織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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 書いてみたいけど頓挫したss

・『スーパーナチュラル』のウィンチェスター兄弟が幻想入りしたら。
 紅魔館に居候とかしたら面白そうだけど、更新がもっと遅れるだろうから棄却。

・ハイスクールD×Dと『鬼灯の冷徹』のクロスオーバー。
 鬼灯無双で最終的に暴力で何でも解決しそう。同上の理由で棄却。

 4ヵ月以上お待たせしてすみませんでした(汗


040. 集結、くーちゃんず12

「少年! 人工呼吸の準備じゃああっ!!」

「いやでも先生、鈴の奴普通に息してますけど!?」

「じゃかあしぃヴァカめ! 女子が溺れたら何はともあれマウストゥマウス! さあやれ一思いにブチューっと幼馴染の唇奪ったれ! 気を失っている今がアタックチャンス!」

「人聞き悪いなぁ!?」

「おりむー…………据え膳は食べなきゃダメだよ?」

「黒い! 何時にも増してのほほんさんの笑顔が黒い!!」

 

 砂浜に寝かされた少女の横で、馬鹿と織斑一夏がそんな会話を繰り広げる。

 足が攣って溺れかけた中国代表候補生、凰鈴音。

 傍目には気絶したままに見えるけれど、目蓋が緊張でぴくぴく震えているし、あれは間違いなく意識を取り戻している。なのに狸寝入りを決め込む理由は――まあ分からないでもない。

 ぶっちゃけ、彼女は今からキスされようとしている訳だ。

 しかも恋焦がれ続けているらしい幼馴染に、合法的(?)に。

 

(初々しいっつーか青っちょろいっつーか……ガキは気楽だねぇ)

 

 オータム自身も遠路はるばる日本まで来て馬鹿騒ぎに巻き込まれた訳だが、この解説席とやらに座らされている内は傍観できるから意外と余裕があったりして。

 その余裕も、二匹の悪魔の気まぐれですぐ吹き飛びそうな予感がするから油断ならない。矛先がこちらに向かない事を祈るばかりである。

 

「ケッ……意気地のねぇ奴。こーれだからヘタレ童貞は……」

「ど、どどど童貞ちゃうわ!?」

『えっ、織斑君経験あるの!?』

 

 いきなりのカミングアウトに女子共が驚きの声を上げ、そして何故か嬉しそうに目を輝かせる。

 しかし、それ以上に過敏な反応を示した人物がいた。

 

「いぃぃちかぁぁっ!!! ははは初めてじゃないってどういう事!!? 何時ヤッたの? 誰とヤッちゃったの!? まさか箒!? シャルロット!? それともラウラ!? あたしという者がありながら……こぉんの浮気者ー!!」

「うわ鈴!? おま、目が覚めて――!?」

 

 言わずもがな、鈍感小僧にご執心の爆裂中華少女(チャイニーズニトロガール)である。

 気絶した振りから獲物に一気に襲い掛かる――その一連の動きはさながら蜘蛛。アラクネを駆る自分にとって、妙に親近感の湧く捕食光景だった。あるいは犬も食わない夫婦喧嘩の一場面か。

 馬乗りになり、今にも絞め殺してしまいそうな剣幕で初恋相手を揺さ振る凰鈴音。左右の二尾も動きに合わせて荒れ狂い、どれだけご立腹かが窺える。このまま放置したら『アンギャー!』とか吠えそう。それはそれで見てみたい気もする。

 

「コラコラおチビー、落ち着きなさいって。少年が本当に大人の階段上ってたら、そん時ゃあ私が校内放送で知らせて食堂のメニューを赤飯三昧にするわぃ。殺るのはその後でも遅くねぇだろ」

「俺の卒業=公開処刑!?」

 

 ……初体験どころか、誰かと付き合い始めただけでも各国のマスコミが押し寄せる大ニュースになりかねない――全世界でたった二人の『男性IS操縦者』の肩書きは、それほどの情報的価値を生み出す金の卵なのだ。公開処刑というのも……あながち間違いではないのかもしれない。

 まあもっとも、実際にそんな事態になったとしたら――何処かの馬鹿がスキャンダルになる前に裏で動いて、小娘達のプライバシーと平穏をどんな手を使ってでも守ろうとするだろうが。

