織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
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登録されてない方のリクは、感想ページにいただいたのを私の方で活動報告のネタ貯蔵庫に名前付きでコピペしてストックします。
なお、未登録の投稿者の分でコピペが済んだものは、返信して数日ほど経ったら感想欄の方は削除するかもです。
感想は感想、リクはリクで分けていただけるとありがたいです。
元々は私が言い出したこととはいえ、いろいろとご面倒をかけてしまい申し訳ありません。
オルコット嬢とおチビがボーデヴィッヒと戦って負傷したらしい。
しかし、けれどもまあ、こちらとしては起きると分かり切っているイベントを改めて報告されただけなので――ああやっぱりなぁ、などと頭の片隅でぼんやり思考を巡らせつつ、すっ転びそうな足運びで知らせに来た同居人の観察を優先する事にした。激しい息遣いに合わせてぽよんぷるんと揺れ震える母性の塊を重点的に。おっぱい県民万歳。
「で、ですからねっ、保健室が怪我して、オルコットさんに凰さんでっ」
「……言わんとしている事はとりあえず分かりましたが――その前に山田先生、まずは深呼吸して落ち着きましょう。はい大きく息を吸ってー」
「すぅー」
「吐いてー」
「はぁー」
「吸ってー」
「すぅー」
「吐きながらちょっと舌を出して、谷間を強調するように両腕で胸を抱えて前屈みになってー」
「はぁー」
カシャッ、と。
――はい、良い画が撮れました。
「はぇ? あ……ああっ!? わわわ私ってばこんなえっちぃポーズをして……!? ダメですよ見ないでください恥ずかしいです早く消してくださーい!」
「それはもったいない! 私はこの写真を家宝にして後世に伝えていくつもりです!」
「そんな事されたら私オバケになって末代まで祟りますからね!? う、うらめしや~って!」
「何それスゲェ! 喜べ私の子孫共、オパーイオバケが夜な夜なやって来てくださるぞー!!」
「どうして喜んじゃうんですかー!!」
感性が子どもに近い山田先生ならきっと、昔話にあるような薄手の白装束(下着なし)で枕元に立ってくれるに違いない。でもって自分が幽霊なのに暗闇を怖がって涙目になるはずだ。
そうなったら生身だろうが霊体だろうが関係ない。
演目『牡丹灯籠』のように幽霊と乳繰り合う話も珍しくないし、和装は貧乳の方がより似合うと言うのが通説だが、個人的には巨乳でも構わないと思う。衣装のサイズが全然合ってなくてお胸が今にも零れ落ちそうになってたら悶死するよ私。でも代わりに女武者スタイルで抜刀済みの姉上が仁王立ちしてたら別の意味で――本当の意味で死ぬかも。
……そろそろ本題に戻さないと山田先生だけじゃなくオルコット嬢やおチビにも悪いわな。
「今回の件について織斑先生は何と?」
「ぁう……いきなりそんな真面目にならないで下さいよ……」
これでも私なりに頑張ってシリアス顔を取り繕ったつもりなのだが、山田先生は頬を紅潮させてもごもごと口ごもってしまう。はてどうしてでしょうかフシギデスネー。
「こ、今度の学年別トーナメントまで私闘を一切禁止する事になりました。ボーデヴィッヒさんと織斑君がまた喧嘩しないようスミス先生にも見張っててほしいそうです……」
「どうせなら大舞台で決着をつけろ、と。監視されてる男に監視を任せるなんて、織斑先生も実は結構参ってらっしゃるようで」
そこんトコどう思うよ、久し振りに物陰で任務中の更識姉。
えぇと何々……『お気の毒に』ッスか?
