織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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本当にお待たせしました。

この季節になると忙しくなる仕事なもので……。

あとはブレイダーの育成に忙しくて(オイ

てな訳で36話、始まりまふ。


036. 修羅場Lovers

 女が男二人に挟まれて『嬲』と読むが、男が女二人に挟まれても『嫐』と読むらしい。

 親友などが聞いたら血の涙を流すか絶叫するかして羨ましがりそうな――けれど常人の神経ではとても耐えられそうにない空気漂う光景を眺め、一夏はふと、そんな益体もない事を思った。

 

「……おい鈴、あんまり押すなよ気付かれるだろ」

「そんな事言ったって狭いんだから仕方ないでしょ!」

「シーッ、静かに。先生耳も良いんだから聞こえちゃうよ」

 

 店員や客に不審な目で見られながら物陰に潜んで追跡する一夏、鈴、シャルロットの三名。

 彼らから二十メートルほど離れた場所で、そこそこ年のいった白衣の男が金髪縦ロールの少女と黒髪の女性に両腕を引っ張られている。

 ジョン・スミスだの田中太郎だのハンス・シュミットだの――偽名がすっかり定着してしまった我らが変人先生だが、流石のあの人も額に『♯』マークを浮かべたセシリアと姉には完全降伏するしかないらしい。処刑台に送られる囚人のように見えるのは……多分一夏の気のせいではない。

 

「何気にさ、先生ってあの二人の言う事には従ってるよね」

「波長が合うって言うか、単純に頭が上がんないんじゃない? 何だかんだで馬鹿やったあの人を止めたり叱ったりしてるのってほとんど千冬さんかセシリアだし」

「あとは山田先生くらいだもんなぁ。千冬姉達に比べたら効果は薄いけど」

 

 容疑者の連行か、はたまた拷問部屋へご招待か。

 およそ世間一般的なそれとはかなりかけ離れた構図だけれども、渦中の本人達――特に連行役の女性二人は『これはデートだ(ですわ)』と頑として言い張るだろう。

 もっとも……デート『させてやっている』のとデート『してもらっている』という個人の認識の差異はあるが、傍から見れば大した違いはないので意識の片隅にでも置いておこう。

 

「けどデートかあ。先生あれで結構モテるから羨まし………………あのー、お嬢さん方? 何故にそんな『殺ったるぞテメェ』みたいな据わった目でワタクシめを見ているのでせうか?」

 

 半殺しどころか九割九分殺しにされそうな視線に、思わず先生のような口調になってしまう。

 

「…………一夏、あたしがする質問に嘘偽りなく正直に答えなさい。じゃないと殺す」

「お、おう……?」

「今、千冬さんとセシリアは先生の手を引っ張って何してる?」

「何って、デートだろ?」

「じゃあアンタはさっき、シャルロットと手を繋いで(・・・・・)何してた?」

「買い物」

 

 すっきりきっぱり単純明快、要望通り正直に答えたというのに――鈴は呆れ果てたような視線をこちらに突き刺し、シャルはしょんぼりと肩を落とす。はて、思春期特有の情緒不安定か?

 完全な余談だが、ラウラと山田先生は私服を買いに行ってこの場にはいない。

 付き合いの長さからいえば姉と一緒の方が自然だと感じるものの、その辺の紆余曲折については大岡裁きのようなあの状況から察してほしい、色々と。

 意外に仲良さそうな小動物系コンビが母娘のようにも見えてしまい、すぐに血気盛んな姉上様とセシリアが『ラウラの母親役=変人の奥さんポジションじゃね?』の式に気付いて彼をボロ雑巾にジョブチェンジさせたのも――まあ自然な流れと言えばその通りだった。

 

「……あ、先生の服を買うつもりみたいだね」

 

 何かから立ち直ったらしいシャルが言う。

 見れば三人は有名ブランドを数多く取り扱う洋服店の前で足を止め、店頭にディスプレイされたジャケットなどを眺めながら話し込んでいる。姉とセシリアの視線が交わる度にバチバチと物騒な火花が散っている気がするのは……もはや何も言うまい。

 セシリアは積極的に、姉は仕方なくとでも言いたげな風を装いながら――まるで競うように服を選んでは先生に勧め、すぐまた別の服を手に取ってを繰り返す。

 

「にしても千冬姉大丈夫かなぁ。男物の服なんて今まで興味持った事もないのに」

「昔のアンタの服とか千冬さんが買ってたんじゃないの?」

「基本的に俺が好きなの選んで千冬姉が支払うだけって感じだったな。中学に上がる頃には財布を任されてた俺一人で買ってたし」

「でも、織斑先生だって女の人だしそれくらいは……」

「仕事中はいつもスーツで、家ではジャージか下着姿でビールかっ食らっててもか?」

 

