星野アイを都合良く助けたかっただけ   作:サザンドラ

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I can't protect you

 俺と星野の思い出の中で語るべきことは、それほど多くはない。

 仮にも一般人とアイドル。学校で話しているだけでも普通なら異常事態なのに、外で会うなんてのはもってのほかだったし、星野も人目のつく場所に誘いはするが、俺が断れば大人しく引いてくれていた。

 まあ、そうは言っても家には来ていたが……それもペルソナと真・女神転生3をクリアした中一の終わり以降には来なくなった。

 彼女自身が忙しくなり始めたというのも理由として大きいのだろう。

 

 語るべきことは、あと二つ。

 

 一つは、どれだけ時間が経とうとも、きっと忘れることはない色鮮やかな記憶。

 

 もう一つは、別れの話だ。

 

*

 

 中学二年の夏。

 寄る年波、というには肉体が若さすぎるが、魂の重ねた歳月が故か変わらぬ日常は瞬く間に過ぎていく。

 星野と過ごす時間は、妙に長く感じていたがアレは前回の人生でもいないタイプだったから、交流そのものが目新しかったのだろう。

 

 もしかすると、単純に誰とも関わりがないから日々があっという間なのかもしれない。

 家に帰って、ゲームして、飯食って、親と少し話して、寝る。

 

 そんな日々が俺は嫌いではない。

 嫌いではないが、けれども、本当にそれでいいのだろうか。

 ただ何の変哲もない日々を漫然と過ごすことは、それこそ向上心を忘れた馬鹿にほかならないのではないか。

 まあ、前世からそんな高尚さはかけらもないが、それでも少しばかり思うところはあった。

 

 ここ最近になって、天童寺さりなのことを思い出した。

 一昨年だったか、彼女が亡くなったのは。

 俺が転生して手に入れた力があれば、彼女のことを生かすことは出来たのだろう。

 どんな病も、傷も、その対象が生きてさえいれば「治せる」力。

 

 ……彼女を治していたとして、それはきっと彼女を救うことにはならないのだろう。

 体は治せても、心ばかりはどうにもならないからな。

 それも、彼女にとっての希望であった雨宮吾郎ならどうにか出来たのだろうが、それだってその本質の解決にはならないだろう。

 まともに愛情を受けて来なかった子供がどんな心境を抱えて生きるのか、なんて俺には想像もつかないし、勝手に分かった気になって同情するつもりもないが、その二人や星野にとって最も望むべき結末はきっと……

 

 いや、それも自分に都合がいい俺の妄想だ。

 

 そもそも彼女のことは知りようがなかった。ここが推しの子の世界であると気が付いたのは昨年だったし、考えても詮のないことだ。

 

 だが、何か自分にすべきことがあるのではないか、と思うのには十分な理由になった。

 

 俺そのものは特別な人間ではないが、手が届いたはずの命のことを考えれば━━それがこれから転生してくる命であったとしても━━日々を無為に過ごすことはそういった命に対して、あまりにも無責任ではないか。

 

 なんて……

 

 そんなことを思ったからだろうか。俺はらしくもなくクラスメイトの誘いに乗って、夏祭りにやってきていた。

 

「いや~、来栖クンがこういうのにノッてくれるとは思わなかったわ。いつもガッコで本ばっか読んでるし、てっきりインドア派なものだとばかり……」

「別にインドア派ってわけじゃない。外に出るのもそれなりに好きだ」

「あ~ね。あの綺麗な子……星野さん、だっけ? 結構アグレッシブそうだもんなあ」

 

 なるほどなるほど、と頷くクラスメイトの男子に顔を顰める。

 

「で、どうなの? 付き合ってんの?」

「ねえよ」

「だよな~。アイドルは流石に高嶺の花過ぎるかあ」

 

 けど、ガッコであの子が話してるのお前ぐらいだぜ、と彼は言う。

 それは事実そうなのだろうが、それとそういう関係になるかどうかは関係がない。

 というか、そんなことより俺は彼に聞きたいことがあった。

 

「そういや、今日は何で俺を誘ったんだ。俺とお前って会話したこともないだろ。つーか、俺お前の名前も知らねえんだけど」

「ひっでえ! 真瓦だよ、真瓦啓二! 小学校からずっとクラス一緒なんだから、名前ぐらい覚えてくれててもいいだろ!」

 

