織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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022. ロリビンタと四対二

 パシンッ――と。

 いっそ小気味良いとさえ言える音が教室に響く。

 音の発生源は右手を振り抜いたボーデヴィッヒと、頬をぶっ叩かれて唖然とする少年だ。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん……」

 

 金髪美少年(偽)の転入で沸き立っていたお嬢さん方も口を開けて呆けてしまい――織斑先生は頭痛を堪えるように目頭を揉み、山田先生は突然の事態におろおろと視線を彷徨わせる。ついでに篠ノ之が目を見開き、オルコット嬢はあらあらと上品に静観し、のほほんさんはミニ▲様ヘッドを被っているせいで周りが見えていないようだった。HR中は取りなさいねあげたの私だけど。

 ボーデヴィッヒの暴挙を――止めようと思えば止める事もできた。

 しかしまあ、ここで第三者の私がしゃしゃり出たとしても遺恨が残る事に変わりはない。それに何より、私は叩かれたのに少年だけ無傷で済むだなんて納得がイカんでゲソ。

 と言う訳で、殴らせた後にいけしゃあしゃあと声を掛ける私がここにいる。

 

「ちょっと待ちたまえよ銀髪お嬢さん」

「……何だ」

 

 腕を組んだまま片目で睨んでくるボーデヴィッヒ。うん、ゾクッとくるね――じゃなくて。

 少年らは私がすんばらしい説教でもするのかと勘違いしているようだが、生憎と私は『自分』が殴られた程度で道徳云々を垂れ流すような人間ではない。聖書にだって『右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ』とあるし片方だけではバランスが悪かろう、うん。

 

「今のはあまり良い一撃ではないね。もう少し手首のスナップを効かせるべきだ」

「む……そうか?」

「そうだとも。あれじゃあキミの気持ちは伝わらない。さあ、Versuch es noch einmal(もう一度やってみよう)

「うむ、一理あるな。分かった」

 

 軍属の経験がある姉さんを含め、ドイツ語が分かる数名のクラスメイトが『…………はい?』と再びフリーズする。それを尻目にボーデヴィッヒは頷いて席を立つと、当たり前だがゲルマン言語なんぞロクに理解しちゃいない少年にすたすたと歩み寄り――

 

「今度は何――ふばっ!?」

 

 びったーんっ!!

 

 流れる灰銀の髪、閃く黄金の右手。

 手首どころか全身の捻りを乗せた会心のビンタ。すなわちロリビンタ。

 その凄まじい威力たるや、最初の快音など足元にも及ばず、見た者聞いた者――織斑先生ですら思わず自身の頬を押さえてしまうほど強烈な一撃だった。流石はウサギ隊長、バニーガール部隊を任されているだけはあるねぇ。

 

「どうだ?」

Fantastisch(よくできました)

 

 自信満々に成果を示すボーデヴィッヒに、私はグッとサムズアップ。

 良かったなぁイチやん、小さな紅葉が男らしさを引き立ててるぜい。

 

「『ファンタスティッシュ』――じゃねぇ! 先生アンタ余計な事言ったろ絶対!」

「ハッハー、なーにを根拠に」

「その立てた親指が何よりの証拠だぁ!」

「じゃあ中指を立てよう――」

「アウトー、それアウトー! そして何で皆そんなに嬉しそうなの!?」

 

 腐女子的には少年が受けか。うん、裏で発行されてる薄い本がまた分厚くなりそうな予感。

 にしても今の若者はキレやすくてイカンなあ、親の顔が見てみたいぜ――もし相見えたとしたら親子の情など関係なく姉上と仲良く九割殺しにする所存でございますデス。

 

「少年! キミは次に『てかどうして俺が殴られなきゃならないんだ』と言う!!」

「てかどうして俺が殴られなきゃならないんだ……ハッ!」

 

 セルフ漫才と言おうか一人ボケツッコミと言おうか――打てば響くように私の話に乗ってくれる少年は、本当にお人好しで付き合いが良い。できればもう少し楽しみたいところだが、いい加減にしないとお姉様の堪忍袋がブチ切れかねん。そうなれば待っているのは私と少年の二重死だ。

 ジョセフ氏の名セリフに硬直する鈍感男を捨て置き、ボーデヴィッヒが席に戻ったのを確認して織斑先生に目配せする。

 

「あー……各自言いたい事はあるだろうが、HRはこれで終わる。今日は二組と合同で模擬戦闘を行うので、すぐに着替えて第二グラウンドに集合するように。以上!」

 

