織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
その1 『Fate/zero』のバーサーカー。
その2 『D.Gray-man』のレベル3AKUMA、エシ。
その3 『ワイルドアームズ セカンドイグニッション』のナイトブレイザー。
どちらしてもダークヒーローっぽい外見で。
……ついにこの日が来た。来てしまった。
何がと問われれば、世間知らずで坊ちゃんだった
まあ、仮に本気で再起不能にしたとして、裏で手ぐすね引いて待ち構えているのは自分天動説がデフォルトのあの天災だ――そう何もかも私に都合の良い展開になったりはしないだろう。彼女の思考の十手先、二十手先まで読み切ってようやく万全な対策と言えるのではなかろうか。
……うん。
本音をぶっちゃけるとね、この年で二十代の
それに――どんな形になるにせよ、それこそ受験会場に向かっているであろう昔の私自身の息の根を止めない限り、否が応でもISに関わってしまうのは目に見えている。流石に『自殺行為』は最終手段だし、だったらもう関わるだけ関わらせて、謎のイケメン(←ここ重要)オジサンとして要所要所で口を挟んだ方が簡単な気がする。
人事を尽くして天命を待つ。
後は野となれ山となれ。
行き当たりばったりと言うならその通り。でも作戦名だけはちゃんと考えました。
名付けて『素晴らしい未来のため適当に頑張ってみよう』作戦。
そう、今まさに。
皆が平穏に暮らせる世界のため、たった一人の壮大な計画が始動したのだった。ジャジャーン。
………………はい、現実逃避おーしまいっと。
「いいかね、難しく考える必要はない。名前も国籍も不明だがキミは明らかに日本人だ。私も今を生きる現代人だし『お国のため』なんて時代錯誤な古臭い事は言わない。純粋に日本のIS技術の発展のため、引いては全世界のこれからのために、ISを起動できるキミの秘密と所持する機体の情報が知りたいだけなんだ」
「…………ふーん?」
よくもまあ。
よくもまあ平然と嘘を吐けるもんだ。私も他人の事は言えないけど。
場所は学園地下の特別区画、普段はISの稼働実験などに使用されるシミュレーションルーム。
そこで私は、日本政府の高官と名乗る初老の男に嘘塗れの説得をされている最中だった。
「仰っている事は良く分かりました」
「おお、だったら――」
「ですが、おそらく何をしても無駄でしょう。私も何故ISに乗れるのか不思議で細胞の一つまで調べ尽くしましたし、ランスローに関しても私専用にチューンナップしてますから代表操縦者でも上手く扱い切れるかどうか。乗りこなすどころか、まともに立てるかどうかも怪しいですね」
高い地位にいる人間ほど反論されると子どものように憤慨するものだが、どうやら身なりだけは一級品なこの男もそれは同じであるらしい。
IS学園に侵入を果たした低劣な犯罪者――そんなレッテル付きの私に断られたのがよほど腹に据えかねたのか、今までの宥めすかすような口調は何処へやら、自称お偉いさんはエテ公のごとく顔を赤らめて椅子から立ち上がった。
甘いですなぁ。
この程度の腹芸もできないようじゃ議員生活は長続きしませんぜ?
「図に乗るなよ犯罪者の若造風情が! 貴様の意見など誰も聞いていない! お前は私の言う事に黙って従っていればいいんだ! 俺の
「おやおやそれは恐ろしい」
何とも、典型的な三流の小悪党だ。
結局、二十年後も『織斑一夏』以外にISを動かせる男は現れなかった。それを知っているから研究しても意味がないと遠回しに教えてあげているのに。未来人は辛いですなぁ。
さーて、どうするか。
猿オヤジの後ろに控える現日本代表らしき女もプライドが刺激されているようだし、少し離れて静観してた織斑先生も別の理由で機嫌が悪くなってきてるし、自分が怒られている訳でもないのに山田先生が今にも泣きそうだし、ついでに私の死角で頑張って気配を隠しているつもりの更識家の当主もワクワクしてるし。
ああもうホント面倒臭い。
暇潰しに丁度いいとも思ったが、さっさと
「……どうぞ」
胸ポケットの万年筆を気の強そうな代表の女に差し出す。
何を隠そう、このちょっと高そうな万年筆こそランスローの待機状態なのである。白式と同様のガントレット型だと『男だけどIS持ってます=はーい、ワタシが織斑一夏ですよ』と宣伝するに等しいので、常に身に着けていても不思議ではない筆記用具の形状に設定したのだ。
だってホラ、私あちこちでテロっちゃってる国際的お尋ね者だもの。
「ふん。男のクセに、最初から素直に渡せばいいのよ」
代表女は引ったくるように私からランスローを受け取ると、そのまま部屋の奥――強化ガラスの壁を隔てて様々な機器が鎮座する空間の中央に移動した。
しかしこの女、弱いな。姉御の後釜にしては顔も技術も身体能力もあまりに劣る。比べる基準が間違っている気がしないでもないが、まあいいや。所詮は今日退場するモブだ。
室内にいる全員が注視する中、女は自信満々にランスローを展開する。
西洋甲冑をモチーフにした黒灰色の
「ほう――」
「これが……」
「ええ、彼女が
「…………ああ」
お姉ちゃんは柳眉をひそめて『オマエ何企んでやがる』みたいな顔をしてる。相も変わらず勘が鋭くていらっしゃるコト。その予想は外れてませんよ?
