織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
チビちゃんず 「「「箱の中身はな~んじゃ~ろな~?」」」
きーちゃん 「ん~、クマさんのぬいぐるみ!」
チビちゃんず 「「「当たり~!」」」
オジサマー 「……何しとんの、あれ」
たばちゃん 「箱の中身当てゲームだって。あ、今度のはかなりおっきいね」
チビちゃんず 「「「箱の中身はな~んじゃ~ろな~?」」」
えーちゃん 「むに~……すっごく怒ってる千冬おばちゃん!」
チビちゃんず 「「「当たり~!」」」
オジサマー&たばちゃん 「閉じて閉じて早くフタ閉じて!?」
おばちゃん 「私はまだ二十代だああああっ!!」
オジサマー&たばちゃん 「ぎゃああああっ!?」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」
「…………部屋で飲んでた方が良かったか」
賑やかながらも珍しく平和だった夕食も終わり、時刻は午後八時半。
後は露天風呂で絶景を楽しむなりガールズトークに花を咲かせるなり、就寝時間まで思い思いに過ごすだけとなったが――大浴場に隣接する遊戯場に見回りも兼ねて足を運んだ千冬は、卓球台を挟んで繰り広げられている馬鹿二名の奇行を見て、早急に踵を返したくなる衝動に駆られた。
古めかしいゲームの筐体や卓球台がいくつか並んだ、よくある旅館の遊戯場――食い入るように観戦する生徒達の輪の中で、そのまま竹トンボみたいに飛んで行くんじゃなかろうかという勢いで大馬鹿と極馬鹿はラケットを振り回し続ける。
片や、金と赤のパワードスーツに身を包み、何故か車のバッテリーを担いだアメコミヒーロー。
片や、シルバーメタリックの鎧を纏った、
もう何処がどう変だとかツッコむ気にすらなれない。
「あれ、どっちがどう優勢なんだ?」
「僕に分かるワケないでしょ。速過ぎて何してるのかもよく見えないんだから」
長椅子に腰を下ろし、呆れ顔で試合を眺める篠ノ之とデュノア。
「ふむ、変わったぬいぐるみでいっぱいだな」
「鈴さん、これはどうやって遊ぶんですの?」
「ここに百円入れて、上のアームをこのボタンで操作するんだけどさ……これを景品に選んだ奴の気が知れないわ」
オルコットとラウラの関心はもっぱらクレーンゲームに向けられているようだが――凰が小声で漏らしたように、満員電車さながらにギッシリと押し込められたその異様な景品は、千冬の目から見ても万人受けするとは到底思えない代物だった。腹から臓物らしきものがこぼれ出ている動物のぬいぐるみなど、一体誰が欲しがるというのか。
「コオォォォォォォォッ!!」
「ホヤァァァァァァァッ!!」
ゾンビのような雰囲気漂うモツ出しアニマルの群れはさておき。
奇声を発して天井近くまで飛び上がり、宙に浮かんだままチャンバラしたり殴ったり蹴ったりのデビルジェネラルと鋼鉄男。天下一武闘会の決勝戦か何かか。
「木ノ葉隠れ秘伝体術奥義・千年殺し!!」
「刺激的絶命拳ッ!!」
卓球と関係のない技名を叫び、位置を入れ替えるように降り立つ馬鹿二名。
「時は動き出す……」
アイアン男が背を向けたままラケットを一振りすると――将軍の鎧兜が頭から両断されたが如く弾け飛び、何故かバニーガール姿の束が現れた。
……どうやら決着がついたらしい。
「にゃああああああっ!? はずかちっ!」
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
「…………気は済んだか馬鹿共。終わったのならさっさと部屋に戻って大人しくしていろ」
ああ頭が痛い。
明日は丸一日使ってISの試験運用やらデータ取りやらをしなければならないのだ。こいつらがハイテンションぶっちぎりで翌日ヘロヘロになろうがどうでもいいが――ただでさえ昼間の騒ぎで生徒達の疲労が溜まっているのに、これ以上巻き込んで余計な体力を使わせる訳にはいかない。
「えー? でもちーちゃん、夜は始まったばかりだよ? これからがオトナの時間だぜ!?」
「そうですよ織斑先生。せっかくピンポンしてたのに……」
「テニスとバドミントンのラケットでか? そもそも玉なぞ使っちゃいなかったろうが」
「「最初の一振りで木端微塵になりました」」
「旅館の備品を壊すな!!」
と、そこでふと違和感。
メタルスーツを着込んで素顔を見せようとしないスケコマシが――どうにも目の前にいない気がしてならないのだ。もっと言えば、中身のない風船人形とでも話しているかのような。
「おい貴様……今何処にいる?」
「なっ、何の事でっしゃろか織斑先生?」
あからさまな動揺と、よくよく聞けば気が付くスピーカー越しの声。
つまり……
「あや? ちーちゃんどちらへ?」
どちらへだと?
