「……桐藤ナギサ、かぁ」
「うん、すっごくマジメな子でね! その……きっと、お友達になれると思うの。オトは……どう思う?」
「……うん。うん、すっごくいいと思う」
「ほんと!?」
「ナギサのこと、大事にしてあげてね」
「もちろんだよ!」
こちらを窺うような表情だったミカが、ぱぁっと花が咲くような笑みを浮かべた。
別に友達を作るのにわたしの許可なんていらないと思うんだけどな。わたしが最初の『お友達』だからか、ミカは人間関係を広げる時にまずわたしに尋ねるようになっていた。これはミカなりにわたしとの関係を大事にしてくれていると自惚れていいんだろうか。
それから数日、気づいたらミカはナギサのことをナギちゃんと呼ぶようになっていた。
「それでね、ナギちゃんが……」
「うん」
そこまで言いかけて動きを止めたミカが、言い出しづらそうに言葉を絞り出した。
「……あのさ、オト」
「どうしたの?」
「ナギちゃんに、オトのことを紹介したらダメかなぁ」
「わたしを?」
「あのね、ナギちゃんとオトも絶対仲良くなれると思うんだ。ナギちゃんも最初はビックリするかもだけど、きっと受け入れてくれるよ」
必死さを滲ませながらミカは言った。
わたし……聖園ミカの肉体に宿るもう一人の人格について、誰かに打ち明けたことはまだない。それはただでさえ排斥されやすい力を持つミカのことを守るためでもあるし、ブルーアーカイブにいなかった『オト』が明るみに出てしまうと物語にどんな歪みが生じるか分からないからでもある。
桐藤ナギサにわたしの存在を知らせてもいいのだろうか。ブルーアーカイブはそれで歪まないだろうか。
いや、きっとだめだ。
わたしは、オトは理解されてはいけない。そうじゃなきゃ、同情されたら、友情を抱かれたら、魔女になれない。聖園ミカの体を乗っ取って悪事をはたらく、罵倒されて当然の魔女。
わたしはそうなる予定なんだから。
それにうっかりバタフライ・エフェクトでも生じてミカになにかあったらと思うと耐えられない。
「ごめんね、ミカ」
「…………だめなの?」
「うん。ナギサに会ってみたいとはわたしも思ってる。だけど、そのせいでミカになにかあったらって考えると……」
「そっか……」
「あのね、ミカ」
「……なぁに?」
「わたしのことは内緒にしてほしい。ミカとわたしだけの秘密。約束、できる?」
「どうして?」
「ミカと同じようになってる人……心の中にもう一人いる人の話、他に聞いたことある?」
「……ないかも」
「わたしの存在が……こうなっているミカが、ものすごく珍しいことは分かる?」
「うん」
「珍しいものは……大切なものは、隠しておいたほうがいい。わたしはそう思ってる」
「そう、なんだ……。私もオトが大切。……それならオトは私が隠しておかないと。……うん、分かった。約束しよ? オトのことは、私とオトの秘密」
「うん、約束」
そう。大切なものは隠しておかなきゃいけない。
「ところでミカ」
「なぁに? オト」
「どうしてナギサはナギちゃんでわたしはオトなの? いや、ちょっと疑問に思っただけなんだけど」
「えー、なんか今更オトにちゃん付けするのもなんだかなぁ」
「せっかくだし呼んでみてよ」
「オトちゃん?」
「うん、なんかしっくりこないね。やっぱり呼び捨てでいいや」
「もう、なんなのオトちゃんってば」
「オトでいいって」
「オトちゃん」
「はぁ……ごめんって。ナギサに会わせられないのも、わたしの呼び方を突っついたのも」
「別に気にしてないよ、オトちゃん」
「思いっきり気にしてるでしょ」
◇
そんな桐藤ナギサとわたしが話すことなんてあるのだろうかと思っていたが、その機会はまあ、当然のように訪れた。首尾よく投獄されたわたしの牢の前にナギサが立っている。そりゃ色々聞きたいよね。さーて、うまいこと騙せるかな。
「あなたがミカさんの体を……」
「ええ、そうですが。何か質問でも? 桐藤ナギサさん」
「どこから……あなたはどこからミカさんと入れ替わっていたのですか?」
「どこからと言われても。聖園ミカの、アリウスと仲良くしたいという願いは全てを台無しにするのにちょうどよかった……とでも言えばいいですか?」
「ではあなたはミカさんの願いを利用していたと……!」
「そうですね。そもそもわたしは聖園ミカが眠っている時しか出てこられない存在でしたから。それが最近ずっとこの体を使えるようになったので……あ、そうでした。百合園セイアが死んだと聞いてからでしたっけ、聖園ミカがこの体を手放したのは」
「そこからのミカさんは全てあなただったんですか」
「うーん、少し違いますね? 百合園セイアのヘイローを破壊しろと指示したのはわたしなので」
全部嘘だ。アリウスにセイアを襲わせたのも、トリニティの裏切り者として補習授業部の前に現れようとしたのも全てミカ。わたしはミカが裏切り者として現れる、その直前に部屋を出て鍵をかけた。
ナギサは小刻みに震えながら何も言えない様子でわたしを牢の外から睨みつけていた。というかミカが投獄中にナギサが面会に来る話なんてあったっけ、記憶が曖昧だ。
ちなみにわたしが敬語なのはキャラ付けで、ミカとの差別化でもあり、ほんのり敬語系黒幕女子への憧れがあったためでもある。
「あなたは、ミカさんに体を返す気はないと」
「逆になぜ返さなくちゃならないんです? せっかくこの体を自由にできるようになったのに」
「そうですか……。あなたはオト、と名乗っていましたよね?」
「ええ」
「ではオトさん、これまであなたがミカさんの名を騙ってセイアさんを殺そうとして、トリニティの裏切り者としてアリウスと内通していたのは……エデン条約を台無しにしようとしたのは、ミカさんを取り巻く全てをめちゃくちゃにしたかったから、ということで合っていますか」
「ふふ、この体の持ち主の聖園ミカが嫌いで、それを取り巻く世界の全てが嫌いで……まあ、投獄されてしまったわけなのでお笑い種ですが」
「……私はミカさんを……あなたからミカさんを取り戻すことを諦めませんので。せいぜいそれまでその檻の中で、仮初の自由を満喫したらいかがでしょう」
ナギサはそれだけ言うと返事も聞かず颯爽と帰っていった。これはうまくいったかな?
うまくわたしにヘイトを集められたかな。わたしを憎んでミカの存在を望んでくれるなら、それ以上のことはない。
それにしても、ミカはいいお友達を持ったなぁ。