織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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そう言えば原作最新刊が発売されましたね。
……追いつけるのにあと何年かかるやら。

あと今回は最初に注意を。

だって○○だから何してもいいよねって事で(笑


037. Summer Sparking ― 弾ける『夏』 ―

 織斑千冬は白い砂浜に仁王立ちしていた。

 眉間に軽くシワを寄せ、溜め息を吐き、胸を隠すように腕を組む。

 着ているのは自分で選んで買わせた(・・・・)黒のビキニではなく、あのちゃらんぽらん男が『山田先生に着せようかなー』などと真剣な顔でほざきやがっていたフロントジッパーの競泳水着。競技用にも関わらず胸元が大きく開放されて、ジッパーなのに何故かこれ以上閉める事もできず、結果として余計に胸を強調するデザインと化してしまっている。

 なるほど確かに、男なら食い付きそうな水着だ。

 これを自分より胸が大きな山田先生に着せようとしていた――と。

 自分じゃなくて、山田先生に。

 

「…………ふぅーん?」

 

 唐突にイラッとして胸の奥がキュッとなって、あの馬鹿を殺したくなった。

 まあ、それは何時でも執行できるから後回し――ついでにこのモヤモヤの正体についても全力で無視を決め込むとして、とりあえず現状を把握しなければ。

 日本の砂浜であれば心ない利用客が残したゴミが多かれ少なかれ散見するものだが、踏み締めた砂浜にはゴミどころか小石一つなく、砂粒の一つ一つが磨き抜かれた極小の宝石のように日差しを反射させている。しかも陽光降り注ぐ晴天だと言うのにちっとも足の裏が熱くない。

 爽快に澄み渡る青空と、それに負けず劣らずの海原、延々と続く砂浜と……自分。

 この世界はたったそれだけ。

 地球上の何処を探してもこれほどの絶景はお目に掛かれないと断言できる――そんな世界。

 以上の点を踏まえ、千冬は一つ頷いて単純明快な結論を出した。

 すなわち――

 

「これは夢だ」

 

 ――と。

 夢と自覚できる夢、所謂『明晰夢』と呼ばれるものだ。

 けれど如何せん、明晰夢だろうと白昼夢だろうと千冬からすれば感動も喜びもない。むしろ逆に小さな焦りと自責の念さえ生まれてくる。

 夢を見ていると言う事はつまり、現実の自分は眠っている事に他ならないのだから。

 臨海学校の引率として、担任教師として、生徒達の前で惰眠を貪るなど言語道断。

 生徒達と愚弟(+馬鹿一名)と共にバスに乗り込んだのは確かだ。馬鹿を隣に座らせようとするオルコットと睨み合い、最終的に教師権限で自分の隣の席に蹴り込んだのも覚えている。

 とすると自分は今、あの馬鹿の横ですやすや寝息を立てている事になる。

 

「まさか、もたれ掛かったりしてないだろうな……?」

 

 あいつの肩に頭を乗せてたりとか、もしかしたらそのまま倒れ込んでひ……膝枕みたいな状態になっていたりとか、それはそれでしてもらってる実感がないから残念――じゃなくて!!

 ぼふんっ、と赤熱化した頭を振り振り。

 何にせよ、一刻も早く目覚めなければと思うのだが、躍起になっている時に限って思考は余計な方向へと舵を取ってしまうらしく。

 

「あ……っ」

 

 不意に背後から抱き締められた。

 顔は見えてないのにあの馬鹿だと分かる。

 鞭のようにぎっちりと筋肉の詰まった硬い両腕が、千冬の肩を包み込むように交差する。背中に伝わる熱は太陽のそれとは違って生々しく、ほとんど強引なのに確かな優しさを感じてしまう。

 ああこれはよろしくない、ひっじょーにマズイ。

 心臓はトクントクンと早鐘みたいに喧しいし、身体は強張りつつ弛緩するばかりで言う事なんぞちっとも聞いてくれやしない。そもそも振り解こうとする気すら起きない。

 自分が今どんな表情をしているのか、鏡があったら叩き割るか恥ずかしさで死ぬ。

 緩んでいるであろう顔を見られたくない、けど彼の顔は見たい――そんな二律背反の葛藤。

 こくり、と生唾一つ飲み込み、意を決して首を動かし視線を背後へ巡らせる。

 

「…………」

「…………」

 

 某アメコミで世界的に有名な、赤いタイツを被った蜘蛛男(東○版)と目が合った。

 

「……少年少女に味方する男、スパイダーマばらっ!?」

「私の夢の中でさえ空気を読まんのかお前はー!!」

 

