織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

32 / 46
キリよく纏めようとしたら日数も文字数もいつもの三、四倍くらいに(汗

お待たせしちゃって申し訳ないです。


032. 兎達の挽歌 ― Mad Tea Party ―

『粗雑な木偶人形を提供しくさりやがった店にクレームをつけに行きたいんで、ちょっとドイツに飛んでも良いですか? ボーデヴィッヒのお嬢ちゃんも一緒に』

『……言葉の意味とお前の今の立場を理解した上で言ってるんだろうな? 国際条約違反とは言えドイツ軍直轄の施設に殴り込みをかけるなど、正気の沙汰じゃない』

 

 学園に突如ふらりと現れ、それ以前の経歴の一切が不明。

 おそらく自分以外には作れない装備と性能のISまで所持する男。

 一見すれば他の凡人共より少し頭の切れる、しかし執心するほどでもない変人。 

 前もって情報を得てはいたが、流石の束も当初は彼の存在を半分疑っていた。

 

『女の子が怪我しそうになったのに平然としているのを「正気」と言うなら、確かに私は正気ではありませんよ。大人な対応? 何それ食えるの? だったらそんなもんは犬に食わせとけってね』

『学園に籍のあるラウラは無断外出の反省文程度で済む。だがお前は……』

『問答無用で脱走扱い。他国への明らかな破壊活動ともなれば、平和ボケした日本政府も重い腰を上げざるを得ない。良くて連日連夜の取調べ、下手をすれば独房に逆戻りってトコですか』

 

 転機が訪れたのは一夏と小生意気な金髪の、クラス代表の座を賭けた決闘があったあの日。

 一夏が初陣で華々しい敗北(・・)を飾ったのを見届けて、零落白夜の発動に満足してモニターの電源を切ろうとした。けれど、何故かその日に限ってスイッチに指を伸ばす気が起きず、画策された彼と金髪との一戦をなし崩し的に観戦する事になってしまった。

 結果は……見る価値もなかったとだけ言っておく。まあ、彼が『ランスロー』と呼ぶISの力の一端を確認できただけマシだったが。

 問題はその後。

 ついでに親友の顔も見ておこうとアリーナピットの監視カメラに切り替えると、彼が豚のようなクズ共に詰め寄られている光景がモニターに映し出されたのだ。

 唾を飛ばして罵る豚の群れに対し、彼は口を三日月にして笑った。

 自分が無能に向けるのと同じ表情で邪悪に嘲笑い、殴り飛ばし、そして言ってくれた。

 ISは篠ノ之束の夢を乗せた可能性の翼だ――と。

 それを踏み躙るようなら世界を敵に回し、全てを破壊する事も厭わない――とも。

 

『そこまで分かっているのに行くつもりか? しかもラウラまで連れて』

『……自分が何に利用されたのか知る権利が彼女にはあります。それに、織斑先生に対する憧れをあんな歪んだ形で表してしまった。そのショックと後悔の念はどれだけ大きいものになるやら』

『……だからラウラのために?』

『せめて、ケジメだけでもつけさせてやりたいと思っているんですよねぇ』

 

 親友以外誰も理解してくれなかった夢を、まるで犯すように乱暴に抱き寄せて、有無を言わさず認めてくれて――ああ、これは恋に落とされた(・・・・・)のだと自覚するのに時間は掛からなかった。

 感情のベクトルが一度好意に傾いてしまうともう止まらない。

 監禁された彼を助けるべく各国に自分名義で脅迫メールを送り付け、駄目押しとばかりにコアをいくつか機能停止に追い込んだ。

 仮初めの自由を手に入れた彼に会いに行こうと思い立つも、初恋であるが故にどんな顔で会えば良いのか分からず、恥ずかしさに負けて泣く泣く断念した回数は両手の指より遥かに多い。

 そんな束の気持ちなど知る由もなく、彼の周囲にはいつも自分以外の女がいた。

 彼との関係が日に日に良好になる千冬にハンカチ咥えてキィーッと妬いたり、身体を擦り寄せるイギリスの小娘の馴れ馴れしさに卓袱台をひっくり返したり、彼と仲が良い着ぐるみ娘に対抗して全裸に白衣や手ブラジーンズなどのエロ系コスプレ(?)を試したり、同室になった戦艦クラスのおっぱいお化けに『垂れろ~垂れてしまえ~』と藁人形で呪いを掛けてみたり――これほど他人を羨む日が来るとは思いもしなかった。

 

『ま、今回はボーデヴィッヒのお嬢さんもいますしそこまで無茶はしませんよ。要は私の仕業だと断定される証拠を残さず、今までと同じように泣き寝入りさせれば良いんです』

『………………』

『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。それこそ、私の得意分野だ』

 

 中でも一番耐え難かったのは、学園をこっそり抜け出した彼が『介抱』と称して金髪の泥酔女をその……ゴニョゴニョするために使うホテルに連れ込んだ時だ。

 学園と違って室内を覗けるカメラもなく、監視用のドローンを向かわせようにも何処かの馬鹿な連中が飛ばした妨害電波で上手くいかず、コアネットワーク経由でどうにか映像と音声を拾えたと思ったら中身は顔から火が出そうな十八禁のオンパレード。ノーカット完全版で覗き見して妄想に歯止めが利かなくなり、彼に壊れるまで抱かれる夢を見ながら二、三日寝込んでしまった。

 

『…………分かった、好きにしろこの悪党め。本当にお前も一夏も、どうして私の周りにいる男は心配ばかり掛けさせてくれるんだろうな』

『重ね重ね、申し訳なさ過ぎて言葉もないですよ』

『この見返りは高くつくぞ』

『じゃあ、今度の休みにデートでもします?』

『――っ、ばか…………』

 

 若干ムキーッとなる密室での内緒話を聞けたのは偶然か、あるいは必然だったのか。

 ともあれ何にせよ、VTシステムの一件でぶっ潰す事に決めた研究所に彼も殴り込みを掛けると言うのだから、これはもう神が与えたもうた最大のチャンスと考えるしかない。

 告白からベッドインまで、脳内シミュレーションは完璧。

 身体も念入りに洗い、睡眠も十分に取ってお肌の手入れは万全。

 肝心なところで噛まないよう発声練習もした。

 

「あっ……」

 

 雲が覆い隠す夜空の中、ジェット噴射の赤い火焔が見える。

 さながら、白雪姫を目覚めさせるべく馬を走らせる王子様のように。

 余計なオマケも一人ついてきたけれど――やっと来た。

 彼が、来てくれた。

 

「おーい、おーいっ! あのっ、い、いーくん――」

 

 果たして、気恥ずかしく手を振る人生初デートの乙女(?)目掛けて飛来したのは、

 

「あーらあら敵機発見! 先手必殺!!」

「へに゙ゃあ!?」

 

 顔面への、強烈なライダーキックだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「これはもう裏切りだよ!? ユダ級どころかディーバダッタ級のがっかりさんだよ!? 百年の恋も冷めちゃってパーフェクトフリーズで氷河期突入な仕打ちでごじゃりますよ!? 珍しく色々悩んで頑張った束さんの純情を返せようわーん!!」

 

 問、どうして私ははるばるドイツまで来て説教されているのだろうか。

 答、出会い頭に遠慮なく飛び蹴りを食らわせたから。

 

「うん、意味が分からん」

「束さんだってどうしたら良いか分かんないよコンニャロー!!」

 

