織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
少年とオルコット嬢の模擬戦――そして私の模擬戦も決まった翌日。
昼休みも終わり閑散とした学食にて。
生徒がまず現れず人目につく事がないその空白の時間帯を狙って、久々に被り物から解放された私は織斑先生と一緒に遅めの昼食を摂っていた。
メニューは姉さんがざる蕎麦四人前、私が天ぷら蕎麦五人前。ちなみにどっちも大盛り。
見てるだけで満腹になりそうな度を越した摂取量だが、私の場合はむしろこれくらい食べないと体内のナノマシンや細胞の維持に支障をきたすのだ。大食いと言うなら、真人間(?)なのに私に負けず劣らずの量を胃に収めている織斑先生こそ明らかな過剰摂取に見える。
はて、私の記憶が確かなら姉上はここまで大食いではなかったような――?
「……何処ぞの大馬鹿者のおかげでストレスが溜まっていてな。勤務時間中にビールを飲む訳にもいかんし食べる事でしか発散できん」
「軽い過食症ですか? 教師の仕事も大変なんですねぇ。コレも食べます?」
テーブルの中央、一際異様な存在感を放つ代物を箸先で指し示す私。
キムチ丼大盛りご飯抜き――そうとしか言えん何かだコレは。
ラーメンでもチャーハンでもなく鍋でもなく、蕎麦にキムチ。
別に私はこの発酵食品が嫌いな訳ではないのだけれど、だからと言って山盛りにされて狂喜乱舞するほど好きでもない。そんな料理が何故我が物顔で鎮座しておられるのかと言うと、私が学食のマダム達をこれでもかと褒めそやした結果だったりする。
「いらん。一度受け取ったならお前が責任を持って食え」
「天ぷらの増量が狙いだったんですけどねぇ」
調理係のおば様方の脳内では『美形=韓流スター=だったらキムチじゃん』のイケメン方程式が成り立っているのだろうか。嫌がらせではなく純粋な好意の表れだと信じたい。
いや、サービスされたからには食べるけどね?
お残しは許しまへんでーの精神だけどね?
「でも、どうして私までオルコット嬢と試合なぞせにゃならんのです? 『
「人の口に戸は立てられん。どれだけ箝口令を敷こうが所詮はそんな物だ」
「早々にバレちゃったって訳ですか。まあ織斑先生だけならまだしも、あの場にいた他の先生にも見られちゃってますし、遅かれ早かれ情報は外に漏れたでしょうがね」
「委員会やマスコミの質問に政府の役人共がどう答えたか、知っているな?」
ええ、ええ、よーく知っていますとも。
今朝の緊急記者会見をテレビで見て、織斑先生が来るまで部屋で大笑いしていたのだから。
「…………『彼は以前よりIS設計や兵装開発に造詣が深く、混乱に乗じてプロジェクトの機密が漏洩する可能性があると言う彼の主張を尊重し、情報保護の観点から致し方なく公表を遅延させる判断をした次第』――カッ、よくもこれだけのデタラメを並べ立てられるもんです。おかげで私も表向きは日本政府所属のIS研究者だ」
「実際、ISに関するお前の知識量は学園の教員と比べても遜色ない。少なくとも『他人には制御できないISを持つ危険人物』よりは印象がマシになる。そう考えてお前の戸籍が存在しないのを良い事に筋書きをでっち上げたんだろう」
「委員会にしても、単にランスローの性能をその目で見たいから模擬戦を取り決めた、と。少年とオルコット嬢の小競り合いも連中にとって渡りに船――あわよくば少年のデータも手に入れられて一石二鳥。彼女は体の良い当て馬って訳ですか」
まったく胸クソ悪い。
日本みたいに国家代表を壊されるくらいなら、まだ替えが利く代表候補生を使おうってか?
オルコット嬢を?
……ああ、あーあーあーあー。
どうしましょうね、凄くイライラしてきちまったよ。
「――どいつもこいつも手前の利益ばかりに目が眩みやがって」
思わず握り締めた箸が、細かな破片となって零れ落ちる。
見てみろよ私、気付けよ
世界はもう既に――ここまで腐っているぞ?