でも貴女は今からもっとお気の毒な事になりそうよ? ほらまた後ろから近付いて来た怖い顔の布仏姉に捕まって連行されちゃった。ドーナドナ。
「織斑君は家族ですし、聞いた話だとボーデヴィッヒさんもドイツ軍で教官をしていた頃の教え子らしいですから、織斑先生には弟と妹が喧嘩してるように見えちゃうんじゃないでしょうか」
「かはっ、お姉ちゃんの辛いところですなぁ」
昔の私がご迷惑お掛けしてますって事で。
とにもかくにも。
金銀コンビにのみ限定して言えば、未だに大幅な歴史の改変はなし――か。
まあ、データを得られないデュノア社が自棄になって強硬手段に出たりとか、ボーデヴィッヒが責任取らされて軍に帰ったりとか――私の不都合な方向に進むよりはマシだが、望み通りの未来に変えるってのも存外大変だな全く。
だからこそ、やり甲斐があるんだけどねー。
◆ ◆ ◆
「ちわー、三河屋でーす」
「……最近の御用聞きは原付ではなくアイ○ンマンスーツで訪ね回るんですの?」
「どんな紛争地帯よソレ。商魂たくましいってレベル超えてるじゃない」
あーら、お嬢さんズの反応が思ったより薄い。やっぱり怪我人を見舞うんだからBJ先生にしてのほほんさんをピ○コ役に誘った方が良かったかね。あっちょんぶりけ。
甲龍とブルー・ティアーズが守ってくれたおかげか、アザと軽い擦り傷くらいで二人に目立った外傷は見られない。それでも痛みが引くまで安静は必要だし、ISの損傷が激しくトーナメントに出場できないのは二人にとってむしろ幸いだったように思える。
「にしても……吹っ飛ばしたんなら戻していけっての」
保健室のドアだった物体が、役目を果たせなくて打ちひしがれている。
さながらエサ場を求めるヌーの大移動、あるいはバーゲンセールに総攻撃を仕掛ける血気盛んなマダム達を彷彿とさせるぶっ壊し具合だ。
とすると、少年と男装中のデュノアちゃんはさしずめ青々と生い茂る草原か。そう考えると急に自分が安っぽく見えてくる。いやまあ確かに雑草根性丸出しだけども。
仕方なく冷たい床に放置されたドアの嵌め直しを試みるが、みなぎる女子高生パワーに敗北してレールが性根と一緒に歪んでしまったらしく、どうにも素直に言う事を聞いてくれない。
ああもうメンドクセェ、要は元のスペースに収まりゃいいんだ収まりゃ。
「ふんっ!」
メギョッ!!
「…………うーし直った。直ったぞ、うん」
「ドアを直すのに苦労してるアメコミヒーローとかシュール過ぎるわ……」
「しかも最後はかなり強引でしたし。膝蹴りって……」
うっせーやい。
そんな『お父さんって日曜大工ヘタクソだったのね』みたいな目で見るんじゃねぇ。
「少年とデュノアの坊ちゃんはもう戻っちまったのか?」
「……そーよ。一夏ってばトーナメントがタッグマッチだって聞いた途端に嬉しそうにデュノアとペア組んじゃってさ、あたし達なんて眼中にないって感じでさっさと帰っちゃったの! 何よあの薄情者! 死ぬほど女に鈍いとは思ってたけどついにホモにでも目覚めたワケ!?」
おチビ、鈍感は認めるが頼むから同性愛疑惑だけは止めてくれ。
ただでさえ最近女子の間で蔓延してるカップリング論争が『私×少年』と『少年×デュノア』と『私×デュノア』の男色三国志状態に陥って洒落にならんのだから。
「……ホントに嬉しそうだったん?」
「わたくしにはそうは見えませんでしたけど……」
「嬉しそうだったのー!!」
両腕とツインテールをぶんぶん振り回して怒りを露わにするおチビ。
痛くないのかねー、と思いつつオルコット嬢と一緒に眺めてたら『ぴゅい!?』とか頓狂な声を上げて倒れてしまった。時折ぴくりぴくりと身体を震わせているから生きてはいるんだろう。
「もう、鈴さんったら無茶をするから……」
「そう言うお前さんもかなり無茶をしたように見えるが?」
「それは……」
お手製アイア○マンスーツを脱ぎ脱ぎしながら痛いところを突いてやると、おチビの一人芝居に苦笑していたオルコット嬢も日向に置かれた菜っ葉のように萎れてしまう。
その様子から察するに、何故ボーデヴィッヒに後れを取ったのか――その答えを得られないままただ黙って叩きのめされた訳ではなさそうだ。
ふーむ、赤点ギリギリの合格ってトコかね。
《誰にも負けぬ情熱を――しかし己を焼く事なかれ》
未来においてオルコットが至った極致。
