星野アイを都合良く助けたかっただけ 作:サザンドラ
星野アイは、クラスメイトたちからは美少女だが変な子として認識されている。
そこのギャップにこそ、人は惹かれる。近いようで遠い距離感は、否応なしに人の心を惹きつけるからな。それをくだらないとは言わない。そうして彼女が作り出した一側面は、多くの人間の心に光を灯すことになるのだろう。
素晴らしいと思う。ぜひ、その調子で上り詰めてほしいものだ。
なので……
「クルヤくん、おーい」
俺に構わないで貰えませんかねえ……
周囲の視線が痛いし、ひそひそ聞こえる噂話が胃に来る。
まあ、今の彼女の知名度じゃそれほど問題にもならないだろうが。それにしたって、もうちょい、こうさあ、もうちょい身の回りに気を使ってくれよ。
本に向けた視界の端でぴょこぴょこ動く星野アイに顔を顰める。
あれから四日。話しかけられること十回。三日で飽きると思って、ガン無視を決め込んでいたが、そろそろ限界だった。
また無視を決め込んでもいいんだが、それをすると本格的にクラス内でハブになりそうで怖い。ただでさえ、浮いているのにこれ以上となると普段の生活に問題が出るかもしれない。
委員会とかもあるから、ガチで嫌われるのだけは回避しておきたいなあ……
と、そんなわけなので、開いた本から視線は外さずに返事をすることにした。
「……何か用か?」
「あ、ようやく返事してくれた。ずっと無視されるから嫌われちゃったかな~って思ってたのに」
「いや、嫌うほど関わってないし。で、何?」
「クラスメイトだよ? 用がなきゃ話しかけちゃダメってこともないでしょ?」
いや、お前の場合ただのクラスメイトじゃないから。別枠だから。作品が作品なら、校内一の美少女枠だからな。その辺、自覚してくれません?
「……ダメだ。用がないなら話しかけないでくれ」
「え? なんで?」
「なんで、ってそりゃあ、お前……」
これだから、自分の影響力を正しく認識できないガキンチョは……
いや、待て。
ふと、星野の顔を見る。そして、確信する。
ああ、こいつわかっててやってやがる。
彼女の表情は、予想だにしないことを言われましたとでも言わんばかりの困惑の顔。
だが、どこか作り物めいたその表情を見る限り、彼女の本心が別のところにあるのだということは、明白だった。
普通に関わろうとしても相手をしない俺を見て、彼女は環境を利用することにしたのだ。
それを理解して、俺は諦めることにした。
教室の隅で本ばかり読んでいる大人しいやつと、学校に来ることは少ないがそれでも周囲と最低限のコミュニティを築いている美少女の彼女。ことコミュニケーションの場において、俺と彼女の差は月とすっぽんほどに違う。
で、あるなら、こういう状況になった時、果たして人はどちらに同情するだろう。
当然、星野アイの方だ。
Q.どうしてこんなことになったのか。
A.すべては身から出た錆である。
「……はあ」
ため息一つついて、次に言うべき言葉を探す。
会話。会話ね。
他人とまともに会話すんのなんて久しぶりだから、話題が分からん。
「何でもいいが、あんまり目立つのってどうなんだ。お前一応アイドルだろ」
「あ、知ってたんだ。大丈夫だよ、クラスメイトとちょっと話すぐらいだし」
「自分の容姿に自覚あって言ってんだよな、それ」
「もちろん、自覚はあるよ? けど、だからってクラスメイトと話すだけで、それの何が問題になるのかな。それとも、問題になるようなことするつもりでもあるの?」
あるわけがない。
「いや、クソどうでもいいが」
「あはっ、そうだよね、君ならそう言うと思った。だって、ずっと興味無さそうだし、今も本の方が気になるって顔してる」
「ああ、お前と話すよりは本を読んでた方がよほど有意義だと思ってる」
「へえ、そこまでハッキリ言えちゃうんだあ」
おかしそうに笑いながら、彼女は言う。
「ねえ、クルヤくん」
ふわりといい香りがしたかと思うと、彼女の瞳がすぐ目の前に迫っていた。
「顔が近い」
眉をひそめて、そう苦言を漏らす。
しかし、彼女はそんなことはどうでもいいとでも言うように、続く言葉を告げた。
「友達になろうよ」
……は?