 暴露してやると、シャルは引き攣った笑みのまま言葉を詰まらせてしまった。

 立てば教師休めばズボラ、だらける姿はダメ女。

 かなり甘めの身内贔屓でも流石に弁護し切れない……どころか敗訴確定だ。ましてや異性の服を選定する審美眼ともなると、あの姉にその機能が備わっているかどうかも疑わしい。

 おまけに、

 

「千冬姉さ、あれでかなり緊張してるぞ」

「緊張? 千冬さんが? 壁よりデカい巨人や火星で進化したゴキブリの大群に遭遇しても眉一つ動かさないで駆逐しそうなあの千冬さんが?」

「お前の中で千冬姉はどんな存在になってんだよ……」

 

 実弟としては姉の悪いイメージを払拭してあげたいところだが、悲しい事に、超大型種だろうと害虫系黒マッチョだろうと一刀両断に斬り捨てる姿が容易に想像できてしまう訳で。

 しかし不安要素と言うなら、反対側に陣取る英国淑女も対抗馬として負けてない。

 必殺料理人のセンスがファッション方面に悪影響を及ぼしていないとも限らないし、変人の腕にしがみ付くその様子からは姉以上の緊張がありありと読み取れる。

 とどのつまりが、二人揃って内心慌てふためきまくっちゃっているのである。

 

「勢いでデートする事になっちゃってどうしようどうしよう――って感じかな」

「何だかんだで一番落ち着いてるのは先生なんだよなぁ……」

「まあ確かに場数踏んでるっぽく見えるわよね」

 

 てっきりはぐらかして有耶無耶にすると考えていた一夏達の予想に反して、変人は至極まともに二人の相手をこなしていた。

 不慣れな状況に戸惑う姉を気遣い、白衣の袖を引くセシリアにも柔らかく話し掛ける。

 身も蓋もなく言ってしまえば『……いや誰だよアンタ!?』と叫びたくなるほどの二枚目振りを発揮している訳だが、それが不思議と良く似合っていて――普段の奇行と言動こそ演技なのではと未熟者なりに勘繰ってしまう。

 

「…………実は先生そっくりのロボットってオチだったりして」

「有り得そうだから止めろ」

 

 本当に、洒落にならない。

 ただでさえ彼のバックには頭の中が不思議の国なオネーサンがいらっしゃるのだから。

 そんなこんなで観察を続けていると、ついにと言うか何と言うか……二人がそれぞれ選んだ物を変人が試着してみる事になった。激しく不安なのが何とも……。

 けれど同時に、常日頃白衣なあの人がどんな服を着るのか、ちょっと以上に興味があった。

 最初にセシリアが服を手渡し、そして二分も経たない内に試着室のカーテンが開き――

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 黒衣と仮面の出で立ちは、先ほどの死神コスに近しい。

 しかしながら前者のような剽軽な雰囲気はまるでなく、空虚な心に無気力と諦観が満ち、得体の知れなさに拍車を掛ける。

 あーとかうーとか言いつつ湯屋内を徘徊し、小学四年生の少女を慕って偽砂金をばらまいた挙句他人をパックンチョした異形の存在――カオ○シが、試着室の中にぬぼーっと突っ立っていた。

 

「……………………なんでさ……」

 

 ぽつりと零れたシャルの一言は、一夏と鈴の見事な代弁だった。

 どうやらセシリア・オルコットはジブ○ファンだったらしい。

 毎度の事ながらどんな小細工を使っているのか、影のように輪郭が揺らいでいるが――その奥に隠れた先生は珍しく気疲れしているようで熱意があまり感じられない。背が高いせいでカ○ナシと言うより大虚(メノスグラ●デ)の親戚にしか見えないし、あの先生の事だし口から虚閃(ビーム)をぶっ放すくらい平気でやってのけそうだ。自分が的にされて『ウマイゾー!』ズビズバーッとかそんな感じで。

 どうですか織斑先生、とでも言いたげに腰に手を当てて英国お嬢様は何故か勝ち誇る。その目はやっぱり過度の緊張で焦点が合わず、オホホのホホホと鳴門の大渦が如くグ~ルグルしたまま。

 

