織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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この一話に詰め込んだらいつもの倍の文字数に。
お楽しみいただければ幸いです。


020. サマー・ウォーズ

『敵の人数は五十人前後。何班かに分かれてそれぞれが東側の階段とエレベーター、西と非常階段からも突入するつもりのようね』

「武装のレベルは分かりますか?」

『通信を傍受した限りじゃSMGにクレイモアやC4を含めた各種爆薬。一応実弾とゴム弾両方を用意してるみたいだけど、彼らに優しさは期待できそうにないわね。生身で相手しなきゃならない事を考えると一番厄介なのはEOSかしら』

「こっちは豆鉄砲が一丁あるだけですからねぇ」

「くっそ、ISさえ使えりゃものの数じゃねぇってのに……」

 

 現在私達は敵勢把握の真っ最中。

 ピンク色のベッドやらミニテーブルやら大人のオモチャ箱やら――とにかく動かせる物を入口に集めて即席のバリケードを作り、その陰に身を潜ませて相手が行動に移すのを待っていた。

 階下に降りる手段が全て相手側に掌握されている以上、無闇矢鱈に動き回ればそれだけ危険性が高まる。シーツやカーテンをロープ代わりにして窓から逃げる方法もあるにはあるが、降りている途中に狙い撃ちされたらどうしようもない。

 

『無茶難題だけど、どうにかして敵の武器を奪って数を減らしながら脱出するしかないわ』

「ケイシー・ライバックとかメイトリックス大佐とかなら可能かもですが」

「私はジョン・マクレーン派だな」

 

 ランスローのハイパーセンサーが階段を上る足音を捉えた。

 ますは東から四人、西から三人、エレベーターが上昇する音、ついでに非常階段がある方からもカンカンカンと響く足音が五、いや六人。合計二十人弱の第一陣ってトコか。

 

「始める前に……オータムさん、これ着といてください」

「いらねーよ、ンなダッサイ白衣なんか」

「これでも防弾性が高いんですよ? 夏は涼しく冬は寒いポリエステル百パーセント」

「その時点で防弾性ゼロじゃねーか! ISスーツの方がまだマシだ!」

「と言うのはまあ小粋なテロリストジョークで、裏地に特殊繊維を編み込んであるのでライフルの弾くらいなら『ちょっと痛い』程度で済みます」

「私が簡単に撃たれるように見えるってのかコラ!」

『着ておきなさいオータム。命を拾う確率は少しでも高い方がいいわ』

 

 他でもない恋人にそう窘められ、渋々白衣に袖を通す秋姉。似合ってますよ、と誉めたら虎でも殺せそうな目で睨まれた。トコトン嫌われちゃってるなぁ無理もねーけど。

 

「……つーかさスコール、さっきから妙にコイツの肩持ってねぇか?」

『あらヤキモチ?』

「違ぇよ!」

 

 こんな状況でも楽しそうな姉さん方の声に混じって、廊下を走る足音が複数。

 距離にして十メートル…………五、四、三、二、一。

 

「そぉら来た!」

 

 窓から催涙弾が撃ち込まれ、見るからに毒々しい赤色の煙が部屋の中を蹂躙する。それと同時に入口側からも無数の銃声が轟き渡り、木製のドアを貫通して立て掛けておいたベッドがブスブスと悲鳴を上げた。うひー怖ぇ怖ぇ。だから飛び道具は苦手なんだ。

 

「マフィアから恨みでも買ってんのかお前は!」

「いっそマフィア相手の方が楽しいと思いますけど!」

 

 マフィアに限った話ではないが、日本の極道のように裏社会に身を染めた人間の方が少なからず義理とか人情とか重んじて『生きている』感じがする。比べて、今廊下で銃ぶっ放してる黒服共は命令を聞くだけのロボットみたいで何と言うか……戦っていて面白味がないのだ。対人戦ではなくCPUを相手にしている感覚に近い。

