聖園ミカに憑依した
聖園ミカに憑依した。
なかなか受け入れがたい事実だけど、まあそういうこともあるだろうと納得するしかない。
ミカはブルーアーカイブというゲームのキャラクターである。トリニティ総合学園の生徒会、ティーパーティーの無邪気で気分屋なお姫様。銃弾飛び交う物騒なこのキヴォトスの中でもずば抜けた強さのキャラクターとして描かれていた。
それはそれとして、わたしはミカが大好きだ。
昔はそんなことなかったはずだけど。確かやっているゲームのうちのひとつに出てくるキャラくらいの認識だった。それでも17年も一緒にいると、いつのまにかわたしの心の中で一番大きい存在になっていた。こんな状況だったら尚更。
言い忘れていたが、ミカに憑依したといってもミカの意識が消えたわけじゃない。むしろ二重人格のような、背後霊のような、わたしはそんな感じの存在になっている。
初めてわたしの意識がはっきりした時、そこは白い部屋だった。唯一わたしの頭と同じくらいの窓だけがあって、その窓も曇っていて外の様子がよく分からなかった。
それが数日すると窓の外の景色が分かるようになった。
窓に映るのは天井やシーツなんかの取り止めのないことばかりで、窓の外からの音も聞こえるようになってようやく、わたしはこの部屋の窓が赤ちゃんの視界と共有されていることに気づいたのだ。
なんせわたしはこの体を動かせるわけでもなく、やれることといったら窓の外を眺めるくらいしかなかったので。
そしてこの赤ちゃんの名前がミカだと分かったり、ふと映った光景や会話からこの家の苗字が聖園だと分かったりして、愕然としたのはいい思い出だ。
変化があったのは多分ミカが一歳くらいの時。
わたしの白い部屋にミカが現れた。当然一歳児なんて単語くらいしか喋れないし、その時はまともな意思疎通も叶わなかった。
しかしミカは現実で眠りに落ちる度にこの部屋にやってくるようで、一緒に過ごしていると何となく言いたいことが分かるようになっていった。
まあとにかくミカは可愛くてしょうがなかった。一歳くらいの幼女なんてみんな可愛いものだが、ミカは別格だ。ピンクのふわふわ髪を揺らして無邪気にニコッと微笑まれると、さすがのわたしも悶絶せざるを得ない。
そんな可愛い可愛いミカが来てくれるのに、ただ白いだけの部屋だと味気ない。
だからミカの好きなおもちゃやお菓子、ふわふわのベッドやぬいぐるみなんかがあればいいのにと思っていると、なんと部屋にそれらを出すことができるようになった。
どうやら出せるものの条件は、ミカが見たことがあって、わたしがこの部屋に置いてもいいと思っているものらしい。
そうして窓だけの白い部屋はまるでミカの部屋のように様変わりした。
ちなみに出した鏡によって、わたしの姿がミカと全く同じになっていることだけが分かった。鏡を見るだけで美幼女がこちらを見ているものだから楽しかったが、それでも本物のミカには敵わないな、なんて思っていた。
二歳になるとミカとちょっとした会話ができるようになった。
大概ミカの好きな本を読みきかせたり、人形遊びをしたり、取り止めもないおしゃべりをしていた。まるでミカの姉になったみたいで不思議な気分だったのを覚えている。
そうこうしているうちにミカは三歳になって、わたしに名前が付いた。
「ミカのおともだちだから、オト!」
そうしてわたしはオトを名乗るようになった。
ミカが保育園に入ってわたし以外の友達ができ始めると、ちょくちょくその友達と喧嘩することがあった。
そしてそんな日が続いたある時、ミカは眠っていないのにわたしの部屋に来た。そもそもそんなことができることにも驚いたけど、もっと驚きだったのがわたしの部屋に扉ができたことだ。
当然気になってそっと扉から外に出てみると、窓の外の景色がわたしの視界になった。……つまりミカの体の主導権がわたしになったのだ。
呆然としている間もなく、目の前にはミカと喧嘩中の子がいる。何とか仲裁して、わたしはミカのいる部屋に戻った。ミカは窓の外を見ながら体育座りでえぐえぐとしゃくりあげていた。
「オトはどっちのみかたなの?」
「わたしはミカの味方だよ」
「ミカにゴリラっていったあのこがわるいんだもん、ミカわるくない」
「そうだね、ミカはゴリラじゃないもんね。嫌だったよね。……でもミカはあの子の折り紙潰しちゃったよね、それは悪いことじゃないの?」
「それは……わるいこと。でもわざとじゃないよ! こわれるとおもってなかったし……」
「うん、分かってる。ミカはちょっと他の子より力が強いから。だけどミカ、悪いことをしちゃったらどうするんだっけ?」
「……あやまる」
「よし、ミカはえらい。さあ、謝りに行ける?」
「……うん」
「ミカが謝れたら、今日は一緒にここでパーティーしよう。それからミカが物を壊さないように練習しよっか」
「うん! ミカがんばるから! オト、みててね」
「もちろん」
それから、ナギちゃんことナギサと出会ったり、射撃の練習をしたり、わたしとミカの入れ替わりについて検証したり、わたしのことは内緒にすることを約束したりしてミカと暮らすうちに、いつの間にやらミカはトリニティに入学していた。
「オト、私うまくやってけるかなぁ」
「ミカなら大丈夫。もし困っちゃったらここにくればいいし」
「オトは絶対私の味方だもんね」
「うん、わたしにはミカしかいないから」
「えへへ」
先生が現れること、エデン条約のこと、洗いざらいぶちまけたかったけど、それをやって何か歯車が狂うことを考えるとできそうにない。一歩間違えればキヴォトスが滅ぶの、先生ホントに綱渡りしすぎじゃない?
ここがプレ先時空だったらどうしよう、わたしがいるせいで歪みが生じていたら。
考えても仕方ないから、一つだけ決めたことがあった。
わたしは、ミカを魔女なんて呼ばせない。それくらいだったら魔女になるのはわたしだ。
扉を開ける。
「初めまして先生、会えて光栄です。え、聖園ミカ……? 違いますよ、わたしはオト。聖園ミカの肉体を乗っ取ったもの。うーん、黒幕登場ってところですかね? トリニティの裏切り者とでも名乗ればいいですか? あはは、中身が入れ替わってることに誰も気づかないんですから、色々やりやすくてしょうがなかったですよ」
ミカは悪くない。セイアは死んでない。だからそんな泣きそうな顔しないで。わたしがここから全ての罪を背負うよ。悪いのはわたし。何も言わなかったわたし。そうでしょう?
「なんでこんなことしたかって? そんなの、嫌いだからに決まってるでしょう、……聖園ミカが」
愛してる。だから、傷つけられることなくそこで無邪気に笑っていて。全部終わったらミカに返すよ。だからそれまで、もう少しだけ待っていて。