織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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038. 女狐の策謀。あるいは余計なお節介

「スコォォォォル!! テメェ私を嵌めやがったなコラァ!?」

 

 絶好の海水浴日和に似つかわしくない怒声が轟く。

 予想外の再会を果たしてしまった私と秋姉。

 一晩だけ、そして要人暗殺を手伝ったとは言え、アルコールの勢いで肉体関係を持った仲だから気まずいったらない。例えるならそう――篠ノ之(未来)を抱いていると思って朝を迎えたら実は凰(未来)だった時のように。薄暗かったにしても胸で気付けよ私って話だ。

 

 閑話休題。

 

 何故海に、それもタイミングを計ったように今日この場所にいるのか――取り敢えず落ち着いて情報交換してみれば何の事はない、秋姉はスコール姉さんから指令を受けて来たのだそうだ。

 別命があるまで指定された場所、つまり花月荘で観光客を装って潜伏する手筈らしいが、改めて組織に確認してみれば有休扱い(あるのかよ)だと返され、その申請をしたのがスコール姉さんと判明した時点でようやく事の真相が見えたのだった。

 

「……やり手ババアってのは、あの人のためにある言葉なんだろうねぇ」

 

 全く、お見合いさせるのが好きな親戚のおばちゃんじゃあるまいし。

 まだまだ興奮が収まらないのか、秋姉は携帯に向かって喚き続ける。アラクネでの通信ではなく破棄が前提のプリペイド携帯を使用しているあたり、どれだけ冷静じゃなくても流石は筋金入りのエージェントと言ったところか。

 専用機の所持を許されているのは各国の代表操縦者及び候補生、テストパイロットなどを含めた政府や軍の関係者だが、何事にも例外は存在する。

 私がそうだったように、手段さえ選ばなければISの奪取は案外簡単なのだ。裏社会での幅広いネットワークと影響力を有する亡国機業なら尚更に。

 しかしだからと言って、誰の目があるか分からない状況で馬鹿正直にプライベート・チャネルを使えば『今IS持ってるんですよー』と大声でバラすようなものだし、注目を集めた挙句公安やら諜報機関やらの耳に入ったりなんかしたらそれこそ仕事どころじゃない。

 故に亡国機業においても、よほどの緊急事態か必要性がない限りは普通に携帯やメールで連絡を取り合っていたりする。まあ、この状況もある意味かなりの緊急事態なんだけど。

 

「チッ…………おい、テメェに代われだとよ!」

 

 などとつらつら思考を巡らせていると、顔を赤くした秋姉から携帯を投げ渡された。蜘蛛の巣を模したストラップが秋姉らしいっつーか何つーか。

 耳に当て、数ヶ月振りのスコール姉さんの声を聞く。

 

『ハロー、毒蛇(パイソン)。夏の海を満喫してる?』

「貴女のおかげで退屈しそうにないですよ、女狐さん」

 

 毒蛇と女狐――私達は互いをそう呼んでいる。

 亡国機業に喧嘩を売ったとか弁当のおかずを奪い合ったとか血生臭い理由ではなく、私の場合は裏業界で広まっているらしい『白毒蛇(ホワイトパイソン)』の通り名から、スコール姉さんに至ってはツ○ッターの登録名である『荒天女狐』から取っただけだ。たまにこの名を使ってフロンティアで狩猟デートと洒落込んでいたりする。ついでに『私に似て美人でしょー?』と姪っ子も紹介された。

 ンなこたぁともかく。

 

「真面目な話、彼女をここに寄越してどうするつもりなんです? 身元は委員会経由でどうとでも誤魔化せるでしょうが、今回メインは『ISの非限定空間における稼働試験』――そんなところに部外者が偶然を装って現れたら警戒されちまいますよ?」

『どうするも何も本当に有休取らせるつもりなのよねぇ。ほら、オータムってばあんな風に見えて仕事の虫なところがあるし、休んでも部屋で下着のままお酒飲んでプロレス見てるだけ。そりゃあオフに何しようが勝手ですけど女としてオッサン化は問題でしょ? 出会った頃のツンツンしててデレると可愛い小猫ちゃんなオータムは何処行っちゃったの!?』

「私に言われてもなぁ……」

 

 小猫ちゃんて、言葉の端々に世代を感じるなぁこの人も。

 にしても秋姉の深刻なオッサン化……うちのダメ姉と同じですねと大笑いしたらどちらに対して失礼になるのだろうか。きっとどちらからも殴られるに違いない。八本の装甲脚とブレードで。

