織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
最初に弁解させてくれ。
いやまあ、誰が悪いのかと問われたらまず間違いなく私が原因だが、敢えて恥を晒して己以外の要因を挙げるとするならば、やはり不幸な偶然の連続か、あるいは秋姉のアルコールの過剰摂取がそもそもの発端だったのだと思う。と言うかあんな場所に建ってたホテルが悪いんだいっ!
…………コホン。
断っておくが、連れ込んだ時点で下心は一切なかった。それだけは天地神明に誓っても良い。
しかしながら――水を飲ませようと意識を逸らした途端にベッドに押し倒され、さらに馬乗りの状態からそりゃもうディープな接吻をお見舞いされて迫られたら……ねぇ? こちとら経験豊富なクソヤローですし準備万端バッチコイな据え膳を食わないのも男として――いや漢としてどうかと思った訳ですよ、うん。だって秋姉も美人だし普段とのギャップが凄かったんだもん。
幸いにして撃ち殺される事もなく、何故か尻を蹴っ飛ばされただけで済んだ。
まあ秋姉からすれば、最近倦怠期に入ってご無沙汰らしいスコール姉さんへの当てつけの意味もあったのだろうが――もうホントさあ、次どんな顔で会えば良いってのよ。
「…………はっはー、知ってる天井でやーんの」
時刻は午前五時半……ってトコだろう。長年の習慣から、時計を使わなくても大体それぐらいの時間に目が覚めてしまう。早起きは三文の何たらとは言うが、身に着けた理由が敵の襲撃に備えてとか監禁された際の時間の確認のためとかだったりするから我ながら微妙である。
はい、某最終兵器少年が如き呟きを漏らして現実逃避終了――最優先で処理しなければならない問題に潔く目を向けようではないか。
「………………」
ベッドで仰向けになっている私。
そして、その上に覆い被さり安らかな寝息を立てている姉貴。
すなわち、ベッドイン私ウィズお姉様。
言う必要性もないが――敢えて言っておく。
ヤッてねぇからな?
「……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
つか両腕で抱き枕よろしくガッチリとホールドされちゃってるから逃げらんねーっての。
唯一の救いは、私も姉ちゃんも素っ裸じゃない事くらいか――オイ誰だ『着衣プレイ!?』とかぬかしやがった奴!? ぬっ殺すぞ!? 確かに騎乗スタイルですか事後ですかぁと誤解されそうだけども! 美人女教師(実姉)と二人っきりなんてトンデモシチュエーションだけども!
「もしもーし、朝なんだけど起きてくれませんかー」
黒髪を梳くように頭を撫でて目覚めを促す。
「ん、ぅ……?」
素直に起きてくれた姉上だが――目の焦点が明らかに定まっていない。ふらつく瞳でぼんやりと私めを見つめるその様子は、何故だか獲物を狙うハンターを彷彿とさせる。しかもあどけない顔でゆっくり首を傾げるもんだから、何考えているか読めなくて余計に恐ろしい。
などと油断したのが不味かった。
胸倉を掴まれて引き寄せられ、その進路上には待ち構えるお姉ちゃんの顔ががががが――
「…………ちゅぅ」
唇を奪われた。姉に。
いやいやいや何なのカネこの状況は。先ほども言ったようにキス『された』のは別に初めてって訳でもないが、肉親からとなると三十五年の人生でも未知の経験だ――と思う、多分。
エムたんが何時の間にか布団の中に潜り込んでいた時もあったしちょっと自信ないなー。
赤らめた頬に両手を添えて『き、昨日はとても激しかったな兄さん』と言われた日にゃ、冗談と笑い飛ばす余裕もなく首を括りたくなった。カメラと『ドッキリ大成功!』のプラカードを持って乱入してきたスコール姉さんらに必死で止められたけど。
大性交じゃなくて本当に良かった。
やっぱりね、そーゆーのはちゃんと手順を踏んでからでしょ。
閑話休題。
唾液も空気もエナジーも吸い尽くされそうな勢いで、音にすると『じゅるるるるっ』とかそんな生々しい感じに口吸われ続行中。熱い舌が口腔内を蹂躙し、歯ぐきまで丹念に舐め回していく。
くどいようだが私達は姉弟である。
「ぐ……む、ふ……」
「……は、ぁ…………ん……ぅ」
それから五分ほど舌を絡め合っただろうか――顔を離した姉さんは口元から垂れた唾液を妖艶に舐め取ると、そのまま胸を押し付けるように私の頭を抱きかかえた。
いやもうね、とんでもなく柔らかかったり息ができなかったりで、無我の境地っつーか飼い主に服着せられてるワンちゃんの心境ですよ。男の朝の生理現象に気付かれない事を切に願う。
「……うわきもの」
拗ねたような声音。
浮気者ったってねぇあーた、私らまだ付き合ってすらいませんの事よ? てかマドカにも言った覚えあるけど法律の壁がある限り付き合ったらアカンのよ残念無念。
何つーか、織斑家の倫理観のタガが外れ過ぎてる気がしないでもない。
頑張れ少年、キミだけが最後の砦だ。未来にゃ崩壊すっけども。
「スケベ、へんたい、おんなたらし、ロリコン、ハゲ」
言われ放題である。あとハゲじゃねぇ。断じてハゲじゃねぇ。
「……しんぱいしたのに…………ばか」
「返す言葉もねぇですな」
そろそろ息がヤヴァい。
それにしても家族の胸の中で溺れて息絶えるとは、テロリストにしちゃあ随分と綺麗な終わり方じゃないか。ほら見て、川の向こう岸でおばあちゃんが手ェ振って……誰だあのバアちゃん。
言うだけ言って、姉貴は再びすぅすぅと寝息を立て始めた。もちろん私の頭を抱えた状態で。
もしかして、もしかしなくても、完璧に寝ぼけていらっしゃったと?
