織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
タイムスリップを果たしてしまったそもそもの原因が何かと考察するならば。
二十年後――私が本来存在していた時代に篠ノ之達より受けた全方位一斉攻撃を、まず何よりも一番に可能性として挙げなければならないだろう。と言うよりも、あの爆発の直後に気が付いたら過去のIS学園の前にいたのだから、直接的な要因はあれぐらいしか考えられない。
ブラスターライフルとレーザービームと不可視の砲撃と銃弾の嵐とレールカノンと荷電粒子砲とミサイルと水蒸気爆発と気化爆弾とその他諸々エトセトラ――
しかしだとすると、いなくなった私は向こうでどういう風に扱われているのか。
もしかしたら肉の一片も残らず消し飛んだと勘違いされて、顔写真付きで『巨悪は滅んだ』とか大々的に報道でもされているかも知れない。だったらちょっと恥ずかしいなぁ。せめてモザイクを付けてほしい。
「多分、そんな事にはならないんだろうけどね」
現行では最強機の第6世代――ランスローを使っているとは言え、たった一人で世界各国を飛び回るには限界がある。修理補修や整備点検にはそれ相応の設備が不可欠だし、ナノマシンの恩恵を受けている私とて三大欲求には抗えないのでセーフハウスも必要だ。
だが、国際手配犯が馬鹿正直にホテルを利用する訳にもいかない。ただでさえ唯一の男性操縦者として顔が割れているのだから。
そこで登場するのが、技術と金だけは持ってらっしゃる悪い組織の皆さんだ。
主力の座こそISに取って代わられたが、各地の紛争地帯では自動小銃や戦車がまだまだ現役で猛威を振るっている。購入、調整、訓練に修理――四拍子で手間の掛かる金食い兵器より、安価で使い慣れた武器を求めるのは当然の結果だった。もちろん火力はISと比べれば象とアリだが。
それ故に『死の商人』と呼ばれる職種の方々は未だご健在であり、世界のありとあらゆる争いをコントロールし続けている。
「……認めねぇよ。
私が彼らに目を付けたのか、彼らが私に利用価値を見出したのか――まあどちらが先かはこの際置いておくとして、とにかく互いの打算と利益目的で私達は手を組んだ。
私が戦場で兵器を壊せば、壊された方は勝つために武器を追加発注せざるを得ない。そして買い揃えた端から商人達の依頼を受けた私に再び壊される。つーまーりー、売って壊してまた売っての無限ループを繰り返して金を搾れるだけ搾り取る訳だ。
……えげつない? おっしゃる通り。だけど戦争なんかする方が悪い。私は悪くない。
ついでにぶっちゃけると我が妹君が所属してる『亡国なんちゃら』も、業種こそ畑違いだが実は一番のお得意様だったりする。用意してもらったセーフハウスのおかげで束の間のバカンスを満喫できるし、初めは血で血を洗うような兄妹関係もすこぶる良好になったのでありますハイ。
……で、何の話だったっけ?
……ああ、そうだ。どうして未来で私の報道がされないのかって話ね。
それは単純に、私との取り引きが暴露されるのを顧客達が良しとしないから――ただそれだけのしょーもない理由である。
マスメディアまで牛耳ってるなんて武器商人って怖いねー。
エムちゃんトコの組織だと逆に誇張しそうなので別の意味で恥ずかしいが。
その遺影は止めて! お兄ちゃんそんなにカッチョよくないから!! ってか殺すなや!!
◆ ◆ ◆
退屈は人を殺す――とは誰の言葉だったか。
好奇心ならば猫を殺すらしいが、猫なんて殺しても三味線の材料にしかならんと思う。最近だと犬の皮が使われていると何かの本で読んだ気もする。どちらにせよ動物愛護を掲げるならその辺も考慮して徹底的にやって欲しいものだ。中途半端はイカンよねやっぱり。
それよりも退屈だ。
この退屈を何とかせねば。
「…………ぬがー」
唸ったところで備え付けのテレビから呪いの美少女が飛び出してくる訳もなく、ただただ三十路男の空しい声が木霊するだけ。本当に飛び出して来たら押し込んで即刻お帰り願います。
織斑先生率いる教師陣に捕縛された私。現在はIS学園地下の特別区画――何故か石像と化した暮桜が保管されているのと同じ階層の一室で、ご覧の通り暇を持て余している真っ最中だった。
四畳半ほどの広さの、侵入者を一時拘留する部屋――いわゆる独房の類だが、物騒なイメージに反して中々に快適だから余計に困る。空調完備で常に適温だしベッドはフッカフカだし、ドア一枚隔ててシャワーとトイレも完備されている。ちっとばかし手狭なホテルだと説明されても納得してしまいそうな至れり尽くせり具合だ。
それでも。
くどいようだが私は退屈なのだ。
「せめて雑誌の一冊でも差し入れてくれると嬉しいんですけどね――織斑先生?」
ベッドに身を投げ出したまま声を投げる。
固く閉ざされた扉の覗き窓から、キッツイ目でこちらを睨んでいた姉上様に向けて。
「……気付いていたのか」
「そりゃまあ、そんな目で見られてたら嫌でも」
嘘です。本当はこっちに近付く足音で誰だか分かってました。
鍵を開けて入って来た織斑先生の両手には、どういう訳か定食を載せたお盆が。
……え、何ソレ? アレですか、取調室でのカツ丼の代わりですか? だったら素直にカツ丼が良いんですけど。でも確か頼んだ奴の自腹だったはず――って事は私が払うの?