 膝をついて喚く無人IS――いや、『無人機』と言うと少し語弊があるか。

 確かに人が乗ってない状態で稼動こそしてはいるが、それを操っているのは優れた人工知能でもVTシステムでもなく、ISの生みの親、篠ノ之束本人なのだから。

 Telexistence――遠隔臨場感、遠隔存在感と訳される技術。

 機体の各種センサーが読み取った情報をオペレーターの五感に反映させ、離れた場所にいながらリアルタイムの操作を可能とする、とどのつまりが一種のバーチャルリアリティ。いまいち想像がつかなければ『ト○コ』のGTロボか『Gガン○ム』の操縦シーンを思い浮かべれば良い。

 もっとも、この時代の科学力じゃ漫画やアニメの実現にはほど遠いが。

 天災たる篠ノ之博士だからこその再現力と言える。

 

「彼女があの篠ノ之博士? 何と言うか、性格が思っていたより……」

「ギャップが凄いか? ほとんど人前に出ないからイメージだけが一人歩きしてるしねぇ。無駄に頭の良い子どもがそのまま大人になっちゃったような人だし……何故そこで私を見るー?」

「あぶぶぶぶぶっ」

 

 失礼な銀髪娘のやーらかいほっぺを両手でモニモニしてやる。着替え途中だろうと知った事か。

 

「ひぐっ、ぐすっ……」

 

 赤いセンサーアイから涙代わりにレンズ洗浄液を流す無人機は、背丈だけならボーデヴィッヒのお嬢ちゃんとほぼ変わらない――ISにしてはかなり小柄な機体だった。剣や銃器類の武装らしい武装はなく、ロップイヤー種を連想させる全長約ニメートルのウサミミを地面に垂らしている。

 童話の世界から抜け出した、篠ノ之印のオーダーメイド。

 とするとやっぱり、敵か味方か確認もしないで蹴りをぶち込んだ私に非があるわな。

 

「しくしくしく、えぐえぐえぐ」

「あー、博士? 謝ります、謝りますから、そろそろ泣き止んでくれると嬉しいんですけど……」

 

 時間も押してるし。

 

「…………博士じゃないもん」

「はい?」

「博士じゃなくて、束って呼んでくれなきゃ許してあげないもん」

「……いや、それはちょっと、これまでの私のアイデンティティが揺らいでしまうっつーか過去の自分に対する誓いを反故にしちゃうっつーか……」

「早くしないと『傷物にされて泣かされた』ってちーちゃんにメールしちゃうぞ!?」

「うーわそれ止めてマジで止めて」

 

 ブレードで名状し難いミンチのようなものにされちゃうから。

 姉ちゃんの場合、んなメールなぞ読まれたが最後――私が学園に戻るのを待たずミサイルにでも乗ってここまで飛んで来るのが容易に想像できちまう。

 だったら、どちらを選ぶか答えは決まっている。

 駄々をこねる子ども大人(無人機)の顎を押さえて真っ直ぐに目を見つめ、この十数年、雑誌の袋とじを綺麗に切り開く時くらいしか使う機会のない真面目な顔で、

 

「…………束」

「はうぅっ!?」

 

 無人機の全身が赤熱してあちこちの隙間から白い煙を噴き出す。オペレーターの感情をここまで人間らしく忠実に表現するとは……無駄に高性能なだけはあるなぁ。

 ぐわんぐわんと左右に揺れた後、たばちゃんはウサミミを支えにしてどうにか立ち上がり、

 

「あ、危うく束さんの頭脳がオーバーヒートするところだった……」

「実際してるよたばちゃん」

「女の部分はもうキュンキュンしてるけどね!」

「はーい小さな子どももいるから早く冷却しちゃいましょうねー」

 

 一応ここ敵地のド真ん前だから。熱探知機でスキャニングされたら一発で発見されるから。

 効果がありそうもない氷嚢を頭に乗せつつ、良くも悪くも兎さんなたばちゃんは言う。

 

「ふ、ふふ、流石は凶悪ジゴロのいーくん。束さんのATフィールドはもうボロボロだじぇ」

「逸般人かと思ったら使徒だったのか? 大体『いーくん』って、いの字の要素は何処よ」

「んー……何となく雰囲気? いっくんはいっくんで、ちーちゃんはちーちゃんだし」

「まあアダ名ってのはそんなもんだろうけど……」

「いーくんの『い』は淫靡の『い』!」

 

 うぇっへっへっ、完全には否定できない自分がいて悲しいぜ。

 にしても薄い本での掛け算ならともかく、私と少年を等号(イコール)で結び付ける物好きなど――それこそ機嫌の直ったこのラビット篠ノ之くらいだけども、付けてもらった呼び名が本名にニアピン過ぎて流石に冷や汗が止まらない。ホールインワンじゃなかっただけマシとも言えるが。

 いい加減、そろそろ本題に入ろう。

 

「で、たばちゃんは何故ここに?」

「もっちろん、いーくんと同じ目的だよー?」

 

 ……じゃなきゃこんな山奥でぼーっと浮かんで飛び蹴り食らったりせんわな。

 場所は南ドイツとオーストリアの国境付近――白髭のおじーちゃんやセント・バーナードと共に暮らす少女で有名な山脈の、どの登山ルートからも意図的に外された一帯。環境保全と言う名目で関係者以外の立ち入りが禁止され、地形図では急勾配の岩肌に囲まれた窪地となっている。

 ところがいざお邪魔してみれば、私ら一行を出迎えたのは大型搬入車両のためにアスファルトでキッチリ舗装された道路と、山を掘り抜いて蟻の巣のように広がる研究所――その正面ゲート。

 

「何だって悪い事してる連中は地面の下に潜りたがるのやら。お嬢ちゃんはここ知ってた?」

「……いいや。こんな施設がある事さえ知らされてはいなかった」

「軍部でもトップシークレットって訳か」

「それで、これからどーすんの? 邪魔されたくなかったから研究所のシステムを全部乗っ取って閉じ込めちゃったけど、面倒だし消火用のガスでも流して駆除しちゃう?」

「逃げられないよう外に通じる出入口だけロックして、残りのシステムは連中に返してやれ」

 

 そうしなければ意味がない。

 

「良いの? 絶対抵抗してくるよ?」

「だからさ。袋の中の鼠共がどうもがくのか――乗り込んで観察するのも面白そうだろ? 奴らが保持する全ての戦力を真正面から踏み潰して、二人で徹底的に心を砕いてやろうじゃないか」

「………………にゅっふふふふふ、くひひひひ――」

 

 一瞬の沈黙の後、無人機たばちゃんは肩を小刻みに震わせて笑った。

 昆虫の足を捩り切る、無邪気な子どものように。

 

「知ってたけど、いーくんって筋金入りの外道だねぇ」

「いやいや、たばちゃんほどじゃあないさ」

 

 着替えを終えたお嬢ちゃんに少し下がるよう指示する。

 ゲートはシュヴァルツェア・レーゲンの砲撃でも撃ち抜けない特殊合金製。重要施設なんだから襲撃に備えて頑丈に作られていると踏んでいたが――期待してたほどじゃあないな。

 光学式儀礼兵装《シュラウド》起動。エネルギーを右腕部に一点集中。

 

「ほんじゃま二人共、ちょっと揺れるから気ぃ付けなよ」

「ぅえ……?」

「やったれいーくん!」

「ノックしてもしもぉーしっ!!」

 

 山々に木霊する轟音。

 右ストレートが突き刺さった箇所を中心として、合金の塊に蜘蛛の巣状のヒビが入る。浸透した灼熱の奔流が内側から食い破り、ゲートを真っ赤に溶けた瓦礫の山に変貌させた。

 