 と、銃声が一斉に途絶えた。

 これが意味するのは――

 

『弾切れよ!』

「おら行きやがれ!」

「待ってましたぁ!!」

 

 窓付近まで後退し、拡張領域から装備一式を取り出しながら女装を――間違った、助走をつけてベッドごとドアを思い切り蹴り倒す。黒服が何人か巻き添えを食らって下敷きになったみたいだが気にしない気にしない。むしろ敵の人数が減ってくれたのなら好都合。

 ドアや壁の破片を蹴散らし、目をギュピーンと光らせながら、私は仁王が如く立ち上がった。

 

「出て来たぞ!」

「何だ……コイツは!?」

「ふもーっふっふっふっふっ!(待たせたな! ヒヨッコ共!)」

 

 これぞオリムライチカが提供する至高の一品。

 とある強襲機兵乗りの軍曹も愛用したと言われるファンシースーツ。

 強い意志を秘めた瞳に可愛らしい緑色の帽子、薬で小さくなった探偵のような赤い蝶ネクタイを締めた犬だかネズミだか分からん超近代兵器型万能マスコット、その名も――

 

「ふもっふ!(ボ○太くんだ!)」

 

 あるいは作者繋がりでモッ○ルでも可。BGMはもちろん『ター○ネーター』で。

 では諸君、道をあけてもらおうか? 嫌だと言うなら必殺のボン○くんナックルとかボン○くんキックとかボン○くんパイルドライバーとかボン○くん山吹色の波紋疾走(サンライトイエロー・オーバードライブ)とかが火を吹くぜ?

 

「くそっ……撃て撃て!」

 

 はい撃ったー、はい潰すー。

 いざ有言実行!

 

「ふもーっ!(きかねぇ納豆!)」

 

 鉛の雨を腕で薙ぎ払い、一番近くにいた黒服の顔面にパンチを一発。木っ端さながらに宙を舞う雑魚の下を潜り抜け、二人目には回し蹴りをプレゼント。壁にめり込んだお仲間に呆然としている三人目を頭から床に突き刺し、ようやくリロードを終えた四人目を波紋……は使えないから普通にボン○くんラッシュを叩き込む。相手が黒服にグラサンだから気分はまるでマト○ックス。

 ドアで踏み潰したのも計上すると、廊下にいる奴らは残り十二人。

 それでもまだ、生身なら制圧できると向こうは考えているのだろうが――

 

「よう、グラサン野郎。似合ってねぇから死ね」

 

 生憎と、こっちは動けるのが二人もいる。

 軽い銃声が連続で鳴り響き、私の背後にいた黒服五人が力なく崩れ落ちる。床に転がった二丁のSMGを拾い上げるのは、パンツスーツの上に白衣を羽織り、ボタンの目が縫い付けられた麻袋を被る何処ぞのイタリアンマフィアのような格好の秋姉だ。

 まずは特攻役の私が飛び出して連中の注意を引きつけ、その間隙を突いて部屋の中に残っていた秋姉が武器を奪い、ついでに何人か無力化する。

 三分で考えた作戦は結構効果的だったようだ。

 

「けどどうして私までこんなの被らなきゃならねーんだよ!」

「ふもふふふっ!(手持ちのガスマスクがそれしかなかったんですよ!)」

「いや何言ってるか分かんねぇからな!?」

『存外似合ってるわよ、オータム』

「嬉しくねぇ!!」

 

 随分ガラの悪いトリニティもいたもんだ。

 私に向かって怒鳴り散らす秋姉だが、荒々しい二丁SMGスタイルで狙いを外す事なく黒服共の増援を仕留めていく。さっすが実働部隊所属、専用機持ちの肩書きは伊達じゃないねぇ。

 私も負けじとボン○くんパイプ椅子アタックを繰り出し、EOS相手にヒールに立ち回る。

 

「ふもふっ!?(ミス・ミューゼル、外の様子は!?)」

『もう少しだけ堪えて。あと五人くらいよ』

「何で言葉通じてんだオイ!?」

 

 信頼以上の何かが原因だと思う。強いて言うなら……悪戯心?

