青い空、白い砂浜に燦々と照りつける日光、そしてどこまでも広がる青い海。わたしたちは、ついにホテルのビーチに辿り着いた。
真新しい水着に身を包み、ビーチサンダルを履いて、SPF50+の日焼け止めをこれでもかと塗りたくる。潮風はわたしのポニーテールを揺らすが、熱風なので実質ドライヤーだ。
ナギサなんかつば広の帽子とサングラスを付けているし、セイアはサンダルを脱ぎ捨てて波打ち際でおそるおそるつま先で波に触れてはひゃあと小さな悲鳴をあげている。
「ひえー、あっつい」
「夏に外に出ているんだから仕方がない」
「早くパラソル立てましょう、日陰が欲しいです」
「わたしやろうか?」
「じゃあ支柱立てをお願いできますか?」
「任せてー。……よいしょっと」
元がミカの体だから力仕事もお手のものだ。パラソルの下に長椅子と小さな机を置いて、用意してもらったトロピカルジュースを飲む。ミカと時々交代しながらジュースを飲み終わると、セイアが口を開いた。
「それにしても、まさかこんな風にバカンスに来る事になるとは思ってもみなかったよ。ミカの選んだホテルは本当に良いホテルだし、この通りビーチは貸切状態だ」
「遊び道具も色々と貸していただけるということで……ありがたいですね」
「そうだね」
わたしたち三人の姿を見た途端、ビーチから人の姿が消えてしまった。申し訳ないような、気にしなくていいのにというか。そもそもわたしはティーパーティーじゃないし。
それはさておき、ビーチで遊ぶ許可をもらって色々と用意してあるのだ。用意してくれたのはミカだけど。
「なんか話したそうだからミカに代わるね」
「分かった」
「はい」
「はーい! ビーチに着いたところで三人とも遊ぶ用意はいい? それでは第一回、ドキドキ☆スイカ割り大会を開催します!」
「わーわーやんややんや」
「どんどんぱふぱふ」
「ひゅー」
ナギサとセイアもなんだかんだノリがいい。わたしあなたたちのそういうところ好きだよ。
スーパーで用意した大玉スイカをレジャーシートの上に広げて、目隠しと棒を用意。じゃんけんで順番を決めると、セイア、ミカ&わたし、ナギサの順番でやることになった。
セイアが棒を杖代わりにぐるぐる十回転。見当違いの方向へ歩き出すものだから転ばないか見てるこっちが心配だった。
「あれ、ここは砂浜……ということは端に来てしまったか」
「180度転換して直進して!」
「あぁ……っ、もっと右です!」
「左だよっ、ナギちゃんに惑わされないで☆」
「何言ってるんですか!」
「そこだ! 棒を振り下ろして!」
ふにゃふにゃした立ち姿から振り下ろされた棒はなんとかスイカに命中。控えめにヒビが入ったので追加で何回か叩いてもらって、いくつかのカケラに割れたスイカをみんなで食べる。
「んー、スイカ美味しい」
「そうだね、さっぱりする」
「いや疲れたな。だからこそスイカが美味しいのかもしれないが」
「スイカに塩をかけると美味しい、というのは本当なのでしょうか」
「塩のしょっぱさでスイカの甘さが強調されるらしいが」
「試してみる? 幸いそこに海があるし」
「海水で試せと言ってます?」
「流石に冗談だよ。ね、ミカ。……ミカ? まさか本気で言ったの!?」
「ごめんってば」
なんやかんやあってわたしとミカの番になった。目隠しをして十回転、全然目が回らないから追加でもう五十回くらい回ってようやく自分がどっちを向いているか分からなくなった。
「こういうのオトのほうが得意でしょ?」
「それはそうだけど、敵意のある人を察知するのとスイカの位置を察知するのは別だと思うよ?」
「そのまま45度右を向いていただいて、そのまままっすぐです!」
「若干進行方向が違うから、その向きで一歩左にズレられるかな?」
二人の指示を頼りに進む。足元のビニールシートから伝わる感触が変わった。近いな。
ここだ! と棒を思いっきり振り下ろす。
────会心の感覚。
「あ」
「なんてこった……」
やっちまった。棒が思いっきり折れた感触がする。目隠しを外すと、そこには何も残っていなかった。つまり、スイカはかけらも残っていない。
正確に言えば、粉々になった。
千八百に散らばった……というのは冗談にしても、粉々になって散らばってしまったらしい。スイカだったと思しき赤い果汁と、あちこちに散らばる種だけがそこにスイカがあったことの証明だった。
「あっ……はははっ……まさかこんなことが……スイカが……スイカがパァンって……」
「いや笑い事では……笑ったほうがいいんですかコレ」
「またつまらぬものを切ってしまった」
「切ってないですよね! 粉砕してますよね!」
「ひぃっ……あはははははっ」
ミカの会心ナメてたわ、まさかスイカが粉々になるなんて。ごめんスイカ、でも食べようにももう残ってないんだ。
「全くオトってば、力加減しないとダメでしょ?」
「返す言葉もございません」
ミカが素人は黙っとれ顔で言う。ミカだってテンション上がれば多分スイカ粉砕くらいはするでしょ? ……そうでしょ?