そんなの決まっている。
傀儡まで使ってしょうもない根性を発揮しやがっているあの浮気助平が、鼻の下を伸ばしながら息を殺して潜伏しているであろう場所だ。
遊戯場と大浴場を結ぶ渡り廊下を駆け抜け、途中ですれ違った仲居の奇異の視線も、興味津々に後をついて来る生徒達の事も気にせず、ただ目的地へとひた走る。
そして咄嗟の判断が功を奏したのか――中に忍び込もうとガサゴソ蠢いている不自然極まりないダンボール箱を、女性用脱衣所の入口の前で発見した。ちなみに今は山田先生が入浴中のはず。
「こ、の――なぁにをやっとるか貴様ぁぁっ!!」
沸点突破。
床に触れそうな低い抜刀姿勢からの逆袈裟斬り。
並みの相手なら到底避けられるものではないし(使う気もないが)、千冬自身も何時にも増して冴え渡っていると実感できる太刀筋だった。
しかし、どれだけ馬鹿で阿呆でスケベで女心に気付いてくれなくても、千冬や束が認めるだけの実力者である事に変わりなく――斬り裂かれて微塵に飛び散ったのはダンボールばかりで、寸前に飛び出した中身は五体満足で傷一つないのであった。
……上映前にスクリーンに現れる映画泥棒そのままの格好で、最近何かと縛られている事が多い簀巻き状態の愚弟を脇に抱えてはいたが。
「おのれ、まさかこうも早く看破されるとは……!」
「だから千冬姉には絶対バレるって散々言ったじゃないですか! つか殺される! このままじゃ冗談抜きで殺されるー!」
「馬鹿野郎、少年テメェ馬鹿野郎! 露天風呂って単語だけで増すエロさ! 湯煙の中にうっすら見える艶めかしい女体! それを目と脳髄に焼き付けずして何が男だ! 痛みも恐怖もその代償に過ぎねぇだろうが! そう、これは安い言葉で説明できるような理屈じゃあない! 強いて言葉にするなら、これはもう……妖怪の仕業と言うしか――!!」
「妖怪は貴様だろうがこのエロガッパぁっ!!」
「ぶふぉっ!?」
「「「牙突零式イッたー!?」」」
渾身の刺突を顔面と言おうか目と言おうか、とにかくカメラのレンズ部分に叩き込まれ、膝から崩れ落ちる変態――恐らくそれすらも演技でさしたるダメージもないだろう。
「ぐっ……こうなったら致し方ない! 行け、少年!! 生きて未来を切り開け!!」
「死ぬ未来しか見えませけどぉぉぉっ!?」
縛られたまま、脱衣所の中にジャイアントスイングで投げ込まれる愚弟。
「男が男に夢を託して何が悪い!」
『悪夢じゃねぇか!! あ、ゴメンナサイ山田先生お邪魔してま――…………うわぁ』
『ぁれ……? お、おお織斑君!? え、こっち女湯……どどどうしているんですかぁ!?』
どうやら、風呂から上がったばかりの山田先生と運悪く鉢合わせしたらしい。
女難の類には枚挙に暇がない弟だが、内容がエスカレートしている気がする。このままの状態が続いたら一体どんな大人になる事やら。でもってその『うわぁ』は何を見ての『うわぁ』なのか。
「…………さて、そろそろ乗り込むとするか」
「奇遇ね。あたしも同じ事を考えてたところよ」
「あは、もうしょうがないなぁ一夏は。あっははははは♪」
「む、なら私は……」
篠ノ之は土産売り場にあった木刀を。
凰は喫煙コーナーの大理石製の灰皿を。
デュノアは柱の陰に常備されていた消火器を。
馬鹿に気を取られて出遅れたラウラは、少し悩んでから木彫りの熊の置物を選んで。
全然笑っていない笑顔を浮かべて周りを引かせながら、だらしない愚弟を折檻すべく脱衣所へと消えていった。中からは肉を殴る鈍い音と山田先生の短い悲鳴が聞こえてくる。
過程はどうあれ、見てしまったのは事実。
弟への仕置きはこのままあの四人に任せるとして――
「束、あの馬鹿は何処だ?」
「はにゃ? そういやいないね」
「織斑先生、篠ノ之博士。小父様ならあちらに……」