明鏡止水にも似た、苛烈でありながら波風一つない水面の如き心こそが、ブルー・ティアーズを理論値以上に使いこなすには必要不可欠な鍵なのだ。
当然と言えば当然だが、オルコット嬢の『鍵』はまだ育ち切っていない。
「何を言われたのか想像はつくがな、安い挑発に簡単に乗せられてどうする。BT兵器が冷静さを欠いたまま操れるような代物じゃない事はキミが一番分かっているはずだ」
「はい……」
俯いたオルコット嬢は掛け布団をキツく握り、己の未熟さを苦々しく噛み締める。
前髪で隠れた双眸からは止め処なく涙が溢れ、か細い嗚咽と共に零れ落ちて布団を濡らす。
その一滴一滴に込められた感情は――怒りか、それとも失望か。
「申し訳ございません小父様。セシリアは御信頼に背きました……」
「…………私に謝る必要なんてないだろ?」
「けどわたくしは教えも活かせずに負けて、小父様の顔に泥を塗ってしまいました! わたくしはわたくし自身が憎くて憎くて堪りません!」
「頑張る女の子の顔に泥塗っちまうよりは何倍もマシだよ」
言って、私はオルコット嬢の頭を優しく抱き締めた。
自分でもらしくもないと思う奇行にレディは一瞬ビクリと身体を震わせるが、やがておずおずと両腕を私の背中に回し、精一杯の力できつく抱き締め返す。
衣服越しにじんわりと伝わって来るのは、冷たくも温かい涙。
両親と死別しなければ。
名家の血筋の重荷を背負わされていなければ。
ISに乗る事を選ばなければ。
この気高くも儚い少女は……一体どんな人生を歩んだのだろうか。
「悔しいと思うのは頑張ってる証拠だ」
「……ぅ」
「泣きたければいくらでも泣きゃあいい。だがこれだけは覚えておけ。子どものように泣き続けて心の中の水が枯れ果てたら――後はもう立ち上がるしかないんだ」
「ぅ……ぁ、あ……ひっ…………ぅぇ……」
「お前は受け入れ、決意し、選択した。だから私が保証してやる」
未来を知る私だからこそ断言する。
「泣いて、それでも立ち上がり続ける限り――お前はまだまだ強くなれる」
頭を撫でてやりながらたっぷり数十分は抱き締め続けて。
ようやっと落ち着いたらしいオルコット嬢はゆっくり頭を離すと、白くきめ細かい指で控え目に白衣の袖をつまんだまま、涙と鼻水でぐっしゃぐしゃな顔で私を見た。
「おじざまぁ……」
「ああもう英国淑女の欠片もねぇな。はい、ちーん」
「ぢーん」
本当に父ちゃんやってる気分だ。足臭くなるのだけは勘弁だなぁ。
「……なーんか一段落したみたいだから言っちゃうけどさぁ」
「ひうっ!?」
……で、そこで痛みから復活したもう一人が口を挟んできた。
我らがステータス――じゃない、希少価値――でもなかった、おチビ(平たい胸族)である。
こっ恥ずかしい場面の一部始終を目撃された事に気付き、瞬間沸騰したオルコット嬢は勢い良く布団を被って天岩戸の真似をし始める。おチビもだけど、そんな急に動いて痛くないんかね?
忘れ去られていたチャイナ娘は私をジト目で見上げて、
「先生も一夏並みに女をたらし込むわよね……」
「少年並みって絶対誉めてねぇよな。んで何さ? そんな『あたしにも……』みたいな顔して」
「だ、誰もセシリアが羨ましいなんてこれっぽっちも思っちゃいないわよボケェ!?」
「今からでも遅くない。すぐに少年を呼び戻して――」
「そうじゃなくてあっち、外! 早く窓見なさい!」
「窓?」
おチビの指差す先、果たしてそこにいらっしゃったのは――
「…………ぅえっはー……」
窓にべったり張り付いてこっちを凝視する、首から下がお姉様のプレデターでした。
特徴的なヘルメットから漏れる荒い吐息が窓ガラスを白く染め上げ、三本の赤いレーザーが私の眉間にしっかりと狙いを定めている。
身悶えするイギリス産の布団妖怪を指してみる――こくりと頷く姉貴。
次に私自身のアホ面を指してみる――力強く頷いて準備運動を始める狩猟者。
手刀で首を切る仕草をしてみた――強く強く頷いて親指を下に向けるモンスター。
はい、死刑判決いただいちゃいました。
「……逃げた方がいいんじゃないの?」
「そーしましょ」
嫉妬に狂った姉ちゃんが窓をブチ破る前に逃亡を図るも、今日も私には『因果応報』と言う名の相棒が付き纏ってくださっているようで。
「うぇーい! ドアが歪んで開いてくれねぇでやーんの!!」
「そりゃあんな強引に嵌め込んだら開かなくもなるでしょ」
押しても引いてもビクともしない。ええいおチビみたいなツンデレかこの可愛い奴め!
