星野アイを都合良く助けたかっただけ   作:サザンドラ

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タイトル
PEOPLE 1「魔法の歌」より

書く時に聞いてた曲
同上
amazarashi「雨男」


魔法の歌・2

 アクアを家に帰してから二十四時間が過ぎた現在。

 時刻は午後十九時。場所は、星野の予約した店。その奥にある芸能人用の個室である。

 

 平日ということもあって、どうせなら昼間に人の少ない街中のちょっと良い店のランチで済ませたかったってのがお互いの本音だったのだが、向こうは撮影、こっちは今度参加させてもらうゲームの公式配信の打ち合わせで昼間は忙しく、結局会うのは夜になった。

 

 星野はまだ来ていない。店に入る前に仕事が少し長引いたと連絡が来ていたが、俺の方は打ち合わせの場所が近かったこともあって、先に席についていることにした。

 

「お、本当に安いじゃんこの店」

 

 密会とかに使うような個室のある店って高いところが多いんだよな。

 向こうは家計、こっちは元来の貧乏性的にあまりそういう店は嬉しくないし、そういうところには記者が張り付いているもので、そういう意味でもよろしくはない。

 

 しかしそこは芸歴十年を超える星野アイさん。リーズナブルで、こういった話にも理解があるお店を選んでくれたらしい。しかも喫煙所があるタイプの店らしく、俺が気兼ねなくヤニを吸えるという素晴らしい配慮をしてくれていた。

 まあ、酒入ったらタバコとか吸わねえんだけど。酔いまわるの早くなるから楽しくはあるんだが、今日みたいな日には合わない。

 それにメニュー見た感じ結構良い感じの日本酒あるし、たまには贅沢して飲んでみたいしな。

 

 ……しかしまあ、なんだ。昨日まであんだけ渋ってたのに、そこはかとなく楽しみな俺がいる。

 やっぱり大人になった友達と飯に行くってのはいいな。酒飲んで、思い出話に花を咲かせるってそれだけで楽しいんだよ。

 

 前世もあの時期は幸せだったし、今生もチームメイトと行った飲み会は最高に……

 

「お待たせ」

 

 なんて思いを馳せていると、個室の扉が開く音ともに聞き馴染みがあるものよりもいくらか成熟した声が聞こえた。

 幾年かの歳月は、例え声を覚えていても普段テレビで聞いていたとしても、実感としてその声から感じ取る印象を磨耗させてしまうのには十分だった。

 それでも、

 

「よお、久しぶり」

 

 俺はそんな風に、旧知の友人へと向けるような気安い挨拶をすることが出来ていた。

 サングラスとマスク、そしてキャップこそ変わっていないが服装は以前と違ってダサくはない。そのスタイルと彼女自身によく似合うストリート系の出立ちだ。

 

「うん、久しぶり。元気してた?」

「答える必要あるか? どうせ知ってんだろ」

 

 そう言って笑ってやれば、彼女はすぐさま何かに気が付いたらしく、少し不機嫌そうに俺の前に座る。

 

「……アクアめぇ、言わないでって言ってたのに」

 

 言わないでって言ってたのかよ。

 

「嫌われてんじゃねーの」

「嫌われてませーん。うちの子たちはずっと私のこと大好きですー」

 

 知ってる。

 

「んじゃ、反抗期だろ」

 

 何気なく冗談のつもりでそう言うと、星野の笑みが固まった。

 

「え……」

「え……?」

「反抗期、なのかな……?」

 

 いや、え……?

 何その覚えがありますよ、みたいな反応。困るんだけど。

 

「思い当たる節でもあんのか?」

「うん……」

「言ってみろよ。アイツらにはよく会うし、相談に乗れるかもしれん」

「実はね……」

 

 そこから始まったのは、反抗期の子供を持て余すシングルマザーの悩み……ではなく、ただの子供自慢であった。

 おい、こいつ親バカ過ぎんだろ。いやそのきらいは原作からしてあったけども。

 

「それで、最近アクアがあんまり抱き付かせてくれなくて……」

「うんもうわかった。反抗期じゃねーよ、普通にお前の子供に対する距離感バグってるだけだわ」

 

 ビビって損した……んだよ、幸せな限りじゃねえか。

 

「でも……」

 

 それでもなお不安そうな星野に、俺はため息を一つ。

 

「思春期の男の子はな、反抗期にしろ何にしろ母親とちょっと距離を取る時期なんだよ。そうやって自立するための準備を整えて、大人になっていくのが健全なんだ。それに今まで通り話はしてくれんだろ?」

「うん」

「なら大丈夫だ。アクアはお前のことは大好きだし、大切に思ってる。そこは俺でも理解できるぐらいだしな」

「……そっか。なら、安心かなあ」

 