不機嫌全開なオルコットが睨む先では、騒ぎを聞きつけてやって来た女将を馬鹿が口説いている真っ最中だった。コスプレを解いて浴衣に着替え、彼女の両手をしっかり握って――この距離だと会話は届かないが、女将もまんざらでもなさそうに頬を染めてるし、こっちをほったらかしにして何をやってやがるのだあの女たらしは。
「………………」
「………………」
「………………」
わざわざ言葉にしなくても、三人の意見は一致していた。
本気で斬り殺すために愛用のブレードを抜刀し、オルコットも拡張領域からレーザーライフルを呼び出すが――それよりも束が「ふぅんぬらばぁー!!」と自動販売機を投擲する方が早かった。
咄嗟に女将をかばって壁と自販機にプレスされる馬鹿。だがその程度では腹の虫が収まらない。
さあ――風呂の前にひと汗流すとしよう。
◆ ◆ ◆
「はぁ……」
お湯が疲弊した身に染み入り、セシリアは思わず息を漏らした。
湯船の大きさなら寮の大浴場も負けてはいないが、夜色の海と星空が無限に広がるこの開放感は露天風呂でしか味わえない。夕食で出された海鮮和膳も絶品で、日本の温泉旅館の秘められた力をまざまざと見せ付けられた。これが学業の一環である事さえ忘れてしまいそうになる。
問題があるとするなら、生徒に割り当てられた入浴時間を過ぎている事くらいか。
「騙したのは気が引けますけど、こうでもしないと落ち着いて入れませんもの……」
大人数で入ると、必ずと言っていいほど身体の触り合いになる。
スキンシップで済むなら良いが、やれ『アンタまた肥えた?』だの『そうなのよ、お気に入りのブラがキツくなっちゃって』だのと乙女の意地やプライドも少なからず含まれていて、最終的には胸や腹回りの肉を揉みしだき合う羽目になるのがお約束だった。
賑やかで和気藹々とした風呂も嫌いではないが――巻き添えを食って揉み倒される場合が大半なセシリアとしては、一人でゆっくり入浴したいという欲求もあるのだ。それこそ『ちょっと実家に電話を……』と嘘を吐いて部屋を抜け出す程度には。
まあ、どんな理由にせよルール違反には変わりなく――因果応報とでも言おうか、脱衣所の戸を開ける音が聞こえ、セシリアは慌てて身を隠さなければならなくなってしまった。
入ってきた人影は二つ。
(……よりにもよって織斑先生と、あの女性は昼間の……?)
総岩造りの露天風呂――その一角を形成する巨岩の陰からこっそり様子を窺う。取水口が間近にあるため熱くてのぼせそうだが、見つかって夜通し説教されるのに比べたらまだマシだ。
どうやら脱衣所で鉢合わせしたらしいが、黒と金の二人は会話もなく――視線さえ交える事なくかけ湯をして、妙な距離感を保ったまま湯に浸かり始めた。
出るに出られないこの状況、一刻も早く上がってくれる事を祈るセシリアだが――
「昼間は、申し訳なかった。うちの馬鹿共が迷惑を掛けて……」
「……別に。元々予定なんかない旅行だし……暇も潰せたからむしろ助かったさ」
何の変哲もない世間話。
だが何故だろう。
千冬が刀の鯉口を切り、金髪女性が銃の撃鉄を起こす――そんな
「まあ、明日は他の女に誑かされないよう私が
「…………あァ?」
戦いのゴングが高らかに鳴り響いた。主に頭の中で。
タイガーなマスクを被ったのほほんさんが木槌でもって楽しそうに連打する光景が脳裏に浮かぶあたり、自分も毒されてどうしようもない末期状態なのかもしれない。何このイメージ。
それはともかく。
「……いやいや、そこまで気を回してもらわなくても平気さ。生徒の面倒も見ないといけないのにアイツの見張りも、とか大変だろ? 首輪も着けられないなら、何時でもこっちに寄越してくれて構わないぜ、先生? そんじょそこらの女じゃアイツの相手は務まらねぇもんなぁ?」
「…………ほぉ?」