 

『そんな訳でー、オータムの女子力を取り戻す手伝いをよろしくね色男さん。押し倒してキスとかおっぱい揉んだりとか全然OKだから! 帰ってきたらお腹が膨らんでて薬指に指輪してたとかの超展開でもいいから! 普段はああだけど結婚して心を許したらベッタベタに甘え上手な奥さんになるわよきっと! 七回と言わず十回でも二十回でも前みたいにズコバコヤりなさい!!』

 

 デキ婚を推奨する悪の組織の女幹部。

 うん、何てエロゲだこれは。

 

「大声で言うな生々しいわ!! つーか学校行事の最中にそれ本気で実行したら間違いなく確実に私が殺されるっつーの!! 未亡人にしろってか!?」

『据え膳を食べるのがサムラーイなんでしょ!? つべこべ言うなら次の狩りの時一切戦わないでずーっと小タル爆弾で邪魔ばっかりし続けるわよ!? たまに大タルも使うわよ!?』

「恐ろしい事を考えやがるなアンタも!?」

『とーにーかーく! 無理通してセッティングしたんだから二人で頑張ってね! それじゃ!』

「あっ、ちょっ、もしもーし!?」

 

 言うだけ言ってスコール姉さんは一方的に切りやがった。

 何度か掛け直してみるが着信拒否されているのか一向に繋がらない。

 

「……スコールの奴、何だって?」

 

 秋姉はまだ頬を紅潮させたままだ。

 よっぽど怒り心頭なのかそれ以外の理由からなのか、ちらちらと私の顔を窺い見るものの視線を合わせようとはしない。確かにちょっと人見知りな小猫っぽくて可愛いと言えば可愛い。

 細かく説明すると火に油を注ぐ結果になりかねないため、要点だけを簡潔に述べる事にした。

 

「早く孫の顔が見たいわー、だそうで」

「行き遅れの娘心配する母親かアイツは!? てかテメェもあっさりと言うな!」

 

 こう見えても結構テンパッてるのよ?

 あ゙あ゙ー!! と第二の人格でも現れそうな感じで吠えて悶える秋姉。重要な任務でもないのに恋人から『他の男と寝ろ。つか子ども作れ』なんて言われたら誰だってそうなるわな。

 歌舞伎の連獅子よろしく金髪を振り乱す姉貴分をどうしたものか。

 十秒ほど悩み、とりあえず面白いからこっそり携帯でムービーを撮る私なのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 この男ととんでもない出会いを果たしてから、どうにも調子が狂い続けている。

 思い出すだけで顔から火が出そうになる――あの日を境に周りの雰囲気が一変した。

 スコールはヒラヒラした服を最近やたらと勧めてくるし、あまり親しくなかった同じ実働部隊の部下達(いずれもまだ少女と呼べる年齢)は妙に色めき立って話を聞きたがるし、エムに至っては廊下で出くわす度に真っ赤になって逃げ去る始末。

 スコールはともかく、部下やエムから向けられたのが悪意や敵意なら殴るなりぶっ殺すなりして黙らせるのだが、興味本位なだけのガキ共を折檻するのも後味悪い。エムに関しては口を開く前に逃げられてしまうのでどうにもならない。あれ(・・)を聞かれて逃げたいのはこっちの方だと言うのに。

 居心地の悪さを感じていたそんな時に極秘の単独任務を言い渡され――極秘のはずなのに誰かとすれ違う度に『頑張ってくださいね!』と激励された時点で疑いを持つべきだった。

 汚名返上……と忌避するほど不快ではないのだけれども、普段の調子を取り戻すため意気揚々と出向いてみれば、待っていたのはIS学園の一行と驚く馬鹿が一名。

 問い質し、情報のパズルを完成させたらあ~ら不思議――『テヘペロ♪』と笑う若作りな女狐を幻視できてしまうではないか。しかもしっかり有休を申請する徹底振り。

 一体何考えているんだあの野郎、いや女郎。

 

『オータム貴女ねぇ……その様子じゃあもしかしなくても自覚ないんでしょうけど、お酒が入って酔っ払う度に彼の話してるのに気が付いてる?』

 

 怒鳴る自分を宥めるように、電話の向こうでスコールは言った。

 言われて危うく何かを噴き出しそうになり、気合で喉奥に押し戻した自分を褒めてやりたい。

 

