星野アイを都合良く助けたかっただけ   作:サザンドラ

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 ん? 夏祭りの話についてちゃんと聞かせろだ?
 だから、ありふれてるって言っただろさっき。話すようなことじゃねーっての。
 どうしても聞きたいなら、星野のやつに聞きゃいいだろ。
 あァ? なんか隠し事ばかりじゃないかって? 仕方ねえだろ、大人には言えることと言えないことがあんの。わかってくれとは言わねえけど、流す努力はできるようになったほうがいいぞ。

 んで、話を戻すと次の話だな。
 まあ、別に大した話じゃないさ。
 俺とアイツの別れに劇的なものなんてなんもなかったよ。

 誰もが当たり前に離れるタイミングで、当たり前のように離れたってだけの話だ。

 ただそれでも、語るべきだってことは確かだな。

 俺とアイツの卒業式について語ろう。

 と、その前に……あのルビーさん。君がさっきからバクバク食べてるそれ、頂き物とはいえ、結構お高いお菓子なんでちょっとは遠慮して……あ、嫌? そう……



Until the day we meet again.

 春は出会いを運ぶと共に、否応無く人と人の別れを促すものでもある。

 それがわかったのは、多分前世の中学時代だった。

 仲が良かった友人達との永遠にも思える別れ。実際はそんなことはなくて、数年後に酔っ払いながら喋ったりとかするのだが、それでも疎遠にはなってしまう。

 人生通しての友人ってのは、高校以降に出来るものでその前に出来る人間関係は時と共に忘れてしまうものだというのが持論だった。

 

 卒業式を迎えて、ちょっとばかしおセンチ気分に浸りながら、見覚えのない同級生が答辞を述べるのを黙って聞いた。

 周囲の啜り泣く声に対して思うことはない。ただ、星野がどんな顔をしているのかだけは少し気になったが、別のクラスになった彼女とは席が遠く、ここからじゃ見えやしないので諦める。

 隣でおんおん泣いてる真瓦はどうでもよかった。割と、心底。

 こいつのせいで中学程度のちゃっちい文化祭ごときで頑張らなきゃならんかったり、球技大会で目立つ種目やらされたりしたしな。まあ楽しかったは楽しかったけれども。

 

「来栖ぅ! 俺はお前に会えてホントに……」

「はいはい」

 

 まだ答辞の最中なのに鬱陶しいな、こいつ。なんて、そんなことを思いながらも、これが年相応なんだよなとも思った。こいつが将来どんな大人になるのかは知らないが、まあこうして情緒豊かに生きていられるうちは大丈夫だろう。

 ……こういう時に泣きたくても泣けないやつって、大人になったら情緒豊かとかじゃなくて不安定になるからな。感情ってのはちゃんと出せた方がいい。

 辛い気持ちは特にそうだ。上手く吐き出せないやつほど、おかしくなってしまう。

 

「……まあ、俺もお前と会えて良かったと思うよ」

 

 この先、真瓦との関係性がどうなるかはわからない。

 ただ、ずっと続くだなんて思っちゃいなかった。

 進学先が違うから、とか……まあ色々と理由はあるが疎遠にはなるのだろうと思う。

 数年後に同窓会で顔を合わせて、また仲良くなるタイプの友人って感じだ。

 だから、言っておくべきだろうとそう口にする。

 今日が最後になるのなら、言えなかったことを後悔したくなかった。

 

 それは星野に対しても同じだ。

 

*

 

 三年という決して長くはないものの、貴重な時間を過ごした学舎を去るという非日常の中、さりとて俺の行動はそう変わるものでもない。

 

 卒業アルバムに別れの言葉を書けという真瓦には応えたものの、彼以外には捕まるはずもなく、そそくさと喧騒に包まれた教室から抜け出した。

 両親は先に帰って祝いの準備を進めているらしいので、この後の俺は割と自由だ。帰るもよし、真瓦を待ってどこぞにでも遊びに行くのだってなしではない。誘われていたなら、打ち上げのようなものにだって顔を出しただろう。

 だが、そのどれもを俺は選ばなかった。

 特に約束もしていないが、予感があったからだ。

 