「僕も傍から見たらあんな風だったのかなぁ……」

「へー、シャルもデートした事あるのか」

「…………うん、うん。そうだろうなって予想してたけどさ、一夏はいい加減自分の発言に責任を持つべきだと思うよ? じゃないと何時か酷い目に遭うと言うか僕が(パイル)ぶち込むからね?」

「何故に!?」

 

 純粋な好奇心(あとは自分でも理解不能なちょっとしたモヤモヤ)に突き動かされて聞いてみただけなのに、返って来なすったのはおっそろしい制裁宣言だった。

 何だかんだで後攻、実力未知数(悪い意味で)な姉上様のターン。

 姉が選んだ分を押し付けられ、再びカーテンを閉めるカ○ナシ・ザ・グランデ。

 

「せめて『衣装』じゃなくて『服』を選んでてくれよ千冬姉ぇ……」

「あの様子じゃ望み薄だけどね」

 

 …………結果だけ先に述べるなら、セシリアのよりかは人の形を保っていた。

 一人の男の子として格好良いとも思うし、少なからず憧れて日曜の朝を待ち望んだ事もある。

 だからと言って――それが一般的な服屋で購入するに相応しい代物であるかと問われたら、まず間違いなくNOと即答で断言できてしまう。

 禍々しいデザインの剣と楯を携え、両肩に狼の頭部の意匠が施された紫色の騎士鎧――何処から持って来たんだ、つか売ってたのかとツッコミを入れたい魔法(マジ)なレンジャーのウ○ザードさん。

 姉のチョイスもセシリアとは別の方向にぶっ飛んでいた。

 

「見てたけどさ、俺に付き合って千冬姉も見てたけどさ! どうしてそれ選ぶかな!?」

「何だか凄く気の毒になってきたよ……」

「……もっと厄介な問題が向こうから来たわよ」

 

 鈴の言葉に視線を巡らせて――見付けてしまった。見なければ良かった。

 ああ神よ、何故貴方はこのような試練をお与えになるのですか?

 視界の片隅に入り込んだのは、シーツ(?)とコンニャク(?)のお化けが二匹。

 何時からこのショッピングモールは水木し○るワールドになった?

 

「ラウラはともかく、どうしてのほほんさんまでいるんだ……?」

 

 まあ、突飛な行動力を誇る彼女ならどんな場所にも座敷童みたいに出現しそうだが。

 ボテボテッと通路を走るチビ妖怪少女らは明らかに先生を目指していて、合流を許してしまえば確実にデートではなくなってしまうだろう。今さらっちゃあ今さら過ぎる気もする。と言うか一緒だったはずの山田先生は何処行った?

 

「どうする? どうするの!? このままじゃさらに変な事になっちゃうよ!?」

「とにかく先生に連絡して別の店に行ってもらうしかないでしょ!」

 

 言うが早いか鈴は携帯を取り出し、素早い手つきで先生に電話を掛ける。

 

 ――鈴ちゃんペッタンコ、イェイ♪

 ――鈴ちゃんペッタンコ、イェイ♪

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 二度目の沈黙が襲来。

 …………聞き間違いだと思いたい。切実に。

 

 ――鈴ちゃんペッタンコ、イェイ♪

 ――鈴ちゃんペッタンコ、イェイ♪

 

『はいもしもし、どーしたぁおチビ?』

「ケンカ売っとんのかオンドリャアアアアアッ!!?」

 

 いかん、とんでもない着メロのせいで鈴がまた壊れ始めた。

 確かに鈴の特徴を捉えていてイメージぴったり――とはまかり間違っても、口が裂けても絶対に言ってはいけない。そんな勇気は流石にない。死にたくないし。

 再び獣化した中華娘々はシャルに任せ、握り潰されかけて亀裂が入りながらも奇跡的にご存命な携帯を奪い取る。『おーい?』と暢気に声を投げる中年(魔導騎士)が憎らしい。

 

「え……と、先生! 詳しく話してる暇はないんスけど、とにかくそこから今すぐ移動して――」

『ももんがー♪』

『ふぉーっ!? 何ぞや!?』

 

 しまった、手遅れか。

 こちらの尽力も空しく、鎧コスの中年に飛び掛るなんちゃってシーツ妖怪。

 その笑顔たるや、嬉しさ満杯の楽しさ無限大ってな具合で――同じ男として顔面に抱き付かれて羨ましいだなんて思っちゃいない。ないったらない。

 未だ通話中の携帯から向こうの会話が漏れ届く。

 

『むむむっ、この隠れきょぬーはのほほんさんとお見受けする!』

『いえーす、あいあむ一反木綿ちゃんなのだー♪』

 

 どうやらシーツではなく、鹿児島弁が特徴の反物妖怪だった模様。よっくと見れば申し訳程度にちょろんと尻尾(?)らしき部位も。とすると、転んで起き上がれず、うつ伏せでジタバタしてるラウラ入りコンニャクはもしかしてぬりかべのつもりか?