『また織斑千冬とじゃれ合ってたとかドイツの代表候補生を甘やかしてたとか、ほとんどヤキモチ焼いてるようにしか聞こえない愚痴ばーっかり。おかげでこっちの耳はマリネかカルパッチョでも作れそうなくらいタコだらけ――そりゃみんなで一芝居打って協力したくもなります。IS学園でスパイしてる私の可愛い姪っ子なんか、最近じゃ貴女に渡す用の報告書までわざわざ別々に分けて送ってくるのよ? もちろん中身は彼の動向に関するデータだけ』

 

 もう手遅れなレベルで外堀が埋められていた。

 仮にも自分とスコールは恋人同士なのに、何故こうも根回しが手早く進んでいるのか。そもそも酔っ払った時の話云々が本当だとして、他の男に現を抜かしているのにスコールは平気なのか?

 

『もちろん私だって誰にも負けないくらい貴女を愛しく想ってるわ。けど恋人だからこそ、貴女の本気の恋愛を応援したいと考えているの。酸いも甘いも噛み分けちゃって自分の人生さえ味気なく感じてる私だからこそ、ね』

 

 後悔してからじゃ遅いの。自分に正直にならなきゃ――と。

 トーンを落としたスコールの声が、何故だか妙に心に残った。

 

『それにねそれにね? 私と彼が仲良くベタベタくっ付いたりしたら、両方にヤキモチ焼く可愛いオータムが見れるかも知れないじゃない? いえ、是非見てみたいわ!』

 

 最後の最後で台無しにしてくれやがったが。

 女尊男卑の不平等が世界中に蔓延って以来、女同士での恋愛が急増したと聞く――そして自分もその風習に染め上げられた一人なのは言うまでもない。

 だからだろうか。

 異性に……男に少なからず興味を持ち、それを指摘されて戸惑う自分がいる。

 

「まあ、有休だってんなら湯にでも浸かってのんびり羽を伸ばしたらどうです? 海を一望できる絶景だそうですよ、花月荘自慢の露天風呂は」

 

 スコールとのやり取りが演技だったと思えるほど、白衣の馬鹿は随分と余裕そうに見えた。

 これまで自分に近寄る男と言えば、明らかに身体目当てと分かるクズ共ばかりだった。潜入先のパーティー会場だろうと組織内だろうとそれは変わらない。おかげで男嫌いに拍車を掛かっていた訳だけれど、目の前の馬鹿からは下心らしきものは全く感じられなかった。馬鹿ではあるが。

 先日の暗殺の一件で、五十人は下らないSPを素手で無力化した技も。

 どろりとした狂気を垣間見せる笑顔も。

 裏の世界に染まった自分には、むしろ好ましく思えてしまう。

 

「…………おい、分かってんだろうな?」

「私と貴女は初対面。道を聞かれただけの赤の他人って事で知らん振りを決め込む。私だって裏の人間ですからそれくらい心得てますよ」

 

 まるで長年の相棒のように心が伝わる。

 歯車がカチリと噛み合う――そんな感覚。

 けどそれを認めるのがどうにも癪で、何だか負けた気にもなるからもどかしい。いやまあ、この馬鹿と勝負なんてした覚えはないのだが――『ベッドの上では全戦全敗だったわよねー♪』と囁くスコール似の脳内悪魔は意識の彼方に蹴り飛ばしておく。

 

「スミス先生ー!」

「はいー?」

 

 馬鹿の偽名を呼ぶ声。

 見れば、学園の一団から離れてこちらに駆け寄る眼鏡女が一人。

 …………何だアレは。胸にメロン型爆弾でも仕込んでいるのか? そう言えばスコールの姪から送られてきたレポートにも『同室。キョウイ度:織斑千冬以上。要注意』と脅威なのか胸囲なのか分からんけど色々書いてあった気がする。つーかあの揺れる大玉スイカと相部屋だと? 何処かの触手教師みたいにニヤニヤ見てんじゃねーよこのスケベ野郎!!

