織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
春の日差しが柔らかく差し込む廊下を、麗しの姉上様と並んで歩く。
二、三年生のクラスがあるフロアはさほどでもなかったが、ついさっき入学式を終えたばかりのヒヨコちゃんが押し込められたこの辺は何と言うか……フワフワと浮ついて落ち着きのない気配が廊下にまで漂っている。いやはや若いっていいねぇ。オッチャン羨ましいよ?
織斑先生もこの若さの毒気に当てられたのか、眉間にシワを寄せて不機嫌そうに言う。
「まったくこの忙しい時期に、委員会の連中もとんだ面倒事を押し付けてくれたものだ」
「本当ですねぇ。ただでさえ世間は何処かの少年のおかげでてんやわんやだと言うのに」
殺人出席簿が裏拳のように喉元めがけて襲って来た。ブリッジして避けた。わさわさ。
「――チッ。自覚がないのかお前は」
「はっはっはっは。昔の友人にも『お前って殴りたくなるくらいニブチンだよな』とよく言われた実績があるもので。ってか容赦なく急所を狙っておいて舌打ちはないでしょ」
「お前なら五分もすれば平然としてるだろう?」
失礼な。二分あれば全快だっての。
ともあれ、面倒事と言うなら確かにオネエサマの仰る通りだ。本来ならば政府直下の隔離施設で厳重に監視されていても不思議じゃない私が、事もあろうに貴重な研究データと各国代表候補生がわんさか存在するIS学園をブリッジ体勢のまま移動しているのだから。わさわさわさ。
「ふんっ!」
「げはぁっ!?」
某格闘少年のように黒光りなゴッキー先生の動きを真似ていたら、パンプスの踵で腹を思い切り踏みつけられた。手足の踏ん張りが効かなくなってベチャリと圧し潰され、冷え切った関係の床と熱烈なキスをかます私の後頭部。そしてちらりと見えた下着は黒だった。おっとなー。
「ふ、ふふふ、努々油断しない事だな。私を倒しても第二第三の私が……いたらどーしよ」
「知るか。そうなったら徹底的に踏み潰してやるまでだ」
「パピヨンマスクのボンデージスタイルで蝋燭とムチ持ってですか――御免なさいスミマセンもう言いませんですハイ。だから踏みつけ秒読みは止めてください」
ストッキングに包まれたパンツがまた見えちゃってますよー。
とか何とかスキンシップしてる内に、目的の教室に着いてしまった。
雰囲気とは裏腹に奇妙な緊張感が漏れる一年一組のドアの前で、織斑先生は私に指を突きつけ、
「いいか良く聞け。監視が必要な以上お前が私の目の届く範囲にいるのは仕方ないが、くれぐれも余計な真似はするなよ。もう一度言う。く・れ・ぐ・れ・も――私の手を煩わせるようなふざけた真似はするな。分かったな? 分かったら牛のように反芻しろ」
「
モチロン重々承知しておりますとも教官殿。
「それはもしかしなくても
「死に晒せ」
「モ゙ッ!?」
綺麗なお御足で見事な延髄蹴り。三度パンツ。本日はパンツデー也(姉限定)。
「軽いジョークなのに……」
「身も心も軽くしてやろうか? ああ?」
「魂だけにされちゃうのはノーですなぁ」
「とにかく、私が呼ぶまでここで静かにしていろ。……逃げるなよ?」
「ご心配なく。
左腕に嵌められたリングを見せて笑う。
政府経由で私用に送られてきた身分証明証なのだが、実はこれ、とある国家の凶悪犯収容所でも採用されている発信機付きの小型爆弾だったりする。
国際IS委員会と学園長の許可なく学園の敷地から出たら、警告音が鳴り響いて――ボンッ!
対となるもう片方のリングから一定距離以上離れても、これまた連動して二つとも――ボンッ!