 あの馬鹿は……そういう男だ。織斑一夏の方はどうなろうと知らん。

 

「……流石にマズいんじゃねぇのか? アイツが助けなきゃ、あのチビ溺れ死んでたかもだぜ?」

 

 有休を取ってる時まで死体とご対面したくはない。

 

「にゅっふっふっふぅ、こぉの束さんがその程度のハプニングに備えてなかったとでもぉ?」

 

 変人博士はにんまりと顔を緩ませ、絶妙にイラッとする口調でそう言った。

 そしてマジシャンのようにパチリと指を鳴らして高らかに――

 

「みーんなーっ! 出ーておーいでー!!」

 

 鬼が出るか蛇が出るか――海中より隊列を組んで現れたのは、思わず顔が引き攣る存在だった。

 強い意志を秘めた瞳に可愛らしい緑色の帽子、薬で小さくなった探偵のような赤い蝶ネクタイを締めた犬だかネズミだか分からん珍生物型マスコット――裏社会では『ラブホの悪魔』なる異名で恐れられ、返り討ちに遭った某国の秘密工作員達が今も病院のベッドで悪夢にうなされ続けているらしいが、その原因を作った当事者の一人としては何とも微妙な気分である。

 

「ふもっふー」

『ふもっふー!!』

 

 先頭の、何故か赤いカラーリングで一本角が生えた個体が変人博士に敬礼(?)し、他の個体もそれに倣う――その数合わせて十一体。ファンシーな見た目なのに、歴戦の軍隊みたいな雰囲気が漂っているからギャップが凄まじい。

 

「……量産したのか、あれを……?」

「いやぁ、インスピレーションがグチョブシャーッと迸っちゃってね!」

 

 嫌な迸り方もあったものだ。

 篠ノ之束に私兵がいるという話は聞いた事がないけれど――IS技術の応用なのか、着ぐるみは光の粒となって消え去り、波打ち際には横一列に並ぶ少女達が残った。

 幼児体型とアホ毛を除けばドイツの代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒと瓜二つの、可愛らしい水着姿の銀髪少女達だった。

 騒々しかったIS学園の連中もこの光景に目を見張り、痴話喧嘩を煽っていた馬鹿はぼけーっと幼い少女達を眺めるだけで無言を貫いたままだ。

 一番年長と思しき、赤い着ぐるみを解除した少女が言う。

 

「束様、付近一帯の探索を完了しました。潮流も穏やかで、クラゲやアカエイなどの危険な生物も生息していません。この子達が遊ぶには申し分ないかと」

「うむうむ、ご苦労じゃったくーちゃん。じゃあ自己紹介しちゃおっか!」

「承知しました」

 

 くーちゃんとやらが一歩前に出て、恭しく頭を下げた。

 

「IS学園の皆様、お初にお目にかかります。長女を務めるくーちゃんことクロエ・クロニクルと申します。そして私の後ろに控えているのが三女から十二女の……」

「あーちゃんですっ」

「いーちゃんですっ」

「えーちゃんですっ」

「おーちゃんですっ」

「かーちゃんですっ」

「きーちゃんですっ」

「けーちゃんですっ」

「こーちゃんですっ」

「さーちゃんですっ」

「しーちゃんですっ」

「以上十一名、故あって篠ノ之束様の下に身を置いておりますが――そちらでご厄介になっている二女のうーちゃん……もといラウラ共々、どうぞよろしくお願い致します」

 

 ……めっちゃ礼儀正しい。面の皮を外交モードに取り換えたスコールがテストして、満点花丸をあげそうなくらいには礼儀正しい。自称『保護者』の人間性が奇特過ぎるから余計にそう感じる。

 子は親を見て育つと言うが、見事な反面教師だった。

 ともあれ、長女(?)のご丁寧な挨拶は済んだものの――幼女達の関心はどうやら白衣の馬鹿に向いているらしく、もぢもぢと躊躇い気味に視線を送るばかり。

 見かねたウサミミ奇人が馬鹿の胸に引っ付いて頬を擦り寄せると、

 

「ほらほらぁ、黙ってないで何か言ってあげようよ。ねぇ、パ・パ♡」

((((……パパ!?))))