 何にせよ、私達が外に出た時点で敵が全員ビル内にいなければ意味がない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。この作戦の仕上げが上手くいくかどうか――後はタイミング次第だ。

 

『今よ!』

「ふもっ!(了解!)」

「おい――ちょっと!?」

 

 合図と同時に秋姉を抱き上げ、近くの窓をぶち破って外に躍り出る。

 ランスローは飛行が苦手とは言え、高高度での戦闘の経験がない訳ではない――それに比べたら限りなく低所ではあるのだが、地上六階からISの補助なしでノーロープバンジーとなると流石に血の気が引いてしまう。ああ重力って素晴らしい!

 

「――キャアアアアアァァァァッ!?」

 

 あーら可愛らしい悲鳴だコト。

 などと思っている内に背中から地面に激突。落下地点に違法駐車中の高級車とかゴミ置き場とかあれば衝撃を吸収できたのだろうが、世の中そんなに都合良くはない。浅くバウンドして肺の中の空気を根こそぎ吐き出してしまった。まあ、秋姉が無傷なので結果オーライって事にしておこう。

 痛みに悶える暇もなくすぐに立ち上がり、ビルの壁面に両手を押し付ける。

 窓から顔を出していた黒服の一人が青褪め、急いで退避しろと仲間に大声で指示を出す。今から何が起きるか察知したらしいが――しかしもう遅い。

 両手首から先のみを部分展開、設定値五倍でGCUを起動。

 

『ご愁傷様』

「恨むんなら、自分らの上司を恨むんだな」

「ふー……もっ(それでは皆様……メギドラオンでございます)」

 

 ホテル全体に亀裂が走り、根本から砕けるようにしてガラガラと崩れ落ちていく。

 重力の性質上、質量の大きい物体ほどより影響を受けやすくなる。同質量の建物を補強もなしにいきなり四つも増築されたのだから、それなりの年月が経っている安普請じゃ圧壊して当然だ。

 かくして黒服共は全滅し、もうもうと粉塵を巻き上げるガレキの山だけが残った。

 目撃者を極力減らすために他の客も従業員も事前に強制退去させていたようだし、損害を受けた一般人はこのビルのオーナーくらいのものだろう。運がなかったと諦めてもらうしかない。

 

「……ホントに無茶苦茶するなテメェは。ISを使えるってだけでも信じられねぇのに」

「ふもももも(いやあ、それほどでも)」

『はいはい二人共、仲良しなのは結構だけどその辺にして合流ポイントまで急いで頂戴。また何時襲撃に遭うか分からないし、時間もあまり余裕がないんだから』

「これが仲良さそうに見えるなら眼科に行くべきだと思うぞ、スコール」

 

 両手に短機関銃を持つ麻袋と白衣の美女。

 それに併走する犬だかネズミだか判別不明のマスコット。

 老若男女問わず道行く誰もが振り返る、何ともシュールな光景だった。

 誰のせいかと言えば私のせいだが。

 

「ふーもふもふも、ふもっふもっ♪」

「「「ふもっふもっ♪」」」

『あらあら人気者ねぇ』

「こんのクソ忙しい時にガキ共大量に引き寄せてんじゃねぇ! 何処かの笛吹きかお前は!!」

 

 さーて残業といきますか。

 私ってばマジ働き者。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 そこは、地下二十メートルに設けられた広い空間だった。

 災害が発生した際の避難シェルターや非常食や飲料水の貯蔵庫、さらには雨天増水時に備えての巨大放水路など、現代日本において地下施設そのものは珍しくないが、それが高価な調度品の並ぶ会議室となると話はまるで変わってくる。

 一脚だけでも普通の会社員の月収を上回るであろう革椅子に腰掛けているのは、これまた高価なスーツに身を包んだ数名の男女だ。

 長大な楕円形テーブルの上、用意された資料やモニターの映像に目を通しつつ、ほとんどの者は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 

