織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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前半、主人公がウザいです。


015. 裏

「うんばばうばうばめらっさめらっさ」

「めらっさめらっさ~♪」

「助けてくれー!」

「往生際が悪いぞ! 観念したまえ少年!」

「諦めたまえおりむー!」

「そっち壁! 俺はこっちです!」

 

 あら?

 

「なあ、あれは何をしているんだ?」

「……さあ。少なくともわたくしの目には、紙袋を被った小父様と布仏さんが吊された男(ハングドマン)よろしく逆さ吊りにされた一夏さんの周りをぐるぐる回っているようにしか見えませんけど」

「じゃーじゃ丸じゃじゃ丸」

「ピッコロピッコロ♪」

「ポロリは除け者ですの?」

「そこツッコむところか?」

 

 凰鈴音の恋の悩み、と言うより少年が如何に女心が分かっていないかをチューハイ片手に一晩中聞いてあげたあの日から早数週間。

 罪悪感に押し潰されそうになりつつ私なりにアドバイスしたつもりだが、それが功を奏したのかあるいは逆効果だったのか、クラス対抗戦を前にして、少年と凰の冷戦はこちらの記憶から大きく変化する事はなかった。

 ただ、いくらか凰の態度は柔らかくなったように思える。

 非は明らかに少年にあるが、勢いで平手打ちを見舞った事を謝りたくて、けれど気恥ずかしさに負けて未だに言い出せずにいるらしい。初々しいお嬢さんだぁねホント。

 

「めがっさめがっさ」

「にょろ~んにょろん♪」

「まるで獲物を仕留めて歓喜する原住民みたいな舞ですわね」

「布仏も布仏で楽しんでいるようだしな」

 

 しかしながら、それはそれ、これはこれ。

 状況に多少の好転があったとは言え、約束の意味を履き違えていた少年のニブチンさはいささか目に余る。かつての自分だからこそ、私自身も悶え転げるような相応の罰を与えなければならん。

 敢えて言うが、決して、断じて、興味本位で面白がっている訳ではない。ないったらない。

 

「ピーチクパーチクほーいほいほい」

「ほ~いほいほい♪」

「あ、今度は謎の彫像に向かって祈り始めましたわ」

 

 美術部の子達と茶をしばきながら数日で彫り上げた自信作です。

 その名もズバリ『頂点捕食者』であーる。

 

「人間ピラミッドの頂点で仁王立ちする千冬さんに見えるんですが……先生、これがバレたらまたヒドい目に遭わされるんじゃないですか?」

「気にしなーい気にしなーい」

「気にしな~い♪」

「どうでもいいから箒もセシリアものんびり見てないで早く二人を何とかしてくれ! 俺もうすぐ試合なんだけど!?」

 

 ISスーツ姿の少年が喚いたように、今日は対抗戦の当日だったりする。

 観戦席の熱気が私達のいるAピットにまで伝わってくるほどに、既に第二アリーナは満員御礼の様相を呈している。今回と言いオルコット嬢の試合と言い、今さらだが基本的にこの学園の連中はお祭り騒ぎが大好きのようだ。生徒会長からして面白けりゃOKって性格だしなぁ。

 まあ、試合以外が目当ての連中も紛れ込んでいるがね。

 

「さて、体操終了。スタンプ押すから並んで並んでー」

「は~いっ」

「夏休みのラジオ体操みたいなノリ!? てかのほほんさんスタンプ集めてたの!?」

「二十個集めると5パーセントオフになります」

「……? 学食の割引か何かですの?」

「いや、体脂肪率が5パー減る」

「あんな奇行にまさかの痩身効果が!?」

「ふっふっふ、実は一組の間で徐々に広まりつつあるんだぜ少年よ」

「イヤだよそんなクラス!? 俺不登校になっちゃいますって!」

「そうなったら学園物のドラマみたく皆で部屋まで迎えに行ってやるよ。呼ばれてのこのこドアを開けたら廊下に紙袋を被った女子がわらわらうじゃうじゃ」

「もはやホラーだ! そして俺は後ろです!!」

「あれま」

 

 やっぱり覗き穴を開けた方が良かったか。なーんも見えねぇでやんの。

 などとふざけている内に、試合開始の時刻まで残り三十分を切った。流石に凰を待たせる訳にもいかんし、何より遅刻などしようものなら織斑先生がスーパー野菜人3になる。

 