千冬の口角が吊り上り、見た事もない獰猛な笑みを浮かべる。対する金髪の女も負けじと凄絶に口元を歪ませ、その空間だけ気温が絶対零度になったような錯覚に襲われた。
一夏を巡る箒と鈴の小競り合いなどとは、レベルが明らかに違い過ぎる。
(ひいいいっ!? メーデーメーデー! 上は洪水、下は大火事、一寸先は
ぶっちゃけ超怖い。
愛しの小父様の争奪戦となれば是非とも参戦したいところだが、龍と虎が睨み合っている状況にチワワが乱入したところで――おそらく相手にすらならないだろう。前足で軽くペシッ、とされて一発退場が関の山だ。やはり小動物は小動物らしく、猛獣にはない愛くるしさで勝負すべきか。
その猛獣二名は、周囲を凍結させながらさらにヒートアップしていく。
「何時だったか、私の留守中にあの馬鹿が学園から抜け出した事があってなぁ。帰って来た時には女の匂いがあちこちに染み込んでいて鼻が曲がりそうだったぞ。そして不思議な事に、同じ匂いをついさっき嗅いだ気がするんだ。場末の娼婦のように品がなくて甘ったるいだけの体臭を、な」
「…………へぇ、そりゃあまた奇妙な偶然もあったもんだな。けどよ、アイツが別の女を選んでも仕方ないんじゃねぇのか? 彼女面してるクセに何もしない冷凍マグロみてぇな女より、ベッドで満足させてくれる女の方が良いに決まってるもんなぁ? ああ、この国じゃ『鬼の居ぬ間に』とか言うんだったか?」
そこが臨界点だった。
ほぼ同時に立ち上がり、同性でも息を飲む美しい裸体を月下に晒す二人。しかし形相は女神から遠くかけ離れた、悪鬼羅刹も腰を抜かして這いずり逃げそうなもの。日本には『ナマハーゲ』なる怪物の伝説があるらしいが、あれがそうなのか。
「なます切りにするぞヤンキーの売女風情が」
「鉛玉で『使える』穴ァ増やしてやんよ。男共が悦ぶぜ?」
言う事がいちいち恐ろしい。
このまま放置したら本当に血が流れかねない雰囲気だが――岩陰で身を縮めるセシリアに救いの手が差し伸べられたのは、二人が拳を交えようとした正にその時だった。
脱衣所の戸を開ける音が、今度は高い仕切り板の向こう側――男湯の方から聞こえた。
そして、後を追って飛び込んで来る大勢の幼子の声。
『パパ、おっきなおフロ誰もいないよ。泳いでいーい?』
『ラッコさんごっこはー?』
『こーらー、泳ぐのもラッコさんごっこも桃型潜水艦もダーメだっての。露天風呂にゃ露天風呂のマナーってもんがあるんだ。みんなもう七歳なんだから、くー姉ちゃんとうー姉ちゃんの言う事を聞いて喧嘩とかしないで入るよーに』
『『『はーいっ♪』』』
「む……」
「…………チッ」
とんでもない皮肉もあったものだ。
いい年して風呂で喧嘩していた成人女性二名は、子ども達の素直な返事を聞いてばつが悪そうに顔を背け、どちらからともなく再び湯の中に身を沈めた。ああまで言われては、礼儀を弁えている大人として流石に矛を収めざるを得ないか。
『先生やこの子らは生徒じゃないから良いとしても、俺とかとっくに入浴時間過ぎちゃってるからマズいんじゃないんですか、これ……? あとどうしてラウラとクロエまで男湯にいんの!?』
『私とくー姉と父は親子、そしてお前は私の嫁だ。家族なのだから一緒でも問題はなかろう?』
『問題だらけだっての! せめてタオルで前を隠すくらいしろよ!?』
『私達は別に恥ずかしくありませんが?』
『俺が恥ずかしいんだってば!』
シャルロットは前に一夏と一緒に入ったらしいから強くは言えないだろうが、箒や鈴に知れたらまた血の雨が降りそうである。降水確率ならぬ降血確率100パーセント、的中したところで別に嬉しくも何ともない。
「……おい、大事な弟が混浴してんぞ。止めなくて良いのか?」
「それで間違いを起こせるような甲斐性が弟にあるなら、身内としてはむしろ一安心だな。石鹸で滑って押し倒すくらいはするかも知れんが、何処かの女たらしと違ってあいつは――」