 あー、マジで疲れた。何だこれ。どうして子供もいない俺が、こんなに育児のことで話してんの? 意味わからん。オープニングトークには重過ぎんだろ、話題が。まだ何も頼んでねーし。

 

「……話も一段落したことだし、とりあえずなんか頼もうぜ。腹減って仕方ねえや」

「そうだった、私もそういえばお腹空いてた」

「食いもんはテキトウでいいとして、飲み物はビールでいいか?」

「うん。あ、ここ、お刺身が美味しいから食べ物はそれがオススメだよ」

「あいあい」

 

 電子端末で注文を終えて、一息つく。

 何でこんなに疲れてるんでしょうね。昨日寝たよな、俺。

 

「そういや、こうして一緒に飯食うのって何気に初めてか」

「だねえ、どこかの誰かさんは頑なだったからなあ」

「だってお前アイドルだったろ。今も女優だしな」

「そうは言うけどさ、来栖くんだって知らない間にプロゲーマーになって、そのままストリーマーでしょ。どうして連絡くれなかったのかなあ、友達なのに教えてもらえないの寂しいなあ」

 

 それを言われると弱い。

 

「あと72時間配信とか48時間配信とかやめなよ。早死にしちゃうよ?」

「それ、アクアにも言われたわ。やっぱ親子なんだな」

「もう、君そうやって誤魔化すところあるよね」

 

 しばらくそんなこんなで話し込んでいると、程なくしてビールと刺身が運ばれて来る。

 ジョッキを手に取って、二人合わせて乾杯をした。

 それを一口飲んで、俺は話を続ける。

 

「そういうお前だって本名どうして公開したんだよ。アクアとルビーのことまで公表した時には、流石にキモが冷えたぞ」

 

 すげえ炎上してたし。

 

「うーん、二人のことを守るため。かなあ。ほら、公にしたらその時は炎上するし、大変だけどさー……結局、子供たちの身の安全とか考えたら知ってる人が多い方がいいかなって。多分、私まだ狙われてるしねー」

 

 そう言って苦笑する星野の顔は、昔と違っていてどこか落ち着きがあった。苦労はあれど、自分の選択が子供たちの為に正しかったとそう確信しているのだろう。それは紛うことのなき母親の顔だ。

 綺麗になったなあ、とそれを見てぼんやりと思う。

 反面、きっと本当に大変だった時に俺は寄り添ってやれなかったんだろうな、とそう思った。

 

「母は強し、だな」

「あ、わかる? 子供がいると辛くても大変でも、頑張ってやろう! って気持ちになれるんだよねー……来栖くんは、そういう話ないの?」

 

 気まずそうに聞いてくる星野に、今度は俺が苦笑した。

 

「ないな、全くないし、今はいらねえや」

「そう? もし興味あったら知り合いの女優の子紹介しようかって言おうと思ったんだけど」

「やだよ。誰が好き好んで芸能界とかいう地雷現場から地雷引き取ろうとすんだ」

 

 つーか俺も社会経験のないタイプのストリーマーとかいう地雷だからな。絶対上手く行かねえよ。前世は普通だったんですけどね。

 んで、子供。子供なあ……

 

「子供とか今更っつーか……だいたいアクアとルビーでその辺の需要満たされてる気がするわ。最近、アイツらに良いもの食わせたり、小遣いやる為に配信してるみたいなところはあるし。それも今は別にいいかな」

「あはは、なにそれ。じゃあ、来栖くんは二人の父親代わりってこと?」

「つーか親戚のおじさん?」

 

 自分で言ってて臭いが、そういうポジションでありたいとは思っている。親以外に気安く頼れる大人って、何気に大事だからな。教師とかそうあるべきなんじゃなかろうか。教育者じゃないからわからんけど。

 そんなことを思っていると星野は「ふーん?」と言って、目を細めて笑った。

 

「じゃあこれからも頼らせてもらおうかな、おじさん」

「お前それ自分に跳ね返って来ることに気づいてる?」

「うるさいでーす。私はまだまだ現役で女子高生やれるし〜」

「そこで見た目の若さ出すのはなんかじゃない?」

 

 俺だって別に見た目若いんだけど、正直こいつの溢れ出る「美少女感」みたいなのに勝てる気がしない。張り合う気もないけど。

 それから昔の話をしたりして一頻り笑ってビールを飲み干し、お代わりを注文するを二度ほど繰り返したタイミングで、星野は少し神妙な顔をした。

 

「来栖くんは、さ。私のこと嫌いじゃない?」

「あん? んだよ、急に」

 

 メンヘラ女みたいなこと聞くじゃん、と俺が言えば彼女は首を横に振った。

 