「もう……棒も折れてしまいましたし、残ったスイカは普通に食べましょうか」
「さんせーい」
「そうしよう」
「……はーい」
残ったスイカは普通に食べた。塩もかけてみた。美味しかった。
◇
「足元の波が動く感覚、気持ち悪くない?」
「あー……分からないでもないですね」
「こうしていると、海に引き込まれそうだからな……」
「セイアちゃんは本当に気をつけてね?」
「うん、そのために浮き輪を持ってきたのだし」
準備運動をして海に入る。浮き輪をつけてぷかぷか浮かんでいるセイアに、おっかなびっくり立ち泳ぎしているナギサ。わたしは……よし。
「どこまで泳げるかやってみる」
「気をつけてくださいね」
「うん」
泳いで泳いで……二人の姿がすっかり見えなくなって、ビーチの端を示すロープに差し当たってしまったので引き返す。泳いでいる最中にミカに交代したらさすがに危ないからやらなかった。だからずっと脳内でポツポツと会話していた。
「泳ぐの楽しい?」
「うん」
「もっと遠くまで行ければよかったんだけど」
「まああんまり遠くに行くと二人が心配しちゃうから。ここら辺で帰ろう」
「……そうだね、帰ろう」
いつの間にかナギサの下まで戻ってきた。セイアは砂浜で何やら山を作っている。
「端まで行ってきたよ」
「おかえりなさい。ずいぶん遠くまで行きましたね……ちょっと心配したんですよ?」
「ごめん。ちゃんと戻ってきたから許して」
「はい」
「おーい! せっかくだし砂山を作らないか」
「お城にしよう? 誰が一番すごいの作れるか勝負ね☆」
「ふふ……砂浜に行きましょうか」
「うん」
黙々と城を作る。大聖堂的な大きい城を作るナギサと、小さなトリニティを作るセイアと、奇をてらって百鬼夜行的な天守閣を作るわたし。時折手を出しては他の子に怒られてしゅんとして帰ってくるミカ。
結果としては満場一致でセイアのミニチュアトリニティが優勝となった。やっぱりみんな自分の学校が好きなんだなって。セイアのアイデアの勝利だった。そうしてみんなで砂のトリニティをどんどん広げて精密にしていった。
なにぶん我らがトリニティ総合学園の敷地は広いもので結構時間がかかったが、だいぶ満足のいくクオリティに仕上がった。
「ナギサちゃん、ちょっとこっち来て」
「はい、今行きますね」
「ここに立っててね」
「はい」
「よーしセイアちゃん、掘るぞー!」
「よしきた」
「なっ……!」
「動かないでね、動いたらこのミニチュアトリニティが崩れることになるよ」
「くっ……卑劣な……」
それからナギサを砂浜に埋めたり、ココナッツジュースを飲んでみたりしてあっという間に日が暮れた。
すっかり体力を使ってから、夕飯はバーベキュー。ホテルの人が用意してくれた材料を串に刺してはバーベキュー場でどんどん焼いていく。意外とみんなお腹が空いていたのか、肉も野菜も綺麗に食べ切った。
肉と野菜を切るために、最初は拙い手つきで包丁を扱っていたナギサとセイアだが、慣れてからは普通に扱えるようになっていた。
……ミカにもやらせればよかった。うっかり癖で全部わたしがやってしまったが、ミカも少しは包丁を扱う経験をしたほうがいい。そう思ったのが伝わっていたのか不満げな顔のミカに、次やるときは練習しようねと言い聞かせた。
広いお風呂で汗を流して、三人で同じ部屋で眠る。ベッドじゃなくて布団で寝るのは久々だ。三人の布団をぎゅっと近づけて、ひそひそ声でいろんな話をした。これまでの話、これからの話。
「二人とも、先生のこと……どう思ってる?」
「内緒、だ。ただ先生は予知夢の共有者でもあったから……いや、やはりなんでもない」
「私は……尊敬できる方、でしょうか。私に、人を信じるということを思い出させてくれた方……恩人と言ってもいいかもしれませんね」
「ふむふむ。私はね、王子様。……なんちゃって。オトのことを……ついでに私のことを颯爽と救ってくれたから。それに、先生ってば私たちのこと……やっぱり内緒☆」