(ヘタレ、ですものねぇ一夏さん……)
『『へーくしょいっ!!』』
「…………」
「…………」
(…………)
…………息ぴったりですコト。
◆ ◆ ◆
……せめて。
せめて、風呂に入っている間くらい羽を伸ばしたい――そんなくたびれたサラリーマンのような願いさえ叶わないのかと、オータムは満天の星空を仰ぎながら辟易した。
定時連絡ではスコールがあの馬鹿と何か進展があったか聞きたがるし、露天風呂に来たら来たで織斑千冬とまさかの遭遇。部屋に戻るのも逃げるみたいで癪だから、そのままなし崩し的に並んで入浴している訳だが――どうやら世界最強の座に今なお君臨し続けるこの女は、世間が抱いているイメージとは裏腹に喧嘩っ早い性格だったらしい。
(……まあ、私も他人様の事ぁ言えねぇけど)
潜入工作員に必要なのは技術より何より忍耐力。それこそ、パーティー会場でスケベ親父に尻を撫で回されても笑顔で返し、後でこっそりブチ殺す程度の我慢強さは必須になる。
けれども、あの馬鹿絡みとなるとどうにも感情的になってしまう。身分や性格を偽らなくて済む解放感からなのか、それとも、もっと分かりやすい理由で素直になってしまうのか――誑かすのはこちらの専売特許なのに、逆に誑かされてしまっているのだから苦笑しか浮かばない。
もっとも、岩陰からこちらを覗き見ている
『ねーねー、パパのここ、おっきくなってる』
『ほんとだぁ、おっきくなってカタくなってるー』
(((!!??)))
女湯に緊張と戦慄と、ついでにピンク色の妄想が駆け巡る。
いやまさか、いくら何でも、両手の指で足りる年齢の娘達に対して下心を抱くような、ましてや触らせて悦に浸るような男ではないと信じているが――
『いちかにーちゃのはちっちゃくてぷにぷにしてるね』
『そりゃあまあ、流石に先生のと比べたらなぁ。だけど俺だってトレーニングとかしてるし、実は結構自信あるぞ? ほら』
(((
板一枚隔てた向こう側で、一体何が行われているのか。
イギリスの令嬢は情報処理が追いつかなくなってオーバーヒート寸前だし、織斑千冬に至っては顔を湯に浸けてブクブクさせてるし――まあ、馬鹿だけではなく、血を分けた弟まで鍛えたらしいナニか(おそらく中サイズ)を幼女に見せびらかしている現状なのだから無理もない。
『いーくんといっくんのアレがおっきくなっちゃったと聞いてー!!』
そして最悪な事に、男湯にさらなる
その直前に大きな水音がしたから、飛び込んだか潜って隠れていたか――どちらにせよ、男湯も女湯も安らぎからは遠くかけ離れてしまった。
仕切り板をぶち破って怒鳴り込んだとして、臨戦態勢になったアレ(大きいのと中くらいの)が向こうで待ち構えているのは確実。いやまあ、うん……記憶にないが大きい方とはそれなりの事もやったけど、改めて、面と向かって見ちゃったら多分恥ずかしさでフリーズするか最悪死ねる。
結局のところ、オータムは自分で思っている以上に――それこそ、のぼせてぐでっとタレているチワワなお嬢様並みに、惚れた男限定ではあるが下ネタに対する免疫がないのであった。
◆ ◆ ◆
「いーくんといっくんのアレがおっきくなっちゃったと聞いてー!!」
「ぶふぉっ!?」
興味津々なあーちゃんに、固くした上腕二頭筋――いわゆる力こぶをぺちぺちぺたぺた触らせて遊ばせていると、湯の中からほとんど素っ裸のお母さんウサギがご登場しなすった。とすると私はお父さんウサギになる訳だが、中年男性のウサミミなど需要皆無だろう。じゃなきゃ罰ゲームだ。
洗髪中のうーちゃんも不意の出来事にビクッとなってカノン砲を召喚しちゃうし、チビっ子達は床に伏せて白桃のような尻を風呂桶で隠してるし――前者はともかく後者は何がしたいのか。