 多少混乱していても、そこは織斑先生率いる一年一組。

 怖い怖い教官殿の合図で表面上は騒ぎも鎮静化し、女子はきゃいきゃいと賑やかに会話しながら着替えの準備を始める。少年もデュノアの手を引いてさっさと更衣室に行ってしまった。

 私も『一度でいいから思い出をください』とか言われてよく引きずり込まれたよなぁ行為室(・・・)に。

 何があったかはご想像にお任せする。

 生徒以上に時間の余裕がない姉上と山田先生も教室から出て行く。一方、着替えが必要ない私は教室に残り、猫じゃらし片手にのほほんさんの相手をしながら若い花々の観賞を――

 

「させると思うか?」

 

 すぐに戻ってきた黒髪の修羅に首根っこを掴まれた。のほほんさんは逃げた。賢い。

 

「堂々と覗きとは良いご身分だな。アァ?」

「い、いけませんよスミス先生、生徒の着替えを見たりしちゃ! めっ、です!」

「じゃあ生徒じゃなければ問題ないんですね? では山田先生、一緒に着替えましょう」

「ふええええええええっ!?」

 

 真っ赤になる山田先生。ふふふ、愛いのぅ愛いのぅ。

 

「…………」

 

 そして能面のように感情が消え去る姉上。ヤベェ、調子乗り過ぎた。

 

「私より山田先生か…………ふぅん?」

「ぬががががっ!? 逝ってる、骨がギシギシメキメキ逝ってます!」

「ひいっ!? スミス先生の身体が痙攣して……お、落ち着いてください織斑先生!」

 

 目のハイライトが消えた担任(姉)が三十半ばの男(弟)の首を掴んで持ち上げ、それを童顔で小柄な副担任(胸)が半泣きになりながら止めようとする。

 あっははははははは、いやいやいやいや。

 いい年こいて、生徒の前で何やってんだろうね私らは。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ――そんなこんなで。

 理性がかろうじて残っていたのか、どうにか姉さんは授業に遅れる事もなく、整列した生徒達を前に教師としての威厳を存分に振り撒いていた。

 二クラス合同の授業ともなれば指導する教員の苦労も倍増だが、そこはそこ、ブリュンヒルデのかりちゅま(笑)とでも言うべき気迫で見事に統率している。

 

「では本日より、格闘及び射撃を含めた実習に移る。つまらんミスで怪我などしないよう全員気を引き締めて取り組むように」

「それは良いんですけど…………あの、千冬さ――じゃなかった織斑先生。そっちで地面に頭だけ埋められて放置されてるのって、もしかしてもしかしなくても……」

「あの馬鹿の事は気にするな凰。自業自得だ」

「ああ、やっぱり……」

「助けてけれー」

 

 声はすれども姿は見えず。

 うわぁん暗いよ狭いよ怖いよー。埋めるなんてヒドいよお姉ちゃーん。

 あー自分で言ってて寒気がする。

 

「ね、ねぇ一夏、オルコットさん、あの先生っていつもあんな風なの?」

「してると言うかされてると言うか……深く考えない方がいいぞ、シャルル。並大抵の事じゃ全然堪えないし、千冬姉とは違う意味で非常識に分類される人だから」

「織斑先生の本気の一撃を受けても、次の瞬間には平気な顔で立ち上がりますわよ?」

「うわぁ……実は未来から来たサイボーグだったりする?」

 

 何やら失礼な会話が聞こえてくるのは気のせいでしょうか。

 オノレ昔の私のクセに…………少年め、授業が終わったら覚えておけ。貴様のケツの穴に白くてドロッとした液体(木工ボンド)をブチ込んでやるからな! しかもゾンビか巨神兵の如くお腐れなすった女子達の前で! イケナイ本のネタとなるがいい――って痛ェ!? ケツ蹴られた!