 何故か近くに生えていたプロレス用リングのコーナーポスト、そのトップからドラゴン・ラナを見舞い、さらにファイヤーマンズキャリーの要領で担ぎ上げた変態馬鹿を前方に落として、頭部を打ち貫くようにフィニッシュの膝蹴り――Go2Sleepをぶちかます。

 

「ああもう……あーもうっ!!」

 

 何にもかもこいつが悪いんだ。

 かなり…………いやいや、ほんのちょーっぴり淡く期待してしまったのも、最近のマイブームが風呂上がり(首掛けタオル&パンツ一丁)に一杯やりながらのプロレス観戦で、自分でも女として正直どうよと悩んでしまうのも、全部こいつが分かってくれないからいけないんだ。

 

「ふーむ……じゃあ織斑先生は私に何をして欲しいんです?」

「何ってそれは――」

 

 バネ仕掛けのように跳ね戻った馬鹿に言い返そうとして、はたと気付く。

 もし、馬鹿がおふざけ全開のコスプレ姿ではなかったら。素顔をイメージしたまま抱き締められ続け、ずるずると爛れた夏の雰囲気に流されていたとしたら。

 望み通りに変化するこの夢の世界で――私は一体何をさせる気でいた(・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………っ!?」

 

 全身の血液が集まったんじゃないかと思えるくらい顔が熱くなる。

 

「う――わああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 外聞もへったくれもなく、普段のクールな仮面も投げ捨てて千冬は逃げ出した。

 波打ち際をひたすらまっすぐに、気持ちの整理がつかないと言うか欲望塗れの自分に驚いていると言うか――とにかく一度馬鹿から距離を取って仕切り直しを図りたかった。

 しかしながら、馬鹿の幻影はわずかに心に残った別の願いを聞き入れてしまったらしく。

 

「はっはっはー、待て待てー☆ 蝶・脱皮!!」

 

 蛹から成虫へ羽化するが如く、赤タイツを破って現れる毒々しい黒タイツ。

 パピヨンマスクの奇人が虹色の光の羽を生やして宙を舞う――その光景は正しく悪夢。

 いやまあ確かに、海辺のカップルっぽく追い掛けてほしい願望もあるにはあったけども!

 

「ふぅーはははは、月光蝶であるっ!」

「変態だー!?」

 

 何時の間にか右手で握っていたブレードを振り回す。

 風○傷だか月牙○衝だか百八煩○鳳だか自分でも分からん謎の斬撃を受け、バタフライ飛行中に股間から五等分される蝶絶馬鹿。それでもしぶとくプラナリアみたいに五体に再生するもんだからもうどうしたら良いのやら。

 希望より絶望を感じる非常にシュールな面を着けた赤フンドシ。

 一昔前に有名だったメタリックマッチョ(ボディペイント)な炭酸飲料ヒーロー。

 パンティを被り、無理矢理伸ばしたブーメランパンツに網タイツの通報確定男。

 ダンボール製の仮面以外は全裸(千冬の羞恥心によりモザイク修正)の自由の騎士。

 パンダを意識したマスクとユニフォームを纏う、国民的海賊漫画の背景キャラ。

 

「「「「「ユーニバァァァァァァァァス!!!!」」」」」

 

 ポーズを決めた背後でショッキングピンクの爆煙がドーン!!

 それに巻き込まれて馬鹿共(同一人物)がボーン!!

 そしてすぐに起き上がりル○ンダイブで飛び掛かって来る。

 

「「「「「ち~ふゆちゃ~ん!」」」」」

「どうして平気なんだーっ!?」

「「「「「爆発を………我慢したんだ!!」」」」」」

「いやあああああっ!?」

 

 次から次へとホームラン級フルスイングで返り討ちにするものの、しぶとさは本物並みのようでゾンビさながらに生き返るからキリがない。この際愚弟でも良いから助けに来てほしい。もしくは身代わりになれ。

 そんな投げやりな望みが具現したのか、二つの人影が太陽を背負って砂浜に降り立った。

 

「千冬姉ぇ、大丈夫か!?」

「ここは私達に任せてください」

 

 ……多少異色ではあったが。

 

「一夏と、篠ノ之か……?」

 

 片や、赤を基調とする迷走仮面ドライバー。

 片や、1号よりもライダーらしい白の2号ライダー。申し訳程度にポニーテール付き。

 色的には逆にした方が合う気もする。

 

「やあ先生、ひとっ走り付き合えよ!」

「追跡! 撲滅! 悪・即・斬♡ いずれも……マッハ!!」

「やっぱり悪夢だなこれは……」

 

