織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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014. P and A

「うおおおあああっ!!」

 

 大上段から《雪片弐型》を振り下ろすその姿は、さながら姉さんの劣化版。

 劣化――速度も威力も気迫もまるで足りていないコピー。正直、戦隊ヒーローのポーズを真似る子どもと同じにしか見えない。他ならぬ昔の私自身だし姉の模倣をするなとは言わないが、せめて相応の実力を伴ってからにしてほしいものだ。

 

「狙いが甘過ぎ。一丁前なのはかけ声だけだな」

「どわっ!?」

 

 盛大に空振った刀身をブレードの柄頭で真横から打ち、バランスが崩れた少年を蹴り飛ばす。

 諸事情でランスローが休暇中のため、私は訓練機のラファールに搭乗している。右手に展開したコンバットナイフ型ショートブレードはアロンダイトに比べるとかなり貧相だが、本気で戦闘する訳でもないしこの二人相手には丁度良いかね。

 お次は背後から猪武者のごとく斬りかかって来た、

 

「隙あり!」

「ありませんって」

「ぬぅっ!?」

 

 打鉄を纏うサムライガールの眼前に、逆手に握った左の(・・)ナイフを振り返きざまに走らせる。

 カウンター気味の牽制で生まれた一瞬の空白。

 すぐにナイフを回転させて順手に握り直し、一回、二回、三回、四回、五、六、七――計八回の刺突を肩や肘関節、刀型ブレードを持つ手首に重点的にお見舞いする。シールドバリアーの恩恵で篠ノ之は無傷だが、衝撃によって保持できなくなった得物がクルクルと宙を舞った。

 弱々しく戻ってきた少年と、地面に突き刺さった武器を抜く篠ノ之。

 二人とも額には玉のような汗が浮かび、肩で荒い呼吸を繰り返す。

 

「……五分と十二秒。なっさけないねぇ、二人がかりなんだからもう少し気張れや」

「先生が、強過ぎるんです」

「一応それ、今までで一番長いタイムなんですけど……」

「あのなぁ、公式試合なんかだと余裕で一、二時間はぶっ続けだぞ? この程度で音を上げるからお前さんらは所詮イチカとモッピーなんだ」

「言ってる意味はちっとも分かりませんけど馬鹿にされてるってのは分かりました」

 

 はい、っつー事で午後の授業も終わって放課後ザンス。

 昼休みにちょいとばかし脅しをかけてはみたものの、流されやすい少年や二人っきりが良かった篠ノ之はともかく、どうやらオルコット嬢の熱意は私が思ったよりも強かったようだ。

 終業ベルが鳴るが早いか、地下にトンズラしようとした私を見事な手腕で捕縛し――と言っても後ろから抱きついてきただけだが、淑女の面影は何処に隠れなすったのやら。何を勘違いしたのかのほほんさんにまでハグされて状況はさらにカオス。前から後ろからぷよんぷよんと自己主張する部位については敢えて触れない方向で。

 ちなみに、本来はレベル4権限を持つ者しか立ち入りを許されない地下施設だが、私に関しては出入りする際に織斑先生か山田先生が一緒であれば問題はない。

 今のところ私の興味がそそられるような代物は石化状態の暮桜を除けば皆無に等しく――本当に嗅ぎ回られたくないならそんな場所を危険人物の仮住まいに指定するんじゃねぇって話だ。

 何はともあれ、付き合ってやると言った手前断る訳にもいかず、妙に上機嫌な金髪お嬢様と妙にやる気に満ちている鈍感と妙に気落ちしているサムライポニテを連れ立って第三アリーナへ。

 小一時間ほど折檻と休憩を繰り返し、今に至る。

 さて、これからどうしよう。

 教官っぽく咳払いでもしてみようか。

 

「えー……コホン、エヘン、ガハッ……ゴホゲホガホゴバァッ!?」

「何故いきなり吐血!?」

「グフッ――ああ済まない、持病の横隔膜痙攣が起きただけだから気にするな」

「つまりただのしゃっくり!? よく見りゃトマトジュースだし!」

「キミらも飲むかい?」

「「いりません!!」」

 

 断られちったよ。当たり前か。

 

「と言うか、今日はあの黒いISじゃないんですね」

「アレを使うとねー、研究機関とか政府とかの目が鬱陶しくなんのよ。力加減をちょっと間違うとこの前みたいにメチャクチャにしちまうし、これ以上設備とかぶっ壊したら織斑先生にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないっての。つか想像しただけでもおっかねぇ」

「あー、それは怖い。確かに怖い」

「でも千冬さんを何度も怒らせてるのに全然懲りてない先生の方が別の意味で私は恐ろしいです」

「はっはっは、どんどん褒めてくれ給へ」

 

