〈先生、本日の経過観察ですが少し遅刻します〉
通知が来たのでモモトークを開くと、メッセージの送り主はオトだった。
〈何かあったの?〉
〈大したことではないのですが、出がけにミカと揉めまして〉
〈そっか……仲直りできた?〉
〈問題は解決したので大丈夫です〉
EP.01【新しい制服】
「遅れて申し訳ございません」
約束の時間をちょっと過ぎて現れたオトは、オフィスに入って先生の姿を目にするなり頭を下げた。
「大丈夫、気にしてないよ。それよりも、その制服、すごくよく似合ってる」
「そう、ですか。ありがとうございます」
オトは頬を染め、嬉しそうに一瞬微笑んだ。
真新しい制服は、トリニティの基本の制服をベースにところどころアレンジがしてあった。
制服のスカートの内側には白いレースがこれでもかと足されて、まるでドレスのスカートのようになっている。胸の黄色いリボンにもレースがついており、音符と星の刺繍が施されていた。どうやら袖口にも同じような刺繍が施されているようだ。足元はリボンの付いた黒いローファーで、ミカと同じように白いタイツを履いていた。
そして翼は、左側だけこれでもかと音符や星のチャームなどで飾り付けられていた。
「ところで、どうしてミカと揉めちゃったの?」
オトは少し答えづらそうにして、「その、今日着ていく服装のことで……」と話し始めた。
「わたしは本当は私服で出ようと思っていたんです。なのにミカが家を出る直前になって『あ! オトってば制服着ていかないの? せっかく二人でアレンジしたのにー』なんて言い出すから……」
「そっか、二人でこのデザインに決めたんだね。着てきてくれてありがとう」
「まあ先生がお気に召したのなら、着てきた甲斐がありました」
それからオトを机の前まで案内して、コーヒーを淹れるから座るように言った。
「あ、コーヒー飲める? 紅茶の方がよかったかな」
「どちらでも構わないです。……じゃなくて! 先生にそんなことさせられません、わたしがやります」
「いや、ぜひ私にやらせてほしいな」
「ですが」
「どうしてもオトにコーヒーを淹れたいんだ」
「……そこまで言うなら。……ありがとうございます」
コーヒーを片手に、オトと向き合う。
「学園生活はどう? 困っていることとかない?」
「今のところ特には。ナギサちゃんとセイアちゃんが気にかけてくれていますし」
「ナギサとセイアとも仲良くなれたようでよかった。……今の生活、楽しい?」
「その……友達と一緒に制服を着て、学校に通って授業を受けて、放課後お喋りして……。そんななんてことのない日常は、これまでわたしは得られないものだと思ってきましたが……すごく、楽しいです」
「それならよかった。なにか困ったことがあったら、すぐ私に連絡してね」
「……はい」
オトは頷いて、コーヒーを一口啜った。
「その、経過観察って……こうやってただ話をするだけでいいんですか?」
「うん。定期的にシャーレに面談に来てくれたらそれでいいよ。面談も先生の大事な仕事だから」
「なるほど。……先生がそれでいいとおっしゃるなら」
そう言ったきり黙ってしまったオトとしばらくコーヒーを飲んでいたが、ふと制服が目に留まった。
「そういえば、そのリボンと袖の刺繍すごいね。お店でやってもらったの?」
「いえ、自分でやりました」
「えっ、すごい! 裁縫上手なんだね」
「それほどでも。時間があったのでやっていたらいつのまにかできるようになってました。……昔はミカが服をうっかり破いちゃうことがたまにあったので、その度繕っていたんですよね」
「なるほど」
「先生もいかがですか? ボタンとか取れた時にさっと付けられると便利ですよ。ネクタイやハンカチに好きな柄の刺繍を入れるとテンションも上がりますし」
「そうだね……練習してみようかな」
……そうしてオトと裁縫の話で盛り上がった。
オトのことが少しだけ分かったかもしれない。
〈先生、今日はありがとうございました。また会える日を楽しみにしています〉
◇
〈先生、今お時間よろしいですか?〉
〈大丈夫だよ〉
〈少し困ったことが起きまして……〉
〈どこにいるの? すぐ向かうね〉
〈はい。……ありがとうございます〉
EP.02【なくしたもの】
「あ、先生。……ご足労ありがとうございます」
「気にしないで、大事なお姫様のためだから」
気まずげだった表情が一転真っ赤に染まり、「あんまりからかわないでください!」と叫ばれた。
「それで、いったい何があったの?」
「その……色々あって教科書を紛失してしまい……先生なら余った教科書を持ってないかな、と。もしくは売っているお店を知っていないかと思い……。全部、ナギサちゃんたちから渡されたのでどこで買っていいのか分からなくて。ミカも分からないらしいですし……」
「ミカの教科書は?」
「範囲が違うんですよね。わたし、一年生の範囲から習っているので。あいにく家から去年のミカの教科書を見つけられなくて……どうやら処分してしまったみたいで」
「どうして失くしたの?」
しばらくオトは黙って、それから話し始めた。
「……その、わたしの教科書、どうやら誰かに盗まれて捨てられたらしくて……。気づいた時にはもうゴミ箱の中で回収もできなくて。……油断してました」
俯いたオトがぽつぽつこぼす。涙こそ見せないものの、声色からは悔しさと悲しみが滲み出していた。