「また……失敗か」

「有益な情報は一つも得られず、こちらの被害ばかりが増えていく。これだから男は……」

 

 猫背気味の男がぽつりと漏らし、隣席の厚化粧の女がカカカと嘲笑う。

 

「言葉に気を付けたまえ。ならお前は奴をどうにかできると言うのか?」

「口を慎むのはそちらではありませんか? 敵はたった一人だと侮った挙句、頭数を揃えただけの力押しで解決しようとしたのがそもそもの過ちです。おかげであの兎の怒りを買い、大切なコアがいくつ使い物にならなくなった事やら」

 

 諌めるように言う口髭の男に、眼鏡の女が爪の手入れをしながら静かに反発する。

 男女合わせて十三名――金、人脈、実力の違いはあるが、いずれも国際IS委員会でそれなりのポストに就いている人間ばかりが地下に集められていた。

 そう、集められていた(・・・・・・・)

 さらに言うなら、とある男の存在が原因で立場が危うくなっているのも共通点か。

 

「とにかく何としてでもあの男の生体データとISを手に入れるんだ!」

「その通り。彼が持つ黒いISは篠ノ之束の制御下から離れている唯一の機体。その仕組みを解析できれば、もう二度とあの小生意気な兎の顔色を窺う必要もなくなりますわ」

「偽物を掴まされた倉持の連中も溜飲が下がるだろう」

「けど失敗続きで状況は悪化する一方よ? 来期の役員選考会議まで時間もないし、使える手駒の数もかなり減らされてしまったもの」

 

 窓がない部屋に重苦しい沈黙が満ちる。

 選りすぐりの精鋭と信じていた部隊が二度も敗北を喫し――しかも相手は傷らしい傷も負わずに易々と襲撃を掻い潜っていると言う現実が、彼らの心に暗い影を落としているのだった。

 誰も口火を切ろうとはしない。不用意に自分の意見を述べようものなら、他の連中がこれ幸いとばかりに便乗して責任だけを押し付けて来るからだ。

 

「――失礼します」

 

 と、互いに牽制し合っていた場を壊すように、たった一つしかないドアを押し開いて。

 ロングヘアーを首の後ろで束ねたサングラスに黒服の女が、少しばかり焦った様子で携帯電話を握り締めながら現れた。彼女から数歩遅れて、同様の格好をしたオールバックの男も入室する。

 

「おい、せめてノックくらいしたらどうだ!?」

「申し訳ありません。ですが、急を要する事でしたので……」

 

 怒鳴る口髭の男に、黒服の女は携帯を差し出す。

 画面には『通話中』と表示されており、女に促されるまま口髭の男が耳に当てると――

 

『いやぁどうも、こうしてお話するのは初めてでしたねぇ。そちらの天気は如何ですか雲一つない晴天ですかぁ? だったら血の雨でも降らせたい所存ですけども』

「貴様……!?」

 

 聞き間違えるはずもない。

 軽々しい口調で、しかし狂気を押し殺したような底冷えのする声音。

 まるで喉元にナイフを押し当てられたような息苦しさに見舞われ、口髭の男は思わずネクタイを緩める。そして、自分以外のメンバーにも聞かせるためスピーカーに切り替えると、それを黙ってテーブルの中央に置いた。

 

『アッハハハハハハハハッ、ねぇどんな気持ちです? 手下を大量に送り込んだクセに私達二人に簡単に逃げられるなんて――ねぇ今どんな気持ちですか?』

「この男を黙らせろ! 早く切ってしまえ!」

『おやおや、そんな事言って良いんですか? 私は交渉をするつもりでお電話したと言うのに』

「交渉だと?」

 