 篠ノ之が姉に憑依されたみたいに魔法少女のポーズ取ってるし。

 予期せぬ妨害に変態共は一瞬たじろぐも、すぐに立ち直ってスクラムを組む。顔を突き合わせてヒソヒソと作戦を練ってるっぽいのだが、格好も相まって極めて不気味だ。

 あ、いきなり喧嘩が始まった。

 

「くそっ、仲間割れしたように見せて動揺を誘うつもりだな!?」

「違うと思うぞ……」

 

 どう見てもあれは本気の同士討ちだ。

 殴る音に混じって『おっぱい』だの『尻』だの『へそ』だの『鎖骨』だの『腋』だの、一体何について言い争っているのか知りたくもない単語まで聞こえてくる。

 やがて拳混じりの話も終わったのか、猥褻物五人衆は再び思い思いのポーズを取ると、

 

「「「「「しゃらくさいわぁ!! 合・体!!」」」」」

 

 五人の身体がビガビガーッと派手に発光し、次の瞬間には十メートル近い巨体が砂を巻き上げて目の前に立ちはだかる。メカメカしいデザインなのに馬鹿の面影が残っているのが腹立たしい。

 対峙する変態合体ロボ一機とライダー二人。

 だが、勝負は双方が激突する前に終わりを迎える事となった。

 突如飛来したロケット弾によって。

 

『…………へ?』

 

 爆発四散するロボ。巻き添えで沖まで吹き飛ばされフレームアウトする愚弟と幼馴染の妹。

 

「ったく、人の顔使って何してんだっつの」

 

 振り返れば彼がいた。

 大きく『半魚人』と書かれたシャツと色褪せたジーンズに白衣を羽織り、舞台がビーチだからか安っぽいサンダル履き。ロケットランチャーを肩に担ぎながら歩み寄って来る。

 咥え煙草で気だるげで、ついでに少し眠そうな表情。

 自然に振る舞う彼に何だかとてもホッとして――

 

「お待たせしてすみません、織斑センセ」

「あ、ああ…………お前は『本物』なの、か?」

「貴女がそう思うなら、そうなんでしょうねぇ。だってここは織斑先生の夢なんですから」

 

 気付けば彼はもう目の前にいて、暴れる鼓動さえ聞かれてしまいそうだ。

 さっきまでの馬鹿騒ぎで余計に意識しちゃって顔もまともに見れない。ああ止めろ、頭を優しく撫でるんじゃない。年下だからって子ども扱いしないでくれ。

 ぐずる赤子のように首を緩く振ると、その右手は頬へと伸びて焦れったいむず痒さを生み出す。

 

「それで、私に何をしてほしいんです?」

「ぅ…………」

 

 同じ質問でも『本物』と『偽物』ではこうも違うものなのか。

 今度は逃げ出す余裕もない――いや、逃げ出そうとする感情も湧き上がらない。

 一度目が『自覚』だったのに対し、二度目は『決意』が心を支配する。どうせこれは夢、誰かに知られる事もない……と自分自身に言い訳する逃げ道もある。

 彼の胸にそっと手を添え、目を閉じて顎を上げる。

 恥ずかしさから声は出なかった。ただ唇だけを静かに震わせて吐息に願いを乗せる。

 

 ……して、と。

 

 音のない言葉を紡ぐと同時に乱暴に抱き寄せられ、互いを貪るように――

 

「――織斑先生? もしもーし?」

「………………ぇあ?」

「あ、起きました? そろそろ着くみたいなんスけど……」

 

 ぼんやりと思考に靄が漂うまま、緩慢な動作で周りを見る。

 青く輝く海原に歓声を上げる生徒達、自分の代わりにそれを収めようと頑張る山田先生、大量の菓子を与えられてリスのようにモシャモシャ頬張っているラウラ、愚弟を巡って恋の火花を散らす篠ノ之とデュノア、なかなか堂に入った殺気をこちらに飛ばすオルコット。凰は知らん。

 あと――自分の隣に座る馬鹿が一名。

 馬鹿の白衣の右肩部分には涎の染みがあり、自分の口元にも垂れた痕跡。

 あー…………あーあーあーあーあーっ!!!