 

 とんでもない爆弾を落としてくれやがった。

 ウサミミが勝ち誇った顔をしているから、何だかひっじょーに面白くない。

 

「……ちょいとたばちゃん、なして私がこの子らの父親になっているのでせうか?」

「だって二人のラヴの結晶なんだもん、私がママでいーくんがパパなのは当然でしょ? ドイツで過ごしたあの熱くて激しい夜……思い出すだけで束さんゾクゾクしちゃう……!!」

「確かに、熱くて激しかったのは認めますがね(色々と燃やしたりぶっ壊したりしたから)」

(…………ふぅ~ん?)

 

 認めるのかよ。認めちゃうのかよ畜生め。

 

「おいテメェら、その話――」

「その話、是非とも詳しく聞かせてもらいたいものだな」

 

 親近感と言うか、妙なシンパシーを感じる――かなり機嫌の悪そうな声。

 見れば、腰に手を当てた織斑千冬が仁王立ちし、その後ろには山田真耶、フランスの代表候補生シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒまで揃っている。

 

「おやちーちゃん、おっひさー! ご機嫌いかが!?」

「良いように見えるか?」

 

 当然四人も水着を着ており、織斑千冬は胸の谷間を強調させた黒のビキニを、ボーデヴィッヒもそれに倣ってかレースをあしらった黒の上下、デュノアは夏の海に映える黄色、そして山田真耶に至っては……もう男を引き寄せる『凶器』と呼ぶ他ないメガトン級の怪物だった。スタンダードなビキニタイプなのに何だあの圧倒的存在感は。

 

「わぁ……織斑先生きれ~」

「分かってたけど山田先生の……おっきいわね……」

「織斑先生、一緒にビーチバレーしましょー!」

「サンオイル塗るの手伝わせてくださーい!」

「むしろ束さんのあんなところやそんなところに塗りたくってー!」

「激しく責めながら罵ってー! 冷たく笑って蔑んでー!」

「そこの馬鹿二人! どさくさ紛れに変な事を言うんじゃない! その意味深なビニールマットと撮影機材は何処から持って来たんだ!? いやそんな事よりも束、あの大勢の子ども達は何なんださっさと説明しろ!! まさか、本当にお前とこの馬鹿の……!?」

 

 あの(・・)ブリュンヒルデが取り乱している。

 一人は今日まで行方知れずだった何でもありの天才、もう一人は経歴さえ不明の凶悪不審者。

 息もぴったりで、篠ノ之束の彼に対するこれまでの過保護具合も考えれば――否定できるだけの根拠などないのだから、もしかして(・・・・・)と勘繰ってしまうのは自然な流れではあった。似ている他人がいる程度には……似てない親子だって世の中にいるのだし。

 ……もしそう(・・)だったら、自分はどうしたらいいのだろうか……。

 

「ふっふふふ。信じるか信じないか、それはちーちゃんしだ――」

「私のこの手が真っ赤に燃える! お前を倒せと轟き叫ぶ! 爆熱! ゴッ○フィンガー!!」

「に゙ょほおおおおっ!?」

 

 あ、その可能性はなさそうだわ。

 

「本っ当に人を苛立たせる天才だよなぁお前はあああっ!!」

「ほぎゃあああっ!? い、いーくんヘルプ、ヘループ!! 束さんの明晰な頭脳がちーちゃんの愛あるアイアンクローで存亡の危機ぃいぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」

「あ、山田先生、その水着とても良くお似合いですよ」

「ふえっ!? あああの、あ、ありがとうございますっ。でもスミス先生、じっと見つめられるとその……褒められて嬉しいですけど、は、恥ずかしいです……ぁぅ……」

「まさかのスルー!? 私より牛女が良いのかコンニャロー! イチャイチャすなー!!」

 

 それには激しく同意したい。

 頭を鷲掴みにされ、宙吊り状態で頸椎が死にそうな天災はともかく、一晩中抱いた女の目の前で別の女を口説くとかどういう了見か。牛女もまんざらでもなさそうに顔を赤らめているし、何だかひっじょーに面白くないパート2。

 面白くないのは織斑千冬も同じらしく、虫の息のウサミミを投げ捨てて間に割り込むと、鼻先が触れるか触れないかの距離まで顔を寄せ――馬鹿を上目遣いで睨み付けた。夫が構ってくれなくて拗ねる新妻……いやいや、年の離れた『兄』の気を引こうとする『妹』だな、あれは。あの二人が夫婦に見えるだなんて意地でも認めるものか。こっちにも女のプライドがあるのだ。