「ようし開いた。突撃隣の晩ご飯!!」

「『ただし今夜が最後の晩餐』み・た・い・なー!!」

 

 意気揚々と正面玄関に踏み込む黒鎧と機械兎とその他一名。

 警報がけたたましく鳴り響き、奥へと伸びる通路を埋め尽くすように、鎮圧用ガードロボットが壁の中からわんさかうじゃうじゃと姿を現す。形は――例えるならあれだ、家電量販店で売ってるお掃除ロボットにカニの足を六本生やして違法スタンガンと銃器を装備させた感じ。

 

「うーむ多脚型か。男のロマンだ」

「けど愛想がないねー」

「でもってあんなところに監視カメラだぜ、たばちゃん」

「あんなところに監視カメラだね、いーくん」

「「…………貴様! 見ているなッ!」」

「『混ぜるな危険』とはこの二人の事を言うのだろうな……」

 

 カメラに同時に指を突き付け、擦り寄るル○バもどきを蹴飛ばしながらイェーイとハイタッチ。

 後ろでお嬢さんが何か言ってるけど気にしない気にしない。

 

「さあ、良からぬ事を始めようぜぇ!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 クラリッサ・ハルフォーフがその研究所の存在を初めて知ったのは、隊長の留守中に上層部から特命として警備任務を与えられた時の事だった。

 部下が揃えてくれた資料にはIS関連、特筆すべき点では搭乗者の操作技術向上に関する研究を行っているとあり、案内役を買って出た若い女性――この施設の最高責任者である所長も、研究が完成すればIS社会は飛躍的な進歩を遂げるに違いないと息巻いていた。

 具体的な内容は分からない。

 案内されたのは所員達が利用する食堂やリフレッシュルームなどの居住区画ばかりで、足の下に広がる肝心要の研究区画には一切立ち入らなかったからだ。クラリッサの胸にある来客用IDでは最上階――第一層での自由しか許されず下層へのエレベーターも動かせない。

 

(用心に越した事はない、と言われてしまえばその通りだが……)

 

 軍人特有の観察眼を持つクラリッサには、違和感と言うか異物感と言うか…………ここの連中が上っ面ばかり取り繕って後ろ暗い秘密をひた隠しにしているように見えるのだ。

 仮にその直観が正しかった場合、下層には一体何があるのか。

 磔にされた第二使徒とかだったら日本通(自称)として是非とも見たいが、ドイツ国民の血税で建造された施設にそんなユーモアを求める方が間違っている。

 

『――ハルフォーフ大尉。目標は隔壁を破りながら依然侵攻中。二分ほどでそちらの視界に入ると思われるので、確認でき次第迎撃をお願いします』

「……了解した。殲滅ではなく捕縛を優先するんだったな?」

『検体は生かし続けた方が長持ちするので、こちらとしては生け捕りが理想的です。特に今回のはとても希少なサンプルですから。でもまあ、死んでしまったらそれはその時考えましょう』

 

 クラリッサは眉をひそめた。

 

「検体、か。聞いていて気分が良くなる話ではないな」

 

 プライベート・チャネル越しに話すこの女が、どうにも好きになれない。

 前世で天敵同士だったのか、単なる自分勝手な嫌悪感なのか――とにかく、友人になりたいとも思わない人種な事だけは確かだ。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

 一人の軍人として与えられた任務の遂行は絶対であり、何より、この程度で精神を乱していては鍛えてくれた教官殿――敬愛する織斑千冬の顔に泥を塗る事になってしまう。

 専用機『シュヴァルツェア・ツヴァイク』を展開し、第二層へ続くセキュリティ・ゲートの前で敵が現れるのをじっと待つ。

 賊は二人、もしくは三人。

 あまりに少数精鋭が過ぎるその侵入者達とは果たして――

 

「あ~る~晴れた~ひ~る~○がり~、い○ば~へつづ~く道ぃ~!」

「に~ば~しゃ~が~ゴ~ト~ゴ~ト~、ウサギ~を乗せ~てゆく~!」

「か~わ~い~いウサギ~、売られてゆ~く~よ~ぃ!」

「かな~しそ~なひ~と~み~で~見~て~い~る~よ~ぅ!」

「ドゥナドゥナドゥ~ナ~ドゥ~ナ~!!」

「Yeah~Ha!!」

「「ウサギを乗~せ~て~ッ!!」」

「…………………………はぇ?」

 

 思わず変な声が漏れてしまった。

 白衣を着た中年の男とウサミミを生やした小柄なISが、ロック調にアレンジした歌に合わせてガックンガックンとヘッドバンギングしつつやって来たのだ――呆気に取られる以外にどうしろと言うのか。おまけに彼らが引く小さな荷車に乗せられているのは、

 

「ボーデヴィッヒ隊長!?」

「クラリッサ!? 何故ここに!?」

 

 変人二名が仔牛ではなくウサギを荷車で運んでいて、それが黒いウサミミリボンを着けた我らが隊長殿で、日本のIS学園にいるはずなのに何故か侵入者扱いで――もう訳が分からない。

 彼らが傍若無人な暴風雨のように通過した後には、無力化された常駐の警備員達と踏み砕かれたガードロボットの破片、ドロドロに溶け崩れた隔壁の成れの果てが無残に散乱している。

 対し、二人と銀髪の少女には傷一つない。

 

「ねぇねぇいーくん、コイツも敵?」

「じゃあないんだな残念ながら。けど邪魔されてもアレだから――」

 

 黒鎧を部分展開した右手がクラリッサの腹部に触れる。

 自然な動きで容易く懐に入られた事に驚く――それよりも早く、触れられた箇所に半透明の鎖が伸びて繋がり、シュヴァルツェア・ツヴァイクは強制的に待機状態へ戻されてしまった。

 

「ほい、返すよお嬢さん」

「あ、あ……」

 

 混乱の極みに達しつつあるクラリッサを尻目に、いーくんと名を呼ばれた男はまるで障子戸でも開けるように片手でセキュリティ・ゲートを引き千切ると、その向こうに並ぶエレベーターの前で足を止めた。そして神妙な面持ちの銀髪少女を優しい手つきで荷車から降ろし、

 

「たばっちゃーん、開けゴマ」

「ほーい」

 

 ウサギISが軽く指を振っただけで従順になるエレベーター。

 システムがあっさり奪取されたと言うのに女所長からの指示はなく、それどころか、この三人と接触した直後からあちらとの通信の一切が途絶えてしまっている。

 

(こちらに連絡する余裕さえないのか、あるいは…………)

 

 自分で見極めて行動しろという事なのか。

 このままむざむざ見逃して任務を放棄するなど、軍人にあるまじき恥ずべき行為。上官の命令は絶対であり、この現場においては所長からの指示が最優先される。

 なのに、頭の何処かで芽生えた小さな疑問が身体の動きを鈍らせていく。

 ここで判断を誤ったらきっと後悔する――そう確信できるほどの直感。

 

「おいおい、考え込むのは後にしてくれよ時間がないんだから。さあ乗った乗った」

「えっ!? ちょっ、ちょっと待て私は!」

「お前さんの任務はこの研究所の警備。今は侵入した私達の迎撃と捕縛ってトコだろ? だったらエレベーターに乗って下に逃げる(・・・・・)私達を追い掛けても――別に不自然じゃあないはずだ」

「物は言い様だよねぇ」

「……諦めろクラリッサ。この二人に逆らうだけ無駄だ」

「し、しかし、いくら隊長が一緒でも敵に同行するなど――」

 

