こちとら筋金入りの引きこもりだぞ
わたしはティーパーティーの二人とともに紅茶とスイーツを嗜んでいた。
……山盛りになっている美味しそうなスイーツを見ても、今は全く食欲がわかない。
どうしてこうなったかというと、わたしと話がしたいというナギサとセイアの要望を叶えるために、ティーパーティーが連名で(ミカも含めて)わたしに招待状を送りつけてきたからだ。
おそらくこれは、行われなかったミカの聴聞会の代わりのイベントだろう。
二人には責められても仕方がないと思ってる。特にナギサにはだいぶ冷たく対応してしまったし、セイアは……よく分からないけど。初期好感度がマイナススタートなのはまず間違いない。
そして場にはわたしが紅茶を飲んだりケーキを切ったりする陶器の音だけが響いていた。
非常に気まずい。ついでにろくに他人と話したことのない筋金入りの引きこもりだぞ、こちとら。
……沈黙が痛い。
いや、いつまでも黙っていては仕方ないし、ここは勇気を出してわたしから話し始めることにしよう。目指せ、アイスブレイクの小粋な会話。
「その、ええと……この度は、ミカの体を突如乗っ取り……様々な混乱を生じさせて誠に申し訳ございませんでした」
「……いえ。先生とミカさんからあらかた話は聞いたので、大体の事情は把握しています。あなたはただ、ミカさんを守りたかっただけなのでしょう?」
「……はい。ですが、ナギサさんにはたくさん嘘をついたのは間違いないので」
小粋な会話とは?
いやもう正直合わせる顔がないというか……。
「正直もう気にしていません」
「え」
「それよりも、ですね……気になることがありまして」
「なんでしょうか」
ナギサは紅茶で口を湿らせた。セイアはなぜかニヤニヤしている。
なんでも聞いてください、洗いざらい吐きます。
「オトさん、あなた……」
そこはかとない迫力に思わず息を飲む。
「どうやって十七年もミカさんの手綱を握ってきたんですか?」
「え?」
どういうことなの、ミカの手綱を握った覚えなんてないんだけど。
「おそらくですが、ミカさんがやらかしそうになるたびにオトさんが内からブレーキをかけていたのではないですか?」
「酷いよナギちゃん! 人をまるで暴走特急みたいに!」
ミカ出てきちゃった。あーもうわけがわからないよ。
「オトさんが止めなかった結果トリニティを裏切りかけた人は黙らっしゃい」
「ぐぅ……それ言われると何も言えない……」
「まさか私生活までおんぶに抱っこなんじゃないでしょうね」
「うっ」
「まあまあナギサ、それくらいにしておいてあげたまえ。オトが話せないじゃないか」
「……その、わたし、そんな大したことはしてないです。ミカにもいつも悪影響を与えているんじゃないかって心配ですし」
「全くそんなことないよ!」
「せいぜい心の中で助言するくらいしかできないですし」
「ほんとに助かってるよ?」
「やってることといえば、朝ぐずるミカを部屋から追い出して起こしたり、たまに代わりにご飯を作ったり、やたらゆるいミカの財布の紐を握ったり、ちょくちょく悩みを聞いたり、毎日添い寝したり、ミカに害が及ばないようにちょこっと手を回したりくらいなものです……いや意外と色々やってたな?」
声を出さず笑いを噛み殺していたセイアがついに爆笑した。
ミカが部屋の中で真っ赤になって羞恥のあまりぷるぷるしているのを感じる。
「あは、ははは、ははっ、はぁ……、ふぅ、はぁ……いや、オト……君ちょっと面白すぎないか?」
「そうですかね」
「オトさん、あなたとこれまでまともに話をしたことはなかったはずなのに、私は今なぜか猛烈にシンパシーを感じています。……今までミカさんが感情のままに動くのをどうにか止めたり方向転換させたりしてきましたが……それ以上に、私は私の知らないところであなたにたくさん助けられてきたのですね……!」
いやそんな尊敬の念を向けられても困るから!