 

「結局、ラウラに似たあの娘達は何者なんだ?」

「ご覧の通り、うーちゃんのかわゆい姉妹達ですよ。私とたばちゃんとでドイツのとある施設からゆーかいして来たんですが……後は察してくれると助かります」

「……詳しくは聞くな、と言う事か」

 

 そう言って、安堵したように息を一つ吐くと、

 

「本当にお前は、面倒事ばかり抱え込む性分なんだな……」

 

 呆れを含んだ、しかし確かな優しさも込められた苦笑を浮かべた。

 織斑千冬(わたし)が一番の理解者なのだと言わんばかりに、周囲を牽制するかのように二人だけの空間を作ろうとしている――気のせいだと断じてしまえばそれまでだが、女の勘を舐めるなと言いたい。

 

「それ、で……だな……ど、どうだ……?」

「どうとは?」

「だ、だから……ん……」

 

 改めてポーズを決めるのも恥ずかしいらしく、半端な立ち姿で馬鹿に感想を求める織斑千冬。

 それが分かっているのかいないのか、馬鹿は彼女の肢体をじっくり観察して一つ頷くと――

 

「その腹筋を撫で回して思い切り悶えさせたい」

「だぁれが私の腹についての感想を述べろと言ったあああ!?」

「アックスボンぶへぁっ!?」

 

 首に痛烈な打撃を受け、馬鹿が後頭部から砂浜にぶっ倒れる。

 顔から湯気を出しながら両手で腹をガードする織斑千冬だが――もしかすると撫で回されるのを想像しているのかも知れない。怒りつつもあまり嫌そうじゃないのが気に入らない。

 

「まぁーったく、素直に褒められたら照れて何も言えなくなるくせに、ちーちゃんったら……」

「……顔がピカソの人物画みたいになってんぞ? つーか、アンタは水着に着替えないのか?」

「ギクリッ」

 

 天災が苦虫を噛み潰したような顔のまま固まった。額には脂汗さえ浮かんでいる。

 

「い、いやぁこの私とした事が、あの子達全員の水着を用意するので手一杯で自分の分まで考えが回らなくってね? それにほらぁ、夏の紫外線も海水もお肌と髪に悪いし? 束さんだって立派なレディであるからして常日頃からの予防とケアを重んじちゃってたりそうじゃなかったり……」

「――嘘は感心しませんね束様」

 

 言葉を遮ったのは、先ほどクロエ・クロニクルと名乗った少女だった。

 

「束様が着替えないのは単純に、いーくんさん(・・・・・・)に水着姿を見せるのが恥ずかしいからでしょう?」

「そそそそんな事ねぇし!?」

「そうですか? それは失礼致しました。私はてっきり、服の下に隠しているそのムチムチお腹やお尻を見られていーくんさんに幻滅されたくないからだと――」

「うわーっ!! わーわーわーわーわーわーっ!!!」

 

 耳を両手で塞いで大声を上げ、髪を振り乱しながら篠ノ之束は懸命に聞こえない振りをする。

 表も裏も、新参も古参も――世界中のあらゆる機関と組織が血眼になって行方を追うIS時代の最重要人物が、たかが小娘一人に見事に弄ばれ悶絶している。オータム自身、この場に居合わせて一部始終を見ていなければ、つまらない冗談だと笑って絶対に信じたりはしなかっただろう。

 苦しむ保護者に対し、クロエはトドメの口撃を放つ。

 

「体重計に乗る度に悲鳴を上げられても迷惑ですし、これ以上八つ当たりで破壊されるのも掃除が面倒なだけなので…………良い機会ですからこの際はっきりと申し上げましょう」

「や、止めて、くーちゃん止めてっ!?」

 

 犯人を追い詰めた推理小説の主人公のように、しなやかな指を突き付けて。

 

「束様――貴女は明らかに太りました。体重は一割強、ウエストは五センチほど増です。私の指がぶにっと埋まるレベルですね、ぶにっと」

「げふあっ!?」

 

