扉が粉々になった影響か、二人で同時に部屋を出ても以前より断然動けるようになっていた。相互に役割分担ができるようになったというか、欠点を補い長所を伸ばすことができるようになったというか。
ブルアカのことを知っているというわたし最大の隠し事を打ち明けることで、心の壁が多少なりとも取っ払われたのもあるかもしれない。……物理で取っ払われたせいかもしれないが。
それにわたしがちょっとだけ、ミカに対する見方を変えたのもあるのだろう。
これまでのわたしは今目の前にいるミカに、そのつもりがなくてもブルーアーカイブのミカを重ねて見ていたから。
ミカはきっと、ブルアカのエデン条約編どおりの状況になったら苦しんで、ほとんど全てのものをなくして辛い思いをするのだろうと思っていた。
そんな思いをさせるのは、絶対に嫌だった。今も嫌だけど。百歩譲ってティーパーティーと補習授業部あたりにはミカを責める権利があったかもしれない。だけどそれ以外は過剰だと……あれは酷すぎだと思う。
ミカにそんな思いをさせたくなかった。だからわたしがかわりになろうと思った。ミカがブルアカで受けていた痛みも苦しみも、わたしが肩代わりすればミカは苦しまないで済むし、ブルアカから大幅に逸れることもない。
でもそれは違った。ミカは確かに傷つけられたら苦しむし、辛い思いもするかもしれない。
だけどミカにはずっと昔からわたしがいた。
辛いことも苦しいことも、全部わたしと一緒に分けあってきた。だからミカは、わたしがいれば大丈夫だという。わたしはそれを聞いて、なんというか納得してしまったのだ。
そりゃ、憑依してるわたしがいるのにミカがブルアカどおりなわけがない。
わたしのミカは、ブルアカのミカと違ってどろどろにわたしに依存しているから。自立を促す先生ではなくて、居たのはわたしだったから。
……わたしも、ミカなしでは生きられないし。
だから、共依存してわたしとお互いにもたれ合っているミカが、ブルアカのミカよりある意味メンタルが強くなっていても驚かない。
ミカ的には、きっとわたしはブルアカの大筋を壊さない程度にミカの負担を軽くして、それでも受けてしまった痛みや苦しみは今まで通りミカと分けあえばそれでよかったのだ。
やったことに後悔はないけれど。
ミカがあそこまでわたしがいなくなるのを嫌がるなら、最後に退場してハッピーエンド、なんてことにはならなかっただろうな。
……でも、ミカがあそこまでわたしがいなくなることを嫌がってくれたのは、少し嬉しかったり。
片手にサブマシンガン、ときおり拳銃。だいぶ珍妙なことになっている自覚はある。
わたしが狙いを定めてミカが撃つ。視界の外の敵からの攻撃も、わたしが察知してミカが避ける。ミカが被弾したらわたしが回復。さながらアタック担当ミカ、サポート担当わたし。
……なんというか、役割分担とは言ったものの二人の意識はどろどろに混じり合っている。言葉に出さなくても言いたいことや感情が伝わってくるぐらいには。
なんだかミカに全身を包まれているようで、安心するような気恥ずかしいような感じだ。
たぶん一人で戦い抜いたブルーアーカイブのミカよりも、ボロボロ具合は薄いんじゃないだろうか。さすがにバルバラを倒すことはできなかったが、こっちが優位な持久戦になっているのでもっと時間があればたぶん倒せた。
とにかく夜が明けた。それはつまりそろそろ先生が来るということで、あの言葉を発してくれることをわたしは密かに期待していた。
「どうしたのオト、なんだかわくわくしてるね? う、なんでもない……ちょっと疲れたから、一旦部屋に戻っていいかな? えー、もう少し頑張ろうよー……」
「遅くなってごめんね」
「わぁ、先生! わたし部屋に戻るね! だめです」
わたしはお邪魔だろうと急いで部屋に帰ろうとしたら、ミカに肩を掴まれて引き止められた。これは比喩であり、わたしがそう感じたというだけだが。
ここにいるのが純粋なミカじゃない以上例のセリフは聞けないかもしれない。というかわたしお姫様って柄じゃない。
「ミカ、オト、助けにきたよ……ピンチってほどではないかもしれないけど」
「いえ、そんなことは。先生が来てくれて助かったよー☆」
先生との話に意識が向いた隙を逃さず、バルバラの攻撃は激しさを増した。うっかり回避し損なって、「痛っ」と声が漏れる。
「……私の大切な……」
溢れんばかりの期待感から思わず戦いの手を止めて、大人のカードを取り出した先生の方に意識を向ける。
「ふたりのお姫様に何してるの!!」
ふたり? 今ふたりのお姫様って言った?