「……織斑先生」
「何だ?」
「私は誰かに利用されるのが嫌いです。特に、何でもかんでも自分の思い通りになると勘違いして女の子を使い捨てにするようなクソ野郎共に利用されるのが大嫌いなんですよ。たとえ私の身から出た錆だとしても」
「ああ、そうだろうな。お前はそう言う男だ」
「それを踏まえた上で――敢えて言いましょう。今回の一件、私はただの茶番で終わらせる気など毛頭ありません」
この場で白状したのは、織斑先生に対するせめてもの礼儀と詫びのつもりだった。
経緯はどうあれ、発端となる少年とオルコット嬢の試合を許可したのは姉上だ。模擬戦の延長で人為的な非常事態が発生した場合、まず間違いなく、姉貴は降りかかる火の粉を恐れたお偉方から責任を追及される事になるだろう。
自分でも良く分かっている。
これは政府の連中と同じ――私の身勝手でくだらないワガママだ。
「好きにするといい」
…………え。
「いや、あの……止めないんで?」
「二度も言わせるなよ極悪人――お前の好きにするがいいさ。たかが
「……御面倒をお掛けしますよ?」
「何を今更。お前が学園に現れてから私がどれだけの被害を被ったと思っている。それに――」
「それに?」
「弟の華々しい初陣をダシにされて、私もそろそろ我慢の限界なんだ」
静かに箸を置き、姉御は笑った。
八重歯を剥き出しにして凄絶に、獰猛に、そして息を呑むほどに美しく。
「…………ハハッ」
「…………フフッ」
「ハハハハハハハ――」
「フッ、フフフフ――」
私達は、笑った。
笑いながら牙を研ぐ。
◆ ◆ ◆
なーんてなんて。
ちぃとばかし自分らしくない事をした昼休みだったが、その後は特に何もなく時刻は放課後。
学食で三年生の誘いを承諾しかけて篠ノ之の機嫌を損ねた一夏少年が、剣道場で特訓という名のヤキモチ成分たっぷりなシゴキを受けている真っ最中だ。
てな訳で、ただいまワタクシも窓からこっそり場内を観察しておりますです。
織斑先生は職員会議で付き合えないらしく、監視役は隠れてこちらを覗き見ている水色シスコン当主だけ。扇子開いて『ドキドキワクワク♪』とかいいからホント。
「……しっかし弱いねぇ弱過ぎるねぇ少年ってば。まあ、中学時代は帰宅部三年間皆勤賞だったし仕方ないと言っちまえば仕方ないか。シュコー。こんなの見に来たって得る物なんざなんもないと思うけど――それでも見るかい、オルコット嬢。スコー」
「――っ!」
「別にバラしたりしないから、もっとこっちゃ来て見りゃいいでしょ。シュコー」
「……よろしいんですの?」
「どーぞどーぞ。スコー」
物陰からこそこそと姿を現す金髪縦巻きロールのお嬢様。
制服はそのままに、せめてもの変装のつもりなのか昔ながらのほっかむり泥棒スタイル。つーか唐草模様の手拭いなんて何処で買ったのさ。購買か、購買にでも売っているのか?
何にしてもこの娘、古き良き日本の文化を盛大に勘違いしてらっしゃる。
「いやいやいや、何なのそのカッコは。シュコー」
「え……日本ではこれが敵情視察する時の正装だと聞いていたのですけど……?」
んな訳ねーだろ。
「それ騙されてるからね? 逆に目立っちゃうからねお馬鹿さん。スコー」
「なっ……!? は、白昼から堂々とダースベイダーのマスクを被っている方にそんな事言われる筋合いはありませんわ!」
「昼どころかそろそろ日暮れですけどね。一緒に暗黒面に堕ちませんかー?」
「ノーサンキューですの!」
剣道場の裏手で騒ぐ首から上だけシスの暗黒卿とドロボウ美少女。
うん――何この状況。
「まあまあ、あまり興奮するとフォースが乱れるぜ?」
「別にわたくしはジェダイの騎士など目指してないですわ!」
「え、目指してないの?」
「むしろどうしてそう思われてたのか不思議で仕方ないですの!」
「ノリが悪いなぁ、ちゃんとライトセイバーっぽいのも準備したのに。ほら見てペッカペカ」
「それ深夜の道路工事で交通整理とかに使ってるアレですわよね!? 棒状で光っている事以外に共通点皆無ですわ――じゃなくて、少しはわたくしの話も黙って聞いてくださいな!」
へーへー、分かったよ黙りますよ。
……。
…………。
………………。
「シュコースコーシュコースコーシュコースコーシュコースコー」
「黙ったら黙ったで余計にうるさくなりましたわね!?」
全力でツッコミを返してくれるお嬢様。
「ふーむ、織斑先生に負けない見事な切り返しですな」
「何事にも全力で当たるのがオルコット家の家訓ですので!」
「…………」
そう、その通りだ。
IS絡みにしても慣れない料理にしても初めての恋愛にしても、努力の方向性がちょっとばかし間違っているし正しい事ばかりだったとは決して断言はしないけれど、彼女は何時だって妥協せず目標に向けて懸命に取り組んできた。
先の一件、少年との衝突にしてみてもオルコット嬢に全ての非がある訳ではない。巡り合わせやタイミングが悪かったと、過去の私の知識の浅さにも問題があったと――そう思えるだけの要因も確かに存在していたのだ。
セシリア・オルコット。
情熱的で、自分の気持ちに真っ直ぐな英国淑女。
だからこそ。
やっぱり――許せねぇよなぁ。
応えてあげられなかった私自身も。
意地を懸けた決闘をただの余興としか考えていない連中も。
「オルコット嬢」
「お次は何ですの!?」
「試合――楽しみですねぇ」
キョトンとしてるオルコット嬢はほっとくとして。
さて、さてさてさて、精々アホ面さらして待っていやがれクソ野郎共。テメェらは鬼の口に頭を突っ込みやがったんだ。
目には目を、歯には歯をの精神に則り、人でなしには人でなしの流儀で容赦なく――骨の髄まで染み入るくらい盛大にもてなしてやろうじゃないか。
大事な友人の誇りを穢すような奴らを――
「私は、絶対に許しはしないよ」
ヒロイン候補そのいちー。
亡国な組織のあのヒトー。
イメージとしては元ヤンみたいなヒロインが大人一夏に惚れて丸くなっちゃう感じー。