 いや、マジで知らん。覚えがない。

 

「んなことより、なんで誘ったんだよ」

「……んー、なんかこうぴぴーんときたというか。来栖クンとも話してみたかったし、ちょうどいいかなと思って」

「話してみたかった、ねえ……」

 

 言いながら、前方を歩く女子二人を見る。

 同じく名前も知らない大人しそうなクラスメイトが一人と、姿すら見覚えのない派手なのが一人。

 彼女たち二人も、真瓦、だったか。彼に誘われたという話を合流した際に、聞いた。

 

「大方どっちかが俺に好意あるいは興味を持っていて、それとは違う方がお前の相手ってところか」

「んなァ!? なんでわかった!? エスパーか!?」

「声がでかい。二人がこっち見たぞ」

 

 慌てる真瓦に代わり、なんでもないと手を振って、二人の視線に答えると左側にいた女子が手を振り返してきた。派手な方だ。

 

「大人しそうな子の方だな」

「なんでわかんだよぉ……」

 

 そう言って項垂れてみせる彼の姿に、思わずククッと笑いが漏れる。

 

「こんなのコミュニケーション技術の範疇だ。普段関りのない相手をこういったイベントに誘うってことは、数合わせか、なにか理由があるか。多分、あっちの派手な方の子が俺を呼べば、あの大人しそうな子の方を誘ってやる、とかそんなこと言ったんだろ」

 

 そんな風に俺が講釈を垂れると、真瓦は胡乱な目でジィッと俺の方を見た。

 

「……」

「んだよ……」

「いやあ、普段誰とも絡まないやつが、コミュニケーションについて語ってるなあと思って……」

 

 こいつ、結構遠慮なくずかずか物を言いやがるな。

 

「……まあ、なんだっていいが、要はあの子と仲良くなりてえってこったろ。俺と話してていいのか?」

「いいんだよ、来栖クンと仲良くなりたいのだって本当だし」

 

 そう口を尖らせて、彼は言う。

 男がやっても少しも可愛くもないしぐさが、妙に似合っている。

 本心で言っているのだろうことが伝わってきて、彼の人の好さが少し理解できた。

 

「ま、なんでもいいが……」

 

 ふうと、息を吐き出して前を見る。

 なんとなく、今の彼に言うべきことがわかった気がした。

 

「後悔だけは、しないようにな」

 

 口に出すとあまりにも年より臭いそれは、自分に対する言葉でもあるのだと、そう思った。

 

*

 

 人に酔ったと適当なことを言って、元気そうな三人から離れて一人ベンチに座る。

 流れていく人波をぼんやりと眺めながら、俺にとっての後悔とは何か、そんなことを考える。

 

 ただ、漠然とこのままでは何かを後悔してしまいそうな気がしているのは確かだ。

 

 そう感じ始めたきっかけは、なんだろうか。

 

 天童寺さりなのことを思い出したからか。いいや、何かをすべきじゃないか、と考えるきっかけにはなっただろう。けれども、この得体の知れない不安のきっかけではない。

 雨宮吾郎のことを考えたからだろうか。その命を救うべきだと考えた、とか。いや、ないな。だいたい、天童寺さりなに関しても、生かせたかもしれないとは思いつつ、実際、それが出来る状況にあったとしても俺は何もしないだろう。

 知り合ってすらいない人間を救おうと思えるほど、俺はお人好しではない。

 

 では……

 

「星野、か」

 

 星野アイと……あの本物の愛を求めながら嘘の愛を囁くあのアイドルに出会ったからだろうか。

 愛、愛ね。

 俺は愛がそんなにいいものだとは思わない。

 そりゃあ、良い愛もあろうが悪い愛もあるし、可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるように、愛しいという思いは別の負荷をかけられれば、簡単に憎しみのような負の感情へと変化し得る。

 人の感情は簡単に歪む。

 それが、元はどれだけ純粋なものだったとしても濁って歪んだ心は、他者を簡単に害する。

 それに、時として愛は愛する対象すらも意図せずに傷つけることすらある。

 そんな愛を彼女は知りたいのだと、いつか自分の口から出る「愛してる」が本物になることを願っている。

 

