星野アイを都合良く助けたかっただけ 作:サザンドラ
愛という言葉は、それそのものは単純極まりないが、突き詰めればいくらでも複雑になっていく。
今からずっと昔の話だ。
両親の愛に、他者からの愛に振り回され続けた男が居た。
特別根拠もない期待と押し付けがましい好意。
増長したし、勘違いだってした。自分は特別なんだと。
けれども、本当はわかっていたんだ。
自分はどこにでもいる普通の人間なんだと。
それがどうしようもなく、辛かった。
ある時、彼は知った。人間誰しもが仮面をつけて生きていることを。
だから、彼は仮面を被った。
奇人変人の仮面。いつだって笑っていて、ちょっとスケベで変なことを言い出す可笑しなやつの仮面。
ねじくれた内心を隠し、他者と関わるために彼はそうして道化になった。
嫌う人間も居た。というか、ほぼほぼ嫌われる人生だった。
ただ、僅かな友人たちとかけがえのない絆を結ぶことは出来たはずだ。
彼は満足だった。
人生にもう悔いはないと思えるほどに。
仮面の内側の傲慢極まりない本性を見ても、それを笑って許してくれる友人たちの存在はこれ以上ない救いだったから。
だから、死にたいと思った。
道を踏み外した自分を許せなかった。
友人が誇れる自分になれなかったことが、変わらず愛を注いでくれた両親を裏切る結果になったことが許せなかったから。
けれども、自死を選ぶことは何よりも酷い裏切りだと思っていたから、終ぞ男は死ねなかった。
ただ、やはり愛によって歪んだ人生は愛によって終わるのだ。
男は、どこまでも鈍感であった。
これだけ言えば、もうわかるだろ?
妄執と化した愛は、狂気に変わる。そうして男は、たまたま何処かでハンカチを拾ってやっただけの女に刺されて死んだ。
それが俺、来栖綾時の前世の最後である。
*
十三になる頃、ここが漫画の世界だと知った。
理由は、彼女と同じクラスになったことだ。
輝く相貌。どこか目を惹く立ち姿。吸い込まれそうな瞳。
そして、仮面どころか彼女の全身を装飾する嘘。
見事だと思った。創作上で作られたいわゆる記号的な『天才』とは、現実として目の当たりにした時、これほど光ってみえるモノなのかと。
俺は、初めて本物に出会ったとそう思った。
前世と今世合わせても四十年ぽっちの短い人生だが、負けるべくして負ける。一眼見て、その道ではどう足掻こうとも、絶対に敵わないと意識させられるほどの才能に出会ってしまったのは、初めてのことだった。
ただまあ、ゲームが楽しいお年頃というか、前世ではろくに触れたことのなかったFPSというジャンルにどハマりしていたから、元々芸能の道に興味はなかった。
原作で彼女がどうなるかはわかっちゃいたが、特段それに関わるつもりもなかった。折角の二度目の人生なのだから、前よりも楽して愉快に生きたいと思うのは当然のことだろう。
だから、俺の方には彼女に関わるつもりなんてなかった。
ん? じゃあ何故、こんなに詳しく話すのかって?
