織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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百鬼姫来てくれなーい。
なまはげ強ーい。
ひょっとこ怖ーい。

はい、二十六話です。


026. 颯爽登場グリーンマン

 織斑一夏はかつてない危機に瀕していた。

 現在の彼の状況を『苦境』と表現した場合、全国の女に縁のない男子からゴルゴタの丘で磔刑に処せられた聖人と同じ痛みをプレゼントされてしまう訳だが――本人が万事休すと言わんばかりの表情で解脱しかけているのだから、普段通りのラッキースケベだとしても、とにかくピンチな事に変わりはないのだろう。

 背中に意識を傾けると、シャワーを浴び終えたばかりの少女の体温が伝わってくる。

 首を巡らせて思わず背後を見やれば、金髪のルームメイトも同じ事を考えていたのかばっちりと目が合ってしまう。いやはや何とも、わたわたと焦りながらお互いに視線を逸らす様子は初々しいと言うか甘酸っぱいと言うか……この世の野郎共が血の涙を流して決起しそうな光景だった。

 

「………………」

「………………」

 

 気まずくも、決して不快ではない沈黙。

 早鐘のように脈打つ鼓動が雰囲気を盛り上げる。

 

「「…………あのっ!」」

 

 これまたお約束なパターン。

 

「あっ――シャルルから先にどうぞ!」

「う、ううん一夏からで良いよ!?」

 

 まるで示し合わせたかような完璧なタイミングで重なってしまい、話を切り出すためにようやく固めたはずの決意がぐわんぐわんと揺らぎまくる。

 例えるならばそう――このままではマズいと姉離れを誓ったその日の夜に、脱ぎたてほやほやの姉の下着(下半身用、色は黒)を発見してしまった時の葛藤に近い。

 嗅ぐべきか、嗅がざるべきか。

 あの日ほど自分自身との戦いに苦しんだ事はない。

 結局は理性に軍配が上がり、泣いて馬謖を斬る思いで洗濯機にぶち込んだが。

 

 閑話休題。

 

 一夏が重度のシスコンかどうか――有罪か無罪かの判定は後日改めて審議するとして、今はまず何よりも、同性だと信じていたルームメイトに詳細な説明を求めるのが先決だ。

 何せ女だ。女の子なのだ。

 濡れ滴る女体を直視してしまったのは箒の時以来だが、だからと言って慣れる訳もなく。

 艶やかに流れる金の髪に、潤いを湛えたアメジストの瞳。後ろからでもスタイルの良さが分かる身体はとても柔らかそうで、嗅覚をこれでもかと刺激する湯上りの芳香により小さな脳内一夏達がエラッサエラッサヨイヨイヨイとお祭り騒ぎになっている。

 

 

 

 そんな魅力溢れる心優しい少女に。

 自分は一週間近く無自覚にセクハラしてました。

 

 

 

(うーわ……詰んだなこりゃ)

 

 上半身裸で部屋をうろつくのはしょっちゅうだし、心の距離を縮めるためとは言え恥らう彼女に下ネタをぶちかました挙句、一緒に着替えようだの何だのと犯罪者一歩手前の発言を連発した。

 陪審員が揃って『死刑』の札を上げるに違いない愚行である。

 姉に合わせる顔がない。

 幼馴染二人に罵られても仕方がない。

 考えれば考えるほど己の罪業に身も心も深く沈み込み、さっきまで大興奮していた脳内一夏達も断崖絶壁からレミングの如く次々に身を投げる。

 

「…………ハァー」

「ちょっ、ちょっと一夏、身体中の穴から黒くてもやもやしたのが出てるけど大丈夫!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。男はたまーにこうなる時があるんだ」

「そうなの!?」

「織田信長だってきっと本能寺の変で炎に包まれた時こんな感じになったと思う。じゃなかったら釜の上に立たされた石川五右衛門とか。だから全然平気ダヨ?」

「平気じゃない、ちっとも平気じゃない!! 自害するか処刑される寸前だよ!? お願いだから現実に帰って来てー!?」

「ふぬぎがごげごごごっ!?」

 

 唐突にダウナーモードに入った一夏を元に戻すべく、先ほどまでの羞恥をかなぐり捨てて見事なキャメルクラッチを披露するシャルロット。彼女も彼女で混乱の極みにあるようだ。

 掛け値なしの美少女に大きな胸を押し付けられながらプロレス技を食らう――鈴音が目撃したら色々な意味で嫉妬に狂いそうな天国と地獄を同時に味わい、身体を襲う激痛と二つのマシュマロで自虐の海底から一夏の意識が引き上げられる。