 コラコラ、駄目だコイツ……みたいな顔すんな。

 この波乱万丈な世界を生き抜くためには、身内とのスキンシップとかその手の刺激が必要不可欠なんですよチミ達。仔ライオンが兄弟とじゃれ合って狩りの仕方を覚えるのと同じ感じで。つまり私と姉さんは常日頃から獲物を襲う修練を欠かしていない訳でなにそれこわい。

 

「じゃあ、質問とかありますか?」

「――はい」

「はい篠ノ之くん」

「さっき私が攻撃する直前、先生は確かに右手にナイフを持っていました。それは間違いないのに次の瞬間には左手にあって……」

「始める前にも言ったと思うが、私は一本しか使っていないからな?」

「しかしそれでもナイフを別に隠し持っていたとしか思えないお手並みでした。一体どんな方法を使ったのですか?」

「ふふん、良いポイントに目を付けたね武士っ娘ちゃん。と言うか、そこに気付いてもらわないとお前さんらをボッコボコにした意味がなくなっちまうトコだったぜ?」

 

 私はナイフを持った右手と空の左手を二人の前に出す。

 

「白式も打鉄もブルー・ティアーズも、もちろんラファールも、ISの武装は基本的に拡張領域に収納されている。操縦者はそれをイメージし実体化させて使う訳だな。キミらのようなヒヨッ子の場合だと選択してから展開するまでにある程度のタイムラグが生まれるが――」

 

 右手のナイフを一度拡張領域に戻し、すぐに左手に展開する。

 

「とまあこんな具合に、各国代表選手や熟練のIS操縦者――その中でもほんの一握りの実力者は文字通りの一瞬で武器を呼び出す事ができる」

 

 タネ明かしすればどうって事はない、デュノアが得意とする高速切替(ラピッド・スイッチ)の応用だ。

 本来は大量の武装をフル活用するための戦闘技法も、使い方と状況次第では相手の虚を突くのに非常に有効な手段となる。今は少年達に教えるためわざと速度を落としたが、本気を出せば姉貴の目だって誤魔化せる自信があるぜ?

 

「すごい……」

「まあ、覚えておいて損はない小技だな。他に質問は?」

「ハイッ」

「はい、少年」

「あ、いや、質問ってのもちょっと違うんですけど、俺達だけで良かったんですか? セシリアもスゴイ楽しみにしてたみたいですけど」

 

 少年が首を巡らせて、アリーナの隅で影を背負うオルコット嬢を見た。

 見られている事にも気付かず、本人は体育座りで地面にのの字を書き続け、六機のビットだけがそれぞれ別の軌道を描いて周囲を旋回している。

 

「私らとオルコット嬢とじゃ戦闘スタイルがまるで違うから仕方ねぇのよ。まずはビットの操作を完全に自分の物にしなきゃ、接近戦のノウハウを教えても応用できねぇだろうが」

「そうは言っても……」

「ISも自転車と同じだ。口で乗り方を教えたとして、それに意味があると思うか? 私ら大人の役目はすっ転んで怪我しないようにケツ押さえて支えるところまで。結局はキミらが補助輪なしで乗り続けないと何時まで経っても上達はしない」

 

 別メニューを言い渡してかれこれ四十分弱。

 操縦者の心境とは真逆に、ビットの動きは確実に精確さを増しつつある。

 そもそも適性や才能がなければブルー・ティアーズの操縦者、そして代表候補生に選ばれたりはしなかったのだから、オルコット嬢の成長はむしろ想定内。イギリス政府も見る目だけは人並みにあったようだ――いや、この場合は選ばれるだけの技量を持つオルコット嬢に感心すべきか。

 

「まあ、お嬢もお嬢で真面目に取り組んでるみたいだし、できるなら他にも色々と教えてやりたいところなんだが――残念ながら私にはもう時間が残されてない」

「時間がない……?」

「言葉通りの意味さ。命が尽きる前に……キミ達を鍛える事ができて良かった」

「まさか……何か病気ですか!?」

「た、大変じゃないですかソレ! 早く医務室、いや病院に!!」

「無駄だ。どんな名医でもこればかりはどうにもできない。つか医者なんぞ役に立たん」

「そんな――」

 

 ほぅら聞こえてくる聞こえてくる、私の命を削ろうとする死の足音が。

 ようやく気付いたらしい少年と篠ノ之も揃って顔を青褪める。

 