 あ、天災が血を吐いた。

 頭を揺らして砂上に倒れ伏すが、格闘ゲームの負けキャラのように『げふぁ……げふぁ……』と自前のエコーを付けるくらいの余裕は残っているらしい。それでも口からは霊魂らしきモヤモヤが顔を出していて、受けた精神的ダメージは中々に大きいようだった。

 

「でも、クセになる柔らかさで妹達には大人気だから良かったじゃないですか」

 

 全然フォローになってない。

 

「………………いいもん」

「はい?」

 

 ゆらぁり、と。

 幽鬼のように天災は力なく立ち上がった。

 目は虚ろで口は細い三日月を描き、今にもケタケタ笑い出しそうで少し怖い。

 

「いいもんいーいもぉーん。どぉーせ私は自己管理できなくて兎からイベリコ豚に転職しちゃっただらしないムッチムチ美女ですよーう。おっぱいデカくなったぜヨッシャアって喜んでたらお腹やお尻にも無駄肉が増量しててムギャーってなった不憫な女ですよーだ」

 

 分かりやすく不貞腐れると、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた。

 童話の世界から抜け出したような青と白のワンピース――何処かで着替えていたのか、その中は髪と同じ色に合わせたチューブトップ型ビキニだった。マイクロビキニやスリングショットなどのバカ水着じみた過度な露出ではないが、ぷよんと揺れる余りの肉が獣欲的な色香を漂わせている。

 

「しゃーないじゃん!? あーちゃん達が作るご飯とっても美味しいんだから! しかも得意料理それぞれ分担してるからレパートリーも豊富でさ、おまけに『頑張ってるママにご褒美!』なんて言われたらさ…………食わねぇワケにゃあいかねぇだろうがよぉ!? 優しさが嬉しくて嬉しくて毎食おかわり三杯余裕でしちゃうだろうがよぉ!?」

「そして運動を怠ったから、行き場のない栄養が蓄積されてしまったと」

「……ってか、あんな子どもに家事任せてる時点で色々とどうよ……」

「シャラップ!!」

 

 ふんすー、と鼻息を荒く吐き出すウサミミ。

 そしてそのまま、再起動して首の据わりを確かめている馬鹿まで歩み寄ると、

 

「さあいーくんっ! 束さんのこのワガママボディ、揉むなり漬け込むなり好きにしろぃ!!」

「そこは煮るなり焼くなりじゃねぇのか……?」

「揚げ物を美味しくする一工夫みたいですね」

 

 唐揚げかトンカツかはさておき、ビーチにいる全員が固唾を飲んで状況を見守っている。

 特に、織斑千冬とセシリア・オルコットなどは『スケベな事したらぶっ殺す』と言わんばかりの鋭い眼差しを馬鹿に送っており――おそらく自分も彼女達と同じような表情をしているだろう。

 尻や胸を見せつける天災に対し、馬鹿は首をゴキリと鳴らして一言、

 

「……まロい」

「何ですと!?」

「いや何も。それよりたばちゃん、なんか自棄になってない? 涙目だし」

「だって、だっていーくんはおデブな女は嫌なんでしょ!?」

「んな事言った覚えは一度もねぇんスけど」

「嘘だッ!」

「何処のかぁいいものお持ち帰り魔ですかアンタは……」

 

 柄の部分に『道の駅・雛見沢』とタグが付いた鉈を振り回しながら、天災はさらに喚く。

 

「嘘だ嘘だ絶対嘘だぁ! ちーちゃんの腹筋ベタ褒めしてたじゃんかよぅ! ムキムキじゃなくてムチムチで金華豚な束さんなんてもう見向きもされないんだうわぁあああんっ!!」

 

 高級ブランド豚ばかりなのが往生際が悪いと言うか何と言うか……。

 

「まあ、横綱狙えそうなボリューミーなお嬢さんは流石に守備範囲外だけども……今のたばちゃんくらいだったらエロさ倍増でむしろストライクゾーンド真ん中だって」

「ぐすっ…………ほんどぉ?」

「ああ本当だとも。私の愛は変わらねぇぞたばちゃんっ!!」

「うゔっ……い゙ーぐぅん!!」

 

 愛だのエロだの、色々と聞き捨てならない単語が飛び出しはしたが、これでこの感動的(?)な茶番劇もようやく終わりを迎えるのか――と思いきや。

 感極まって抱き付こうとするウサミミの肩を押さえ、極上の獲物を前にした結婚詐欺師のような笑みを浮かべて、とても楽しそうに馬鹿は口を開いた。

 

「ところでたばちゃん。さっき『私の好きにしろ』って言ったよな?」

「はえ?」

「言ったよな?」

「え、えーと……?」

 

 間抜け面のまま一瞬固まり、自分がどれだけとんでもない事を口走ってしまったのか理解するに合わせて、天災の顔がどんどん紫色に変化していく。何故に紫色?