「だって不安にもなるじゃん。中学の時にさよならしてから十五年だよ? 会いに来てもいいし、連絡くれてもいいって言ったのに、結局それもなかったし」

「いや、でもドームライブの日に会ったし……」

「その時私、死にかけてたのわすれたのかなあ?」

「あー、後ほら、ドームライブは観に行ったぞ? 同じ日に死にかけてたとは思えないほど素晴らしいパフォーマンスだった」

 

 奇妙な会話だなと我ながら思う。

 死にかけた日にドームライブやるって、やっぱりこいつどっかイカれてんだろうな。

 

「君が治してくれたんだから当然でしょ? あと、サイリウムはちゃんと振って欲しかったかな。色も間違ってたよ。別の子の推し色だったし、強火オタク自称するならしっかりして欲しかったなー」

 

 だってしょうがないだろ。前世でも今生でもアイドルのライブなんて行ったことなかったんだから。地蔵にならないようにすんのが大変だったつーの。

 

「つーか見えてたのかよ」

「友達だもん。来てるって信じてたし、見つけるよ」

 

 信頼が重い。つーかこいつだいぶ絡み酒だな……

 

「終わった後に会えるかなって思ってたら、帰っちゃってたし。スタッフの人に止められなかった?」

「止められたけど、なんも悪さしてないのに急に止められて怖くなったから偽名名乗って逃げた」

「臆病者めぇ……」

 

 言いながら星野はジョッキを呷る。

 それはもういい飲みっぷりであった。

 

「そうじゃなくてさー、ほら、君は私のこと嫌いなの? どうなの?」

 

 どうなのおばさん押さえてるとか、こいつさてはひょっとしなくても結構ゲームやってんな?

 なんて茶化そうとする内心とは裏腹に、冷静な自分が声を出す。

 

「嫌いじゃねえよ。大切だと思ってる」

「じゃあ、どうして連絡もしてくれなかったの? 私、君の近況だって知りたかったし、相談したいことだってあったんだよ?」

 

 それを言われると弱いな、とそう思いつつ、どことなくこの状況に既視感を覚えていた。

 そういえば、好き嫌いについて一度だけ彼女と話したことがあったはずだ。ああいや、好きな人いるかどうかだったか?

 なんでもいい。ともかく、アルコールに侵食された思考でもってなお返事を間違えてはいけないと、誤魔化してはいけないとそう感じる。

 

「俺は……」

 

 スッと深呼吸を一つ。

 

「そうだな。あの時のお前に、俺じゃ寄り添えなかったんだよ」

 

 言葉を探す。ジッと静かにこちらを見つめる星野から目を逸らしたくなるが、それを気合で押さえ込む。

 ああ、そうだ。メディアバレなんて、ただの言い訳でしかない。少し会ったりすることや連絡を取り合うことなんてきっちりしときゃそうそうバレることでもないのだから。

 それに正直な話をすれば、バレたとして誤魔化しようはいくらでもあった。特にその辺りは星野ならなんとかしてしまえただろう。

 俺たちの関係性も何も知らない奴らに、語る事情など万に一つもありはしないのだから。

 メディア云々、立場云々。そんなものは距離を取るための理由でしかなかった。

 

「理解は出来たと思う。けど、多分共感が出来なかった。お前と俺は生まれも育った環境も違い過ぎたから。きっと、あのまま関わり続けていたら、いつか俺はお前を酷く傷つけていたかもしれない」

 

 それが心か体かはわからない。

 ただそうして傷つけた相手の背中をさすってすらやれないだろう自分がいると、俺は理解していた。

 別れの悲しさや寂しさなんてのは一瞬だ。どんなに辛くても、蓋をしてしまえば、いつか腐って朽ちるだけのものでしかない。

 それでも……

 

「必要な時に一緒に居てやれない不甲斐ない友人で、申し訳ないとは思ってんだ。けど、だからかな。こうして、お前と向かい合って酒を飲めてるってのが嬉しいんだよ。それだけで生きてる価値はあったな、なんてバカらしいこと思っちまうぐらい」

 

 無意味な人生の二周目に、意味をつけてくれたのは星野だ。

 人は誰しも仮面を被り、それを付け替えることで他者と自分の間にある溝を埋めようとする。その行為を欺瞞だという者もいるだろう。俺も多分その一人だった。

 けれども目に映る全てが嘘に見えるようなこんな世界で、ただ一人誰よりも素直な嘘で「本当」を求めていた彼女だから、俺は「友達」になった。だから、大切なんだ。

 なんかの歌の歌詞にもあっただろ。

 『友達の約束を守らなきゃ、それだけが僕の死ねない理由』って。

 笑えてくるよな本当に。

 