 

「…………し」

「し?」

「死ねぇぁド変態!!」

「何なのいきなり!?」

 

 顔面に拳を食らい、馬鹿は窓を突き破って車外へと落ちていった。

 何かに乗り上げたようにバスが一度バウンドする。

 

「わああああっ!? 先生が轢かれた!!!」

「そんな事でいちいち騒ぐな馬鹿者! あれくらいで死ぬ男か!!」

「いやいやいやかなり無茶苦茶言ってるよ千冬姉!?」

 

 

『おーい待ってけれー!!』

 

 

「ホントに生きてたー!?」

「しかも走ってバス追い掛けてるし!?」

 

 やっぱり馬鹿は馬鹿だった。

 あれは一時魔が差しただけだ。うん、そうだ、そうに違いない。

 顔から火が出そうな記憶を厳重に封印するために、千冬はきゃあきゃあと騒ぐ教え子達の鎮圧に勤しみ逃避を決め込むのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……前が見えねぇ」

 

 寝てた姉貴を起こしたらご褒美に拳を頂戴した。

 殴られる理由は――まあ身に覚えがあり過ぎてどれか分からんけども、今回ばっかりはまだ何もやらかしてない……と思う、多分。だってバス乗ってただけだし。

 ふーんむ、全くもって謎である。

 

「しっかし、たった二泊三日なのにお嬢さん方は荷物が多いねぇ」

「レディには身支度を整えるのに欠かせない物が多いんですのよ、小父様?」

「それに、そう言う先生だってバックパッカーみたいな大荷物だよね」

 

 荷台から自分の荷物を降ろしたオルコット嬢とデュノア嬢ちゃんが、呆れ顔でそんな事を言う。

 

「一体何が入ってるのさ……」

「んーと、お菓子の他にトランプとかUNOとか人生ゲームとか、あとは――ぬおっ!?」

「布仏さん!?」

「…………(むぐむぐもぐもぐ)」

 

 何時の間にか菓子の大半を食い荒らしたのほほんさんが入ってた。

 

「……オルコット嬢、デュノアちゃん。この娘さん向こうに連れてってくれん?」

「う、うん分かった」

「ほら、行きますわよ布仏さん」

「…………(さくさくぽりぽり)」

 

 二人に両手を引っ張られて運ばれるハムスターのほほん。

 恐るべしキグルミスト、やはり彼女は侮れんな……。

 そう思っていると、うちの眼帯ド天然娘も水着姿で颯爽登場してくれやがった。

 

「海は何処だー!?」

「いや目の前にあるから。逃げんから。制服に戻って皆と一緒に整列してらっしゃい。ビニールのイルカもまだいらんいらん!」

 

 着替えさせたうーちゃんを山田先生に押し付け、車内に忘れ物がないか確認した後、少し離れた木陰に腰を下ろして私はようやく一息ついた。

 何っつーか、この辺は女子高生パワーって奴やね。

 慣れてたつもりだが流石の若さにゃあオジサンも勝てんわ。

 

「あの、すみません。花月荘と言う旅館はこの先で良いんでしょうか……?」

「え? あー、向こうですけど、私らも同じ旅館なんで一緒に行きま、す……か…………」

 

 美人と分かる声に俯けていた顔を上げ、そして私は絶句した。

 何故なら――

 

「どっ、どうしてテメェがこんなところにいやがるんだ!?」

 

 外国人観光客を装った秋姉が、パンフ片手に私と同じくらい驚いた顔で立っていたからだ。

 ……えーと、うん、久し振り?




 今回のリクエストは、

 なーき2号さん、あいーんチョップさんより、

・スパイダーマンのコス、および「少年少女に味方する男、スパイダーマン!」

 せぶん☆すた~さんより、

・KENTA選手の技「go2sleep」
・ドラゴン・キッド選手の技「ドラゴン・ラナ」

 マーサーさんより、

・パピヨンのコス(武装錬金)

 ディジェさんより、

・「月光蝶である!」

 神薙之尊さんより、

・赤褌一丁で東方のこころが持つ『希望のお面』を装備した変態スタイル

 act3さんより、

・ペプシマンのコス

 賽銭刃庫さんより、

・変態仮面のコス

 無限正義頑駄無さんより、

・自由の騎士ゼンラーマンのコス(ミスマルカ興国物語)

 kuroganeさんより、

・パンダマンのコス(ワンピース)

 きょ~へ~さんより、

・「ユーニバァァァァァァァァス!!!!」

 警備さんより、

・「ち~ふゆちゃ~ん」でホームランを食らう(ルパン三世のノリで)

 ディストピアさんより、

・「爆発を………我慢したんだ!!」(怪盗天使ツインエンジェル:ミスティナイト)

 ブ、ブヒィさん、黒亀さん、クロウシさん、アキさんより、

・仮面ライダードライブ、マッハのコス
・「ひとっ走り付き合えよ!」
・「追跡! 撲滅! いずれも……マッハ!!」

 ヌシカンさんより、

・「悪・即・斬」(るろうに剣心:斎藤一)

 監督提督さんより、

・「前が見えねェ」(クレヨンしんちゃん:原作漫画)

 でした。

 今回採用したもので、自分もリクしたのに名前がないと言う方がいたらご連絡お願いいたします。

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