 その言葉に、メンバーの誰もが貪欲に目を光らせた。

 これで平和的な解決が望めるとか、大事な部下が負傷せずに済むとか――無論そんな事は微塵も考えていない。彼らはひたすらに、交渉にかこつけてどうにか有益な情報を入手し、それを武器に理想の地位に上り詰める事だけを頭の中に思い描いている。

 仮に織斑千冬が同席していたら、その醜悪さに不快感を露にした事だろう。

 

『実は、これ以上そちらの相手をするのが面倒に思えてきましてね。話し合いで互いに譲歩できるならそれに越した事はない』

「……確かに。事を荒立てず穏便に済ませたいと考えているのはこちらも同じだ。ならば聞こうか名もないテロリスト。キミは……我々に何を望む?」

 

 電話の向こうで男はしばし沈黙し――

 

『――IS学園、及び在籍する生徒と職員に対して、今後一切の干渉を止めていただきたい』

「何だと!?」

『そもそもIS学園は国際規約に守られ、どの国も企業も干渉を許されていないはず。しかし葢を開けてみればどうです? 泥に塗れた政治や金絡みの厄介事がまるでウィルスのように我が物顔で蔓延っている。一宿一飯の恩義ではありませんが、はっきり言って鬱陶しいんですよ。ちらほらと垣間見えるアンタ達の影が』

 

 突き付けられた要求は、この場にいる全員の政治生命を脅かす物だった。

 男が言うように、IS学園は外部から一切の干渉を受け付けない事になっている。しかしそれはあくまで建前であり、定めた規約も有名無実化しているのが現状だ。

 金を握らせた教員から開示前の情報を得て利権を貪り、もしくは有力者の娘を学園の各種行事でトップに仕立て上げ、その見返りとして重役の座を約束させるなど――この部屋にいるほとんどの者が社会的抹殺を逃れられない悪事に手を染めているのだ。

 だからと言って『はい分かった』と簡単に身を引けるなら苦労はない。

 要求通りに裏からの干渉を止めてしまえば、学園内の協力者は『切り捨てられた』と勘違いして身の安全を図るために警察に情報を流しかねないし、有力者からも『愛娘の経歴に傷がついた』と理不尽な怒りを買う事になってしまう。

 どう転んでも進む先は地獄だった。

 

『承諾していただければ、私もそちらの邪魔は致しません。札束の風呂に浸かるなりISを使って戦争を起こすなり反政府組織を皆殺しにするなり好きにすれば良い。ですがこれからも私の周囲で下らない真似をするつもりならその時は……言わなくてもお分かりでしょう?』

「ぐっ……このっ!」

『言い忘れてましたが私の目と鼻は利く方でして、特に貴方達に染み付いた鉄錆のような臭いにはとても敏感なんです。良からぬ事を企めばすぐ分かりますのでお気を付けください。良いお返事をいただける事を祈っております。では皆様――EYE HAVE YOU』

 

 不吉な言葉を残して通話は終わった。

 メンバーが浮かべる表情は実に多種多様であり、覚悟を決めて目を閉じる者、わなわなと怒りに震える者、今にもヒステリーを起こしそうな者、青褪めて冷や汗を流す者もいた。

 

「ふ――ふざけおってぇ!!」

 

 やがて耐え切れなくなった禿頭の男が携帯を床に叩きつけ、さらにガシガシと何度も何度も足を振り下ろし始める。

 他の面々が冷え切った視線を送る中、なおも怒りが収まらない禿頭の男は残骸と化した携帯には目もくれず、今の今までずっと部屋の片隅に控えていた黒服の男女に詰め寄ると、ツバを汚らしく飛ばしながらとんでもない事を口にした。

 

「おい、話は聞いていたな!? すぐにIS学園に人員を送れ!」

「待て貴様、何をするつもりだ?」

「決まっているだろう、もうこれ以上あの男の好きなようにさせてたまるか! 情報ではあの男に懐いている生徒が何人かいたはず! そいつらをここに連れて来て人質にする!」