それにしても、私以外の人間に触られてあんなに
そして、これから起きる惨劇を見るのも。
あーあ、あーあ。
ご愁傷様、名も知らぬ高慢ちき。
「不具合はあるかね?」
『いえ、今のところ特には――ぐっ!?』
言ったそばから女はランスローを装着したまま唐突に崩れ落ちた。
その様子はさながら見えない何かに圧し潰されたカエルだ。
必死に身体を持ち上げようとするも、重圧に負けて踏ん張りは意味を成さず、四肢は伸び切ってガラス越しでも分かるほどの軋みを上げる。
ふむ……完全に折れるまで十五秒くらいか。
『ぎっ……あ、が……っ』
「どうした!? 一体何が起こっている!?」
「だから言ったでしょう? まともに立てるかどうかも怪しいって」
山田先生や他の面々は私以外に説明不可能な事態に慌てふためくが、姉上様も更識姉も具体的な行動に移ろうとはしない。丸腰の私を拘束しようと思えばできるはずなのに。
そりゃそうだ。
言われた通りISを渡しただけで、私は何もしてはいないのだから。
権力男のSPと白衣を着た研究員達が女を助けようと駆け寄るも、原因が分からないため迂闊に触れずにいる。賢明な判断だ。馬鹿正直に手を伸ばそうものなら腕ごと圧し折られていた。
「おい貴様、今すぐアレを止めろ!!」
「さぁてさて、そいつぁ無理な相談ってなモンですよ。ランスローを起動させたのは私じゃなくてあちらのお嬢さんですし、個人差はありますが一度癇癪を起こすと『彼女』の気が済むまでずっとあのままですから。けどそうですね、今回はまだ軽めな方なんで……アバラの五、六本と手足でもへし折れば大人しくなるんじゃないですか?」
私の胸倉を掴み上げた男を含め、全員が絶句する。
まあ、ISを道具としか見ていない連中からすれば理解不能な話か。
いやいやいや更識姉、わざわざ扇子広げて『驚き桃の木!?』とかいいから。私も賭けに勝って一本もらったけどさ、何処に売ってんのよソレ。
『あがっ……ぃ、いや、助け……』
はいそれではご一緒に。
さーん。
にーい。
いーち…………ボキッとな。
『――――――――っっ!!!』
全身の骨を砕かれ、もはや声にもならない叫びを上げて女の意識は刈り取られた。
同時にランスローも光の粒と化して待機状態の万年筆に戻る。後に残ったのは、複雑骨折による内臓損傷で瀕死の日本代表操縦者のみ。
男は魂を失ったかのように顔面蒼白だった。
大方、手柄の独占で権力を維持しようと代表操縦者まで連れて来たのだろうが、その頼みの綱が復帰さえ危ぶまれる大怪我を負ってしまった。日本政府やIS委員会の承認を得ていない事は男の狼狽え振りから手に取るように分かるし、手前の首を手前で絞めたのは明らかだ。
それでも、どうにかして責任を私に押し付けようとするも、
「きさっ、貴様っ、こんな事をしでかしてただで済むと――」
「おや、私が何かしましたか?」
「なっ――!?」
「私が今、何かしましたか? 証拠はありますか? 貴方はそれを見ていたんですか? この場で証明できるのですか? ランスローを渡せと脅迫紛いの命令をしたのは誰ですか? それを彼女に使わせたのは誰ですか?」
「……っ、……っ!」
「私はちっとも悪くない」
悪い組織用の営業スマイルで言ってやると、男は今度こそ、その場に力なくへたり込んだ。
怯えたような周囲の視線を無視し、放置されていたランスローを拾い上げる。手中でブルブルと微弱に震えて非難する相棒も、胸ポケットに入れるとすぐに落ち着きを取り戻した。
これでいつも通り。
……。
…………。
………………。
ああそうだ、忘れてた。
おめでとう
クソ素晴らしき非日常へようこそ。
せいぜい私みたいにならないよう頑張りたまえ。
ブラックサマー降臨。
そして次からいよいよ原作開始だじぇ。