 軍規に反すまいと食い下がるクラリッサだったが、

 

「自分が何を守ろうとしていたのか、知りたくないか?」

「いーくんに捕まって人質にされちゃったって言い張ればモーマンタイでしょ?」

 

 結局、抵抗も空しく彼らの悪魔のような甘言に押し切られ、三人と一体を乗せたエレベーターはゴウンゴウンと重苦しい音を立てて降下し始める。操作パネルの形状から見て、どの階で止めるか指定するにもIDチェックと指紋認証をパスしなければならない仕様のようだが、そんな小細工はウサギISの前では無意味に等しいものだった。

 ウサミミリボンを装備したままの隊長を着せ替え人形にしながら、男は言う。

 

「こっから先は一階ずつシラミ潰しか? ほい、島風ちゃん一丁上がり」

「うんにゃ、残りは全部一番下の階に集まってるよ。途中の階にも撃ち漏らしが何人かいるみたいだけど、外には逃げられないし最後に丸ごとぶっ壊すんだから放っておいても良いよね。あ、同じ眼帯キャラだし木曾とか天龍とかも似合うんじゃない?」

「……この前判断ミスって轟沈させちまったから心の傷が痛むんよ。改二が、私の嫁達が……!」

「おおう、そいつぁ……ご愁傷様でした」

 

 この二人には緊張感と言うものが存在しないのだろうか。けれど、クラリッサもレーベを喪って泣き腫らした苦い思い出があるので何も言えなかったりする。やっとマックスも建造できて両脇に侍らせられると思ったのに!!

 

「何故クラリッサまで泣いているんだ?」

「ぐすっ……失礼しました、ついもらい泣きを……」

 

 未だに過去を乗り越えられず、部隊のボーイッシュな娘にコスプレさせて抱き枕にしているのはクラリッサの恥ずかしい秘密の一つである。

 

「ふむ。上官も部下も、強者も弱者も関係なく、生きとし生けるもの全てに比較する事のできない悩みが存在する、か。やはり私は世界が見えていなかったのだな……」

 

 何やら壮大な哲学に目覚めつつある隊長だが、ぜかましのちょっと大胆な衣装に連装砲ちゃんのぬいぐるみまで抱き締めているため可愛さ爆発で鼻血が出そう。

 

「ところで篠ノ之博士。これから向かう場所に……何があると言うのですか?」

「おやおや、うーちゃんったら知りたがりさんだねぇ」

「うーちゃんって……」

「『ラウラ』だから『うーちゃん』! まあそれはともかくこの下に何があるのか――残念だけど教えてあげられないんだよにぇ。見た方が早いし……束さんにも言いたくない事があるんだよ?」

 

 その言葉を最後に、エレベーターの中を沈黙が支配する。

 男は白衣のポケットに手を突っ込んだまま階数を刻む液晶画面をぼんやりと眺め、篠ノ之博士が操っているらしいウサギISは直立姿勢で微動だにせず、制服姿に戻った隊長は変人が護身用にと渡した拳銃の点検や残弾の確認中。

 主犯格二人の騒がしさが突然消えて困惑するクラリッサだが――かと言って盛り上げられそうな話題もなく、とりあえず気を落ち着かせようと、強制解除されたシュヴァルツェア・ツヴァイクにバグがないかチェックする事にした。

 

「………………いーくん」

「ん?」

「コーヒー飲み過ぎちゃったからお花摘み行っても良い?」

「……一回トイレ休憩入りまーす」

「お、お花摘みだもんっ!!」

 

 本当に……この二人は真面目にする気があるんだろうか。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 束が慌ててトイレ――

 

「お花摘みっ!!」

 

 ――から戻って再びログインした時には既に、彼らはエレベーターを降りて通路で待っていた。

 目であり耳である愛機は米俵のように彼の右肩に担がれ――ロマンチックからおよそ掛け離れた自分の状況に、夢見る乙女(笑)な束は不満を感じずにはいられない。仰向けで天井しか見えない運ばれ方って何だよそれ。

 

「いーくんいーくん、束さん的にはお姫様抱っことかオススメなんだけど?」

「おやおかえり。見かけによらず重いんだから、運んでやっただけでも有り難いと思いなさいよ」

「お、重くなんかないじょ!? これでも他のISより軽いもん!」

 

 釣られた魚のようにジタバタと抗議する束だが、彼はそれを気にも留めずラウラと、まだ難しく考えているらしいクラリッサを連れて、シンと静まり返った白い通路の突き当たり――残り全ての戦力が待ち構えている一室の前まで歩を進める。

 他のどの部屋よりも明らかに大きくて分厚く、一際セキュリティが厳重な扉。

 この先に胸クソ悪い光景が広がっているのを束は知っている。

 

「たばちゃん、鍵、鍵開けてくれ…………たばちゃーん?」

「ふーん。女の子に重いって言う人なんか知らないよーだ」

「……たばえもーん。軽くて可愛くてスタイル抜群で頭が良くて危ない大人の色気を醸し出してる結婚したいヒロインNo.1のたばえもーん、あいつらをギャフンと言わせたいから扉を開けてよー」

「……………………んもー、しょうがないなぁいーくんは」

「こいつ、ちょれぇ」

 

 ボソッと最後に何か言われたような気もするけど、そんな事よりも。

 お願いされるまま指の一振りで煩わしいロックシステムを解除。十字に交差する太い鉄柱が床と左右の壁の中に沈み込み、三層からなる合金製の扉が口を開く。

 暗い室内を淡く照らし出す青白いライト。

 その発光源は――等間隔に並ぶ巨大な試験管だ。

 

「……映画とかで見た事あるなぁこんな光景」

「あー、あったねぇ『マトリックス』とか『バイオハザード3』とか」

 

 様々な機械に接続されたそれらは横に二列、奥に五列の合計十本。

 カプセル内は透明で粘度の高そうな液体に満ちており、銀髪の少女達が幼い身体を胎児のように丸めて浮かんでいる。栄養摂取と排泄用の管、さらに無数の電極を貼り付けられて『子宮』本体と繋がる姿に、束はホルマリン漬けの標本でも見せられている気分になった。

 クラリッサが叫ぶ。

 

「篠ノ之博士、これは……ここは一体何なんですか!?」

「何って見たまんまだよ? 人間を育てている畑。うーちゃんのお父さんでありお母さん」

「はっきり言っちまえばクローン製造施設。んでもってお嬢ちゃんの妹達。七、八歳くらいか?」

「……それで私と瓜二つなのか」

 

 てっきり取り乱すか泣き叫ぶかすると思っていたが、己の『生まれ故郷』を目の当たりにしてもラウラは落ち着いた態度を崩さず、あるがままを受け入れているようだった。

 

『――お気に召したかしら?』

 

 束よりもラウラよりもクラリッサよりも早く――この場の誰よりも気が抜けているように見えた彼が真っ先に反応し、右手がブレるほどの速度で懐から拳銃を抜き放つ。ほとんど同時に銃口から吐き出された数発の弾丸は、けれど声の主の命を奪う事はなく壁や天井を穿つだけに留まる。

 中空にふわりと浮かぶ、髪を無造作に伸ばした若い女。

 彼と同じく白衣姿だが、こちらは如何にも『研究者』な雰囲気を纏っている。

 

『挨拶にしては随分と無礼ね。これだから男は……』

「ハッ! 茶の一杯も出さないで立体映像(ホログラム)で出迎えるような女に、上から目線で偉そうに無礼とか言われる筋合いはねぇな。んで……たばちゃん、キミはそこで何しとんのよ」

