織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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006. 突っ走る猿

 やあみんな、ボク織斑一夏だよ。ハハッ(裏声)。

 ……止めよう、夢の国から刺客が来てしまう。

 

 では気を取り直して。

 

 過去に経験した物事を別視点から改めてもう一度傍観するという行為は、アルバムを見て記憶を整理するのに似ている。

 最初こそイレギュラーな事態が(主にワタクシのせいで)発生したものの、残念ながらその後は特筆したくなるような事は起きなかった。

 少年が『ボクはバカです』発言をかまして山田先生の教師根性を圧し折ったり、ISの参考書を古い電話帳と間違えて捨ててしまったり、それが原因で鬼教官こと姉上に一週間以内の詰め込みを強制させられたり、休み時間にオルコット嬢が喧嘩を買いに来たり。

 まあ概ね、私の記憶通りの筋道を辿った。

 再会した篠ノ之との一幕も野次馬に混じって見学してみたのだが――昔の私がどうしようもなく救いようのない阿呆である事が分かって良かったのやら悪かったのやら。

 

 敢えて言おう――何やってんだ一夏(テメェ)

 あんだけモッピーに好意を向けられているのに何故気付かんかねまったく!

 お前もだ篠ノ之! 

 照れ隠しの肉体言語の前にまずはっきり『好きだ』と言ってしまえ!

 

 体育倉庫とか保健室とか空き教室とかに二人まとめて閉じ込めて、大人の階段を強制三段飛ばしさせてやろうかと考えた私は悪くないと思う。普通に売ってるアロマも私の調合次第で効果抜群になるんだからな!? どの部分にどう効果抜群かは言わないけど! 試しに街頭で無料配布したら強力過ぎてケミカルテロ扱いされたけど!

 

 閑話休題。

 

 少年の朴念仁具合はさておき、当然と言えば当然、篠ノ之やオルコット嬢の他にも見知った顔がいるので懐かしさを感じずにはいられない。

 その代表格が我が人生でも一、二を争う癒しマスコット――のほほんさん。

 少女な彼女からすれば私とは『再会』ではなく『初対面』となる訳だが、とにかく実に有意義で貴重な時間を過ごせた。

 会話の一部を抜粋するとこんな感じ。

 

『ねーねー先生、そのクマって自分で作ったのー?』

『先生じゃねぇんだけども――そう、夜も寝ないで昼寝して作った私の力作なのっさ! 見よこの計算し尽くされた曲線を! 愛らしさを追求した瞳を!』

『おおー、匠の技だね!』

『フフフフ、私の事は着ぐるみ界のクリーパーと呼んでくれたまえ。しかしそう言うキミも中々のコスプレイヤー、否、着ぐるみをこよなく愛する強者――キグルミストとお見受けする! ならばお近づきの印にコレを進呈しようではないか!』

『にゃんと……こ、これはぁ!?』

『如何にも、私とお揃いのベアッ○イⅢヘッド――しかもキミの身長に合わせてサイズを縮小した特別版だ。何処に持っていたかだって? 愚問だねぇ、ISの拡張領域に収納していたに決まっているじゃないか。そんな事より是非被ってみてくれたまえ! 今日からキミもベアッ○イ!』

『わぁい♪』

 

 勿論、着ぐるみ大好きのほほんさんは快く被ってくれた。

 教室の後ろで『イエーイ!』と仲良くハイタッチする二匹の黄色い熊さんもどき。記念写真まで撮った私が言うのも何だけどアレだ、ものすごくシュールな光景だった。

 でもって現在。

 休み時間も終わり、三時間目の授業が始まった。

 そう――私の事実上の初戦、オルコット嬢との試合が決定された場面である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 場の空気が読めず、言動も高飛車ではあるものの、むしろ、断るに断れない渦中に放り込まれた少年にとって――過去の私にとって、周囲の流れに臆する事なく反対の意を示したオルコット嬢はとても心が強く、有り難い存在だったのではなかろうか。