たかが手首、吹き飛ばされたところでどうともないが、唯一にして最大の問題は、対のリングが織斑先生の手首に嵌っちゃっている事でして。
「にしても、わざわざ織斑先生が着けなくても良かったでしょうに」
「お前と互角に渡り合えるのは私だけ。ならば他の誰でもなく、私の身を犠牲にするのが筋だ」
「……確かに効果は抜群ですけどね」
流石にこっちの身勝手で姉上の手を台無しにする訳にもいかない。ある意味で最高の人質だ。
ゴキメキバキッと首の据わりを確かめる私を廊下に残し、織斑先生は教室の中に消えた。
『――自己紹介くらいまともにできんのかお前は』
すぐに出席簿の殴打の音が聞こえてくる。
『げぇっ、鮭とば!?』
『誰が東北地方の珍味か! それを言うなら赤兎馬だ! そして誰が馬だ!!』
『いや馬って言ったの千冬姉じゃん!?』
『織斑先生と呼べぃ!!』
『理不尽っ!?』
でもって再び打撃音。脳細胞一万個死亡。
うーむ……ここぞとばかりにストレス発散してらっしゃいますねぇ姉上様も。原因を作ったのが私ならぶっ叩かれているのも過去の私なので何とも微妙な気分ではあるが。
……さてと。
鬼の目もなくなったし、私もそろそろ準備しようかな――遺書とかの。
◆ ◆ ◆
『私の仕事はまだ卵の殻も取れていない諸君らにISの知識と技術を叩き込み、一年間で最低限の使い物に鍛え上げる事だ。命令は絶対服従、口答えも許さん。全てに「はい」か「イエス」だけで答えろ。いいな?』
何処の軍曹ですかアナタは。気のせいか内容も私の記憶より過激になっているような……。
アメリカ海兵隊もびっくりな演説に対し、しかし存外肝の据わっている1年1組の連中――私の元クラスメイトのお嬢さん方は、
『きゃー! 本物よ、本物の千冬様よ!』
『私、貴女に会うためだけに入学しました!』
『写真やテレビで見るより凛としててステキですぅ!』
「でも私生活は驚くほどだらしないですよー」
衣装のせいで聞き取り辛くなるかと思ったけれど、織斑先生に恋(?)する乙女達の嬌声は私の想像以上であり、くぐもってこそいるが教室内の様子を知るには十分な声量だった。それどころか両隣のクラスから苦情が来そうなくらい喧しい。
昔の私はよく我慢できるな、つーかできたな。
やっぱアレか、私が失ってしまった若さかチクセウ。
『……よくもまあ、毎年これだけの馬鹿者が集まるものだな。愚弟にしろあの馬鹿にしろ、今年は特にクセが強くて厄介そうだ』
「クセが強いのは貴女も同じでしょうに」
ところでワタクシ、今現在ドアにへばりついてコッソリ傍聴している最中でございます。警察を呼びたければ呼ぶがいい。すぐ逃げるから……ってあら? 足音がだんだんとこっちに――
「聞こえているぞ馬鹿者!!」
「おごっ!?」
蹴りでドアぶっ壊しやがったよこの人! 姉さんだから仕方ない? それもそうか。
「お前は私を苛立たせる天才か? 静かにしていろと言ったよなぁ? 誰の私生活がだらしなくてクセが強いってぇ?」
「ぐへっ、はがっ、ごめんなさっ!?」
倒れたドアと床に挟まれてプレス、プレス、プレス。
ああ、せっかく新調した白衣が早くも埃だらけ。
「ストップ、ストーップ千冬姉! 死んじゃう、誰だか知らないけどそれ以上踏んだら中身が出てその人死んじゃうから! それに千冬姉がだらしないのは俺も否定できないから!」
「織斑先生と呼べと言っているだろうが一夏、いや織斑!! 今この場でコイツの息の根を止めておかないと私の調子が朝から晩まで狂わされてしまうんだぁ!!」
「既に狂わされてるよ!?」
「フッ……心配するな
もうクッシャクシャだけどほら――『遣書』。
「字ぃ間違ってますよ!?」
だぁれか助けてー。山田先生でも良いから助けてー。無理だろうけど。
「……同じ名字だし、やっぱり織斑くんと千冬様って姉弟なのかな?」
「それより、興奮してるお姉様もカッコイイわねー」
「カッコイイって言うより顔が赤くて……エロい?」
「私もあんな風に踏んでほしいなぁ……」
「「キミ達しっかりして!?」」
あ、自分とハモった。中々ない経験である。
とにもかくにも、やーれやれっと。
「いやー助かったよ少年。危うく煎餅みたいになるトコだった」
「はぁ……どう致しまして。ほら千冬姉、どうどう」
「フーッ、フーッ、フーッ…………織斑先生と呼べ」
「あ、そこだけはツッコむんだ……」
どうでもいいけどカルシウム摂ろうね織斑先生。
さてさて壇上に立ちまして。
「えー、突然出て来てワケワカラン人もいるでしょうけど、まあとりあえず初めまして。皆さんと違って生徒じゃないので授業に参加はしませんが見学者です。名前はジョン・スミスでも田中太郎でもハンス・シュミットでも好きに呼んでください。ちなみにスリーサイズはバストもウエストもヒップも129.3cm、ジャンプ力は129.3cm、力は129.3馬力でネズミから逃げる速さは時速129.3kmです。ドゾよろしく」
『……………………』
おや、少年も山田先生もみーんな私の顔を――私の丸い被り物を見てポカンとしてる。
『…………ドラ○もんだーっ!!』
「失礼な。ベアッ○イⅢです」
確かに未来から来た半分ロボットみたいなものだけどさ。
そして私は大山○ぶ代派です。
さーて次回からオルコッ党のターン。