 

『むもももも…………』

 

 ジタバタジタバタジタバタジタバタ――

 

『ああもう、ラウラ大丈夫か?』

『――はふっ、あ、ありがとうございます教官』

『だから教官と呼ぶんじゃない。そうだな……「お母さん」でも良いぞ?』

『ふえっ!?』

 

 ……どうやら、そろそろ本気で姉の回収に向かわねばならないらしい。

 混乱のあまり自分でも何を口走っているのか分かってねーぞアレは。

 

『お、織斑先生! どさくさに紛れて何を言ってるんですか!?』

『……? …………っ!? いいいや待て待て!? そんなつもりで言ったんじゃない! 母親がいないのは不憫だと思っただけで――』

『顔赤くして言われても説得力ありませんわ! 将を射んとせばまず馬からですの!? 外堀から埋める気ですの!? 織斑先生にとってラウラさんは所詮利用するだけの存在だったと!?』

『勝手に盛り上がりながら私を陥れるなー!!』

 

 喧々諤々、漫画チックに目を回しつつ女の言い争いが勃発。

 あの姉に真正面から喧嘩を売るなんて、セシリアさんったらマジパネェ。

 でもってその隣では、

 

『父よ、私は馬なのか?』

『じゃあ私は鹿だな』

 

 まるで他人事のように草食動物の被り物姿で肩車する『馬』『鹿』父娘。おまけにモッコモコなアルパカに着替えたのほほんさんまで引っ付いちゃってもう何が何やら。

 微妙な面持ちで静観するシャルが言う。

 

「……もうさ、知らない振りして帰った方が良いんじゃない?」

「俺もあの中に割って入る勇気はないなぁ。って言うかシャル、鈴どうした?」

「ん? そこ」

 

 そこ――とヘリウムの如く軽い口調でフランス少女が指差した先、魂が半分はみ出て昇天寸前のセカンド幼馴染が柱に縛り付けられていた。

 しかもISの自重さえ支える特殊鋼ワイヤーでの逆さ吊り亀甲縛りで、それでもほとんど胸部が目立たないのが……アレである。エセ関西弁な軽空母並みに哀れである。

 

「当て身って実際やってみると結構難しいんだね。四回くらい失敗しちゃった。あ、でも母さんに教えてもらった縛り方は上手くできた方だと思うよ?」

 

 スッゲー良いお顔でシュッ、シュッと手刀を閃かせる社長令嬢。

 まだ見ぬシャルロットのお母様、貴女は娘を一体どんな風に育てたいのですか?

 

 ――ぴんぽんぱんぽーん。

 

「ん……?」

『迷子のご案内です――IS学園からお越しの山田真耶ちゃんの保護者様、IS学園からお越しの山田真耶ちゃんの保護者様。真耶ちゃんがお待ちです。至急迷子センターまでお越しください』

『ま、迷子じゃないですっ! 迷子なのはボーデヴィッヒさんと布仏さんの方で……!』

『はいはい。すぐにお父さんかお母さんが迎えに来てくれますからねー?』

『違うんですってばー!?』

 

 あちらもあちらで何をやってるんだろうか……。

 結局、口喧嘩もそこそこに皆で山田先生を迎えに行き、半泣きの彼女とラウラにお子様ランチを奢って解散となったのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 目前に迫る臨海学校。

 とある少年は海で泳げる事を単純に喜び、とある少女達は恋心の進展に期待し、とある女性達は各々の思惑を胸に秘め、そしてとある男は――

 

「あ、織斑先生。一応こっちのエロ水着も買っちゃいましたけど着ます?」

「着るか馬鹿者!!」

 

 相も変わらず、へらへらと馬鹿の仮面を被り続ける。

 その作られた笑顔の奥で刃のように瞳を輝かせながら。




 次回からはようやく海です。
 でも福音が暴走するまではオジサマーとその他が暴走する基本ギャグですよ(笑

 今回のリクエストは、

 無限正義頑駄無さんより、

・魔導騎士ウルザードのコス(魔法戦隊マジレンジャー)

 なーき2号さんより、

・鈴ちゃんペッタンコ、イェイ♪(ビーストウォーズ・アドリブ集)

 ARCHEさんより、

・「なんでさ・・・」(Fate/stay night:衛宮士郎)


 でした。

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