「お疲れ様、クルヤくん」

 

 下駄箱まで行って靴を履き替えていると、そう声をかけられる。

 

「ああ、お疲れ星野」

 

 そう言って視線を向けると、彼女はその瞳を細くしてこちらをジトォっと見つめた。

 

「どうして帰ろうとしてるの? まだ話してすらいないのに」

「そういうお前だって下駄箱にいるじゃねえか」

「まあねー」

 

 ケラケラと笑って、彼女は手に持った靴に履き替え始める。

 お互いに履き替え終えると、そのまま校舎を出た。

 

「卒業しちゃったねー。あっという間だったな、中学生」

 

 少し歩いたところで校舎の方へ振り返って、目を細めながら何かを懐かしむように星野は言う。

 

「お前は忙しそうにしてたしな、普通の人より体感が早かったんだろ」

「そういうものかな?」

「さあ? わからん」

「テキトウだなあ」

 

 苦笑気味にそう言われるが、否定の言葉はない。

 ろくでもないことに、大人というのは大概テキトウだ。世のことを雑に受け流して、毒にも薬にもならん言葉を並べることが出来るようになるってのが善かれ悪しかれ「大人」になるってことだからな。

 そういう大人になりたくなくとも、大多数はそうやって成長していく。

 それが規範化された処世術ってやつで、人生を生きるための一つの答えだ。

 そういう意味で星野はとっくに「大人」で、けれども彼女は違う「答え」を求めてもいる。それがどれだけ険しい道でも知らないと突き進んでいく。

 その姿が眩しいと、素直にそう思った。

 

「なあ星野」

「なあに?」

「ありがとうな」

 

 思いの外、すんなりとその言葉は出た。

 それは彼女に伝えたかったことの全てじゃないけれど、それでもきっと伝えなければ後悔してしまう、そういう類のものだ。

 

「き、急だなあ。どうかしたの?」

「今日が終わればそう気軽に会えなくなるからな……」

 

 片やアイドル、片や一般人。

 本来なら俺と彼女の距離感は近すぎるもので、ともすればこの先なんらかの形で俺との関係が彼女の活動のノイズになるかもしれない

 それだけは絶対に嫌だった。それがどれだけ小さな可能性でも、俺は他者の自由を縛る枷にはなりたくない。

 だけど、彼女は……

 

「なんで? 普通に会って遊ぼうよ。その……友達なんだしさ」

 

 変装すればバレないし、バレない場所なんていくらでもあるよ、なんて頬を掻きながら言う。

 それに俺は首を横に振って答える。

 

「わかるだろ。お前はアイドルで、俺はパンピーなんだ。行き着くところまで行きゃまた別だが、少なくともそれまでは異性の友人ってのはいない方がいい。実際にそうであれ、って話ではないが、異性との関係が見えないことによる処女性ってのが今はまだ必要だろ」

「だから、バレなければ……」

「バレんだよ。そういうのは」

 

 隠し事だの秘事だの言い方は様々あるが、それを完璧に隠し切ったやつなんて見たことがない。

 いや、原作の彼女は子供たちの存在を隠し切って死んだわけだから……ってもな、それだって絶対じゃない。

 いくら彼女が巧妙に隠そうと、俺が隠せるとは限らないからだ。

 というか、もう星野アイが特定の男子と友人である事はバレているんだろう。

 まだ週刊誌とかに出てないのは、俺たちが中学生だから。義務教育中のガキだからだな。

 

「聞き分けてくれとは言わない。けどな、お前の行動が万が一を引き起こした時、何をするにも言い訳がなけりゃ俺じゃ何にも出来ないんだよ」

「むう……」

 

 不満そうな顔をつくる星野に苦笑する。

 

「んな顔すんなよ、俺が悪いみたいだろうが」

「……どんな時でも味方だって言った癖に、自分から離れてこうとする友達は悪いと思いまーす」

「かもな。でも、どんなところでもとも言ったぞ」

 

 別に近くにいるだけが友達じゃない。

 