どれほど衝撃的なことを言われるのだろうと、身構えていたせいか、拍子抜けしてしまう。
え、何、ここまでやって言うことがそれかよ。告白でもされるのかと思って、びっくりしちゃったわ、もう。いや、告白はないだろうけど、もっと重い話かと思ったわ。
耳をすませば周囲も同じように固まっているらしい。先ほどまでのひそひそ話は聞こえなくなっていた。そうだよね、びっくりするよね。友達作る時の演出じゃねえよ、コレ。
断ったらかなり面倒臭いことになりそうで、再び退路を断たれたことに本日二度目のため息を漏らして、
「友達申請の距離感じゃねーよ、このぼっちちゃんが」
凡そ社会的な常識とかけ離れた感性の彼女には無意味だろうと分かっていながら、そう文句を垂れることにした。
*
日常で起きた異常はその異常が継続すれば、いずれ「日常」になる。
例えばの話、ある日突然友人が学校に来なくなっても、だいたい一月も経てば、その状況を自然なものとして人は受け入れるようになるように、星野アイという目立つ存在が、教室の隅っこで本を読んでいる人間に話しかけるという異常事態も、三ヶ月が過ぎる頃には「ああ、またね」と受け入れられるようになっていった。
最初は物珍しそうに見ていた奴らほど、興味を失うのは早かった。
学校では、俺と彼女は休憩時間に少し話すぐらいで、いわゆる「友達」以上の距離感での会話は、あの日以降なりを潜めていたから面白くなくなったのか、安心したんだろうな。
三ヶ月もかかった理由は、星野は学校に来ない日が人よりも少し多かったからだろう。
そして、ここで一つ誤解を恐れずに言うと、この三ヶ月の間に何度か星野は俺の家に来ている。
彼女曰く、友達とはお互いの家で遊ぶものなのだそうだ。
その割に向こうの家にお呼ばれしたことはないが、まあそこは事情もあるだろうから文句はない。
無論のことながら、俺も拒否はした。友達になったと言っても、仲を深めるつもりなんてなかったからだ。
しかしながら、星野アイという女は破天荒で刹那的な生き物である。そう言った生き物は、己の是とする行動を何が何でも押し通す。要するに「我が儘」を通すことに関してはプロなのである。
仮にもアイドルなんだから異性の家に上がり込むのは云々と、口を酸っぱく言っても聞きはしないし、気をつければ大丈夫だ云々などと嘘臭い誤魔化しで乗り切ろうとする。
そうして、こちらが根負けするまで言い募り、負けてしまったら最後。
俺は自室とテレビゲームを彼女に占領されてしまった。
「あ、あぁ〜……ま〜た、死んじゃった……」
画面に天使が舞い降りる。通算三度目のゲームオーバーを経て、星野はコントローラー片手に項垂れていた。序盤、というかチュートリアルの鬼門であるガキさんにぼこぼこにされているのである。
いわゆるガキパトというやつで、真・女神転生3から採用されたプレスターンバトルの洗礼をプレイヤーに受けさせるために設えたのだろう。
まあ、鬼畜難易度の戦闘、ということだけわかってくれればいい。
「ねえ、難しくないかな、このゲーム」
「そりゃあ、真・女神転生シリーズだからな」
最初からマニアクス追加のハードモードでプレイするからそうなる。
アトラスゲーに慣れないうちは低い難易度でプレイしましょうね。
つーか、ノーマルでやれって言ったぞ、俺は。
しかして、彼女にとってそんなことは関係ないのだろう。つまらなそうに、コントローラーを投げ出し、こちらに体を向けると、口を開く。
「他のゲームないの?」
「この前、ペルソナやってたろ」
「アレかあ……でも、戦い長いから嫌だなあ」
「んじゃあれだ、PS2でメダルオブオナーかタイムスプリッターでもやるか?」
「前言ってた、FPSっていうやつでしょ? アクション系は疲れるし、いいや」
「……」
なんなんだ、こいつ。人の家でゲームやっておきながら、アレもいやこれもいや……
でもまあ、うん。気持ちはわかる。
メガテンはむずいし、ペルソナは長い。まだ初代ペルソナと罪罰しか出てないこともあるが、初代ペルソナはマジで戦闘が長い。レベリングとかしてられないぐらい長い。あと、セーブポイントまでも長い。
十年以上先のゲームで慣れていたから、俺もその辺りに馴染み直すのに、ずいぶんと苦労した。
「クルヤくん」
「……なんだ」
ゲームの電源を落とし、ゴロンとだらしなく床に寝転がりながら星野が声をかけてくる。
「暇」
「レッスンにでも行けよ。サボって来てんだろ」
「サボってませーん。今日は夕方からでーす」
あっそ。
「暇って言われてもな、持ってるゲームだいたい一人用だし、うちにはボードゲームの類置いてねえぞ」
「んー、じゃあ、話とか? 恋バナとかする?」
「パス。つーか、それ家で遊んでるときにする話じゃねえだろ」
「えー、女子は友達の家とかカフェでするらしいよ?」
「はいはい、俺男子な。で、何、恋愛相談でもしたいの?」
例の彼と「良い仲」になるのは、タイミング的にはまだだと思うのだが、俺が関わっている以上、バタフライエフェクト的に、出会いやら関係の進展やらが早まっていたとしてもおかしくはない。
まあ、それについて相談されたところで困るのは俺だけども。サイコパスだかソシオパスだかの心理なんて全くわからんしな。
待てよ、今気が付いたんだがもしかしなくても、例の彼、今十二歳ぐらいだよな? って、ことはすでに一児のパパになって……
こっわ……
衝撃の事実に戦々恐々としていると、星野がぼんやりと「うーん」と唸る。
「恋愛相談っていうより……ううん、何でもない」
「……そうかい」
どこか憂いを帯びた表情に、呆気にとられながら小さく頷いた。
まあ、話したくないなら無理には聞かない。
言おうとした事は分かっていた。何せ俺は原作既読済みの転生者。
彼女が抱える悩みとその闇の一端ぐらいは知っている。軽々に語れるような話ではないことも、十分に。
どこかで彼女なら自分から話すのではないかと思っていた。
自分の全てを相手に知って、それで受け入れて欲しいなどという願いを持っている彼女なら、斉藤壱護とのファーストコンタクト以降、それを踏み絵にして、関わる相手を選んでいるのではないか、とそう思っていたから。
きっとここが俺と彼女の関係の分水嶺だったのだろう。
それ以降、彼女は俺に「愛」について話はしなかった。
話してくれと、聞かせてくれと、踏み込んでいたのなら何か変わったのだろうか。
そんな思考に意味はなく、無駄なことだ。
どんな時だって日々はたくさんの後悔を連れて、もしもなんて許さない速度で巡っていく。
けれども俺はこの時の選択を未来永劫、後悔はしないだろう。
ただ少しだけ、ほんの少しだけでも、優しい言葉をかけてあげられたのではなかろうか、とそう思うだけだ。