 

「恥ずかしさで赤くなりながら青褪めた結果かと。器用ですね束様」

「チアノーゼ起こしてるようにしか見えねぇ……」

「ままま待って待って待ってぇ! しばし待つのじゃいーくん! 束さん的にはいーくんの好きにされちゃうのもやぶさかではないと申しますかバッチコイではありますが! でもでもほら、まだ明るいし? ちーちゃん達にも見られちゃってるし? 束さん変な汗かいてるし!? 時と場合とムードを考えるのも大事だと思うなぁ!?」

 

 空気を読まない選手権優勝のお前がそれを言うか。

 

「じゃあ暗くなって、二人っきりで、シャワー浴びた後なら問題ないんだな? その柔らかそうな腹と尻に顔埋めてトロトロになるまで揉み溶かして……イイ声で鳴かせてやるから覚悟しろ?」

「にゃー!?」

 

 人類最高の頭脳ともなれば、両耳から蒸気を噴き出せるようになるらしい。

 紫色だった篠ノ之束の顔は徐々に赤みが優勢になり、トマトの如く真っ赤に染め上ったところで限界を迎えてぶっ倒れた。少しにやけているが、一体どんな夢を見ているのやら。

 傍観していた周りの小娘達は、まるで自分が口説かれたように色めき立ち始める。

 

「悪い人だ! あれは悪い大人の顔だ!」

「スミス先生……すっごい。私あんな事言われたら逆らえないかも……」

「年上の彼氏かぁ。強くて頭もルックスもレベル高くて……ちょっとエッチで……良いなぁ」

 

 一方、世界最強の女と世界最狂の女を一度に弄んだ恐るべきスケコマシは、大仕事をやり遂げた職人の表情で額の汗を拭った。

 

「ふ……仇は取ったぜ、オルコット嬢」

「何故そこでわたくしの名が出るんですの!?」

「えー、だってたばちゃんに泣かされたじゃん?」

「もうっ、原因の半分が小父様にもある事を自覚してくださいまし!!」

 

 頬を膨らませるオルコットと、それをあやす馬鹿。

 織斑千冬との奇妙な信頼で結ばれた距離感とは違う。篠ノ之束との悪友以上恋人未満の関係ともまた違う。さながら…………何だろう、飼い主と小型犬(チワワ)? 犬用ジャーキーくらい、あの馬鹿なら普通に持っていそうだから余計にそう思えてしまう。

 

「千冬姉と束さんをあんな風にできるのって先生くらいだよなぁ。俺には怖くて絶対できねぇ」

「僕やラウラとしてはできなくて一安心だけどね。一夏が先生みたいな性格になったらライバルが山盛りになる未来しか見えないもん……」

「同感だな」

 

 ああ、おかげでこちとらヤキモキしっ放しだよ――と言えたらどんなに楽か。

 旅行者を装うため、旅館に残した荷物には水着(スコール厳選)も含まれている。この暑さなら今から着替えても不自然ではないが……褒められたくて、似合っていると言われたくて着替えたと思われてしまうのが癪で仕方がない。着てくれと懇願されたら考えてやらなくもないけど。

 特別な関係。

 他の誰とも違う、あの馬鹿と自分だけの関係。

 硝煙の匂いに満ち、返り血に汚れていても、それでも他の女になど渡したくない繋がり。

 

(……お前が頑なに守ってるその『宝箱』の中に、私は入ってんのか……?)