……というか、二人からわたしが想像していたような悪感情を全く感じない。
「……二人とも、わたしのことを恨んだりしてないんですか」
「してないよ」
「してないですね……最初は何事かと思いましたが、事情を聞いた今では、ミカさんを守ってくれてありがとうございます、としか……」
「右に同じく……オト、ありがとう。君のおかげでミカは守られた。『知っていた』私からすれば、君の成し遂げたことは讃えられるべき偉業だ」
……よかった。わたしのやったことは無駄じゃなかった。だって二人はこんなにミカを大切に思ってくれている。本当に、ミカの名誉も心も日常も、守れてよかった。
「ですが、だからこそ。自分の命を捨てるようなマネはしないでほしかったです」
「君がいないミカがどうなるか、想像できないとは言わせないよ」
「……」
きまりが悪い。いや、だってブルアカにわたしはいなかったから、ミカは一人でも大丈夫だって思ってたんだもん。今は違うけど。
責任とって、って言われちゃったからね。それこそ最期まで一緒にいるよ。
……こんなわたしでも、必要としてくれる人がいる限り。
「もうそんなこと考えてませんから! 死ぬまでミカと一緒に生きていきますから!」
「それならいいのですが。……話は変わりますが、オトさんは生まれた時からミカさんといるのですよね」
「そうですね」
「その……私とミカさんが出会った時も見ていたんですか?」
「はい。確かあの日はミカが嬉しそうに、ナギサさんと友達になったことを報告しにきましたよ」
「そうですか。その頃から一方的にとはいえ知り合いだったわけですから……私たちも、幼馴染と言っても過言ではないのでは!」
「え」
「ふっ、ふふ……さてはナギサ、オトに友達になってほしいと言いたいのかい? いくらなんでもそれは暴論すぎるだろう」
幼馴染。……わたしに、ミカ以外のお友達。
ミカ、わたし友達作ってもいいのかなぁ。
強い肯定の意を示すミカの気持ちが伝わってきて、わたしも気持ちが固まった。
「わたしもナギサさんと……いや、ナギサちゃんと友達になりたい」
「……ありがとうございます!」
ナギサはニコニコ満面の笑みだ。それを見ていると思わずわたしも笑みを浮かべてしまう。
「セイアさんも、わたしと友達になってくれますか?」
「喜んで。……改めてよろしく、オト」
「うん、よろしく。セイアちゃん」
わたしたちはみんな笑顔だった。
友達っていい響きだ。友達に敬語は付けないタイプだからさらっと敬語を外したが、特に何も言われないので構わないだろう。ついでにちゃん付けもしてみる。
「その、オトさんの処遇なのですが」
「うん」
「トリニティの正式な生徒として認めることになりました。シャーレの監視付き、という条件ではありますが。また対外的には、ミカさんは憑依してきたオトという人格と和解し、もう悪事は働かないことを約束させた……ということになっています」
「……わたしが、正式に生徒に」
「はい。位置付けとしてはティーパーティーではなく一般生徒、ということになってしまいますが。まあ、肉体がミカさんなのであまり関係ないですね。……これからよろしくお願いしますね、トリニティの聖園オトさん」
「聖園オト……! わたし、苗字が……」
「流石に二重人格の生徒はこれまでに前例がなかったから、前例がないことをいいことにねじ込めるだけねじ込んだのさ」
なんかすごくいい響きだ、聖園オト。実質結婚みたいなものじゃないか、これ。
「そこでオトさんに制服と学生証のプレゼントです。着ることはあまりないかもしれませんが、一応」
「わたしの制服……」
水色の襟のセーラー服に水色のスカート、黄色いリボンと一番ベーシックなトリニティの制服を、袋に包んでナギサが手渡してきた。
……あとで着てみよう。
「なにもかも、本当にありがとう。その……これから、よろしく」
二人からは笑顔が返ってきた。
「スイーツ、食べましょうか」
「うん!」
◇
「えへへ、オト、よかったね!」
「うん。ミカも嬉しそうだね?」
「そりゃ嬉しいよ! だって、オトがわたしのお友達とお友達になる、っていう昔からの夢が叶ったんだもん」
「……そっか、夢だったのか」
「……うん」
「ごめんね」
「いいの。今はこうしてみんな友達になれたから。……ナギちゃんとセイアちゃんのこと、大事にしてあげるんだよ?」
「もちろん」
◇
これはエデン条約編以前、ミカがティーパーティーになった後くらいの話だ。
ここは肉体が眠りに落ちると訪れる部屋だが、実はこの部屋の中でも眠れる。だからミカが活動している時、部屋で一人のわたしはうとうとすることもある。
「夢、か?」
いつのまにか眠っていたらしいわたしは、見知らぬ景色の中にいた。全部が赤く染まっていて、まるで世界が滅びたような……。
「ミカ?」
思わず振り返る。そこにはセイアがいた。
ここ、セイアの予知夢の中か。夢を介して繋がってしまったんだろうか。ただでさえ、わたしは色々知っているから。
「いや、違うな。君は私の知っているミカではない。……君は、誰だ?」
「…………わたしは、ここであなたと出会うとは思っていなかったよ、百合園セイア」
「私を知っているのか?」
「知っているかもしれないし、知らないかもしれない」
「君はこの景色についてなにか分かるのか」
「さあ。わたしもここには初めて来た」
「……そうか」
いやまあセイアのことは知らなくもないけど。というかこの景色については先生目線よりセイアの方が詳しいんじゃないか、たぶん。
「その……君は、これを見てどう感じる」
「どうって……不気味だな、とか」
「この光景を止めたいとは思わないか」
「思うよ。わたしは、こんな赤い空じゃなくて青空が好き」
「そうか。……私はこの光景が現実のものとならないようにしたいんだ」
「そう。……わたしも、未来を変えたいから」
「……っ!」
「お互い頑張ろう」
ボロを出さないように格好つけて立ち去ったはいいけどどこに行こう。目覚められれば早いんだけど。
……ミカ、早くわたしを起こして。
そう言えば、ミカ以外の他人と部屋を出ずに話すのは初めてかも。まあここを部屋というのは違う気がするが。
◇
「あの時の君、本当にこう……クールな美少女って感じだったな……。あまりにも雰囲気が違うからミカと同一人物ではないと即判断せざるを得なかったよ」
「期待を裏切って悪かったね、実は中身がこんなので」
「いや今の君も面白くて好きだよ私は」
「……そう。なんにせよ、未来を、運命を、変えられてよかった」
「……ああ」