反抗期に突入したドアと裏腹に窓はするりと開きやがり、実姉の皮を被ったハンターが音もなく保健室の床に降り立つ。そして私の腕にも鳥肌が立つ。
おチビは顔を背けて耳を塞ぎ、オルコット嬢はまだ布団妖怪で、退路が断たれた私はドアを背にホールドアップして辞世の句を読む。
さあ皆でカウントダウンしよう。
さーん。
にーい。
いーち。
「………………フ、フフ、フフフフフフフ」
あ、肩に手がががががが――
◆ ◆ ◆
……。
…………。
………………。
「残念。ところがどっこい生きてます」
保健室の血痕やら破壊の跡やらを片付けた私は、残るもう一人の泣き虫を探して屋上に来た。
花壇とテーブルをいくつか挟んだ、およそ七、八メートルほどの距離を隔てて。
ドイツで生まれた寂しがり屋な甘えん坊――黒ウサギことボーデヴィッヒちゃんが静まり返った庭園の片隅で一人ぽつんと、まるで都会に馴染めず友達が作れない田舎っ子のように、憮然とした表情のまま両膝を抱きかかえてベンチに座っている。
右に左にゆ~らゆらと身体を傾けて、時々傾け過ぎてバランスを崩し慌てて体勢を戻す。
発見してかれこれ二十分――ずっと同じ事の繰り返しだ。
「…………それ、やってて楽しいか?」
「わひゃあ!?」
驚いて飛び上がってベンチからすってんころりん。
涙目で打ち付けた尻を擦る姿は可愛らしいが、それで良いのかドイツ軍人。
「き、貴様……一度ならず二度までも!」
「はいはいびっくりさせちゃってゴメンナサイネ。いいからそのナイフをしまって座りなさい」
「誰が貴様の命令など――」
「――座れと言っている」
「っ……!?」
雰囲気だけ真似て凄んでみたが、どうやら教官殿の教育は完璧だったらしく――ウサギちゃんは赤い瞳に怯えを湛えながら、油切れのぎこちない動きで私の隣に腰を下ろす。
ふーむ予想以上の効き目。
もっとも、覇王色を使えない私じゃこの程度が精々だが――どちらかってーとエムちゃんの方が脅しの素質があるように思える。名前まで書いて楽しみにしていたプッ○ンプリンを私がうっかり食べちまった時なんか、この世の終わりみたいな死んだ目で威圧してきたからなぁ……。
閑話休題。
借りてきた猫のようにしゅんと大人しくなってしまったボーデヴィッヒに、下の自販機で買った赤いラベルの炭酸飲料をポケットから出して手渡す。
軍用レーションならともかく、ジャンクフードに類する飲食物を好む娘ではない。しかし過度の緊張から水分を欲していたらしく、小さなお嬢さんは何の疑いもなくプルタブに指を掛けた。
その瞬間――
「ふやーっ!?」
缶内部から黒い砂糖水が盛大に噴き出し、無防備なボーデヴィッヒに降り注ぐ。
当然、黒ウサギ部隊でこんな馬鹿馬鹿しいイタズラを考える猛者など――考えたとしてもまさか処罰覚悟で隊長相手に敢行するアホなどいるはずもなく。
缶を持ったまま呆然とするおチビシルバーは、たっぷり時間を使ってようやく人生初ドッキリをプレゼントされた事に気付くと、ハムスターみたいに頬を膨らませながら私に向かってポカポカと拳を振り下ろし始めた。
「んーっ! むーんーっ!!」
「あはははは――あ、止めて、股間は蹴らないで! 急所はアカン急所は!!」
「んむーっ!」
ベンチから転げ落ち、背中に馬乗りになったボーデヴィッヒに叩かれ続ける。
シュヴァルツェア・レーゲンが展開されていないのでまだ洒落で済んでいるが、遊園地に連れて行く約束を反故にして娘に泣き喚かれる父親の気分だ。
「……ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ」
――数分後。
コーラでずぶ濡れの頭や顔を私に拭いてもらいながら、落ち着きを取り戻したボーデヴィッヒは恨みがましい視線をタオルの隙間から覗かせてそう言った。