「仕方ない。とっとと本題に入るか」

「今までの全部茶番!?」

「当たり前だろ。何言ってんだお前は?」

「素で聞き返しやがったよこの人……」

 

 宙ぶらりんのまま愕然とする少年。そこは『なん……だと……?』とか言えよ。

 ちなみに、何故この場にのほほんさんが同席しているのかと言うと、凰の愚痴を聞いていた私が他の娘の意見も欲しくなり、何時の間にか着ぐるみパンダの背中にひっついていた彼女にも感想を求めてみたのがそもそもの発端だ。

 凰の涙ながらの訴えを聞き終えたのほほんさんは、

 

『それはおりむーが悪いね~?』

 

 と――普段と同じエンジェルスマイルを浮かべて穏やかに仰ってくれたのだが、細められた瞳の奥に底冷えのする迫力が込められていたのは……おそらく気のせいではない。ネコ科小動物の勘によるものなのか、白衣の裾を握る凰の手もぷるぷる震えていたし。

 そんな経緯で、私の脳内ランクで上位に君臨するクイーン布仏様もオシオキ、もとい、一夏クン人格矯正プログラムに参戦と相成った訳だ。

 

「少年、お前はとんでもない罪を犯したっ!」

「犯したっ!」

「故に罰を受けなければぁ……んならないっ!」

「ならないっ!」

「二人ともいちいちポーズまで取って――絶対楽しんでやってますわね」

 

 ふっふっふ、私は知っているんだぞ? 勇気を出して謝りに行った凰のお嬢ちゃんに、ついつい売り言葉に買い言葉で『貧乳』などと心ない罵詈雑言を吐いてしまった事をな。だって私はその時天井に張り付いて全て目撃していたのだから。

 ちっぱいで何が悪い!

 凰の名誉のためにも言っておくが、二十年後の彼女の胸はちょうど手の中に収まるくらいにまで成長してそれはそれはとても素晴らしい揉みごこゲフゴホンッ!!

 

「……さあ少年よ、骨の髄までとくと味わうがいい。あまりの残酷さに私でさえ今の今まで使用を躊躇っていた究極の苦痛を! のほほんさんスタンバーイ!」

「あいあいさ~」

 

 敬礼し、ぽてぽてぽて、と可愛らしい足音を立てて少年に近付くのほほんさん。その手には私があらかじめ渡しておいたメモが握られており、少年に触れるか触れないかの位置で彼女はぴたりと足を止め――書かれた内容を声に出して読み上げようとする。

 さて、ここで少し考えてもらいたい。

 少年は今、天井から逆さ吊りの体勢にある。そしてのほほんさんは一組でも低身長のグル-プに入り、双方が天地逆転の状態で正面から向き合った場合、偶然なのか必然なのか、のほほんさんの視線は少年の下腹部――もっと具体的に言ってしまえば両足の付け根、つまりは股関節部の周辺に一直線に突き刺さる事になる。

 ISスーツでボディラインがはっきり分かる股間に。

 

「『わぁ、おりむーのちっちゃ~い(笑)』」

「ぐっはぁ!?」

「げほぁっ!!」

「い、一夏ぁ!?」

「小父様ぁ!?」

 

 少年が血を吐き、私はアセロラジュースを噴出した。

 うーむ、想像以上の破壊力、いや殺傷力。

 

「『親指さんと同じくらいかな~?』」

「ごぼぁっ!!」

「ぶるああああああああっ!!」

「お二人とも気をしっかり持ってくださいまし!」

「布仏、止めるんだ! それ以上は危険だああっ!」

 

 人呪わば穴二つ。

 悩む女子を『貧乳』とあげつらい、貶めてしまったのなら、たとえどれだけ苦しかろうと一端の男として『粗品』の酷評を甘んじて受け入れるべきだ。

 もちろん、のほほんさんは直に少年の愚息を凝視している訳ではない。我が心の清涼剤にそんな生々しい物体をご覧いただいてたまるか。紙袋によって視界を保護された彼女は、ただメモ通りに主語をぼかしたセリフを言っているだけだ。

 もっとも。

 冗談のつもりだったこの提案に賛成してくれたのも、他ならぬのほほんさんだが。

 