そりゃあ、そうはならなかったからだよ。言わせんなよ恥ずかしい。
*
入学式から一月が過ぎた、ある日の放課後のことだ。
青春、というものをどう定義をするのかは人次第だと思う。
ただ少なくとも俺は、恋であれ勉学であれ運動であれ、直向きに頑張ることをそう呼んでいる。
青春をするのが好き、というよりかは青春を外野から見ているのが好きだ。校庭で練習をする野球部も、校舎の周りを走っているバスケ部も、校内に心地よい音を響かせる吹奏楽部も、どこかでひそひそと逢瀬を重ねる恋人たちもその全部が好きだった。
さらに言うなら、それら頑張る人たちの音を聞ききながら、教室で本を読む時間がなによりも愛おしいとそう考えていたのだが……
「あれ? まだ人いたんだぁ」
気の抜けるような声がして、そちらへと視線を向ければ見知った顔。
額に少しだけ汗をかいた星野アイがそこにいた。
「……」
どうしたものか。返事をするべきか。少し悩んで、気にしないことにした。
声をかけられたというよりかは、ただ感想を漏らしただけのようだし、まあいいか、と思う。
どれだけツラがよかろうが、他人だ他人。一々気に留める方が馬鹿らしい。
そうにべもなく決めてしまえる程度には、前世と違い最初から素とは言わないまでも、変人の仮面をつけることをやめた俺にとって、彼女とのコミュニケーションは面倒臭いものだった。
「もしもーし、聞こえてる? もしかして聞こえてなかったりするのかな?」
ああ、これもしかして……
「あれえ? うーん、名前呼んだら流石に反応するかな?」
やっぱりそうだ……
「おーい、クルヤくーん」
「いや誰だよ、クルヤくん」
「あ、やっと反応した」
堂々と名前を間違えられれば、そりゃあ誰だって反応すんだろうが。
嘘の好意という外装で覆った態度も、その名前の呼び間違いで台無しだ。
「……はあ、あのな星野さん、興味がないやつにわざわざ話しかける必要なんてないんだぞ」
「そんなことないよ? だって私、クルヤくんと話してみたかったし」
はいダウト。無視されたのが気に入らなかっただけだな、これ。
「俺、来栖綾時な。クルヤじゃなくてクルス」
「え、うん」
訂正を挟んでみるが、まあどうせ直らないんだろうな、とそう思う。
だって自分の事務所のトップの名前すら、ちゃんと覚えちゃいないんだ。関わりの薄い同級生の名前なんて、わざわざ覚えることはないだろう。
しっかしまあ、綺麗は綺麗だがこれじゃあな。
外側から眺めるのはともかく、実際に関わるのは面倒極まりないというか、嫌なタイプの女だな、こいつ。
やべー女と言ってもいい。
「ところでクルヤくん」
あーはいはい続けるのね。
「クルヤくんは、どうして私の方を見ないの?」
「見てんだろ、不本意だが」
こちとら元は読書中だっての。
「んー、そうじゃなくて、何というか興味がなさそう? 他の子はみんな違うのに、クルヤくんからはそういうの感じないっていうのかな」
「そりゃまあ……」
興味ないからな。
とはいえ、それは星野アイにとかアイドルにとかそんなものではなく、他人に、というべきだろう。それに興味がないってよりは興味が持てないのが近いか。
何故ってのにはそれらしい答えは出ている。
まあ、大方精神年齢のギャップを感じないためなのだろうな。無意識に自分の精神状態を正常に保とうとしているんだろう。
俺の転生は、これから転生するであろう二人とは根本的に違う多次元世界からの転生であり、加えて、彼らとは違って余分なものを「付加」された特殊なパターンでもある。
まあ、現代世界では無用の長物になってしまうような戦闘関係のものではないだけマシ、ってな感じだ。
にしたってやたら使う力じゃないってのは確かだけれども。
……ともかく、だからかどうかはわからないが、精神年齢が肉体に引っ張られることはなかった。
もっとも、精神が肉体に引っ張られて幼くなるのだとしたら、大人にならなきゃいけなかった子供たちがその肉体にそぐわない精神性を持つこともないだろうから、必ずしも肉体と精神が直結するわけではないのかもしれない。
そもそも、魂などとという目に見えない不確かなものを寄りどころにしなくては起こらないだろう「転生」という事象を思えば、その答えは自ずと……
「あれ、また固まっちゃった? もしもーし」
目の前で手をひらひらとさせる天才アイドル殿に、思考引き戻される。
周りに人がいても考え込むのは悪癖だな、直そう。
「いや、どう答えたものかと思ってな」
そう切り返せば、彼女はきょとんする。
「興味がないってのが事実だから、それを素直に伝えるのもどうかと……」
「あはは、言っちゃってるけどね~」
さして気にした様子も見せないで、そう言い切る彼女。
けれどもそれは……
「でもふーん、そっかぁ」
人差し指を顎に当てながら、眉根を寄せて考えるようにして、それからこちらを見て、そして……
「ちょお~っと、私、君に興味出て来たかも」
まるで面白いおもちゃを見つけたかのように、彼女はその表情に笑みを浮かべる。
中学生がしちゃダメだろ、その顔。小悪魔的、というか、なんというか……
まあ、だからと言って、その表情に惹かれるなんてことはないが。
「あっそ」
それゆえに、彼女の言葉はそこまで気にならなかった。
この場で俺の気を引くためだけに言ったのだとしたらそれこそどうでもいいし、もしも本気で言っているんだとして、これから絡んでくるようになってもどうせ三日で飽きるだろう、なんてそう思ったからだ。
しかして、その予想は大いに外れることになった。
ここから俺と彼女の長いようで短く、忘れ難い二年は始まったのだから。