 

「お前も何時まで埋まっているつもりだ?」

「埋めたのは織斑先生じゃないッスか」

 

 何処かのブス専忍者みたいに痔になったらどうすんのよ、もう。

 頭や肩についた土くれを叩き落とし、まだちょっと拗ねてるっぽい姉さんの隣に立つ。座学では常に後ろで眺めているだけだったため、こうやって授業中に正面から生徒と顔を合わせると奇妙な懐かしさを感じる。視線フェチだったら涎を垂らして喜びそうなシチュエーションだぁね。

 

「ではまず最初に手本として、戦闘と連携の実演でも行ってもらおうか。凰、オルコット、それに織斑とデュノア――今呼ばれた四名は前に出ろ」

「「は、はいっ!」」

「わたくしも?」

「僕もですか?」

 

 おやまあ意外な展開に。

 記憶ではおチビとオルコット嬢の二人だけで山田先生と戦うはずだが、いよいよもって私の知る過去との齟齬が大きくなりつつある。まあ、実の姉から友愛を超えた好意を向けられた時点で既に正史は破綻しちまってるし、今さらと言えば今さらかもだけど。

 とにもかくにも、これまで通り観察を続けるのが現状では得策か。

 

「……専用機持ちを選ぶなら、ドイツのお嬢さんも頭数に入れないんで?」

「今のラウラでは連携など不可能だからな」

「確かに」

 

 少年達が協力しようと歩み寄ったとしても、ボーデヴィッヒがパートナーを邪魔者扱いするのは目に見えている。姉さんが私にしか聞こえないほどの小声で返したのは、憧れを健気に抱き続ける教え子への――せめてもの配慮だったのだろう。

 と、オッサンとオネーチャンが嘆息したその時――

 

「――あわわわわわっ!? ど、どいてくださあああいっ!?」

 

 風をつんざく音と共に、重くなった空気をぶち壊す悲鳴が降って来た。

 ホント、あの先生は良い意味で真面目な話に向いてないよなぁ。

 では私も。

 

「親方、空からおっぱいが!」

「せめて『女の子』と言ってやれ!」

「女の『子』って年ですかねぇ!?」

「スミス先生ヒドいですうきゃああああっ!?」

 

 律儀にツッコミを返しつつも山田先生は止まらない。

 しっかし仮にも元日本代表候補生だろうに、何をどう間違えたらラファール程度でコントロール不能に陥るのやら。アクセルとブレーキを踏み間違えたとかそんなレベルじゃねぇぞ。

 と言うか、

 

「よく考えたら山田先生より織斑先生の方が年上じゃね?」

「だぁれが行き遅れの年増だあああっ!!」

「気にしてらしたのねっ!」

 

 いらん事を言ってしまいブレードで打ち上げられる私。

 その進路方向には当然のように落ち迫るやまやんがいらっしゃる訳で。

 

「ヘルミッショネルズッ!?」

「ああっ!? すすすスミマセーン!?」

 

 少年のようにどさくさで胸を揉みしだく役得もなく、わたわたと振り回していた装甲展開済みの腕でふつくしいプロレス技を頂戴してしまった。正しくフライング・ラリアット。やあ川岸にいるおばあちゃん、ボクまた来たよ。だから誰だよアンタ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「いやははは、やっと授業が始められますねぇ」

「ほとんどお前のせいで中断していたんだがな」

 

 数分後。

 本日二度目となる頸椎のダメージから回復した私は、山田先生とお揃いのラファールを装着して専用機持ち四人と向かい合っていた。

 構図としては四対二の状況だ。

 できれば追加改造した兵装の実験も兼ねてランスローを使いたいところだが、織斑先生のご要望により量産機での模擬戦である。おかげで胸ポケットの相棒ちゃんがさっきから不機嫌そうに震え続けて仕方がない。あたし以外の女に乗ってんじゃないわよ――ってか。凰に似てきたなぁ。

 

「……いくら先生二人でもさ、あたし達四人を相手になんてできるの?」

「その馬鹿の戦闘力は知っての通りだ。それに山田先生も元代表候補生――所詮は訓練機だからと見くびらないほうが良いぞ? 今のお前達ではまず間違いなく勝てない」

 

 おやおや、私の腕も随分と買われているようだ。

 勝てないと断言されてしまった坊ちゃん嬢ちゃんズの反応はそれぞれで、少年とオルコット嬢は私の顔を見て『だよねぇ……』みたいな表情を、おチビはプライドを刺激されたらしく双天牙月を構え直し、唯一事情を知らないデュノアくん(仮)は何とも言えずただ苦笑を浮かべる。

 四十八口径ハンドガンを両手に一丁ずつ握り、姉上に問う。

 

「んーで、織斑先生。今回は常識の範囲内でって事でよろしいんですよね?」

「ああ。ついでに言っておくとそのラファールは学園の備品だ。無理な機動を要求していらん傷を付けてくれるなよ?」

「無理を通して道理を蹴っ飛ばすのが私の信条なんですけどねぇ」

 

 つーか爆弾付きの犯罪者を手本にさせる事自体間違ってないか?