「先生……アンタ、アンタなんて惨い拷問を……」

「ごふっ――く、くくく、甘いぞ少年。真の恐ろしさはこれからだ」

 

 万が一これを受けたら、少年は新しい世界の扉を開いてしまうかも知れない。

 

「よく聞きたまえ少年。これは凰のお嬢ちゃんとのもう一つの勝負だ。試合で勝てばお嬢ちゃんはお前に約束の本当の意味を教えると言っている。その前に自力で間違いに気が付けたならそれでも構わない。だが試合に負けて正しい答えも見つけられなかったその時は――」

「そ、その時は……?」

「のほほんさんと同じセリフを山田先生にも言っていただきまーす!! しかも『言ってあげると少年が泣いて喜ぶんで是非に!』とか唆して!」

「いいやああああああああっ!?」

「言うぞ、あの人だったら絶対言うぞ! 意味なんて全然考えずに優しい声で!」

「ぬわあああああぁぁぁぁ……――かふっ」

 

 あ、死んじゃった。

 まあせいぜい頑張れ若者よ。

 どうせ決着なんかつきゃしねーんだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「遅かったな」

 

 皆が試合観戦に出払って人気がなくなってしまった通路を奥へと進んでいくと、壁に背を預けて腕を組んでいる愛しのお姉様と出会った。

 出会ったと言うか、ここで待ち合わせてただけだったりして。

 

「……ごめ~ん、待ったぁ?」

「その首刎ね飛ばしてやろうか? んん?」

「すいませんマジ勘弁してください」

 

 スタイリッシュ土下座を披露する私。

 今さら感ハンパないけども、もう人間じゃねぇよこの姉。

 だってさ、スーツの袖の中にもう一方の腕を突っ込んだと思ったらお馴染みの打鉄用ブレードが出てきたんだぞ? 暗器使いもビックリするに違いないっての。

 

「まったく、こんな時くらい真面目にやろうと思わんのか」

「こんな時だからこそ、普段と同じように余裕を持つべきなんですよ。それで、外から来なすったお客さん方はどんなご様子なんで?」

「今のところ派手に動く様子はないな。あんな国でも面子や体裁がある。他の国も注目する場所で大っぴらに騒ぎを起こしたりはしないだろう」

「やるなら証拠も残さずこっそりと――ってな具合ですか。如何にもな黒服グラサン共をぞろぞろ引き連れておいて『何もしたりしませんよー』とか信じてもらえる訳ないでしょうに」

 

 身辺警護のためのSPという建前らしいが、たかが一人の官僚を守るのに四十人近い動員はどう考えたって多過ぎる。しかも姉さんからの情報では、来賓席を固めているのはせいぜい十人程度で他の黒服の姿は確認できなかったとか。

 では――残りの三十人は何処へ消えた?

 考えるまでもない。

 

「寮のセキュリティは大丈夫なんで?」

「他の先生方も無能じゃない。不審な輩がいればすぐに取り押さえられる」

「私は普通に這入り込めましたけど」

「…………その件については、事が済んでからみっちり聞くとしよう」

「あらやだヤブヘビ」

 

 クラス対抗戦ともなると、この前の少年とオルコット嬢のような模擬試合とはまるで意味合いが違ってくる。生徒達……特に一、二年生は単純にイベントと捉えているようだが、各国からすれば貴重な人材発掘の場になる訳だ。同時に、いずれ対立するかもしれない国の戦力を把握する絶好の機会でもある。何処もかしこも政治絡みで嫌になっちまうねぇホント。

 

「狙いは……どっちだと思います?」

「五分五分だろうな。お前もアイツも男性操縦者――どちらか一方でも確保できればそれで奴らの目的は達成されたも同然だ。ならば狙いやすい方を選ぶはず」

「優良物件の少年は試合の真っ最中で手が出せない。比べて私はISが倉持技研預かりで日本政府からも腫れ物扱いされている。いなくなったとしても表立って追及させる可能性は低い。とすればやっぱり『釣りエサ』の役は私が適任ですかね」

「任せていいか?」

「私以外に任せられる人間がいるってんなら辞退しますが?」

「……済まない」

 

 萎れるなよお姉ちゃん。らしくねーぞ?