 

「シャルル、ギブギブッ! 裂ける! ブロッケンマンみたいに身体が裂けちゃう!」

「えっ、うわっ!? ごごごごめん!?」

 

 やっている事はどうであれ、雰囲気だけは付き合い始めたばかりのカップルに見えてしまうから救いようがない。これが男同士なら薄い本を書く女子達がさらに色めき立ち、一夏に想いを寄せる幼馴染らは彼を衆道から引き離すべく大胆な行動も辞さなかっただろうに。

 ベッドの上で汗だくになりハアハアと息を荒げる二人の男女――と言い表すと誤解を受ける事は間違いないが、とりあえず話題を最初まで巻き戻す事にしよう。

 

「それで、どうして男の格好をしてたんだ?」

「デュノア社の……父の命令だったんだ。突然制服を渡されて『IS学園に転入しろ』って」

 

 物静かな口調で滔々とシャルロットは語り始める。

 デュノア社の現社長と愛人の間に生まれ、ずっと母一人子一人でひっそり暮らしていた事。

 母親の死を機に呼び戻され、本妻からは泥棒猫の娘として目の敵にされている事。

 どれもこれも、一夏を憤慨させるには十分なものだった。

 

「量産機ISのシェアが世界第三位って言っても、結局リヴァイヴは第二世代に過ぎないんだ」

 

 確かにラファール・リヴァイヴはその汎用性から人気が高い。

 だが、各国でのライセンス生産と正式採用で得た利権は、時に慢心と油断を生む原因となる。

 次世代ISの開発に心血を注ぐイギリスやドイツなど欧州諸国に比べ、現在の地位に胡坐をかくデュノア社は技術面で大きく後れを取ってしまい――フランス政府から予算を大幅カットする旨の通達が届いてようやく危機感を抱いた時には、既に経営は崖っぷちにまで追い込まれていた。

 さながら、アリとキリギリス。

 これが戦車や戦闘機、あるいは銃火器などの『一般的な兵器』ならば、市場に食い込んで再起を図るだけの猶予はまだあっただろう。

 しかしISに限ってはそうもいかない。

 ISをISたらしめる中枢――コアの総数が五百にも満たない以上、大衆車のように大量生産の薄利多売で損失を埋める事も不可能。

 残された起死回生の道は、他国よりも先に第三世代機を完成させる事だけだった。

 たとえ、どんな手を使ってでも。

 だから――とシャルロットはこう結論付ける。

 

「ああしろこうしろってはっきりと指示された訳じゃないけどさ、僕をわざわざ男装させて学園に潜り込ませたのも…………多分、隙を見て白式のデータを盗ませるためだと思う」

 

 一夏は絶句した。

 ルームメイトに裏切られたから――ではない。

 何の罪もないシャルロットばかりが苦しむ現実に。

 誰も手を差し伸べようとしない冷酷非情な大人達に。

 到底言葉では形にできないどす黒い『何か』が、身の内で大蛇のように鎌首をもたげる。

 まだまだ未熟で幼稚ではあったが――それはかつて、とある男(・・・・)が世界に対して抱いたのと同質の憤怒であり、自分でも御し切れないほどの激情が荒れ狂う。

 

「もうどうしたら良いか……分からなくなっちゃった」

「シャルル……」

 

 慰めの言葉さえ見つからず、せめて落ち着かせようとシャルロットの震える肩に手を伸ばし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――話は聞かせてもらったぞぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああっ!?」

「きゃああああああああっ!?」

 

 肩に触れるどころか、互いを抱き締めて飛び上がる一夏とシャルロット。

 何の予兆もなく、いきなりベッドの下から緑のマスクに黄色いスーツの怪人がコンニチハしたらそりゃ誰だって驚く。シリアスな場面で心の準備などまるでできていなかったのだから尚更に。

 

「ん゙ん゙~っ!」

 

 関節の限界なんぞ知るかと言わんばかりにぐるんぐるんと身体を回転させて、ポーズを決めたと思ったら何処からともなくスポットライトがビカーッ!!