「…………いーくんてぇへんだ! これスカートの中まで完全再現!」

「マジで!?」

 

 女のホログラムを真下から見上げてみると、赤いレース地の極薄下着がばっちり確認できた。

 衝撃的な事実を知った彼は何処からともなくプロ仕様の一眼レフカメラを取り出し、女は悲鳴を上げながら慌ててスカートを押さえ、ラウラとクラリッサはシリアスなムードが長続きしない事にガックリと肩を落として溜め息を吐く。

 少しでも優位に立とうと頑張っているようだが無駄な努力だ。

 相手のペースを乱す事において、自分と彼の右に出る者はいないのだから。

 

「所長、ここで行っている研究とは何だ? 隊長のクローンを使って一体何をするつもりだ!?」

「さてはエッチな事するつもりだな!?」

「篠ノ之博士! お願いですから少し黙っててください!!」

 

 怒られたので彼の隣で黙って見ている事にする。

 

『…………ハルフォーフ大尉、こんな結果になってしまって非常に残念です。私はこれでも貴女に期待していたんですよ? そこにいる……「越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)」も制御できない失敗作と違って、貴女はまだマシな方でしたから』

「失敗作、だと? 貴様……!」

『なのに敵を見逃し、一緒にここまで下りて来てしまうとは――ドイツ軍人の崇高な矜持は何処に行ってしまったのやら。オリムラチフユが知ったらさぞかし悲しむでしょうねぇ』

「貴様如きが織斑教官を語るな!」

『銃を振り回すだけの軍人如きが粋がるな!』

 

 見事なまでの売り言葉に買い言葉――シュヴァルツェア・ツヴァイクを呼び出して今にも突撃をかましそうなクラリッサだが、そんな彼女の腕を掴んで冷静に引き止める者がいた。

 ラウラだ。

 

「クラリッサ、ひとまず落ち着け。気を荒げても得る物はない」

「隊長、ですが――!」

「落ち着けと言っている」

「……っ!」

「おおー、今のはちょっとちーちゃんに似てたかも」

 

 副隊長を氷のような視線で沈黙させ、所長と相対すべく前に出るラウラ。

 

「……所長、とか呼ばれていたな確か。では一番偉いらしい貴様に、先ほどクラリッサがしたのと同じ質問を投げ掛けよう。私のクローンとやらで貴様達は何を企んでいる?」

『私の、ねぇ』

 

 宙に映る所長は少女に対し嘲りの笑みを返す。

 

『フフン、まさか……自分がオリジナルだとでも思っているの? お前もベースとなる遺伝子から作られたクローンの一体に過ぎないのよ。と言ってもお前は最初期のシリーズだしそこの人形共に比べたら型は古いから……さしずめプロトタイプと言ったところかしら』

「私の出自など今はどうでも良い。質問に答えろ」

『………………VTシステムに使われた(・・・・)気分はどう? 実験に使って生き残ったクローンはお前が初めてだから、是非とも感想を聞きたいのだけど』

 

 数歩下がった束の目には、ラウラの小さな背中しか見えない。けれども――血が滴り落ちるほど強く握り込んだ拳から、今の彼女の心情は容易に窺い知る事ができた。

 未熟ながらも荒々しい、まるで癇癪を起こした子どものような憤怒。

 

「レーゲンにあれを仕込んだのは貴様達か。誰がそんな事をしてくれと頼んだ? あのまま暴走が続いていたら誰かを殺してしまう可能性だってあったんだぞ!?」

『研究に犠牲は付き物よ。たかが学生教員の一人や二人や十人や百人、手に入ったデータの価値を考えれば些細な代償に過ぎないわ。どうせ死ぬのは平和ボケした国の赤の他人なんだから』

 

 ラウラの怒りなど意にも介さず、女所長は得意げに語る。

 聞くに堪えない幼稚でお粗末な理想論を。

 

『このIS社会が更なる発展を遂げるためには、導き手となる頂点が――オリムラチフユの存在が必要不可欠なのよ。彼女が持つ気高い精神、見た者を惹き付ける品位、カリスマ性、そして何より他を寄せ付けない圧倒的な強さ! VTシステムが完成して全ての再現が可能になれば、見上げて憧れるだけだった世界最強の高みに手が届く! 私の言ってる事をちゃんと理解できているかしらお馬鹿な失敗作ぅ? 私達は進化する……オリムラチフユになれる(・・・・・・・・・・・)のよ!!』

 

 ……馬鹿馬鹿しい。呆れ果ててからかう気にもなれない。

 この程度で躍起になっている無能の凡人が、あの親友と同じ頂に立つだと?

 性質の悪い冗談にしても分不相応が過ぎる。

 それでも侮辱に耐える事ができたのは、自分以上にブチキレている者がいたからだ。

 

(こっちもこっちで、本気で怒ったちーちゃんそっくり)

 

 黙々と携帯を弄る様子はあくまで自然体だが、しかし彼は怒っている。

 怒鳴るでもなく物に当たり散らすでもなく、やたら鋭い歯牙を剥き出しにしてただ静かに笑みを湛えているだけだというのに――般若の面を思わせるその凄絶な笑顔が、波乱万丈な束の人生でも数えるほどしかない『恐怖』の記憶を呼び起こす。

 

「嘘だな」

 

 笑顔のまま彼は言った。

 独り言でも呟くように、しかし全員の耳に届く声で。

 

『……何ですって?』

「自分じゃ気が付いてないかも知れないが……お前さんのキレーな顔な、織斑千冬と口にする度に目元がヒクつくんだよ。本当はあの人の事が嫌いで嫌いで仕方がないんだろ?」

『…………』

「ふん、図星か」

 

 彼は言うなれば『蛇』だ。

 霧のような言葉の劇毒で弱らせ、心骨を容赦なく粉微塵に締め砕き、絶望に崩れ落ちたところを頭から丸呑みにする――獲物に対して一切の慈悲を与えず食らう大蛇。

 既に独壇場と化した舞台で、鎌首をもたげた怪物は毒を吐く。

 巣の奥で怯えるネズミを溶かし殺すために。

 

「所長さん、お前はさっきこう言ったよな? 私達は進化する、織斑千冬になれる(・・・)――と」

『そ、それがどうしたって――』

超える(・・・)、とは言わないんだな」

 

 その一言は心臓を抉る牙であり刃であり、楔だった。

 女所長は目に見えて動揺し、彼は笑みを深めてさらに続ける。

 

「既に存在するどれよりも優れたモノを創り出す。それが科学者の肩書きを持つ人種に定められたルールであり存在意義であり誇りであるはずだ。なのにお前さんは『なれる(・・・)』と言った。これから猿真似をすると嬉しそうに言い切った」

 

 ホログラムの質が良過ぎるせいなのか、土気色になって脂汗を幾筋も流す所長の顔がはっきりと識別できる。それはすなわち、彼の毒が全身に回り始めている証拠に他ならない。

 束でさえ気にも留めなかった小さな精神の綻びを、蛇の眼は見逃さなかった。

 

「社会の発展のためとか人類の進化のためとか、テメェの中にあるのはご大層で万人受けしそうな大義名分なんかじゃなく、モンド・グロッソで織斑先生に敵わなかった自分(テメェ)の劣等感を誤魔化して正当化しようとする――ただの見苦しい虚栄心だ」

『……こ、のっ――』

「女は男よりも理知的で、合理主義かつリアリスト。一般にはそんな事を言われているけど、私はそう思ってない。お前ら女とやらのお題目は、結局のところ感情論に過ぎないのさ。疎外が怖くて流されるままの奴ら然り。優越感に酔って下らん因習を謳う奴ら然り。そして当然お前然り。別にそれが悪いとは言わんがね、敢えて一つ言わせてもらおう」