 お気になさらずー、と手をぷらぷら振ってアピールし、用意された釣り場に向かう。

 目的地は第三アリーナ。

 さってさて~、な~にが~釣れるかな~。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 第三アリーナは全体が水を打ったような静けさに満ちていて、第二アリーナからかろうじて届く歓声だけが唯一の音であった。

 それ以外は何も聞こえない――今は、まだ。

 念のための保険として、無関係な人間が入ってこないように織斑先生が使用禁止の連絡を回してくれていたのだが、どうやらそんな事しなくても良かったようだ。昔の私って人気者なのね。

 私が立つアリーナ中央からは、観客席とそれに通じる全ての出入り口を見渡せる。トンネルでも掘って地下から強襲するか、あるいはそろそろ登場するゴーレムのように上空から遮断シールドをぶち壊しでもしない限り、私に気付かれずにアリーナ内部へ侵入する事はほぼ不可能だ。

 

「……一人見つけりゃ三十人はいるってか。ゴッキーかよテメェら」

 

 数分もしない内に黒服共はエサに食いついた。

 唯一残された手段は正面からの相対のみ。それ以外にないと理解しているからこそ、隠密行動が主体であるはずの工作員達は私の前に堂々と現れた。

 裏を返せば、姿を晒してしまった以上、彼らは形振り構わずどんな手でも使ってくる。学園内を動き回る時間はあっただろうし、爆弾でも仕掛けてやがったら面倒な事になりそうだ。ただでさえこれから天災絡みのイベントが発生するってのに。

 何にせよ、今ここでコイツらを片付けねーと生徒達にまで被害が及ぶ。

 

「我々と一緒に来てもらおう。大人しく従うなら手荒な真似はしない」

「私が宇宙人にでも見えるのか似非MIB共。ナンパなら他ぁ当たれ」

 

 地球基準で美人のエイリアンなら大歓迎だけども、これじゃあ人型に進化したゴッキーの群れに囲まれているのと大差ない。テメェラ地球語ツウジマスカー?

 

「…………後悔する事になるぞ」

 

 リーダー格と思しき男の合図で、全員が手に手に武器を取る。ふむ、サイレンサー付きの拳銃にスタンバトンね。その程度のオモチャでどうにかできると思われているのか私は。

 

「ハッ……テロリスト舐めんじゃねーぞ三流の飼い犬が」

「貴様――多少欠損(・・)させても構わん! 奴は丸腰で頼みの綱のISも今は手元にない! とにかく身動きを封じて眠らせるんだ!」

 

 一気呵成と言えばまだ格好はつくけれども、私にとっては火に飛び込む虫も同然。

 ランスローが私の手元にない――何処でその情報を入手したか知らないが、この連中は致命的な間違いを犯している事にまだ気が付いていないらしい。

 侍が刀を肌身離さないように。

 軍人が銃に命を預けるように。

 この私が、テロリストとして世界中から追われていたこの私が、

 

「信用できない相手に誰が大切な相棒(むすめ)を預けるかよ、あァ!? ランスロー!!」

 

 両腕のみを部分展開。

 掌中で輝きを放つ重力制御ユニットが地球上では有り得ない超重力を生み出し、私の数メートル手前まで迫っていた黒服共を地面ごと根こそぎ押し潰した。

 肉の裂ける音、骨の砕ける音に混じって、声にならない絶叫が響く。

 合成筋繊維と金属製骨格を移植した私でさえ膝をつくほどの過重圧だ。ボーデヴィッヒのような強化人間でもない生身の肉体にはさぞかし苦痛な事だろう。つか普通に展開すりゃ良かった。

 

「馬鹿な……! 何故お前のISがここにある!? 情報では倉持技研に――」

 

 サングラスの奥で目を見開くリーダー格だが、教えてやる義理はない。

 

「ぼけっと突っ立ってて良いのか? すぐにテメェの順番が回って来るぞ?」

 

 十五人ほど潰して、残りは半分。

 さあさあさあ、仮にもプロなら根性見せてくれ。

 ハンデとしてアロンダイトは使わずにいてやるからよぉ。

 

You ain't heard nothin' yet(お楽しみはこれからだ)!!」

 

 さあ、害虫駆除を始めよう。




次回はアダルト一夏用のオリ敵キャラ……というかオリ無人機登場。

しかし識別名というか機体名を考えていたのですが、スタンドっぽくなるのは何故だろう。第三部を見ながらなのがやっぱり原因ですかね。

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