…………起きたら本気で亡き者にされるんじゃなかろうか。
◆ ◆ ◆
昨日が日曜日だったのだから、今日は当然月曜日。
加えて言えば、男に仮装したデュノアと銀ロリボーデヴィッヒが転校してくる記念すべき日でもあるのだけれども――スマンね二人共、朝っぱらからうちの姉ちゃんがはっちゃけ過ぎてすっかり忘れちまってたよ。
結局、あの後は拘束から抜け出せず――
『ななな何でお前が私の部屋にいるんだっ!?』
『そんな理不尽な……』
てな感じである意味予想通りな事態に陥り、散らかり放題の寮長室で脱ぎ捨てられたパンツやら機密書類やらブレードやら信楽焼の狸やらが飛び交うプチバトルに発展。
二度寝した者の宿命として朝メシを食らう時間すらなく、とりあえず最低限の身嗜みだけ整えて同伴出勤と相成った。一緒に部屋から出るところを目撃されなかったのは奇跡だと思う。
早足で教室に急ぐ姉貴の背を追いながら、ふと私は小さな疑問を抱いた。
「……あの、織斑先生ちょっと――」
「あれは夢だ」
時間も差し迫っているのに、わざわざ足を止めてきっぱりと断言する姉上。
どうやら全てなかった事にしたいらしい。大嘘憑きとか使えりゃいいのにねぇ。
「あれは夢だ、疲れたからだ絶対そうだ。じゃなきゃ、じゃなきゃあんな事……ぅぅ」
そこまで言って、記憶を掘り起こした姉さんは盛大に自爆した。
砂漠に放り込まれた温度計のような勢いで耳やうなじまで朱に染め上げ、頭頂部からはボフッと小さなキノコ雲。私に見られまいと両手で顔を覆い隠し、しゃがみ込んで唸り続ける――その姿に普段の怜悧な雰囲気は欠片もない。随分と可愛くなっちゃってまあ。
しかしながら、私が聞きたかったのはその事ではなく――
「ああいえ、そっちの道からだと一組の教室まで遠回りになるんじゃないですか、と言いたかっただけなんですけど。他に寄らなきゃならん教室でもあるんで?」
「………………」
「そんな泣きそうな顔で睨まれても……」
幼児退行が進みつつある姉。
これはこれで面白いし存分に愛でてやりたい衝動に駆られるが、こんな場所で道草食っていても仕方がない。担任が来なくて何時まで経ってもホームルームが始められず、山田先生があわあわと挙動不審になりデュノアやボーデヴィッヒが廊下に立ち尽くす光景が目に浮かぶようだ。
「とにかく急ぎましょう。ね?」
「……うん」
コクンと頷き、手を差し出す姉さん。
こいつは……うん、唐突に私と握手したくなったとか腰が抜けたから引っ張り上げてほしいとかそんなんじゃなく、やっぱりそーゆー意思表示なのだろう。
鍛え抜かれてなお柔らかさを保つ手を握ると、控えめな力でキュッと握り返してきた。
でもって、おてて繋いで仲良く移動開始。
何故か知らんが某おつかい番組のテーマソングが頭の中で鳴り止まない。弟くんがお姉ちゃんを励ましながら目的地まで連れて行きます――ってか。やかましわ。
◆ ◆ ◆
幸いと言うか何と言うか、教室の前で手持ち無沙汰に待つデュノアとボーデヴィッヒを視認したところで、織斑先生はかろうじていつもの落ち着きを取り繕う事に成功した。まだまだヒヨッ子な生徒の前で――しかもドイツ軍にいた頃の教え子の前で痴態を晒すなど、姉貴の性格からして何が何でも避けなければならないのだろう。見栄っ張りなんだからもー。
「あ、織斑先生、おはようございます」
「おはようございます、教官」
並んで立っていた位置関係からデュノアが先に私達に気付き、それに反応したボーデヴィッヒが学生らしからぬ――軍人らしい冷め切った口調で姿勢を正す。まあ何にせよ、進んで挨拶するのは良い事なのでオジサン花丸あげちゃう。つか私はスルーなのね二人共。