 

「――絶好調!!」

 

 状況について行けず目が点になる若者二人の前で、緑の怪人は土曜日の夜にフィーバーしそうなハイテンションのまま、時間帯や隣室への迷惑も考えず高らかに叫ぶ。

 何なのか。何なのだろうか。

 いや、正体は問い質すまでもないのだけども。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 大浴場の使用について少年と話をすると山田先生から聞いて、そこでやっと、今日はデュノアの秘密が少年にバレる日である事を思い出した。

 大体この辺り、とおおまかな時期までは憶えているが、流石に詳しい日付や時刻は忘却の彼方でホコリを被り――『しゃるるんの裸を初めて見た日』なんてメモも残してないから、下手をすればこんな面白そうなシーンをスキップしてしまう凡ミスだって有り得た。紳士諸君、イベントCGは忘れずに回収しましょう。

 

「キミが落としたのは金の女の子でぃすかー? それとも銀の女の子でぃすかー? まあどっちも落としちゃうんだけどねー!」

「なっ、いや違っ――先生誤解です! シャルルは男なんかじゃないですよ!?」

「一夏逆だよ逆!」

 

 おうおうおう、よろしい感じに慌てちゃってるねぇお二人さん。ところで……金の女の子一人か銀の女の子五人で大人のオモチャの缶詰と交換してもらえるんだろうか。私だったら交換しないで一緒にいるけど。

 

「別にそんな必死に隠さんでもよろしいって。女の子だってのは最初から知ってたし」

「そう……なんですか?」

「おいおい、これでも軽くオメェらの倍は生きてんのよ? コルセットやサラシ巻いてチパーイに偽装したくらいじゃ私の目は誤魔化せねぇって。何その隠れ巨乳。おチビが知ったら怒りのあまりワープ進化して少年をズタボロにしかねんぞ?」

 

 それはそれで面白そうな気もするが。

 私に指摘されて、やっと大胆に開いていた胸元を隠すデュノアちゃん。その様子をついうっかりガン見して『……一夏のえっち』とご褒美をもらい悶える少年。

 初々しいけれども――しかし、甘い。甘過ぎる。未来のチミ達は人気のない路地裏とかでもっととんでもない事してるぞ? 小さい子どもが見たらトラウマになりかねんゴニョゴニョをな!

 

「織斑先生もおそらく気付いてる。その上で放っているんだろう」

「千冬姉まで……」

「つーか少年よ、こんだけ近くにいて気付かないテメェもテメェだ。どうよこのぱっちりお目々にやーらかいプニプニほっぺに良い匂い。どうして男だって馬鹿正直に信じちゃうかな」

「それは……だって男子の制服着てたし」

「じゃあ私がポンパドゥール夫人みたいなドレス着てたら女だと勘違いするのか?」

 

 うぇっぷ、と男二人で仲良く青褪め吐き気を催す。

 想像しちまったじゃねぇかよ畜生。やれと言われてもやらねぇぞ? やらねぇからな!? 

 

「あー……これ以上考えると気持ち悪ぃから本題に入るぞ」

「思いっ切り脱線させたのは先生ですよね?」

「なーんか仰いましたかスケベ小僧」

「ふぐぅ!?」

 

 そして私はスケベなオッサンです。文句あっか。

 

「じゃあここからは真面目な質問タイム入りまーす。はい姿勢正して傾注!」

「先生が一番真面目じゃない格好だと思うんですけど……」

「黙れ小僧!!」

「ミワさん!?」

 

 二人をベッドに正座させて、ピッ、と人差し指を立てる。中指は立てちゃいけません。

 

「まずは一つ目の問い――デュノアのお嬢ちゃん、キミはさっき『白式のデータを盗めとはっきり指示された訳じゃない』って言ってたが、これは本当か?」

「……はい。いきなり『IS学園に転入しろ』と言われただけです。他には何も」

「なるほど。では二つ目――デュノア社から、私について何か説明を受けたか?」

「学園に軟禁されているとしか聞いてません。でも、正体を見破られる危険性があるからなるべく接触は避けろと言われました。無駄だったみたいですけど……」

 

 命令、ねぇ。

 性別詐称の件はともかく、代表候補生の安全を考慮して、私の罪状と処遇を知るフランス政府もデュノア社に対して警告を送ったはずだが…………こいつは言葉の捉え方の問題だな。

 

「先生、シャルルは父親から道具みたいに――」

「だぁってろ少年。後で気が向いたら教えてやる。三つ目――社長夫人から一方的に敵視されてるらしいが、キミと会って罵ったりする時、社長夫人はどんな顔になる?」

「どんな……って今にも泣いてしまいそうな、とても悲しそうな顔をします。夫が自分以外の女に産ませた子なんだから当然、ですよね……」

「その人の写真とかあったりするかい?」

「……ちょっと待ってください。一年くらい前にパーティーで撮ったのがあるはずです」

 