「正気ですか!? そんな事をしたら学園側も黙ってはいませんよ!?」

「ならお前達はこのままあの男の言いなりになるつもりなのか!? 俺は絶対に御免だ! 今まで積み重ねてきた何もかもをテロリスト風情に台無しにされてたまるか!!」

 

 皆が押し黙る。

 口では反対しても、やはり自分の地位が脅かされるのを黙って見ている気はないのだろう。

 

「…………お言葉を返すようですが」

 

 オールバックの男が静かに言う。

 妙に機械じみた――あるいは台本でも読み上げているような声で。

 

「確かにIS学園には、電話の男と懇意にしている生徒が何人かおります。しかしその内の一人はあのブリュンヒルデの弟です。他はイギリスや中国の代表候補生、日本の対暗部――更識家当主の妹に仕えるメイドなど、学園外に連れ出すにはいささか手強い者ばかり。不可能ではないにしても実行した場合に生じるリスクが高過ぎるかと……」

「それをどうにかするのが貴様達の仕事じゃないのか無能め! この際手段は選ばん! 監禁して写真と削ぎ落とした耳でも送りつけてやれば奴の気も変わるだろう!!」

 

 もはや形振り構ってはいられないらしい。

 オールバックの男の胸倉を掴み、泡でも吹きそうな勢いで禿頭の男はまくし立てる。

 とうとう誰も止める者がいなくなった。

 

「どうあっても……要求には応えないおつもりですか?」

「当たり前だ!」

「そうですか――なら仕方ねぇよなぁ(・・・・・・・・・)?」

 

 言うが早いか、オールバックの男は右腕にISアーマーを部分展開すると、その黒い腕でもって禿頭の男の顔を、思い切り、微塵の手加減もなく、一切の遠慮容赦なく殴り飛ばした。

 生身の常人がISの全力の拳を受けた場合どうなるか――その結果は述べるまでもない。

 グチャリ、と。

 血と肉片を撒き散らしながら禿頭の男の身体はテーブルを飛び越え、そのまま白い壁に激突して真っ赤なグロテスクアートを作り上げる。

 

「電話でも言ったでしょうよ。いつも見ているってさぁ、ねぇ?」

 

 クシャクシャと頭髪を掻き乱してサングラスを外した男。

 その顔は誰あろう――

 

「ひっ、ひやああああああああぁぁぁぁぁっ!!?」

「まさか――そんな、貴様一体どうやって!?」

「SPの顔くらいちゃんと覚えておくべきでしたね。おかげで簡単に入れ替わる事ができました」

 

 集められた十三人それぞれが護衛を引き連れてやって来たのだ。

 全員の顔を覚える事など不可能に近い。

 

「だ、だったらあの電話は!?」

「得意なんです、腹話術。ところで――随分と刺激的な『お返事』をいただけるみたいですねぇ? 是非とも聞かせてほしいものですが」

「ま、待って、私達は貴方の要求を飲むつもりだったのよ! それをあのハゲが強引に……貴方もずっと見ていたでしょう!?」

「ええ見てましたよ、見てましたとも」

「じゃあ……」

「……しかしですね、私は別に要求が通ろうが通るまいがどうでも良いんですよ。強いて言うなら単なる前座――暇潰しですかね」

 

 全身に鎧を纏い、狂人は笑う。

 けらけらと、からからと。

 白くて黒い、貌のない髑髏のように。

 

「ひ、暇潰しって……?」

「言葉通りの意味に決まってんだろーがバーカ。そいつは単なるオマケだよ」

 

 問い掛けに答えたのは狂騎士ではなく、ドアの前に立ち塞がる黒服の女だった。

 束ねていたロングヘアーを解いて無造作に肩から流し、スーツ生地を破って背中から飛び出した四対の装甲脚がメンバーを捕食せんと禍々しく蠢く。

 秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』の一員。

 第二世代機『アラクネ』を駆る女――オータム。

 