「生憎と財布なんか持ってませんよ?」
「何を言っているんだお前は」
織斑先生は、んっ、とお盆を突き出して、
「食べろ。私の奢りだ」
「あ、こりゃどうも」
オネエサマの奢りでした。
ありがたく受け取ると、白米とみそ汁と焼き鮭の香りが鼻をくすぐる。おいおい、味付け海苔に生卵に沢庵まであるフルコースじゃねーですか。
「…………食ったんなら洗いざらい白状しろとかの罠じゃないですよね?」
「抜かせ。そもそも食わせてもお前は白状したりはしないだろう?」
「御名答。じゃあ遠慮なく――いただきます」
まともな日本食など十年以上も食べてない。
こちとら一応日本国籍の世界的大犯罪者――日本の領空に一歩でも踏み入れようものならすぐに血眼のIS特殊部隊に包囲されたし、あちこち飛び回っていたため食事の大半が味気ないゼリーかクッキーみたいな代物ばかりだった。
「……美味い」
どれだけ――どれだけ不味い携帯食料でも、体内のナノマシンが栄養に変えるので何時の間にか慣らされてしまっていたが、やはり本当の食材を使った『料理』は別格だ。
ああ、箸が止まらない。舌や胃がかつてないほどに歓喜に打ち震えている!
安っぽい料理漫画みたいな感想だけど仕方ないじゃないか!
「よほど空腹だったんだな……」
織斑先生がまた変な勘違いをしているが、まあいい。
定食を数分で平らげて、私は改めて壁に背を預ける彼女と向き直った。
「――それで?」
「それで……とは?」
「ただ食事を持って来てくれただけって事はないでしょう? 問い質したい謎があるからわざわざ貴女はここまで足を運んだ。そう――たとえば私から採取した血液の成分の事とか」
「……そこまで分かっているなら話は早い。
織斑先生は壁から背中を離し、威圧感のある腕組み姿勢のまま私に問う。
「お前は……一体何者なんだ?」
「………………さて、この場合はどう答えるべきでしょうかね」
はぐらかすのは容易い。正体を告白するのもまた同じく。
話すにせよ黙るにせよ、時期が重要に思える。
元の時代に――未来に無事戻れる保証など何処にもない。確率的に考えれば、この時代で一生を終えなければならない可能性だって大いにある。
そうなった場合に厄介な障害となるのは衆人の目だ。
ランスローが電波を受信して表示した日付は、この時代の『
こんな状況で無闇に『ISを動かせます』などと説明したらどうなるか。
かつてのように『一人目』か『二人目』として騒がれるだけなら御の字だが、ランスローの姿を晒したまま学園に侵入した立場にある現状では秘密裏に研究材料にされてもおかしくない。冤罪の追加はこの国の十八番なのだ。
「……心配しなくとも、お前がISに乗れる事はまだ学園の外には漏れていない。こちらとしても判断に迷うところでな、ひとまずは上層部の方で情報を堰き止めている状態だ」
「お気遣いどうも」
余計不安になるわ。
裏で実権を握る轡木さんや人畜無害な山田先生はともかく、教師の連中だって決して一枚岩ではないだろう。抜け駆けして母国に情報を流す輩が必ず現れる。
……先手は打てないにしても、それなりに動きやすくなるよう『設定』を考えておくか。
「織斑先生」
まずは、この姉に嘘が通じるかどうかだ。
「私は……半分ほど人間を辞めているんですよ」
次は姉弟対決の予定です。
アリーナが吹き飛ぶ気がしてならないのは私だけ?