星野アイを都合良く助けたかっただけ 作:サザンドラ
エレベーターを降りて、狂乱する男を躱し、彼が来た方へと歩みを進める。
どうやらタイミングは完璧だったらしい。
遅すぎても早すぎてもダメだろうから、とギリギリまで粘った甲斐があったというものだ。
彼女がその答えを得るまでの道程に必ず必要なものだからな、うん。俺じゃあどうにも出来なかったことだしな。まあ多少の痛みは仕方がないって事で許して欲しい。
どうにも出来なかったことも、今ならこの時のためだったんだとそう思える。
前世からして捻くれた俺じゃあ、どうやっても彼女の心を救うことは出来ないのだから、せめて命ぐらいは救ってみせろというのが神様とやらの思し召しなのだろう。
終わりよければすべてよし。これでここからこの物語は、ただの喜劇へと変わるだろう。今時、シェイクスピア染みた復讐劇なんて流行らないのだから。
ああでも……
ゆっくりと遅々とした足取りで、全開になった扉の前へと歩みを進めながらふと思う。
きっとお前は怒るのだろうな。
「久しぶりだな、星野」
今まさに思いの丈を告げようとした彼女に向けて、玄関の外から声をかける。
「あ、な、んで……」
驚いているのだろう。困惑しているのだろう。そりゃそうか、最後に会ったのは五年は前だしな。
「まあ、色々あって近く通ったからな」
言い訳にもならない適当な嘘。こんなもの彼女に通じる筈もないが、今はそんなことはどうでもいい。
ふらりと玄関に入り込めば、アクア少年がこちらを警戒するように星野の前に立ち塞がった。
俺は彼の体を持ち上げて、そのままホールドし、星野へと近づく。
「なあ、星野」
「な、に? わたし、その子達に、伝えなきゃ、いけないことが……」
「そういうのは生きてちゃんと伝えてやれよ」
そう彼女の言葉を突き返して、俺は彼女に手を突き出す。
「常世の祈り……なんてな」
「そ、れ、昔やったゲームの、やつじゃん。こんな、時に、そんなッ、冗談……」
冗談なんかじゃないんだよ、とは言わなかった。
「あ、あぁ、もう……眠たくなって……」
「寝ちまえばいいじゃねえか」
「駄目、だよ……二人に……」
きっと続く言葉は、二人に愛してると言えてない、なのだろうけれど、そこまで言って彼女は静かに静かに寝息を立て始めた。
小さく上下する胸がその証拠だ。
「一丁上がりってな」
「な、何が……アイッ!」
「どぅわ!?」
俺を蹴飛ばすようにして、離れたアクア少年は星野へと真っ直ぐ向かって、その頬をペタペタと触ったり脈を測ったりなどし始めた。
「呼吸も脈拍もある……それに傷が塞がってる……? アンタ、一体何者なんだ?」
「通りすがりの魔法使いってことじゃダメかね」
「茶化さないで、答えろ。あんたは一体、アイに何を……」
「だから言ったろ、メシアライザー、って……あ、常世の祈りだったわ。すまんすまん」
戯けた調子で言って見せれば、アクア少年は顔を顰める。
そりゃそうか。謎の力で母親が助かった、なんて本気で気になっても仕方がない。が、説明する気もないのだ、こちらには。
「んじゃ、警察来ても面倒だから退散するわ」
「待て……待ってください!」
帰宅しようとする俺を引き留めようとするアクア少年。
その時だった。
「アクア……! ね、ねえ! ママは、ママはどうなったの!?」
これはルビー少女の声だろう。確か、リビングの方にいるんだったか。
「少年、お前には俺よりも気にかけるべきことが山ほどあるんじゃないか?」
例えば、妹とかドーム公演とか。
丁度いいとばかりにそう言ってやれば、彼はハッとして、それから苦虫を噛み潰したような顔をする。
「せめて、名前を」
「星野が起きたら嫌でも聞ける」
尤も、意識朦朧としてただろうし、夢だと思って忘れてくれる方が断然いいんだけれども。
「じゃ、そういうことで」
それだけ言って、俺はその場を後にする。
あと半刻もしないうちに、星野は目覚めることだろう。
きっと今日のドーム公演は恙無く行われ、天才的なアイドル様は完璧で究極なアイドルとして、その名を伝説に刻み込むはずだ。
だが仮に、ドーム公演が行われなかったとて、些かも問題はない。
彼女が笑顔で生きてくれるのなら、俺はそれだけで十分満足だとそう思う。
無論のことながら、話はこれでお終い。
俺はこれ以上彼女たちに関わるつもりはないからな。
最高のハッピーエンドを迎えるための条件は揃ったし、あとは原作キャラたちでどうぞって感じだ。
シェイクスピアがなんだの言ったが……
俺はただ、お前を救いたかっただけなのだから。
7/20
メシアライザーだと年代設定に無理があるため、常世の祈りに修正。