 デュノアが携帯電話を操作して見せてくれた画像。

 立食形式らしい優雅なパーティー会場で、金を持ってそうな数名の男女がワインやシャンパンのグラス片手に談笑に興じている。

 はい、ビンゴ。

 

「一番真ん中にいる口髭の男の人が父で、その右隣にいる人が――」

「社長夫人ね。ものスゲェ金髪の美人さんじゃねぇのよ」

「はい。父がどうして母とそんな関係になったのか不思議なくらい、綺麗で素敵な人です」

「でも何でこんな写真をシャルルが?」

 

 少年の疑問ももっともだ。

 険悪な関係で上手くいってないのなら、そもそも携帯で隠し撮り(・・・・)する理由はない。

 

「僕もこれに出席してて、その時こっそりとね。一枚だけでも父の写真を撮って、母さんの写真の隣に並べてあげたかったから……」

「……ごめん、無神経な事聞いた」

 

 再び空気が重苦しく濁る。

 だが母親思いなデュノアのおかげで、憶測を確信に変わるだけの大きな収穫があった。

 歯車同士が綺麗に噛み合ったような、パズルのピースが隙間なく嵌まったような――ゾワゾワと鳥肌が立つ感覚が頭の中を埋め尽くす。

 二十年前は気付けなかった真実が鮮明に見えてくる。

 あっはははははは。

 ワタクシただ今スッゲー悪い顔してんぜ多分。元からだから気にすんな。

 

「さて四つ目――最後の質問だ。今ここでとても都合良く、お前さんの抱えている問題がキレーに片付いてしまう夢のような方法を閃いたと言ったら……賭けてみるつもりはあるか?」

「……え?」

「確率的には九割九分。だが絶対じゃあない。もし私の考えが間違っていたら……きっと今よりも辛い人生を歩む事になる。それでも私の賭けに乗る勇気はあるか?」

 

 デュノアは躊躇う。

 躊躇いながら、迷い悩みながら、冷静に『現在(いま)』と『未来(これから)』を天秤に掛ける。

 それからたっぷり十五分は沈黙が続いただろうか。

 やがて彼女は口を小さく開いて、

 

「僕、は……先生を信じて、みたいです。代表候補生から降ろされても良い。卑怯者と言われても構わない。でも僕はまだここにいたい。だからお願いします。僕に――居場所を下さい」

 

 …………うん。

 

「その言葉が聞きたかった」

 

 これで私も、堂々と動く理由ができた。

 やっぱり女の子を助けるためとかじゃないと張り合いがねぇんだよなー。

 

「じゃあ少年、後はよろしく」

「カッコいい事言っといて全部俺に丸投げ!? よろしくって何すればいいんです!?」

「まだ何もしなくてもよろしいんだっつーのアホンダラ。そのオメデタイ頭よーく冷やして必死に詰め込んだテキストの中身を思い出してみやがれ。特記事項を利用すりゃ、少なくとも卒業までの三年間は国も企業もお嬢ちゃんに迂闊に手出しできなくなるだろうが」

「………………あっ! 特記事項第二一!!」

 

 ったくこのスカポンタンめ。

 私はぱっと思い付いたってのに。

 

「……ああそうだ、準備っつーか調べ物にちょい時間がいる。あまり重く考えたりしないで、私が動くまでは学年別トーナメントに集中しとけ。そっちも色々と楽しい事になりそうだからな」

「先生が楽しいって言う時は必ず俺達が大変な目に遭うんですけど……」

「え…………ちょっと早まっちゃった、かなぁ?」

「かははははっ」

 

 言ってくれるじゃないかコンニャロー。

 けどまあ、どいつもこいつも大船に乗ったつもりで安心してなさいよ。

 私が――私達が、必ず助けてやるから。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ピッポッパーのペペポペパー。

 プルルルルーっとな。

 

「――もっしもーし。私ですけどしばらく振り。ああ? ちっげーよワタシワタシ詐欺じゃねぇよ語呂ワリィだろそれ。じゃなくてですね、ちょっとお宅の組織力を見込んで調べてもらいたい事がありやして。料金が掛かる? フォロワー割引とかねぇの?」




今回のリクエストは、

アラクネになりたいさん、サルベージさんより、

・緑のマスクのコスプレ(洋画:MASK)

でした。

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