 教室の後ろで静観しているとそれがよく分かる。

 授業を開始する前にクラス代表を決めなければなと織斑先生が言い出し、クラスメイトの誰かが少年を推薦。呆気に取られる少年を尻目に賛成票は集まり続け、ほとんど満場一致で誰も待ったを掛けられない状況が出来上がる。

 たかがクラス長、されどクラス長。

 一般校で学級委員の仕事を押し付け合うのとは訳が違う。

 極東の猿だとか後進的な国だとか、居丈高に放った言葉が侮辱に近かったとしても、操縦技能の優劣でクラス代表を決めようとするオルコット嬢の主張そのものは実に正論だ。

 ISを動かせるだけ(・・)の少年を代表に推す――それがどれだけ大穴狙いの博打になるか、好奇心や物珍しさに惑わされず冷静に考えれば分かるだろうに。

 後々に控えているクラス対抗戦で優勝を――と言うか学食デザートの半年フリーパスを目の色を変えてまで狙うのなら、IS稼働時間が頭一つ抜きん出ている専用機持ちを座に据えた方が勝率も上がるはず。この時はまだ織斑一夏(わたし)は天災謹製の白式を与えられておらず、稼働時間が十時間にも満たない訓練機で戦う可能性だってあったのだから尚更。

 なのでワタクシ個人的に、心の中でオルコット嬢をめっさ応援しております。

 

「イギリスだって自慢できるような食文化じゃないだろ。メシマズ世界ランキング何年覇者だよ」

「何ですってぇ!?」

 

 ……おーい。

 せっかく代表にならずに済みそうなんだから煽りなさんな。最近はメシマズ風潮を払拭しようと頑張ってる料理人も多いって聞くぞ? 挑発耐性の低さに我ながら呆れてしまう。

 何にしても、これで試合から逃れられなくなった。

 オルコット嬢も顔を真っ赤にして決闘だ決闘だと叫んじゃってるし。もうキミら隅っこで仲良くデュエルでもやってなさい。デッキ貸してあげるから。

 

「……どうやら話もまとまったようだな。日時は一週間後の放課後、場所は第三アリーナ。試合に備えて織斑とオルコットは体調を万全にしておくように。それと――オイ、そこの猿!」

「ウキ?」

 

 猿?

 はて誰の事?

 織斑先生がビシィッ、とこちらを指差し、それに合わせて少年や篠ノ之、オルコット嬢を含めた全員が振り返る。私も倣って後ろを確認してみたが、見えるのは壁ばかり。

 

「…………?」

「ええい、お前以外に誰がいる馬鹿者! 使い古された往年のボケをかますな! 大体何時の間に着替えたんだ!? と言うかその無駄に派手な猿の被り物は何だ!?」

「何って……ピ○キー・モ○キーですよ? 日本生まれの桃色お猿さん」

「知らんわ! 大人しく見学もできないのかお前は!」

 

 見学してたじゃないですか。

 ほら、ちゃんと自分で椅子まで用意して授業聞く気満々。

 

「革張りの椅子に足組んでふんぞり返って座る見学者がいるか! 何処から持ってきた!?」

「学園長室から」

「すぐ返してこい!」

「はいはい……」

 

 キュルキュル、とキャスターを鳴らしながら革椅子(マシン)を引いて廊下に出る。その際、物欲しそうに目を輝かせていたのほほんさんにミニモンキーヘッドを贈呈するのも忘れない。

 ふむ、ストレートありヘアピンカーブあり階段ありのテクニカルコース。ゴールまで直線距離に直して二百メートルほどか。相手にとって不足はない。

 後ろから押して加速させ、十分に勢いがついたところで立ち膝体勢で乗り込む!

 流れていく廊下の景色! 

 迫り来る最初のコーナー!

 体重移動によりタイヤを滑らせて、減速せずに稲妻の如く曲がり――切る!

 

「サンダードリフトでげす!!」

 

 今時の子は知らねーよなコレ。

 

『いや確かにサルだけどさ!?』

 

 うわ。

 いたわ、いっぱい。キミら年いくつよ?