 

 肩を並べて歩けるほどの強さがなくても。

 企みに付き合えるほどの頭脳がなくても。

 守りたいと思えるほどの愛嬌がなくても。

 あの馬鹿の『イイ女』でいたいと無意識に考えている自分はやっぱり――もうどうしようもなく手遅れで、後戻りできないところまで来てしまったのかも知れない。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「さーて、どうしたもんっかねぇ……」

 

 ビキニの姉上様が撫で応えのありそうな腹筋を持っていたり、脱いだたばちゃんが美味しそうなお腹とお尻に育っていたり、山田先生は相変わらず素晴らしかったり、大変眼福な光景でオジサンたまらんですたい――とか馬鹿やってオシオキされるまでが一連の流れなのはお約束だとして。

 問題はこっちのちっちゃな銀髪お嬢ちゃん達なんだよなぁ。

 

「私をパパ扱いする割に、近寄ろうともせんのよねあの子ら」

「頭からブレードを生やしたまま平然と立って話す人間がいたら、そりゃあ誰だって驚いて距離を取ると思いますが。と言うか、そんな血だらけでよく生きてますね?」

「私が私で私だから」

「それで納得させてしまうところが流石いーくんさんですね」

 

 はっはっは、よせやい照れるじゃねぇかくーちゃんよう。

 とまあ、用意してたトマトケチャップが早々に役立ったのはともかく、動物園で初めてライオン見た遠足中の小学生みたいな反応されてもこちらとしても困る訳で。肉食系って意味ではあながち間違ってもないが、せめてキリンとかゾウのポジションが良い。女の子に『わぁ、大きい……』と言われるのは男にとって最高の名誉――いやいやいや、今重要なのはそこじゃなくて。

 ブレードをくーちゃんに引っこ抜いてもらい、これからどうするかを二人で考える。

 

「……くー姉様(・・・・)の立場から提案させてもらえるなら――誰か一人適当に選んで、高い高いするなり頭を撫でるなりして甘やかせば、他の妹達も羨ましがって近寄って来ると思いますけど」

「そうけ? んじゃあ遠慮なく――くーちゃん高い高ーいっ」

「うわぁ人がゴミのようですー……ってどうして私なんです?」

「一番近くにいたから」

「なるほど。では仕方ないですね」

「そう、仕方ないのです。そんでもってー、抱っこして頭なーでなで」

「むにゃっ」

 

 うーむ、想像以上の撫で心地と抱き心地。あー癒される。

 未来(あっち)ではこの子にこんな事できなかったし――頼めばできたかも知らんけど、抱き締めた瞬間に日本刀とか青龍刀とか銃弾とか飛んで来る日常だったからなぁ。婚期を逃しそうで必死になるのは分かるが、単なるスキンシップにまで殺気立つなと何度叫んだ事か。なーでなで。

 

「うみゅ……ふにゃあ……」

 

 三十路が目前になるといよいよルール無用になってさぁ、確か二十代最後の年だったか、口裏を合わせたように――いや実際合わせてたんだろうけど『誕生日くらい二人きりで過ごしたい』とかそれぞれにおねだりされて、一流ホテルでディナーからそのままご宿泊コース、大量に注文されたシャンパンは何か仕込んであるのが見え見えで、極め付けに『今日はこれ(・・)……使わないよね?』とベッドの上で既成事実狙っちゃってます宣言。こっそり中和薬混ぜてなきゃヤバかった。

 

「んっ……そこ、くすぐったいです……」

 

 新婚夫婦とかなら『誕生日プレゼントは赤ちゃんが欲しい……な?』でも全然構わないと言うか少子化対策で頑張って励んでくださいと応援するが、酒の勢いに任せて順序無視して――ってのは間違っているだろう、やっぱり。なーでなでなで。

 その点で言えば、凰は彼女なりに手順を踏もうと考えていたらしい。なでなでほにほに。

 いきなり私の家に来て『一夏! 右でも左でもいいから親指寄越しなさい!』と要求された時は開いた口が塞がらず――婚姻届を握り締めているのに気付かなかったら『チャイニーズマフィアは小指じゃなくて親指でオトシマエつけさせるのか?』とかツッコミを入れちまうところだった。

 

「ふぁっ!? 耳の裏こしょこしょしちゃ、駄目っ……」

 

 私に言わせりゃあ、子どもより大人達の方がよっぽど自分勝手でワガママな生き物――

 

「独逸黒兎流潜入奥義! 必殺! ダンボールスライディング!!」

「極東布仏流即席秘儀! 究極! ゲシュペンストキィィック!!」

「背中痛あっ!?」

 

 思い出に浸ってたら、うーちゃんとのほほんさんからツープラトン攻撃をプレゼントされた。

 もう何なのよ一体。私キミらに何かやったっけ?

