行していく事になる。この後はえーと……特訓を終えて凰に篠ノ之との同室がバレて、例の酢豚味噌汁発言で傷つけてゴーレムさんイラッシャイまでプチ冷戦状態だったか。

 ……仕掛けてくるとしたらクラス対抗戦の当日だな。

 

「それでアンタはどうするの? 一夏を手伝ってやるつもり?」

 

 まだ納得のいかない篠ノ之に代わり、何時の間にかラーメンを食べ終えていた凰が尋ねる。

 彼女にしては口調に棘がなく大人しいのは、金髪お嬢様が恋のライバルじゃない事を乙女の勘で察知したからか。私にとっては非常に由々しき事態だ。是非とも少年には頑張ってもらいたい。

 

「そう、ですわね……」

 

 頬に手を添えて悩むオルコット嬢。

 こちらをちらりと見て、良いコト閃いたとでも言うように目を細める。

 生きながらヘビに飲まれるカエルの気持ちを理解したと思った――byシュトロハイム。

 

「小父様もご一緒してくださるなら、構いませんが?」

「ちょっと待て、どうしてそこで私が出てくるのかねオルコット嬢?」

「丁度わたくしも小父様にご指導をお願いしたいと考えておりましたので。小父様以上に実戦的な技術に長けた方は滅多にいません。一夏さんの言葉を借りるなら……わたくしのアキレス腱である近接戦闘の脆さの克服ですわ」

「そう言えばセシリアも武器を出すのが遅くてちふ――」

「………………」

 

 弟を無言で睨む姉。

 

「――じゃなかった、織斑先生に授業で注意されてたっけ? じゃあ俺もコツとか教えてもらえば雪片をもっと素早く展開できるようになるかな?」

「アホ。コツも何も、繰り返しイメージして慣れるしか近道はないっつーの」

「ぐっ……俺だって箒やセシリアにアドバイスもらってたりして訓練を続けてるんですよ? でもあんまり上手くいかないって言うか……」

 

 ほー、流石は昔の私。

 だが、それだけじゃ足りない。

 圧倒的に、経験が足りない。

 

「今は?」

「えっ?」

「だから、今はイメージしてるのかって聞いてんだよ。メシ食ってる時とか風呂に入ってる間とか寝る前とか、とにかく五分でも時間を見つけて続けなきゃ三日坊主と同じだろ。自分のISを肌身離さず身に着けてるってのが専用機持ちの利点なんだから、有効活用しなきゃ損だろう?」

「では、今こうしている時も小父様は頭の中で?」

「私の場合はそれくらいしか暇潰しの方法がなかっただけだ」

 

 捕まって長期間監禁されたり、追手を撒くため地面の下や廃屋に身を潜めた時とか。

 敵さんをぬっ殺して生還する度に妹から『いよいよ兄さんも人間離れしてきたな』と呆れられたものだが、今となってはそれも良い思い出である。

 

「ま、得物を振り回す自分の姿の想像なんてアブネェ奴のする事だからオススメはしない。少年やお嬢さん方にゃあ特に。アリーナの遮断シールドを『事故』でついうっかりぶっ壊すような人間にどうしてもなりたいってんなら……止めもしないけどな」

 

 そう忠告してやると、全員が箸やスプーンを止めて黙り込んでしまった。犯罪者に人生や倫理の何たるかを滔々と説かれたようなものだし、不快になっても仕方ないっちゃ仕方ないわな。

 

「そんなオッサンで良ければ、喧嘩の勝ち方くらいはレクチャーしてやる。申し込みはお早めに」

「……話は決まったようだな。そろそろ昼休みも終わる。各自、授業に遅れないよう注意しろ」

 

 そう言って織斑先生は席を立ち、さっさと食器を片付けに行ってしまった。私もトレイを持って姉貴の背中を追う。うーむ、これじゃどっちが監視役なのか分からんな。

 

「本当に良かったのか?」

「何がです?」

 

 学食を出て職員室に戻る途中、他に人がいなくなった時を見計らって姉さんが訊ねた。

 射抜くような視線は私の着ている白衣――その胸ポケットに注がれている。普段なら待機状態のランスローが差してある空の(・・)胸ポケットに。

 

「お前のISは今、倉持技研で精密検査にかけられている最中だ。いくらお前でも、ISを纏った織斑やオルコットに生身で付き合うのは流石に無理があるだろう? それに…………昨日の今日でまだまだ本調子では……」

「もしかして心配してくれてるんですか?」

「馬鹿を言え。余計な仕事を増やされたくないだけだ」

「なはははは……」

 

 どちらにしても余計な仕事は増えると思いますけどねー。

 

「別に本気で喧嘩しようってんじゃないですし、まあ何とかなるでしょう」

「だといいがな」

 

 …………あ。

 おばちゃん達に『キムチはもういいです』って言うの忘れた。 




実写版ぬ~べ~。
何と言うか別の意味で笑えました。

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