 

「私と寝たクセに……」

 

 口の中で転がした呟きは、しかし彼には届かない。

 恥ずかしいから届いても困る。

 

「スミス先生、あの、これから皆さんに部屋割りや注意事項の説明をするので、スミス先生も一度旅館の方に来て下さい。織斑先生も『さっさと来い!』ってちょっと怖い顔してましたから……」

「ああすみません、彼女に花月荘の道を聞かれていたもので」

「あ、そうだったんですか。えっと……外国の方ですよね?」

「……コンニチハ、ドウモ初メマシテ」

「わあ、日本語お上手なんですね!」

「ハハハ、ソレホドデモアルヨー」

 

 エージェント舐めんな、日本語どころか六、七ヶ国語はペラペラだっつーの。テメェも顔背けて笑い堪えてんじゃねーよこの白衣馬鹿。

 臨海学校とは言え実地訓練も当然カリキュラムに含まれている。そんなところに偶然(・・)同じ旅館に泊まる外国人旅行者が現れたら――普通なら疑うだろうに。これだから平和ボケした日本人は。

 

「山田先生、どうせ場所は同じですし彼女も一緒にで構いませんか? 案内すると言ってしまった手前、このままハイさよならじゃあ体裁が悪い」

「分かりました。先に行って織斑先生に伝えておきますね!」

「お願いします」

 

 任せて下さい、と自信満々に叩いた胸がぷるんと揺れる。

 それを見たスケベ馬鹿がまた音速タコのようなだらしない顔になり――ついぶち込んでしまった脇腹狙いの貫手で瀕死のイモムシみたいに悶絶中。手首から先だけアラクネを部分展開しちゃった自分は悪くないと思う。

 

「痛い……真面目に痛い」

「自業自得だろバーカ。それより良いのか? あの女を追い掛けなくて」

 

 おっぱいお化けの背中を見送りながら馬鹿に問う。

 無関係を装うつもりなら、自分を残してすぐに立ち去るのが理想的だったはずだ。確かに馬鹿の言い分も律儀な日本人らしくて不自然ではないが、あまりに前言撤回が早過ぎる。

 万が一、自分が他の任務でしくじって顔を知られた場合、あの時二人で話していたから――とかそんな理由でこの馬鹿にもスパイ容疑が掛けられてしまうかも知れない。

 

「もしかして、私が疑われるかもって心配してくれてるんですか?」

「っ、ンな訳ねーだろ殺すぞ!?」

 

 殺せるはずもないのに虚勢を張ってしまう。

 守られたり庇ってもらうだけの弱い女だと思われたくなくて。

 せめて隣に並び立つだけの資格と力があると認められたくて。

 

「特に深い理由とかありませんよ? ただ――『案内してもらったお礼に軽く一杯』とか、一緒に晩酌するくらいの関わり合いなら問題ないでしょ。未成年の嬢ちゃん達もいるんで上物のワインやウィスキーなんかは無理ですけど、海を眺めながらの缶ビールってのも意外と乙なもんです」

 

 隣に美人が座ってくれるなら最高だ。

 そう言って彼はクククと笑った。

 口説き文句でもなく媚を売るでもなく、身内をからかうような砕けた軽口。

 この馬鹿にとって、肌を重ねた自分は『何』なのか――その答えを知るのが恐ろしい。我ながら柄じゃないと自覚しているけれど、聞いたら後戻りできなくなりそうで…………怖いのだ。

 だから――

 

「…………テメェの奢りだったら……少しくらいは付き合ってやるよ」

「そいつぁ楽しみだ」

 

 今はまだ、これくらいの距離が居心地が良い。

 遠過ぎるようで近く、近過ぎるようで遠い――さながら蜃気楼のような馴れ合い。

 スコールに唆されて魔が差しただけなのか、それともあの時(・・・)から既に毒されつつあったのか。

 

「楽しみ、か……」

 

 微かに口元を緩ませる自分がいる。

 何気ない一言に一喜一憂させられて悔しいやらムズ痒いやら。

 スコールの思惑通りに事が進んでいる気がしないでもないが――騙される形で強引に取る羽目になった有休だ、当て付けも兼ねて組織の独り身連中が羨むくらい満喫してやるとしよう。

 そう意気込み、さりげなく荷物を持ってくれた彼の背中を追うのだった。

 

「ところで、何で背中にタイヤの跡がついてんだ?」

「最近流行のデザインなんです、ハイ」




お待たせしました。

次回からいよいよ臨海学校と言う名の暴走が始まります。
あの人が来たりあの子達まで来たり、秋さんまで巻き込まれたりちーちゃんがヤキモチ焼いたり、中年がシバかれたり少年もボコられたり。

まあ、いつも通りですねw

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