 そして、遂には歪んだ愛によって彼女は死に、他者への「愛」を確信して……物語が始まる。

 

 俺では彼女の口から「本当の愛」を引き出すことは出来ないだろう。そもそも、それは俺の役割ではないはずだ。

 

 では、俺の役割とは……

 

 そんなことを考えていたからだろう。俺は近づく人影に気が付くことが出来なかった。

 

「クルヤくん」

 

 名前を呼ばれて顔をあげる。

 そこには、サングラスをしてキャップを目深にかぶっただっせえ服装の女が立っていた。星野だった。

 

「あはっ、すっごい顔。ね、今名前呼んだでしょ」

「……なんのことだ」

「えー、絶対呼んでたって。星野、か……ってさ」

「おい、聞いてただけだろそれ」

 

 なんだよそれ、すげえ恥ずかしい。

 

「いつからいたんだよ……」

「うーんと、最初から? 声かけようと思ったんだけど、珍しく人と一緒だったからさー。一人になったから、チャンスだと思って追いかけてきたら、名前呼んでるの聞こえちゃったんだ」

「……ずっとつけられてたのか」

「そうとも言えなくないかも」

 

 そうとしか言えねえよ。

 

「でも、意外だなあ。君が独り言で私の名前を呼ぶ、なんてさー」

「……忘れてくれ」

「忘れられないよ、それぐらい驚いたんだもん」

 

 星野は、そう言ってケラケラとおかしそうに笑う。

 

「ねえ、どうして私の名前を呼んだの?」

「言わない」

「理由なんてない、とは言わないんだ」

 

 そりゃあ、理由はあるからな。

 

「そこで誤魔化しても仕方ないだろ」

「それもそっか。君はそういう人だったね」

「どういう意味だよ……」

「さあ、どういう意味でしょう」

 

 そんなことよりさ、と星野は言う。

 

「せっかくこういうところで会ったんだし、一緒に見て回らない?」

「いや、それは……」

「これだけ人いるし、変装だってしてるから大丈夫だよ。それに私、まだ売り出し中のアイドルだから、知名度もそこまで高くないしねー」

「つっても、知ってる奴は知ってるだろ」

 

 そう言えば、こいつは引いてくれるだろう。そんな打算からの言葉だった。

 あの手この手で、こうした催しへの誘いを断って来たが、彼女が無理を強いてきたことはない。

 我が儘な彼女が、越えて来ない一線。それは俺が築いた最後の砦であり、彼女自身との深い繋がりを拒絶するものだ。

 いつもなら、そうだった。

 

「へぇ、他の人はいいのに私はダメなんだ?」

 

 そう、いつもなら。

 

「他の友達に誘われたらほいほい付いて行くのに、私の時だけダメっていうのは納得できないなー」

 

 気持ちはわかるけどね、と続けて彼女は空の笑みを浮かべる。

 ……気持ちはわかると言うのは嘘だというのはわかる。彼女は一ミクロンたりとも俺の気持ちを考えちゃいないだろう。そして、だからこそ、同時に納得できていないというのも嘘だ。

 

「今日は妙にわがままだな、なんかあったのか?」

「あ、わかる? 最近さー、グループの仲が上手くいってなくて、それでちょっとナイーブになってるかも」

 

 クスクス笑うその顔からは何も情報が得られないが、その言葉が彼女の本音なのだということだけはわかった。

 自暴自棄気味になるのは、原作でもこの時期ぐらいだっただろうか。

 少しむかついた。

 本音を出したくせに、外面だけは平気ですみたいに振る舞うその在り方が酷く悲しいものであると、そう思った。だから、

 

「ま、そういう時期はあるだろ。誰だって人間関係の崩壊と再構築を経て大人になるんだよ。嘘と建前の違いがそうやって理解できるようになっていって、なんとなく惰性で関わりを続けていく。そんなもんだ」

 

 そんならしくないことを言った。

 

「なんかわかってる風なこと言ってるけど、クルヤくんって語れるほど人間関係ないじゃん」

 

 確かにそうだけどよ……

 いや、でもそれって今生だけの話だし? 前世はそれなりにコミュ築けてたんすよ? 大アルカナの数ぐらいはちゃんと人間関係築けてましたよ?