「束様、成人した女性が男湯に乗り込むのはどうかと……」
「てか何なのよそのカッコは」
「何って、たばかっぱちゃんだぜぃ! 似合うかしらん?」
頭にシャンプーハット、背中には甲羅、口にはクチバシ型酸素マスク。それ以外はタオルすらも身に着けていない生まれたままのお姿。相撲が大好きでキュウリをむっしゃむっしゃ頬張りそうな出で立ちだが、もろに見てしまった少年が鼻を押さえて顔を背けるくらいの破壊力はあった。
「頭の上じゃなくて頭の中に花が咲いてそうですね」
「昔の日本酒のCMにいたなぁこんなキャラクター……」
ンな事言ってたら冷酒が飲みたくなってきたが、それは風呂上りの楽しみにするとして。
「腹見せるのも恥ずかしがってたのに、こーゆーのは躊躇わないのね?」
「だってぇ、私のお腹が好きっていーくん言ってくれたし、おにゃのこな部分にはバンソーコー貼ってるから見られてもへっちゃらなのです!」
「……ああ、そうッスか」
道理で隠そうとすらしない訳だ。ってかまだ気付いてないなこりゃ。
胸を揺らす18禁東北妖怪に、私と長女はやるせない気持ちになり同時に溜め息を吐いた。
ここで脳と下半身が直結した行動がとれるなら、そもそも学生時代に『朴念神』なんてアダ名は付けられなかった。それ以前に、父親が娘の前で張る意地と見栄はオリンポス山より高いのだ。
「たばちゃんや……非常に言いにくいんだけどもさ……」
という事で、紳士の皮を被った狼らしく色々目に焼き付けながら、ぷかぷか漂う『それ』を指で摘まんで彼女に見せた。
「絆創膏、ふやけて全部剥がれちゃってんぞ?」
「…………………………んんー?」
まずは胸、次に下を確認し、私とくーちゃんの呆れ顔を見て――
「ふんに゙ゃああああああああああっ!!?」
たばちゃん大絶叫。
熱さをおっかなびっくり確かめていたうーちゃんがバランスを崩してドングリの子どもよろしく湯の中に転がり落ち、チビちゃんズはやっぱりうつ伏せになって風呂桶で尻を隠す。だからそれに何の意味があるのかと。
「見んといてえぇっ! こんな恥ずかしい私を見んといてえぇっ!!」
言うが早いか、仕切り板を軽々飛び越えて女湯へ逃げる天災UMAもどき。そんなところばかりウサギっぽいんだから……あ、今はカッパか。最早何の生物なのかよく分からん。
「……散々見せ付けといて何を仰るんだか」
「束様が恥ずかしい人間なのは今に始まった事ではないですしね」
「さらっとヒドい事言うねキミも」
「うー姉様がおぼれてるー!」
「えーせーへー! えーせーへー!」
「いちかにーちゃんどーして逃げるのー?」
「俺のそばに近寄るなああーッ!!」
お揃いの暗視ゴーグルではなくピポヘルを被った
自前の雪片の零落白夜を見られまいと、前傾姿勢でちょこちょこ逃げ回る少年。
たばちゃんが逃げ込んだ隣もバシャバシャと何やら騒々しい。
だからキミ達、お風呂は静かに入りなさいと言ってるだろうに……。
はい、遅くなりまして。
今回のリクエストは
落陽天狐さんより、
・アイアンマンのマーク42
・「せっかくピンポンしてたのに」(ラケットを持っていない手で車のバッテリーを持って)
RaijinPXさん、i-pod男さんより、
・「無駄無駄」「オラオラ」の応酬
ヌシカンさんより、
・悪魔将軍のコス
・「木の葉秘伝体術奥義、千年殺しー!」
和道さんより、
・臓物アニマルのぬいぐるみ(けんぷファー)
真庭猟犬さんより、
・「刺激的絶命拳」(ギルティギア:ファウスト)
ナナシの狐さんより、
・映画どろぼうのコス
ケツアゴさんより、
・臨海学校で大人一夏がワンサマーにのぞき提案、殺されるという反論に
・「痛みも恐怖もその代償にすぎねぇだろうが!」(ブリーチ)
・ばれたときにワンサマーを投げ入れる
・「男が男に夢を託してなにが悪い!」(ワンピース)
でした。