「遠くにいようが、会えなかろうが味方だ。応援だってする」

「そういう割に一回もライブ来てくれたことないじゃん。あーあ、薄情な友達だなあ」

「……それはまあ、なんと言いますか。ここまで来たらドームライブが初ライブってのもオツかな、なんて」

「ドーム?」

 

 まっずい。痛いところを突かれて、思わず余計なこと言っちまった。

 

「いや、ね? 星野ってか、B小町ならそんぐらいいけんじゃねーかなって」

「ふーん? 見てもいないのに?」

「だからですね……」

 

 数年後にドームライブをすることになる、なんて口が裂けても言えないので、どうにかこうにか言葉を並べて誤魔化すと星野は「わかった」と言って呆れたように笑った。

 

「じゃあ、ドームでライブやることになったら招待してあげようかな。それまで私から会おうとしたりもしないよ」

「お、おう……だから、そのつもりで……」

「その代わり、それまでライブに来ないでね。ってそれだけじゃ今まで通りだしなあ……」

 

 そう言って、星野は少し考え込むとすぐに何か思いついたようでニヤッと笑った。

 

「じゃあ、ドームでB小町がライブをやるまでテレビのバラエティ番組とかドラマとか……映画も、私とかメンバーが出るのは観ないようにすること。情報が出てるニュースサイトとかもダメね。SNSもエンタメ系のものは、なるべく見ないようにしてほしいかな」

「いや、え、はぁ?」

 

 薄情だなんだと言った癖に、次に言い出すのがそれかよ。

 

「……お前に関する情報を一切仕入れるな、と?」

「うん。あ、連絡したかったらしてもいいし、会いたかったら会いに来てくれてもいいよ?」

「……」

 

 そう言って彼女はニヤリと怪しい笑みを浮かべる。

 その表情に彼女の意図を察して、ため息が出た。

 お前ばっかり一方的に情報を握って、勝手に安心しようとしてんじゃねえよってか。

 つまるところ彼女は、こう言っているのだろう。

 

「まあ、友達だしそこはフェアじゃないとな」

「あ、わかった? 私ばっかり近況気にしてるのって、やっぱり変だしちょうどいいよね」

 

 ドームライブの招待が対価と考えれば……まあ、一見、軽い条件ではあるか。取れるかどうかもわからないものが確実に取れるって意味でもそうだし、ドームライブをやる頃には星野……アイドルの『アイ』直々の招待ってのもかなりのプレミアだ。

 加えて言えば、俺が彼女の出演するテレビやら映画やら観たところで言わなければバレないわけで……と、まあここが条件の重い部分だな。

 完全に俺の良識を信頼しての要求だろこれ。重いって、信頼が。

 

 それにどうあれ、俺は一度だけ彼女の情報を仕入れなきゃいけないタイミングがある。それは絶対に守れない約束だった。

 けれども……

 

「わかった。約束だ、俺はドームライブまで一切お前のことを調べないし、なるべく視界に入れないようにする」

「本人は別に見てもいいよ?」

「いや、会わないって話したばっかだろ」

「頑なだなあ、もう。本当に顔出さなかったりしたら、私だって怒るよ?」

「そりゃ怖い」

 

 ケラケラとお互いに笑って、それからちょうどそこがお互いの向かう方への別れ道だと気がついた。

 ここでさよならと言えば、きっとそれで俺たちの中学生活は終わる。

 少しの名残り惜しさを感じながら、俺は口を開く。

 

「んじゃあ、ここでさよならだな」

「うん。次に会うのはいつになるかな」

「さあな」

「私は明日でもいいんだけどなー、春休みでしょ?」

「しつこいぞ」

 

 そう返すと、彼女は唇を尖らせて抗議する。

 そういう顔をもっとすりゃ友達も増えそうなのにな、なんて思う。

 

「今生の別れってわけじゃねえんだからよ」

「でも、もしかしたらがあるでしょ? ほら君って幸薄そうだし」

「幸薄そうだろうが俺は死なねえよ」

 

 生きてやることがあるからな。

 

「つーかお前、人が気にしてること言うんじゃねえよ」

「へー、気にしてたんだ。幸薄そうなの」

 

 こいつ……!