「ヒヒッ。まさか私もお前さんがあそこまで取り乱すとは思わなかったよ。この前オルコット嬢に叱られたばかりだし、ちょっとばかしやり過ぎたと反省はしてる。けどな――」
油断していたところを力任せに引き寄せ、額を合わせてボーデヴィッヒの目を見据える。
逃げられないよう彼女の首を両手でがっちりと押さえ込みながら。
「――今保健室で寝ている二人はな、お前さんの
「…………」
「ちょっと突き放されたぐらいで誰彼構わず当たり散らすようじゃ一人前にはほど遠い」
「貴様に……何が分かる」
低い声に込められた敵意。
先にナイフを取り上げておいて正解だったなぁ、これは。
「分かるとも。少なくともキミよりはしっかりと現実を見ているつもりさ」
「なら何故あの時私の邪魔をした!? 織斑一夏が教官の足枷でしかないのは明らかなはずだ!」
「確かに少年が原因で織斑先生はモンド・グロッソ連覇を達成できなかった。だがキミは根本的な現実を見落としている」
「……何?」
「あの日、少年が誘拐されなければ――誘拐されたとして織斑先生が救出に行かずそのまま試合に臨んでいたら、果たしてキミは織斑先生と出会う事ができただろうか?」
「っ……」
ボーデヴィッヒは言葉を詰まらせる。
「少年を助ける際にドイツに借りを作ってしまったからこそ、織斑先生は一年もの間教官役として従事する羽目になったんだ。だが救出作戦か、あるいは誘拐そのものがなかったとしたら?」
「それは……あくまで一つの可能性に過ぎない! 現に私は教官と――」
「そう、可能性の話だ。今となっては『かも知れない』で終わりのな。しかし、断言できないのと同じくらい否定できないのも事実だ」
むしろ『誘拐事件』などのファクターがなければ、自国の代表操縦者――世界大会二連続覇者となっていただろう姉さんを今の狭量な日本がそう簡単に貸し渡すはずがない。多少暴論である事は否めないが、ボーデヴィッヒと姉貴の師弟関係はあの事件の発生が大前提だったと言える。
「寝ても覚めても教官・教官・教官と壊れたレコーダーのように喧しいが、お前さんは誘拐された人間の気持ちを――少年の気持ちを一度でも考えた事があるのか?」
「あんな無能な奴の気持ちなど――!」
「じゃあ、ちょっと考えてみよう。キミは今、謎の組織に連れ去られて何処とも分からない場所で拘束されている。当然ISなど持っていないし、他に武器もない。助けを呼ぶ手段もない」
「……織斑一夏と同じ状況か」
察しが良くて助かるねぇ。
「その通り。そして少年と同じように、二連覇確実の大会を放棄した織斑先生が救出に来てくれて一件落着はいオシマイってなる訳だ。さぁて、ここで一つ簡単な質問をしよう。優勝を逃してまで駆け付けてくれた織斑先生に対し、キミはまず最初に何を思う?」
「決まっている。私など助けて汚点を残すより大会を優先して………………まさかっ!?」
とある結論に至り愕然とするボーデヴィッヒ。
「――そう。
「…………だが私は、私は……」
「それでも織斑一夏が許せない――って顔だな。何もいきなり手の平を返して仲良くしやがれとは言わない。ただ、お前以上に不器用で己を許せずにいるガキがいる事だけは覚えておいてくれ」
下らん話を聞かせた詫びにスポーツドリンクを渡すと、いたたまれなくなったボーデヴィッヒはそれを持ったまま脱兎の如く屋上庭園から逃げ去ってしまった。
私もさっさと部屋で休みたいのだが……さっきからこちらを見てらっしゃる誰かさんを無視して帰る訳にはいかんよなぁ、やっぱり。
「姉弟揃って覗き見が好きなんですか? あまり誉められた趣味じゃないですねぇ」
「……気付いていたのか」
「そらまあ、慣れ親しんだ気配だったもので」
物陰から現る姉上様。