 説得力ないと思うし、前世の話とかするわけにもいかないから何も言えないこの状況が果てしなく憎い。

 荒ぶる心を鎮めるために深呼吸をする。

 さて、こっからは適当なこと言わないでちゃんと話をしてやろう。俺は大人だからな。

 無論、原作は変えない範囲で、だ。

 

「……まあ、なんだ。もしも、お前が周りの環境に絶望していて、自分の本当にやりたいことが出来そうもないんだったら、好きにやっちまえばいいじゃねえか」

「え……」

「ほら、俺たちってまだガキンチョなわけだろ。そんな嘘だの建前だの本音だの……本物ってのが何かなんて、わかるわけがねえんだ。そういう色々を、そうだな……理解したって、自分を納得させるために好き勝手やって、やり過ぎて怒られて、そんなもんでいいだろ。ガキなんだから」

「もし、それで周りに迷惑かけたら?」

「そんなこと気にするような玉か? お前が?」

 

 そう聞いてやると、彼女はハッとした顔をして、それから声を上げて笑って、少し拗ねたような顔をした。

 その顔があまりに可愛いものだから目を逸らしたのはナイショだ。バレてるだろうが。

 

「失礼だなあ、来栖くんは……」

「それこそ今更だろ」

 

 そこでもう一度、俺は星野の方を見る。

 

「で、だ。もしも、お前がとんでもねえことやらかして、どこにも味方がいねえとか、熱狂的なファンに刺されて死にそうって時は、俺が助けてやるよ」

 

 らしくないことを言っているとは思っている。けれども、それでも俺はこの可愛らしい幼い友人を心底どうにかしてやらねばならないと、そう思った。

 きっと俺では守れないだろう。傷を負う前に庇いに入る勇気もなければ、彼女が生きて答えに辿り着くための要因になれるほど、優しくはないのだから。

 でも、それでも俺に出来ること。その命を助けてやることぐらいはしてやれるはずだ。

 

「やけに具体的なのなんで?」

 

 や、だってお前マジでファンに刺されるし。多分、その時助けられるの俺だけだぜ?

 なーんて内心でちょけてはみるが、変に格好付けただけに茶々入れが痛い。

 

「そこはなんでも良いっての。ともかく俺は、お前の味方になってやる。どんな時でもどこにいてもな」

「……」

 

 しばし沈黙の後、言葉を選ぶように何度か口をぱくぱくと開いては首を傾げ、星野はようやく言葉を出した。

 

「どうして? 来栖くんは、どうしてそんなこと言ってくれるの?」

「あん? んなの決まってんだろ、友達だからだ」

「友達、だから? 友達ってそこまでするもの?」

 

 そう首を傾げてきょとんとした彼女ににッと笑ってやる。

 

「ああ、それが俺の友達観だ」

 

 そして、これだけが俺の中で唯一誇れるものでもある。

 

「だから、何かあったら連絡しろ。電話番号ぐらい教えといてやるよ」

 

 んじゃ、行くぞとそう言って俺は歩き始めた。

 

「え、ど、どこに?」

「出店。食いたいもん買ってやるからついて来いよ」

 

 珍しく困った様子の彼女の腕を引き、雑踏に足を踏み入れながら思う。

 俺に彼女は守れない。その心を救ってやることも出来ない。

 それが出来るなんて傲慢を俺は口にしない。

 けれども、幸い命を助けるための「力」はある。

 

 なら、俺はせめて彼女が生きて「愛」を告げられるように。

 入学式の日、笑顔で(つまらなさそうな顔で)いた星野アイに、人の家で文句を言って不貞腐れて(楽しそうに笑って)いたお前に、夏祭りで落ち込んでんだか(驚いて、呆れて、)笑ってんだかわからない顔を(確かな色の宿った表情を)していた友達のために、一肌脱いでやるとそう誓った。

 

*

 その後のことは語るに及ばない。

 何せそれはどこにでもあるような、友達を連れて楽しく回った夏祭りの思い出話にしかならないのだから。

 

 

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