 学園も良く許可したもんだ。

 

「ほんじゃま山田先生、よろしくお願いします」

「あ、ああいえ、こちらこそっ」

「では…………始めっ!」

 

 授業としては参考にはならないだろうが、そもそも私は長引かせるつもりなど毛頭ない。

 合図と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、丸っきり油断していた少年とオスカルくんの懐に潜り込む。

 

「ハロー」

「へっ……?」

「うわっ!?」

 

 銃器や刀剣類に慣れた専用機持ちでも、いきなり目の前に銃口を突き付けられたら硬直する。

 本物の戦場ではその一瞬が命取りだ。

 

「まあアレだ。とりあえず、強くなりたきゃ喰らっとけ」

 

 ダンダンダンッ、と弾丸を吐き出すハンドガン。

 訓練用の弱装弾がシールドバリアーに阻まれて無力化されるが、元より銃弾でのダメージなんぞ当てにしちゃいない。私の狙いは、バリアー発動時に生じる強烈な光とマズルフラッシュで二人の視界を一時的に塗り潰す事だった。

 

「一夏っ!」

「くそっ、目が……」

「そこで何もしないようじゃ……まだまだだな」

 

 全弾撃ち尽くしたハンドガンをその場に放棄して二人の腕を掴み、最大出力のスラスターで得た運動エネルギーを用いて上空へと投げ飛ばす。視覚を封じられ、それでも何とか体勢を整えようと試みるお坊ちゃんズだが――悪いね、今回は攻撃すらさせないって決めてんだ。

 右手にショットガンをコール。弾種は散弾ではなく一粒弾(スラッグ)で。

 

「ぐっ……どわっ!?」

「こうも両腕を正確に……!」

 

 ブルー・ティアーズのような遠隔操作タイプの兵器ならまた違う戦法を取るが、オスカルくんの場合は両腕を、少年は雪片を握る利き腕を撃ち弾いておけば問題ない。要は、狙いをつけられないようにすれば良いだけの話だ。

 さて、あっちのお嬢さん方もそろそろ頃合いかね。

 

『山田センセー、少し早いですが仕上げにしますよ』

『はいっ!』

 

 白式とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ(長ぇなしかし)のスラスターに数発お見舞いして二人の軌道を修正――そこに山田先生の銃撃で誘導されたオルコット嬢とおチビが激突する。

 

「ちょっと! 何でアンタ達こんなトコにいるのよっ!?」

「しょうがないだろ先生に撃たれっ放しなんだから!」

「喧嘩してる場合じゃないよ二人共!?」

「そうですわ! 小父様の性格ですからこのまま固まっていたら――」

「はーいオルコット嬢だーいせーいかーい! 鬼は外ってなぁ!!」

「「「「へっ……?」」」」

 

 周りが見えないってのは致命的だ。

 だからこうして簡単に接近を許してしまう。

 自分達の周囲にばら撒かれた大量のグレネードを見て、四人は一斉に青褪める。

 

「や、ヤバッ!?」

「落ち着いて! このタイプは接触しなければ――」

 

 ――とはいかないんだな残念ながら。

 

『山ぴー、後よろしく』

『山ぴーは止めてくださいよぅ!』

 

 文句を言いつつも《レッドバレット》で照準を定める山田先生。

 狙うのは四人組ではなく、

 

「「「「うひゃああああっ!?」」」」

 

 五十一口径の弾丸がグレネードの一つを綺麗に撃ち抜き、十個以上の全てに誘爆を引き起こして色とりどりの専用機を飲み込んだ。

 

「やぁまやー……じゃなかった、たぁまやー!」

「あわわ!? み、皆さん大丈夫ですかーっ!?」

 

 その後。

 落っこちて黒コゲになった少年達の前で、私と山田先生が『やり過ぎだ!』と姉上にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。




いやいや遅くなりまして。

多少弄りましたが、今回のリクエストは、

 久遠♪さんより、

・「お前は次に、○○と言う」→「○○…ハッ!」(ジョジョ)

 若尾さんより、

・「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」(グレンラガン)

 マーシーさんより、

・「強くなりたくば喰らえ」(刃牙)

 でした。



 今年もあと10日。
 ちょっと早いですが皆さん良いお年をー。

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