痛みを堪えているかのような、悲しみを押し殺しているかのような――普段とまるで違う表情で両肘を抱く立ち姿からは、色濃い疲労がありありと読み取れた。
山田先生の言葉通り、少年とボーデヴィッヒの事で随分と気を揉んでいるらしい。
悩み事ばっかり作って申し訳ねぇですよ、ホント。
「こんなところで油売ってて良いんですか」
「問題ない。雑用は山田先生に任せてある」
「いやそれ問題しかないでしょう」
職場環境の愚痴――と言うほど大したものでもないが、寝る前に山田先生の小さな小さな不満を聞いてあげるのが私の最近の日課になりつつある。でろ~ん、とベッドにおっきな胸を押し付けて脱力する『たれやまだ』を見れるから役得と言えば役得だけど。
「煙草、吸ってもいいですかね?」
「…………学園内は禁煙だ。一本だけにしておけ」
隣に腰掛けた姉さんに申し出ると、意外にもあっさりと許可が下りた。
綺麗な黒髪や服に臭いが染みないよう、少し離れた風下に移動してから火を点ける。お世辞にも美味いとは言えない紫煙が肺を満たし、口や鼻から毒のように漏れていく。
「お前も吸ったりするんだな……」
「吸いますよー? 猛烈に自分が嫌になった時だけですけど」
初めて他人を殺めた時とか、紛争地帯で子どもを救えなかった時とか。
禁煙しようとも思っているが、吸う度に服毒自殺している気分になるから止められない。これも依存症の一種と言えるのだろうか。
半分くらい灰に変わったところで――いきなり何を思ったのか、近寄って来た姉貴は私の手から煙草をむしり取ると、そのまま口に咥えて残りを一気に吸い込んだ。
「っ!? ぐっ――ぐふっ、げほっ!」
「ああもう、初めてなのにそんな吸い方したら咽せるに決まってるでしょ。大丈夫ですか?」
点いたままだった煙草の火を揉み消し、蹲ってげしょごほと咳き込む姉さんの背中を擦る。
「えほっ、これは……酷いな」
「そりゃ味なんぞ期待できない安物ですし、かなり前に買ったヤツの残りですから」
最後に吸ったのだってこの時代に飛ばされる前ですし、とは言わない。
ほどなくして咳は治まったものの、姉貴はベンチに戻らず私の胸にぼすっと顔を埋めてしまう。
「……甘やかしたつもりはない。むしろ嫌われても構わないくらいの気持ちで、私なりにラウラを厳しく鍛えたつもりだった。それがこの有様だ」
「だからと言って、必ずしも間違っていた訳ではないはずですよ。現にあのお嬢さんはドイツ軍が誇るIS部隊の隊長にまで上り詰めた。織斑先生の教えがあったからこその成果でしょう?」
「だが、まず何よりラウラには軍人としてではなく少女としての、子どもとしての生き方を教えてやるべきだった。弟を日本に置き去りにして気が動転していたとは言え、これでは教師失格だ」
「………………」
「辛いよ……」
声が震えている。
姉さんも不安で仕方がないのだろう。
「ラウラは……まだ取り戻せると思うか? 私ではない――本当の『ラウラ・ボーデヴィッヒ』になれると思うか?」
慰めも励ましもしない。
そんな空虚な言葉を望んではいないはずだ。
だから私は――
「…………なれますよ、絶対」
だから私は――それ以上は何も言わなかった。
何も言わず、誰にも甘える事ができず一人苦悩し続ける姉を、ただやんわりと受け止めた。
たまには綺麗なブラックワンサマー。
次からはいよいよ原作第二巻の佳境に入ります。
ランスローの新装備も御目見えの予定です。
今回のリクエストは、
アキさん、童虎さん、アキ二式さんより、
・アイアンマンのコスプレ
八代敬重さんより、
・プレデターのヘルメット
白銀色の黄泉怪火さんより、
・「申し訳ございません小父様。セシリアは御信頼に背きました……」(ACfa:リリウム・ウォルコット)
でした。
誤字脱字などあればそちらも遠慮なくどうぞ。