「つーかテメェら、どうして自分達がこんな場所に集められたのかまだ分かってねぇのか?」

「何……?」

「テメェらは見限られたんだよ。私らの依頼人にな」

「委員会本部じゃあもう後任が決まってる頃なんじゃないですかね?」

「し、信じられるかそんな事!」

「誰も信じてほしいとは言ってねぇよ。とにかくお前らはここでオシマイだ。助けを呼んでも誰も来ないし誰も気付かない。死体さえ見つけてもらえないのさ」

 

 言って、オータムは自分の携帯を使って何処かに電話をかける。

 直後――頭上から爆音と振動が届き、轟々と大量の水が流れる音まで聞こえて来た。巨大な獣の唸り声じみたそれは、段々とこちらに近付いているようだった。

 

「何だ……今度は何をしたんだ!?」

「この地下施設、中々に面白い構造をしてますね。ダムの真下にこんな馬鹿デカい空間を建造するなんて普通は考えない。まさに悪巧みをするにはうってつけの場所だ」

「質問に答えろ! さっきの爆発は何なんだ!?」

「ダムの底をふっ飛ばしたんだよ。すると真下の此処はどうなるか――言う必要はねぇよな?」

「ちなみに私達にはISがあるので普通に脱出できます」

 

 今度こそ、黒鎧とオータム以外の全員が絶句した。

 これからどんな死に様を迎えるか、容易に想像がついたからだ。

 

「いや、いや……いやあああああぁぁっ!!」

「金ならいくらでも払う! 二度とお前や学園にも手出ししない! だから頼む助けてくれ!」

「くっはははははっ――ナメてんじゃねぇぞオイ」

 

 足に縋りつくクズ共を蹴り飛ばし――

 

「「私達を誰だと思っていやがる」」

 

 黒灰の魔人と蜘蛛の魔女は、風貌に相応しい冷酷な宣告を突き付ける。その声からは感情らしい感情が全くと言っていいほどに感じ取れず、まるで人間にそっくりな『何か』が、淡々と機械的に仕事をこなしているかのような――そんな無機質な『音』だった。

 

「貴様等には水底が似合いだ。理想を抱いて溺死しろ」

「じゃあなクソ共。残りの余生を精々有意義に使うんだな」

「ま、待っ――」

 

 愚かで哀れな十三人――いや、十二人を残して無情にもドアが閉まり、ロックされる。

 既に施設への浸水は始まっていて、あと小一時間もあれば何もかもが完全に水没するだろう。

 

「………………」

 

 最後に、もう二度と開く事はないドアを一瞥して。

 二体の怪物は、調度品に埋もれた世界一高価な棺桶を後にした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「本当に彼を帰して良かったの?」

 

 ――その日の夜。

 空港に向かって走る高級車の中で、ハンドルを握るオータムに助手席のスコールが訊ねた。

 

「……ンだよイキナリ」

「だって貴女、ホテルじゃ彼を撃ち殺そうとしてたじゃない。なのに仕事を片付けて戻って来たと思ったら『さっさと消えろ』とか言ってお尻を蹴っ飛ばしただけ。ちょっと驚いちゃったわよ」

「良いじゃねぇか別に。あの馬鹿と私の問題なんだから」

 

 話をはぐらかすようにカーステレオの電源を入れるオータム。長年の相棒であり同性の恋人でもあるスコールは、それが彼女なりの照れ隠しなのだと瞬時に見抜いていた。しかし、あの銃撃戦と委員会メンバーの始末の過程でどんな感情が芽生えたのか――それは分からない。

 分からないが……。

 

「そうねー、二人だけの問題よねー?」

「なーんか引っ掛かる言い方だなオイ」

 

 年のせいか嫉妬などは沸き上がらず、むしろ逆に、初めて異性に恋をした娘を見守る――そんな母親じみた不思議な高揚感さえ抱いている自分がいる。

 らしくないと自嘲しつつも、頬が緩むのを抑えられない。

 