 

 蛇の化身は大仰な動きで両腕を広げ、カクンと首を傾けて、

 

「……お前らはアホか?」

 

 およそ人間らしからぬ毒の舌を伸ばす。

 

「何だそりゃ? 私には欠片も理解できないな。自分の人生、赤の他人と同じ道を進んで一体何が楽しい? 一人で自分を維持できないなら、端から生まれてこなけりゃ良い。生まれちまったなら死ねば良い。とまあ色々と理由はあるが、噛み砕いて言っておく。要するに、織斑先生に執着するお前はすごく目障りで気に食わない…………何だ、私も結構感情的な理由だね」

『……だったら、だったらそのガキはどうなのよ!? そのでき損ないもオリムラチフユの強さに惹かれて結局はVTシステムに頼った! 私と何も変わらないじゃない!!』

「一緒にするな、馬鹿」

 

 ラウラの頭を優しく撫でつつも、彼は追撃の手を緩めようとはしない。

 

「超える事すら諦めやがったお前と違って、この娘は『自分』になる事を選んだ。誰かの模倣でも劣化コピーでもない、ラウラ・ボーデヴィッヒとして生きる道を選んだ」

『それはクローンで! でき損ないの失敗作よ!』

「誰が生物兵器の話をしろって言った!? 今はこの可愛い女の子(・・・・・・)の話だろうが!!」

 

 耳障りな戯言を一喝で黙らせ、煙草に火を点けながら、言い放つ。

 

「心の底から笑って、恋をして、怒って甘えて支えて愛して悲しんで――精一杯幸せに生きる事ができればそれは立派な人間(おんな)だ。テメェの狂った物差しで完全だの不完全だの決め付けんじゃねぇ」

『造られた人形風情に恋をするですって!? 本当に幸せになれるとでも!?』

「なれるさ、ああなれるとも。確かに、この娘が惚れたクソガキは曲がる事を知らない単純馬鹿で女心の分からん朴念仁だが、私やお前のように誰かを不幸にする汚い人間じゃあない」

 

 ああ……やはり彼は同じだ。

 道化と毒蛇を演じる仮面の下に、親友やその弟と同一の心を秘めている。

 それぞれ生きる世界が『(シロ)』であるか『(クロ)』であるか――ただそれだけの小さな違い。もし仮に立ち位置が逆だったとしても、彼らはまるで鏡写しのように肩を並べて在り続けるだろう。

 そう確信できるほどの黒と白の表裏一体。

 

『何よ……何者なのよ貴方は!?』

「通りすがりのテロリストだ。覚えておけ!!」

 

 そして姿を現す黒灰の騎士。

 琥珀色に燃える虎の毛皮を揺らめかせ、黒槍の切っ先を女へ突き付け嗤う。

 

「――さあ、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう! 小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」

『…………殺す、殺してやるわ、殺した後で細胞の一片までバラバラに解剖してあげる!!』

 

 声を荒げる所長。それに呼応するかのように奥の壁が吹き飛ばされる。

 瓦礫を蹴り砕きながら室内に踏み込んできたのは、鈍刀を引っ提げた三体の紛い物。

 親友を粗雑に真似た唾棄すべきVTシステム――見ているだけで虫唾が走る黒人形は即座に彼を敵と認識し、少女達が眠るカプセルを破壊しかねない勢いで刀を振り回す。

 

「……ちっ」

 

 性能差から考えれば三対一だろうと十対一だろうと彼の勝利は揺るがないが、しかし予想に反し戦況は防戦一方の様相を呈している。

 三方からの刺突斬撃を最小限の動きで受け防ぐ彼――その体捌きは不自然にぎこちない。

 苦戦する騎士にラウラが吠える。

 

「何故反撃しない!? 貴方ほどの力があれば――!!」

「……したくてもできないんだよ。いーくんのあの武器じゃ、反撃したら周りにいるあの子達まで怪我しちゃうかも知れないからね。それが分かってるから奴らはカプセルまで狙ってる(・・・・・・・・・・・・・)んだよ」

「そんな……」

 

 あの三機のコアを停止するなり全システムを奪うなり、援護の手段がない訳ではない。

 だが、それでは彼が信条とする『悪党殺しの定義』――相手の全力を真っ向から叩き潰す流儀に水を差す事になってしまう。

 故に束は静観する。

 求められたら何時でも応えられるよう、準備を万全に整えながら。

 

『あっはははははは! そうよねぇ! 優しい優しいテロリストさんは女の子を見捨てたりなんかしないものねぇ! ついでに教えといてあげるけど、そのモルモット達はまだ不安定で外に出たら五分と生きられない身体なの! 大事な実験体を守ってくれてどうもアリガトウ!! カプセルが壊れないよう盾になって嬲り殺されてしまえ!!』

「子どもを人質にするなど……所長、貴様それでも女か!? 恥を知れ!!」

『黙れ失敗作! アイン、その目障りなガキを狙いなさい!』

「隊長!?」

 

 一番目(アイン)と呼ばれた模造品がラウラに狙いを定め走り迫る。

 残りの二機からカプセルを守る彼は動く事ができず、ツヴァイクを呼び出したクラリッサや束が助けに入るには取り返しのつかない距離がある。

 このままではラウラが凶刃の餌食となるのは明白だが――

 

「誰がンな事させるかよ――《矛盾(パラドクス)》!!」

 

 それを覆すのが彼だ。

 拡張領域より召喚されるは巨大な円形盾(ラウンドシールド)

 ラウラの前に一瞬で飛んだそれは彼女を守護する壁となり、のみならず、盾表面に彫り込まれた女の魔眼が輝きを放ち――刃を振り下ろす寸前のアインをその場に縫い止めてしまう。

 

「これ、は……」

『AICをシールドビットに組み込んだと言うの!? まさかそんな、二機を同時に相手しながらそれだけの力を使えるだなんて……! 起動するにもかなりの集中力が必要なはずよ!?』

「女の子のためなら不可能の一つや二つブチ破るのが男って生き物なんだよ。記憶したか?」

「……いーくんらしいなぁ」

 

 本当に、驚かされてばかりいる。

 AICとBT兵器を融合させるとは――プラモデルの改造じゃあるまいし、考え付いたとしても本気で作って実戦で使いこなす馬鹿は彼くらいのものだ。

 

「たばちゃん、調整(・・)頼む!!」

「おっまかせあれっ! いーくんとの初めての共同作業だぜぃ!!」

 

 調整。

 その言葉が意味するのは――未だ人として扱われない少女らの解放。

 もはや何度目かも分からないシステムの掌握により、研究所のありとあらゆるデータが束の下に集約する。その中には眠る少女達の生体情報も当然含まれており、成長過程から投与された薬物の種類に至るまで全てが記録されていた。

 いくら束でも、つい数分前に会ったばかりの人間を十人一度にチェックする事は難しい。

 だが、彼女達の『設計図』とも言えるデータが手元にあるのなら――

 

「……うん、何時でもOKだよ!」

「よっしゃ、片っ端からやってくぞ!」

「ほらほらさあさあっ! せっかくいーくんがISを組み立て直してくれたんだからうーちゃんも早く手伝う! はーちゃんもボサッとしない!」

「組み立てたって、何時の間に……」

「はーちゃんって私の事ですか!?」

 