「俺はお前が生きていてくれるなら、別にこの先関わらずとも良かったんだよ」

 

 近くにいても遠くにいてもわからないことは多いけれど、近くても遠くてもようは心さえ繋がっていれば、さしたる問題にはならない。

 言葉足らずで誤解もさせただろうが、それがあの時に俺が出した結論だったしな。やっぱり、こういうのはちゃんと言葉にしておいた方が良かったんだろう。

 言いたいことも言ったことだし、とジョッキに手をつけようとして星野が変わらずこちらをジッと見つめていることに気がつく。

 

「……相変わらずだなあ」

 

 何か眩しいものを見るようなその表情は、アルコールのせいで少し赤らんだ顔と相まって、やけに綺麗だった。

 

「君はいつだって嘘を吐かないね」

「いや、吐くけど」

 

 必要とあれば、いくらでも。嘘も方便。割と初歩的な処世術だぞ。

 

「うん、人にはそうだと思う。でも来栖くんは自分に嘘を吐かないんだよ」

「……」

 

 まあ、少なくとも今生はそうかもしれない。

 前世で他人に気を使って、自分に嘘を吐いて生きてたからな。ハンカチ拾った時だって、本当は別の誰かが拾うだろってそんな気持ちはあったし。

 ただ皆の「優しい」来栖綾時くんは、そこでハンカチを拾わなきゃならなかった。んで、死んだ。

 だからそういうのはもうやめようって、そう思って好きに生きてきたつもりだ。

 

「自己中心的、とも言うけどな」

「それを言ったら私だってそうだったよ?」

 

 でね、と星野は続ける。

 

「確かに来栖くんは大変な時に近くにいなくて、私が死にかけた瞬間ひょっこり現れて、私を治してまたどっか行っちゃうような困った友達だよ」

「お、おう」

 

 そうか、困った友達か。なんか泣きたくなってきたな、自覚あるし。

 

「アクアとルビーの名前決める時とか、相談したかったなー、私」

「いや、いい名前だと思うぞ」

「本当に?」

「片方はもうちょい手加減してあげて欲しかったかもしれん」

 

 改めてアクアマリンってすげー名前だよな。斬新どころの話じゃないし、光中って書いて「ピカチュウ」ぐらいの衝撃はあるだろ。ないか。ないな。

 ピカチュウじゃなくて良かったな、アクア。

 

「後出しなので聞きませーん。アクアマリンはアクアマリンでーす」

「直せとは言ってないんだが」

 

 まあ、酔ってんだろうな。自分で聞いてきたくせにこれだし。

 で、何が言いたいんだよ、とそう思いながら星野を見ると、彼女はおかしそうに笑って、それから柔らかな微笑みを浮かべて言った。

 

「来栖くんは困った友達だけど、もっとちゃんと会いに来て欲しいな。話したいこと、いっぱいあるし、きっとこれからも増えていくと思うから」

 

 ……どうも、やっぱり俺は自己中心的だったようだ。

 きっとこれまでの俺は、星野の気持ちをちゃんと考えていなかった。彼女の命を救うために、彼女を傷つけないために、そんなことばっかに頭がいって、本当に大切なことを見誤っていたのかもしれない。

 彼女を傷つけたことで、自分が傷つくのが怖かったんだろうな、とそう思う。

 

「わかった。頻度はそう多くはならないだろうが、会うのは構わねえよ。この期に及んで張る意地もないしな」

「あはは、それはお互い様かなあ。いやー、私も無理矢理家に押しかけてやろうかーとは思ってたんだけどさー。今行ったら負けかなって」

「んじゃ何か、その流れでいくと俺は負けたわけか」

「あは、そうなるねー。私の勝ちだ」

「はは、そうだな。お前の勝ちだ」

 

 色々な意味で、俺の完敗だろこれ。最強で無敵なだけあるわ。

 

「それじゃあ、まあ改めてましてよろしく」

「うん、よろしく来栖くん」

 

 そう言って、本日二度目の乾杯をした。

 シリアスな話もそこそこに、その後は日本酒とかなんだとか頼んだりして、明るい話も盛り上がり、特に俺たちの間で白熱したのはアクアとルビーについての話題であった。

 共通の話題がそこである辺り、お互いに歳をとったなと思いつつ、以前うちのソファで双子が寝てしまった時に撮った写真を星野に共有したり、星野からはその二人が如何に天才かという自慢話を聞いたりした。親バカめ。

 そうしてしばらく、色々と酒を飲みながら話をしていると星野が船を漕ぎ始めたので、少し落ち着いてから会計を済ませて店を出る。

 星野はあまり酒に強くはなかった。




次回、昼ぐらいにあがります
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