「それにしても、彼も妙なところで義理堅いと言うか責任感があると言うか……」

「……? 何の話だ?」

「かなり酔ってたから記憶がなくても無理ないけど、彼が貴女を襲ったんじゃなくて、貴女が彼をベッドに押し倒したのよ?」

「はあっ!?」

 

 荒ぶる運転、猛スピードで蛇行するスポーツカー。

 時間が時間なだけに交通量が少なく事故には繋がらなかったが、もし万が一対向車が来ていたら間違いなく正面衝突で新聞に載る羽目になっていただろう。

 

「ちょっと、ちゃんと運転しなさい」

「ンな事より今何つった!? わ、私がアイツを押し倒したって!?」

「疑うなら記録(ログ)がまだ残ってるし飛行機の中で聞く? 激しかったわよー? あのエムが仏頂面を真っ赤に染めて聞き入るくらいだったんだから。でもまさか休憩なしで七回もするとは流石の私も想定外だったわ。よく体力続いたわね」

「何でエムまで聞いてんだよ!? しかもな、七っ!?」

「ハンドルから手は放しちゃダメよー? でね、ここから面白いところで、最初は強気だったのにあっと言う間に立場逆転されて彼の腕の中で甘えまくっちゃって……」

「ぎゃああああっ!? もういい聞きたくねぇ! 止めて、お願いだから止めてください!!」

「イヤでーす♪」

 

 うわあああああああああんっ!! と。

 若干一名が恥ずかしさに殺されそうになっていたが。

 それでも夜は静かに更けていった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 おまけ。

 

『うぇーいもしもし。こんな時間にどしたよ少年?』

「あ、先生! 良かった、ようやく繋がった! い、今ドコにいるんですか!?」

『いや何処っつっても……もうすぐ学園の正門が見えてくる頃だな。ああ、もしかしてずっと私に電話してたのか? 悪ぃな、ちっとばかし出られん状況でずっと電源切ってたんだわ』

「そんな事より正門前!? マズイですって、早く逃げて!」

『逃げるって何から?』

「何ってそりゃ――」

 

 

『……あは、やっと見つけたぞ』

 

 

「『うわあっ!?』」

『丸二日も何処に行ってたんだ、んん?』

『お……おおお織斑先生どうしたんですこんなところで――ぐえっ!?』

『スン……スン……他の女の匂いがする……』

『ああいやこれは満員電車に乗った時にですね!?』

『首筋の赤いアザもその女につけられたのか?』

『げっ!?』

『………………あは、あはは、あははははははははははははっ!!』

『ぬわーっ!?』

「先生? 先生ぇ!?」

 

 プー、プー、プー……。




 今回のリクエストは、

 秋郷さんより、

・「待たせたな! ヒヨッコ共!」(機動戦士ガンダムMS IGLOO:ヘルベルト・フォン・カスペン大佐)

 あだちさんより、

・「ねぇどんな気持ち?(以下略)」

 白銀色の黄泉怪火さん、蒼空淵さんより、

・「貴様等には水底が似合いだ」(ACfa:水没王子オッツダルヴァ)

 がんにょむさんより、

・「理想を抱いて溺死しろ」(Fate/:アーチャー)

 若尾さんより、ちょっと改変で、

・「俺を誰だと思っていやがる!!!」(グレンラガン:カミナ他)

 ARCHEさんより

・「きかねぇ納豆!」(テイルズオブヴェスペリア:ユーリー・ローウェル)

 MIKEさんより、

・「EYE HAVE YOU」(MGS4:ドレビン)






 パンダ三十六か条さんより、

・麻袋の被り物(キューティクル探偵因幡:ロレンツォ)

 あと大量過ぎて名前が載せられず申し訳ありませんが、

・ボン太くん、あるいはモッフル(フルメタル・パニック、甘城ブリリアントパーク)

 の着ぐるみリクを多数いただきました。
 ボン太くん量産型はまた出るかもです。
 皆さんありがとうございました。

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