「いや実はさぁ、特訓に付き合ってくれって頼まれたの今日の昼だろ? 本来なら私は部外者だしあんまり急だったもんでロクな準備もできなくて――このラファールと武器、格納庫にあったのを勝手に拝借してきたヤツなんよ。これがどーゆー意味かっつーとだな……」

「――おい」

 

 押し殺せずだだ漏れなお怒りの声と共に、私の首根っこを背後から鷲掴みにする誰かさん。

 ギリギリギリッ――と常人ならば椎骨が砕けてしまいそうな馬鹿力だが、シールドバリアーさえ無効にするとは流石は私のお姉さんでいらっしゃる。見た瞬間に石になるかも知れんし、どれだけ怒髪衝天な形相をしているのか怖過ぎて確かめられん。もう既に動けないけどさ。

 

「余計な仕事を増やされるのは御免だと……私は言ったよな? ああ確かに貴様の目を見て言ったはずだとも。つまりは有罪確定だ。何か遺言があるなら一応聞いておこうか?」

「……盗んだISで走り出したいお年頃だったんです」

「よし、聞いてやったから安心して死ね。私自らの手で今度こそ殺してやる」

「だそうなんで、今日はもう自主練だけにしてちょーだい。オルコット嬢にも伝えといてねー」

 

 壊れたオモチャのように頷く少年少女をその場に残し、首を握り締められたまま私はずるずると引き摺られていく。行き着く先はピット、あるいは生徒指導室と言う名の処刑場だろう。

 まーったく、人に何かを教えるってのも楽じゃねぇや。

 

「――ふんぬわあああああああぁぁぁぁっ!!?」

 

 おおイチカよ、しんでしまうとはなさけない。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 彼岸花が咲き乱れる河原から戻って来れたのは、すっかり陽も落ちた頃だった。

 時刻は午後九時前、場所は学生寮の廊下。

 若かりし私が超鈍感主人公補正その名も『イチカ』を遺憾なく発揮しやがり、凰が心の拠り所としていた数年越しの『約束』――本人にとって勇気を振り絞った告白を台無しにした場面である。

 思わず目を背けたくなる黒歴史、いや前科と言うべきか。何ともはや、二十年経ってから馬鹿な自分の尻拭いでフォローに回らなければならんとは……人生って分からんねー。

 ボストンバッグ片手にこちらに走って来なさる小猫を発見。

 怒りながら今にも泣き出してしまいそうな顔が、戦場での決別をフラッシュバックさせやがって罪悪感がガッシガシ削られる。

 では、やーれやれっと。

 

「はい、ちと止まれお嬢さん」

「わぷっ!?」

 

 正面衝突――しかし衝撃吸収に特化した着ぐるみによりダメージはゼロ。ぼふんっ、とベッドに倒れ込む時に似た音が腹の辺りから伝わってくるだけだった。

 軽く、小さく、弱々しく、まるで本物の猫にでも触れているかような感覚。

 我の強い性格でついつい忘れがちになるが、凰も篠ノ之もオルコット嬢もISに乗れる事以外は何処にでもいる普通の少女と全く同じなのだ。いくら女性の地位が向上し過度に優遇される世界であってもそれは変わらない。

 喜び、悲しみ、そして傷付く――恋が上手くいっていないのなら尚更に。

 抱き着いている事に気付き、凰はすぐに距離を取る。そして涙が浮かぶ鋭い視線で私を睨んだ。

 

「どうも、通りすがりのた○パンダです。特技はブレイクダンスです」

「全然たれてない!?」

 

 アグレッシブな性格なんです。後でのほほんさんと着ぐるみパーティーを予定しております。

 それはそれとして。

 

「…………何のつもり? あたしはアンタみたいな変人に用はないんだけど? てかそのカッコは喧嘩売ってるって考えていいの――」

「また記念写真? どうぞどうぞハイチーズ」

「あたしの話聞きなさいよ!?」

「ん、ああ悪い悪い。さっきからここでスタンバッててなぁ、おかげで人気者になっちまったい」

 

 友人と楽しそうに部屋に戻っていく名も知らぬ女生徒を見送り、改めて凰に向き直る。

 ……パンダの姿で。

 仕方ねぇでしょ、指が出なくて背中のチャックが下ろせないんだから。

 

「随分と機嫌が悪いじゃないか。小学生の頃にした結婚の約束を、少年にまともに受け取ってすらもらえなかったのかな?」

「……何で知ってるのよ。まさか覗いてたの!?」

「そんな無粋な真似はしない。オジサンは何でも知っているだけさ」

 

 さてさて、柄でもない人生相談を始めようかね。

 昔よりマシな展開になりゃいいが。




次回はゴーレム戦。

ですが大人一夏が戦うのは別の何かです。

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