「もう、そこで止めないでくださいよ。……オトさんは?」
「わたし?」
「ほらみんな気になっているじゃないか。素直になりたまえよ。ここでの話は女子同士の秘密の話、だろう?」
「うぅ……その、感謝は、してて。好感持てるし……。助けてくれたし、最善を引き寄せてくれたし。今のところ成功している先生でよかった、ってこんな話はどうでもよくて……。その、わたしが勝手に思ってるだけだけど、うぅんと……わたしがあの位置にいなくてよかった、先生が先生でよかった、なんて。……やっぱり忘れて」
夜は長い。休暇はゆっくりと過ぎていく。
◇
流しそうめんをしたり先生がアイスを差し入れにきたりして、そしてあっという間にお祭り当日の夕方になった。
わたし達は揃って屋台に来ていた。あちこちからソースのいい匂いがする。三人とも浴衣のレンタルサービスを利用して浴衣姿だ。我ながら水色にピンクの花の浴衣は似合っていると思う。着付けまでホテルの従業員さんがやってくれて助かった。
「よしオト、かき氷行こう!」
「オッケー。セイアちゃんとナギサちゃんも行かない?」
「ご一緒しますよ」
「もちろんだ」
練乳かけ放題。かき氷のシロップって全部同じ味って聞いたことあるけど実際どうなんだろう。
「わたしイチゴ!」
「では私はレモンにしよう」
「私はブルーハワイでお願いします」
「練乳いっぱいかけてください!」
受け取ったかき氷はさすがに暑いせいでどんどん溶けていく。
「急いで食べよ」
「うっ、頭が……」
「大丈夫ですか?」
「あっ、ねえねえナギちゃん一口分けて?」
「構いませんが……、はい、あーん」
「あむっ。……うん、ちょっと見てー」
ミカが舌をべっと出す。
「紫じゃない?」
「ふふっ、そうですね」
わたしも気になるなあと思っていたら手鏡で視界に入れてくれた。わたしもミカも謎にテンションが上がってしまう。
「ナギちゃんも舌出して見せてよ」
「いやです」
「照れないでよ」
射的はさすがに自重して、ヨーヨーを釣ってみたり型抜きをしてみたり、リンゴ飴を齧ったりした。イカ焼きを頬張り焼きそばを食べ、わたしたちは金魚すくいの前にやってきた。
「金魚かー」
「私は遠慮しておきますね」
「私も急に世話できなくなると困るから」
「じゃあ私たちでやってみる?」
「そうだね」
店主にお金を渡して、プールの前でしゃがみ込む。
「どの子にしよっか」
「うーん……あの子は?」
指さしたのは白黒混じった金魚。なんだか元気がよさげで、他の金魚に遠巻きにされている。
「うん、あの子にしよう」
白黒の金魚をどうにかこうにかすくって、袋に入れて持ち帰ることになった。
「じゃあこの子の名前はパンダちゃんね!」
「うーん、いや、別にいいと思うよ? ……オトがそれでいいなら」
金魚をいつまでも袋に入れておくわけにもいかず、わたしたちは一度ホテルに戻って従業員さんの用意してくれた水槽にパンダちゃんを移すことになった。しかもどうやら家まで送ってくれるサービスがあるらしい、本当に手厚い。
そのまま、花火の開始を部屋で待つことにした。そもそも花火がよく見えると評判のホテルなので、元々そうするつもりだったのだ。
そして花火が始まった。
「たーまやー」
「かぎやー……でしたっけ」
「まあ本当はこの花火を上げている花火屋の屋号を読んだほうがいいらしいが……分からないしなんにも言うまい」
夜空に打ち上がる色とりどりの花火は本当に綺麗で、見にこられてよかったと本気で思った。なんとも言えないしみじみとした感じを心の中で噛み締めていると、ミカがわたしだけに語りかけてきた。
「どう? 夏、楽しい?」
「うん。すごく……すごく楽しいよ。ありがとう、ミカ」
「えへへ、それならよかった。……本当に、よかったぁ……」
打ち上がる花火と花火を見るセイアとナギサの横顔、そしてミカの泣きそうな笑顔が強く印象に残っている。