 思わず喧嘩なら買ってやろうと、言葉を用意するが……

 

「ふふっ、あははっ」

 

 悪戯に成功したガキみたいな笑顔に毒気を抜かれて、息を吐いた。振り上げた拳を向ける先がこれだとな、喧嘩する気も起きはしない。

 

「……たく、お前の方こそ気をつけろよ」

「大丈夫だって、私なら」

 

 絶対嘘だな、と思いながらもまあ騙されてやるかと諦めた。

 思わずフッと笑みが溢れて、感じていた寂しさがいくらか消えていることに気がついた。

 それから残った寂しさを吐き出すように、別れの言葉を告げた。

 

「またな、星野」

「うんまたね、来栖くん」

 

 そうして、俺と彼女はさよならをした。

 背中を向けて歩き出してからしばらくして、そう言えばいつからちゃんと名前で呼ばれるようになったんだったか、とそんなことを思って振り返る。

 けれども、そこにはもう彼女の姿はない。

 

「ま、どうでもいいかそんなこと」

 

 そう呟いて家路を歩く。

 次会えた時、覚えていたら聞けばいい。聞ける状況じゃないし、きっと覚えてないんだろうけれど。

 まあともかく、は。

 

「さようなら」

 

 また会う日まで。

 




「それでその後は……?」

 アクア少年が、続きを話すように促して来るが首を振る。

「会ってねえし、ドームライブまで情報仕入れたりもしなかったぞ」
「……ずいぶん律儀なんだな、アンタ」

 皮肉なんだろうが、残念だったな。俺にその手の皮肉は通用しない。

「約束だからな」

 それにドームライブの招待はして貰ったしな。
 律儀と言えばこいつらの母親だってそうだ。
 そんなことを思っていると、お菓子を貪り食らっていたルビーちゃんが拳を握って立ち上がる。

「中学時代のママのライブに一回も行かないとか有り得ない! ましてや連絡先知ってて連絡しなかったり、会いにもいかないなんて来栖さんは男じゃないよ!」

 チマっこくて可愛いらしいなあ、なんて思っているとそんな酷い言葉をぶつけられる。

「男云々以前の問題だろ。なあ、アクアくんよ」
「ああ、男云々以前に面倒臭いな」
「……お前らな」

 いやもう何も言うまい。
 面倒臭いのは承知しているのだから。

「ミヤコさん、さっさと連れて帰ってくれません?」
「え、ええ……」

 言いながら、二人を説得しにかかるミヤコさん。
 アクア少年の方は聞きたいことは聞けたし、といった感じで大人しく帰ろうとしているが、ルビーちゃんの方はまだ帰りたくなさそうだった。

「お菓子……」

 だから、それ高いやつだから。
 バカスカバカスカ食いやがって。そうそう頂ける物じゃないんだぞ。
 なんて思いながらも、小袋に入ったそれをいくつか別の箱に分けて持たせてやる。
 ついついワガママを許してしまう。親戚の娘ってこんな感じなんだろうか。

「お母さんとお兄ちゃんと一緒に食いな」
「わあい! 来栖さんおっとこまえー!」

 さっき成人男性捕まえて男じゃないとか言ってなかったか、この子……
 そのまま玄関まで送って、三人を送り出そうとしたところでふと思い出す。

「そうだ、少しいいか?」

 そう声をかけると双子は揃って振り返った。

「お母さんに、どうして俺の名前ちゃんと呼ぶようになったか聞いといてくれねえかな」

 お願い! と両手を揃えて、そう言うと二人は顔を見合わせて、それからため息をついた。
 そうして、まるでどうしようもない腑抜けを見るような冷たい顔をして、口を揃えてこう言った。

「自分で聞け、ヘタレ」

 ドアがバタンと音を立てて閉まる。

「ったく……」

 そう呟き頭をかいてから、三人分の音が消えて静まり返った部屋に戻ると、ソファにぐでっと体を預けた。

「タバコ吸お……」

 真実は時として人を傷つけるということをあの二人は知らないのだろうか。
 ヘタレって男に言っちゃダメな言葉トップテンだろ。この野郎。
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