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 大破した椅子を学園長室に放置して戻る途中、ふと何気なく窓の外へ視線を移すと、麦藁帽子を被って植え込みの手入れを行っている壮年の背中が見えた。

 人工島に建つIS学園。施設も敷地も広大なため用務員も相応の数が雇われているが、あれだけ落ち着きのある雰囲気を持つ男性用務員と言えば一人しか思い浮かばない。

 実務関係を取り仕切る裏の顔役、『学園内の良心』と誉れ高い轡木十蔵氏だ。

 おーやおや、オモシロそうな人みーっけ。

 

「どうもまいどー」

 

 窓から飛び降りて歩み寄ると、轡木さんは手を止めて私を視界に収めた。桃色モンキーヘッドの白衣スタイルを見ても眉一つ動かさないのは流石である。伊達に年食ってねぇな。

 

「おや、貴方でしたか。織斑先生に付き添ってなくて良いんですか?」

「その織斑先生にさっさと椅子を片付けてきやがれと怒られちまいまして、今ちょうど学園長室に片してきたところなんス。そーゆー轡木さんこそ本業(・・)ほっといて大丈夫なんで?」

「普段は妻に任せてますし、時には息抜きも必要なんですよ」

 

 言いつつ、轡木さんは剪定鋏でパチンパチンと余分な枝を切り落としていく。

 

「キリンとかゾウとかの形に切り揃えてもファンシーで面白いと思うんですが、前に一度作ったら織斑先生や他の先生方に『幼稚園にでもする気ですか!?』と叱られてしまいまして」

「そらまあ、確かに子どもっぽく見えちゃうでしょうね。幼稚園じゃなきゃ遊園地だ」

「織斑先生……怖いですよねぇ。――おや?」

 

 轡木さんの作業服の胸ポケットで携帯が鳴った。

 表示画面を見て、噂をすれば、と日焼けした柔和な顔に苦笑が浮かぶ。

 

「はい――もしもし。…………ええ、彼なら隣にいますよ? 代わりましょうか?」

 

 差し出された携帯を受け取るべきか、それとも脱兎の如く逃げ去るべきか判断に迷う。もっとも電話に出なきゃ出ないで、待ち構えているのは私が鮮血の海に沈む未来だけだろうが。具体的には今日の夕方くらいに。

 被り物の中に携帯を腕ごと突っ込み、姉上の怒り心頭なお声を拝聴する。

 

「もしもし猿です。座右の銘は『清廉潔白』でげす」

『嘘をつけ』

「じゃ『北京原人』でいいや」

『漢字四文字なら何でもいいのかお前は!?』

「なら……『織斑千冬』とか?」

『よぉし分かった抹殺してやるから其処を動くな!!』

「電話口で怒鳴るのはマナー違反ですよ? とりあえず深呼吸しましょう」

『誰のせいだ誰の!』

 

 電話の向こうで荒ぶるお姉様。ゴミ箱に八つ当たりでもしているのか、プラスチック製の何かを蹴る音と山田先生の慌てふためく声も聞こえてくる。桃色エテ公ヘッドから二人分の声って傍から見たら二重人格か腹話術っぽくね? どうでもいいけど。

 数秒の沈黙の後、

 

『あ――あああのののもしもしお電話代わりました!?』

「どうもジョン・酢味噌です。好きな言葉は『山田真耶』です」

『ふえええええええぇぇぇぇっ!?』

 

 受話器片手に大パニック。

 うぁははは、ああ話が進まない。

 

『ジョンさん好きってあの、もももしかして私の事がですか――って、今はそれどころじゃなくてですね、あの良いですか、おお落ち着いて聞いてくださいね!?」

 

 まずは山田先生が落ち着くべきでは?

 

『つい今しがた委員会の方から緊急の通達がありまして――』

 

 委員会の方から、の時点で私のイヤな予感が天元突破した。

 

『ジョンさんとオルコットさんとの試合の日程が一週間後に決まりました!』

「………………はい?」

 

 私とオルコット嬢の試合?

 なして?

 そして誰がジョンさんやねん。


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