 彼から預かっていた黒のレッグバンドをラウラに投げ返し、すぐに調整作業へ戻る。

 

「黒は良い、黒は……だが、乗り手がな! 気に入らねぇ!!」

 

 しつこく攻め続ける二機――おそらく呼び名は二番目(ツヴァイ)三番目(ドライ)――の一瞬の隙を突いて腹を蹴り飛ばし、黒灰色の騎士はパラドクスを呼び戻す。しかもただ呼び戻すのではなく、原型を留めない大質量の黒い流動体(・・・・・)に変化させ、空中に固定していたアインを巻き込んでの帰還命令だ。

 

『BT兵器じゃ……なかったの!?』

「だぁれがそうだと仰いましたぁ!? こいつは遠隔操作できる可変式多機能武装だよ!」

 

 与えられたイメージを忠実かつ的確に遂行し、体勢を立て直そうとしていたツヴァイとドライにアインを激突させる流動体――パラドクス。

 主人の手に戻り武装としての形を再構築するが、しかしそのシルエットは盾ではない。

 凶悪も凶悪、並みのISなら一薙ぎで両断できそうな大鎌(デスサイズ)だった。

 

「んじゃ一丁、キャベツ畑のコウノトリと参りましょうか!!」

 

 下から上へ抉るように、禍々しい曲刃が近くのカプセル二つを根本から『収穫』する。

 産声代わりに鳴り響くのは、中身を失ったガラスの子宮が砕け散る音。

 保護液と共に零れ落ち、姉にしっかりと抱き止められる幼い少女達。

 束の施した調整はあくまで現状を打破するための一時的な応急処置に過ぎないが、呼吸も脈拍も安定しているのですぐに死んでしまうような事態にはならないだろう。

 

「うん、この子達は大丈夫だよいーくん!」

「素晴らしい、ハッピーバースデー! 終わったらケーキでも焼いてやらなきゃなぁ!!」

『有り……得ない、有り得ないわ絶対!! そいつらを造り出した私達でもホルモンの分泌配分や細胞の分裂速度の調整にはかなりの時間が掛かるのに、そ、それをこんな簡単に…!!』

 

 絶対に有り得ない? 自分達でさえ時間が掛かる?

 この凡人は一体誰を相手にしているつもりだったのか。

 

「ふん…………舐めるなよ無能。私は篠ノ之束だぞ(・・・・・・・・)?」

『っ!!』

 

 女所長が無様にたじろいでいる間も彼は忙しなく立ち回り、実験動物の世界から少女達を次々に解放してはラウラとクラリッサに投げ渡していく。

 三体の模造品も命令に従って彼を迎撃するが、モーニングスターに形状変化させたパラドクスで床に叩き付けられ、どうにか起き上がったところを斬馬刀で薙ぎ払われ、斬られ、突かれ、殴られ蹴られ、最後の一人が救出された時にはどの機体も立つのがやっとの状態となっていた。

 

『まだ……まだよ!! まだ私達は――』

「いや、もう終わりだ」

 

 じゃらりと擦り鳴る鎖の音を、束も確かに聞いた。

 音の発生源は彼の黒い右腕。指を伝うように半透明の鎖が伸びて人形の腹に繋がり、かと思った次の瞬間に問答無用で強制解除を実行――後には無造作に転がるコアが三つと、身も心も酷使され力尽きた操縦者達だけが残った。

 

「効果が出るまで十秒弱……こりゃ手練れにゃ使えんな。ま、雑魚相手には丁度良いか」

 

 流動無形の魔眼の盾と、獲物を支配する傀儡の鎖。

 IS世界の常識を根底から覆し踏み躙りかねない彼の装備に、女所長はもはや声を発する事すらままならず、パクパクと酸欠状態の魚のように口を開閉するばかり。

 地下に巣食うネズミの四足は断ち切られ、息の根を止め丸呑みにするべく、大毒蛇は崩れた壁のさらに奥へと身をくねらせる。

 

「ま、待って、私も行く!」

「うーちゃん。お前が今しなきゃならんのは妹達の面倒を見る事だろ? それに悪いが、ここから先はR指定だ。過激なシーンがございますので見るのも聞くのも『黒ウサギちゃんをもみくちゃに愛でる会』名誉会長のこの私が許しません! んじゃたばちゃん、その子ら外に運ぶのよろしく」

「ふんとにもー、ウサギ使いが荒いんだからいーくんは」

「ハートの女王さんよりはマシだと思うがねー」

 

 そう彼は言い残すと、つい今し方までの邪悪な雰囲気は何処へやら――それこそ時間に追われる時計ウサギよろしくスタコラサッサと穴の向こうに消えて行った。

 

「ういさー、したらばお外にレッツラゴーだじぇ! お家に帰るまでが遠足ですよー!」

「……これが遠足なら、世界大戦だって小学校の運動会に成り下がりますよ、博士」

 

 未だに起きない少女達を手分けして抱きかかえ、意気揚々と地上を目指す。

 カメラの映像やら通信記録やら、ついでにドイツ軍と政府のコンピューターにも特製ウィルスをばら撒いて――彼や束、ラウラやクラリッサがいたと分かるような証拠の完全削除も忘れない。

 その過程で、とある部屋のとある音声を拾ったのだが、

 

『――ではではではではそれじゃあまあ、素敵で愉快な大人のお医者さんごっこを始めましょうかネズミのクソ共。殺して解して並べて揃えて、下水の底に晒してやるよ』

 

 まあ、これは気にしなくても良いだろう。

 足の下から聞こえてくる地獄のような断末魔の叫び声。しかしその耳障りな雑音は束が鳴らした非常ベルによって掻き消され、幸いにもラウラやクラリッサが気付く事はなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「とりあえず、この子達は束さんが預かって面倒見るね。長生きできるようにラボでもうちょっと調整し直さなきゃだし。いーくんと束さんのベイビーちゃんだと思って大事に育ててやるぜぃ!」

「まあ、うん、常識的な範囲で頼むッス」

「ウッサッサー、この貸しはおっきいよー? 見返りに何お願いしようかにゃー?」

「私のできる事なんてたかが知れてるんで、お手柔らかに」

 

 ネズミの駆除を終え、研究所全体を圧し潰して全てを片付けた私ら一行。

 回収用リトルニンジンロケットが待機した地点に仲良く移動し、白いソーセージと自動車産業で有名な街の夜景を遠目に眺めながら、たばちゃんと今後について話し合う。

 しっかし……死ぬほど眠い。

 やっぱ三十路も半分過ぎると夜更かしが辛くなってくるわー。

 

「…………はひわふひひろはへるはへー」

「欠伸しながらじゃ何言ってるか分からないよ、いーくん」

「とにかく一度帰るかねーっつったのよ。私はいくらでも好きなだけ居眠りできるけど、あちらのお嬢ちゃんは明日も学校だ」

「もうとっくに『今日』だけどね」

 

 向こうで副長さんと何やら話し込んでいるうーちゃん。

 とても真面目な顔で感心したようにしきりに頷いている――また副長さんに余計なオタク知識を詰め込まれてるなありゃ。少年もお気の毒に…………って、あ、こっち来た。

 

「部下と連絡が取れました。迎えのヘリが三十分ほどで到着するらしいので私はそれに。お二人と隊長も早くここから離れた方がよろしいかと」

「ふーん。だったら――」

「――お言葉に甘えてそうしますかね。目撃者は少ない方が良い」

「クラリッサ……皆を頼むぞ」

「はっ! お任せください!」

 

 敬礼する副長さんを残し、たばちゃんロボは少女達と一緒にニンジンの中に。私はうーちゃんを胸部に収納して再びナスロケットを背負う。

 改めて見ると、とんでもなくベジタリアンな光景だわね。

 

「いーぃくぅーん! まったねー!」

「まったねー!」

 

 具体的には臨海学校の時に、今度は生身でねー。

 お姉ちゃん達用にバウムクーヘンとソーセージとビール、ザワークラウトも買ったし、さてさてチャッ○マンを取り出しまして――点火!