「誰がやったかは大体目星が付いていたんですが……その子たちと直接話す前に、ミカが『お話』しにいってしまって……それ以降学校に来ていないので、もうその子たちがどうなったのかもよく分からないんですよね……」
そうオトが続けた。その顔には困惑が浮かんでいた。その表情を見て思わずこちらも困惑してしまう。
え、『お話』って何。ミカは何したの……。
「……一緒に教科書、買いに行こうか」
「……はい。ありがとうございます」
ショッピングモールの書店で買い物を済ませた。
せっかくなので他の店も見てみようと、二人でモール内を歩いていると、楽器店の前でオトが足を止めた。
「……あ、楽器……」
「気になるの?」
「はい。楽器はなんでも好きですから。……せっかくこうしていられるんだから、わたしの楽器、欲しいなぁ……」
どうやらなにかミカと心の中で話し合ったらしく、オトはしばらく目を閉じたあとに、なにか決意したような表情で顔をあげた。
「先生、おすすめのアルバイトとかないですか? ……ミカのお金じゃなくて、自力で稼いだお金で買いたいんです」
……オトにいくつかよさげなアルバイトを紹介した。
◇
〈先生、シャーレのオフィスの中って、少し騒がしくしても大丈夫でしょうか?〉
〈大丈夫だと思うよ、あんまりうるさくなければ〉
〈それなら……次の経過観察、楽しみにしててくださいね!〉
EP.03【奏でるオト】
その日シャーレにやってきたオトは、何か変わったケースを背負っていた。
「それ、なんのケース? 銃じゃないよね?」
「トランペットです! お金が貯まったのでようやく買えたんです!」
「そっか……! よかったね!」
「それで今日は、お世話になっている先生のために、ミニコンサートを開こうと思いまして」
「いいの?」
「先生のためだけの演奏なんですから、ちゃーんと受け取ってくださいね、わたしの音!」
オトはトランペットをケースから出して、胸の辺りで持って口を開いた。青空の窓を背に、満面の笑顔で立つ姿はなんだかすごく様になっていて、思わず見惚れていた。
「それでは、お世話になっている先生のために。わたしのコンサート、始めます。……じゃあ、まず一曲目。ミカと一緒に作曲した、先生をイメージした曲です。それでは、お聴きください」
……オトの演奏を堪能した。終始楽しそうに吹いていて、本当に音楽が好きなことが伝わってきた。何曲か吹き、オトが一礼した。
「……お聴きくださりありがとうございました。これにて、コンサートはおしまい……」
「アンコール! アンコール!」
「……もう、仕方ないですね。アンコール、ありがとうございます。アンコールにお応えして……」
〈……わたしの演奏、どうでしたか? 聴き苦しくなかったですか?〉
〈すごく素敵な演奏だった! また聴かせてね!〉
〈それならよかったです。……もしリクエストがあったら受け付けますよ。考えといてくださいね〉
お話 ※メモロビ風の雰囲気を壊したくない方は逃げてください
「あっ、そこのあなたたち、今時間いいかな? ちょっとついてきてほしいところがあるの。……えっ、忙しい? そんなまさか。あなたたち、今暇だよね。……私の呼び出し、断るの? ……うん、それじゃあ行こうか」
「ちょっとびっくりしちゃったかな? あんまり見ないよね、何もかもぜーんぶ白い部屋なんて。私はちょっと落ち着くけど。……なんでこの部屋に呼ばれたか? 心当たり、本当にない? そう。あ、ロールケーキ食べる? あいにく紅茶はないんだけど。……遠慮しないでたくさん食べて!」
「あはは、もう食べられない? まだいけるでしょ。……ところであなたたち、とある生徒の教科書をゴミ箱に捨てたって本当? 言い訳は聞きたくないかな。……ふーん、本当なんだ。そっかー」
「他人の物を壊したらいけません、って習わなかった? あ、もしかして教えてくれる人がいなかったの? ……可哀想だね。じゃあ私が教えてあげる! 他人の物を壊したらダメなんだよ。それは悪いことで、悪いことをしたらちゃんと謝らないといけないんだよ」
「あなたたち、謝った? 謝ってるわけないか、そうだよね。……え、相手は大罪人だから良かれと思って? 私のために? ……じゃあ聞くけど、その人は直接あなたに何かした? そうだよね、あなたたちは何もされてない。……百歩譲って復讐の権利を持つのは当事者だけじゃないかな。私はそんなこと、欠片たりとも望んでないけどね」
「……話は変わるけど、オトってすごい可愛いんだよ。必死に悪ぶって、なんだかんだ不器用で。もうすっかり大好きになっちゃった。……それでさ、私のために復讐したって言い分が通るのなら、私だって大好きな人のために復讐して構わないよね。……あ、認めるの? 教科書を捨てたのは自分たちの欲のためかぁ、そっか」
「ところでさ、この席を設けたのが私一人だと本気で思ってる? あはは、ティーパーティー三人に睨まれたら出世なんて無理じゃない? ましてや次期ティーパーティー? 無理無理。……あなたたち、この学園で生きるの向いてないよ」
「許して? それを決めるのは私じゃないなぁ。でも私だったら、例え謝罪のためであってもあなたたちの顔なんて二度と見たくないかな。学校をゆっくり休んで考えてみたらどう?」
全てミカの独断だしこの間オトはすやすや寝てます。嘘は言ってない。