「ああ、おはよう。面倒をかけて済まないが、ホームルームを始めるまでもう少しだけここで待機していてくれ。それと……この馬鹿はあまり気にするな。いつもの事だ」
「よろしくーねっ」
「え……あ、はい」
「分かりました、教官」
姉さんは教室に入り、頭がつかえて入れず特に目的もない私は、ひとまず若き日の金銀コンビの隣で案山子の真似でもする事にした。昨日も一昨日も女関係で色々大変だったからねぇ、たまには考えるのを止めてリラックスするのも大切だ。
時間が時間なだけに廊下は人気がなく、三人でぽつんと立っていると、まるでトト○のバス停のシーンに迷い込んだような錯覚に陥る。その内ネコバスでも突っ込んで来るかも知れん。
「…………あ、あのぅ……」
「はい?」
控えめな呼び掛け。
はてさて何じゃらホイと視線を右に移せば、キミは本当に男に変装している自覚があるのかねと問いたくなるくらい女っぽい仕草でデュノアがこちらを見上げていた。よせよぅ、何か変な気分になっちゃうじゃないか。
「ふむ、何かねオスカルくん。質問があるならこの三角サマーに遠慮なくどうぞ」
「ぇと、三角様?」
「ノンノン、三角サマー。様じゃないのサマーなの。ここ大事」
みんな大好きレッドピラミッド○ング。
ちなみにボーデヴィッヒは姉さんに言われた通り、私を視界に入れようともしないで我関せずを貫いている――と言うより、少し青褪めた顔でこっちを見ないよう頑張っている。サブカル副隊長あたりに唆されて静丘映画でも見たかゲームをプレイしちゃったか。強がりで意地っ張りのクセに幽霊とかクリーチャーとかホラー物がてんで駄目だからねぇこの子ってば。
「あの、先生は中に入らなくて良いんですか?」
「私は教鞭を執っている訳じゃあないからねぇ。まあ織斑先生のオマケのようなものさ。ついでに言っておくと、本来は監獄にぶち込まれて当然の人間でもある」
白衣の両袖を捲り上げ、デュノアに見せる。
手首から肘の辺りまで覆い隠すように装着されたいくつもの無骨なリング。すっかり存在を忘れ去られてただの中二病アクセサリーと化していたそれは、学園に戻ったその日の内に委員会命令で追加された代物だった。
先の一件で首がすげ替わり、メンバーのほとんどに機業の息が掛かっているとは言え、犯罪者を首輪なしで野放しにしておくと各国政府に示しがつかないのだろう。ちなみにこの問題に関してはスコール姉さんと話し合って了承済みだったりする。フォロワーだとこういう時に便利だ。
「実はこれ、逃走防止用の爆弾なのよね」
「爆――ええっ!?」
「大丈夫大丈夫、もう爆発しないから。針金一本で簡単に解除できる玩具だし、こんなんで身動き取れなくなるようなオッサンじゃありませんのコトよ」
実際、ここに来るまでに位置情報を送信するダミー以外の全ての機能を停止させておいた。
隙を見計らって姉さんの分まで解除する時は流石に気を張ったが、三代目ルパンのファンとしてこれくらいは朝飯前。フィアットでの垂直崖走りを再現しようと改造に改造を繰り返し、途中から篠ノ之博士も加わって最終的にはトランスフォーマーが完成して『あるぇ??』と二人仲良く首を傾げたのも――今となっては良い思い出である。
「じゃあ、先生は悪い人……なんですか?」
「この世の『正義』ってのが間違ってないならな」
少なくとも世間一般的に言う『良い人』ではない。
それでも、自分は善人だとのたまう人間よりはマシだと思う。
山田先生に呼ばれてデュノアとボーデヴィッヒが入り、私も後ろのドアからそろりと滑り込む。
一瞬の静寂の後に沸き立つ教室。
さーて。
また楽しくなりそうだ。
東方キャラをカードの精霊化させてオリ主無双の遊戯王SSとか考えてみたんですが、
今さらカードの効果やら原作キャラの戦略やら見直すのもアレなんで頓挫しました。