 理不尽な奇襲に対する非難を込めて彼女らを見やると、我が娘(義理)とキグルミスト(狐)は仲良くプンスカしながら私の腕の中を指差した。なでなでなーでなで。

 ……なでなで?

 あ……くーちゃんの事すっかり忘れちまってたよそう言えば。

 

「………………」

 

 息は絶え絶えで声もまともに出せず、蕩けきった金の瞳には涙が溜まり、唇の隙間からは今にも涎が零れ落ちそう――画的にも倫理的にもヤベェ状況になっちゃいましてさあどうしましょ。

 ひとまず撫でるのを止めて自分で立つよう促してみるが、下半身の力が完全に抜けているらしく私の方に倒れ込んでしまう。くそっ、ナデポ検定二級の弊害がこんなところで出るとは!

 

「日陰でちょっと休むか?」

「………………」

 

 私の胸に顔を押し付けたまま、くーちゃんはふるふると首を横に振った。

 

「もう少しなでなでしてください、とぉさま……」

「おおぅ……」

 

 やっちまった? やっちまったねぇ(自問自答)。

 怖ぁいお姉さん方とイギリス令嬢が依然として睨みを利かせてやがりますし、初心な山田先生は濡れ場ありの洋画を見た時みたいに両手で顔隠しちゃってるし、青春してる坊ちゃん嬢ちゃんズは恥ずかしそうにざわざわそわそわ。

 

「父よ! 次は私をなでなでして欲しいぞ!」

「せんせぇ私もなのだー!」

「キミ達は本当にブレないねぇ。欲望に正直で大変よろしい」

 

 んで、正直になったのはこの子らだけじゃないようで。

 甘える姉二人と着ぐるみのお姉さん(・・・・)に触発されたのか――私の娘とやらの何人かが、白衣の裾を両手で引っ張って存在をアピールし始めた。どうやら生まれ(・・・)が同じ十つ子でも、性格や嗜好などは各自で違いがあるらしい。えーとこの三人は……きーちゃんにえーちゃんにしーちゃん、か?

 

「くー姉様とうー姉様ばっかりずーるーいー! しーちゃんもパパと抱っこするぅー!」

「えーちゃんも! えーちゃんも!」

「高い高い、して……」

 

 えーちゃんとしーちゃんときーちゃんが私を引っ張って。

 あーちゃんがえーちゃんを引っ張って、いーちゃんがしーちゃんを引っ張って。

 さーちゃんがきーちゃんを引っ張って、かーちゃんがいーちゃんを引っ張って。

 けーちゃんがあーちゃんを引っ張って、おーちゃんがさーちゃんを引っ張って。

 やーれやれ、私の白衣は大きなかぶでもテーブルクロスでも地引き網でもないってのに。そしてこーちゃん、何故キミだけ私の頭によじ登ってスヤスヤ眠り始めちゃうのですか? 

 うーむ、子どもライオンにじゃれつかれるお父さんライオンの気分であーる。

 

「モテる男は辛いですねぇ先生」

「鏡見て言うこったな、少年」

 

 かくして。

 私を父と慕う女の子が、一気に十一人も増えてしまったのだった。




 今回のリクエストは、

 XXFAMIGLIAさんより、

・「ヴァカめ!!」(ソウルイーター:エクスカリバー)

 多くの方より

・ボン太くん(量産型)のコス

 狐禍野ハルさんより、

・千冬がアイアンクローの前に「私のこの手が真っ赤に燃える!お前を倒せと轟き叫ぶ!爆熱!!ゴッドフィンガー!!!」

 アスモおばさんさんより、

・アダルトサマーが千冬からアックスボンバー。

 マグロステイシスさんより、

・「まロい」(終わりのクロニクル:佐山)

 シラバカの樹さんより、

・「嘘だッ!」(ひぐらしのなく頃に、竜宮レナ)

 毛玉野郎さんより、

・ダンボールスライディングで体当たり

 めーりんさんより、

・「究極!ゲシュペンストキィィィィッッック!!」

 でした。

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