 

「にゃああああああああああっ!?」

 

 わーい、今度は上手く動いてくれたぞーっと。

 ……ところで。

 うーちゃんの私を見る目が少し変わったような気がするのだが、ドウシテナンダロウネー?

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 シャルロットとの嬉し恥ずかし混浴体験+αから一夜明けて。

 天国から地獄とばかりに、織斑一夏は朝っぱらから命の危機に瀕していた。

 

「鈴、待て! 落ち着けって!!」

「問答無用!! 死ねっ!!」

 

 デュノアくんは実はデュノアさんだったんだよーの眠気が吹っ飛ぶサプライズに始まり、直後に誰かが一夏達の大浴場の使用に気付き、耳聡く聞きつけたセカンド幼馴染が衝撃砲持参でご登場。

 もしあの時邪魔が――もとい、常識あるオジサンに不純異性交遊を窘められなかったら。

 そう考えると言い訳にも力が入らず、暗殺された某首相のように『話せば分かる』の一点張りで押し通すしか生存の道は残されていない。もっとも正直に話したところで、コンビナートの火災に余計なガソリンを撒く結果にしかならないのだが。

 キュインキュインキュインキュイン――と不可視の砲身が死へのカウントダウンを刻む。

 明日の朝刊の一面を飾る自分の死亡記事が一夏の脳裏を過ぎり――

 

「少女の想いを伝えるために、出席日数を稼ぐために! 学園よ、私は帰って来たらばっ!?」

 

 ラウラを抱いて窓から飛び込んで来た変人にフルチャージの砲弾が直撃し、吹き飛ばされて教室後方の壁に大の字でめり込んだ。

 寸前に放られたラウラは一夏が反射的にキャッチしていたため、あれだけ凄惨な事故だったにも関わらず、安らかな寝息を立てる彼女には傷一つ付いていない。

 乙女パワーによる騒乱に混沌の権化が追加されてもう何が何やら。

 と、その騒がしさで起きてしまったのか、ラウラは幼子のようにこしこしと右目を擦り、自分が一夏に抱えられている事を寝ぼけ顔で確認すると、

 

「あ、ラウラ起きたか! い、今ちょっと大変で……むぐっ!?」

 

 一夏の唇に、何の前置きも断りもなく吸い付いた。

 箒がわなわなと肩を震わせ、セシリアが上品に口に手を当て、鈴が怒りを一瞬忘れるほど呆気に取られ、シャルロットが笑顔のまま殺気立ち、のほほんさんが瀕死の変人を棒で突っつき、その他大勢のクラスメイトが興奮だったり悲嘆だったり絶望だったり――十人十色の表情を浮かべる。

 そんな坩堝の中でじゅるりくちゅりと唾液を混じり合わせるラウラ。

 ようやく唇を離した彼女は一夏の顔を指差すと、まだ眠気が残る声でぼんやりとこう言った。

 

「…………嫁」

「は? え? 婿じゃなくて?」

 

 ある意味的を射ているリアクションはさておき。

 朴念仁の腕の中から何時の間にか抜け出したラウラは、乙女達の間をふらふらと揺れる足取りでモーゼさながらに割り進み、変人の白衣の中に潜り込んで猫のように丸くなる。

 そして甘えた声で、さらなる混乱を招くメガトン級の爆弾を投下するのだった。

 

Vater(おとーさん)……」

「ふぁっ!?」

 

 予想外の流れ弾に飛び起きる変人。

 彼にとっての不運は、ドイツ語の分かる生徒がこのクラスにもいた事だろう。

 

「ねえ、ボーデヴィッヒさん今何て言ったの?」

「聞き間違いじゃなかったら……『お父さん』って」

「ええ!? あの二人そういう関係だったの!?」

 

 新たな火種を投げ入れられて少女らはキャアキャアとヒートアップするが、当事者の一人である一夏はそれどころではない。

 

「「「一夏ぁ……?」」」

 

 真剣を抜き、衝撃砲を構え、杭打ち機を起動させる阿修羅が三人。

 あんな物を三連続で食らったら死ぬ。間違いなく死ぬ。

 助けを請おうと変人の方を見やるも、

 

「おおお織斑先生、目が怖いんですけど!? オルコット嬢もそれ人に向けちゃアカンて!」

「ふ、ふふふふふ、たった一晩で随分と仲良くなったじゃないか、んん? いやいや、私は決して怒っている訳じゃあないんだ。ただちょっと、近付き過ぎじゃないかと注意したいだけでな?」

「ええ、ええ、ボーデヴィッヒさんが凄く羨ましいとか、わたくしにはしてくださらないのにとか思っている訳ではないんですのよ?」

「じゃあこのブレードとライフルは何なんですかねぇ!? 完全に殺る気じゃないの!!」

 

 あっちはあっちで首筋ギリギリの白刃取りと照準を眉間から逸らすのに忙しく、一夏の事にまで気が回らないらしい。

 退路は完全に断たれた。

 キスされたのは事実だから弁解の余地すらない。

 

「「「さあ、覚悟は?」」」

「…………い、痛くしないでね?」

「「「無理っ!!」」」

 

 人工島に建てられたIS学園。

 本日は予鈴の代わりに、スプラッターな効果音と男二人の絶叫が木霊したのだった。




オジサマーがお父サマーになりました。
長かった原作二巻もようやく終わりを迎えました。次回は三巻との間の、残りの宿題を片付けるみたいな感じでシャルのお家事情を何とかする話です。

 今回のリクエストは、

 首輪つきさん、月読神無さんより、

・「バレなきゃ、犯罪じゃないんですよ」(這いよれニャル子さん)

 クアンタズムさんより、

・「さあ、よからぬことを始めようぜぇ!」(遊戯王ZEXAL:ベクター)

 がんにょむさんより、

・「こいつちょれぇ」(とある:木原?)

 神薙之尊さんより、

・「キミら女とやらのお題目は~(細部改変)」(PARADISE LOST:ジューダス・ストライフ)

 きょ~へ~さんより、

・「通りすがりのテロリストだ。覚えておけ!」(仮面ライダーディケイド:門矢士)

 めんどくさがりやさんより、

・「さあ、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう」(Dies irae:メルクリウス)

 アイリアスさんより、

・「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタふるえて命乞いをする心の準備はOK?」(ヘルシング:ヤン、ウォルター)

 あだちさんより、

・「記憶したか?」(KH2:アクセル)

 昆布さんより、

・「黒はいい。黒は……だが、乗り手がな!」(ビッグオー:ロジャー・スミス スパロボにおける戦闘会話)

 なーき2号さんより、

・「すばらしい! ハッピーバースデー!」(仮面ライダーオーズ:会長)


 ROIさん、suzuki00さんより、

・「ここからは、R指定だ」(DMC:ダンテ)
・「悪いが、ここから先はR指定だ」

 八代敬重さんより、

・「殺して解して並べて揃えて晒してやるよ」(戯言シリーズ:零崎人識)

 あささんより、

・「○○よ私は帰ってきた!」(機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY:アナベル・ガトー)

 尚識さんより、

・島風のコスプレ

 でした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。