……もしかして、わたしも含まれてる?
「「……わーお」」
思わずわたしも「わーお」って言っちゃったよ……ミカはともかくこの可愛げのない態度もなってない嘘つきによくお姫様とか言えるね、先生……。さすがだよ、これは確かに先生に落ちざるを得ない。
◇
そうしてバルバラが倒されて、わたしたちはティーパーティーの二人と再会した。わたしとミカが混じり合ったような姿に、二人は困惑しているようだった。
無理もない。ヘイローは紫の星の周りを白と黒の小さな星が回っているような形態になっていて、口を開けば二人が同時に話しているような喋り方をして、銃を3丁も下げてるなんて不審者もいいところだ。
「二人に謝るなら、わたし引っ込んでようか?」
「……うん、お願い」
そうしてミカが二人の前に立った。
「やっほー、久しぶりだね、二人とも……」
「ミカさん、なんですか」
「うん、正真正銘、聖園ミカだよ」
「……どうして」
ナギサがそう呟くか呟かないかのうちに、ミカは深々と頭を下げた。
「二人とも、ごめんなさい……。トリニティの裏切り者は、オトじゃなくて私。セイアちゃんの襲撃を手引きしたのも私。謝って許されるとは思わないけど、こうして頭を下げさせてください」
「ミカ、頭をあげてくれ。私は……怒っていない、とは言わない。だが、結果的に私は無事で、危機はひとまず去って……そして、失墜する筈の君の名誉は守られた。それは君の中のもう一人のお陰なのかな。……とにかく、私は君の謝罪を受け入れる。許すよ、ミカ」
「……セイアちゃん」
「あとで君の中の……オトとも話をさせてくれ」
「うん」
なんか急に槍玉にあげられたけど、まあ予想の範囲内だ。というかわたしとセイアは実は初対面というわけでもない。夢を介し未来を見るセイアと、心の中に住み未来を知るわたしは割と似た立ち位置にいる。夢の中で会いましたね、なんてまるで口説いているみたいだけど。
セイアとの和解が済んだのを見計らって、ナギサが話し始めた。
「ミカさん、どうして……どうしてあなたは……。というかいつからオトさんと入れ替わって……」
「オトが私と入れ替わったのは投獄される直前、補習授業部の前に裏切り者として現れた時。だから、オトは本当に何もしてないの。まあ嘘はついてたわけだけど」
嘘ついたのは……うん。ナギサには迷惑と心労を多大にかけた気がする。話す機会がもしあればわたしも謝ろう。
「どうして裏切ったか……っていうのはちょっと難しいね。最初は単純にアリウスと仲良くしたかっただけだった。だからアリウス自治区に忍び込んで……協力を取り付けたの」
そこでミカは言い淀んだ。
大丈夫、ミカ。わたしもいるから一緒に背負う。だから、ナギサにちゃんと話してあげて。
「……アリウスとの和解に反対していたセイアちゃんを、ちょっとした悪戯くらいのつもりで表舞台から一旦退いてもらおうって……私はアリウスにセイアちゃんを襲わせた。そうしたらセイアちゃんが死んだ、なんて聞いて私動揺しちゃって……。オトが、次に狙われるのはナギちゃんだから守ってあげてっていうから、アリウスの手綱を離さないように内通を続けつつ、アリウスを欺いてナギちゃんを保護するタイミングを伺ってた」
「そうしたら、補習授業部が私を先んじて保護した……という訳なんですね? あの時のミカさんには補習授業部が信用できるか分からなかったから、裏切り者として名乗り出て反応を確かめようとした、と」
「うん。オトが出てきて色々無茶苦茶になったけど」
「はぁ……私は、ミカさんがオトさんに乗っ取られたと聞いたとき、ものすごく心配して……。どんな手を使っても、絶対にミカさんの意識を取り戻してみせると決意していました。それがまさか、オトさんがミカさんを守るために裏切り者を騙っていたなんて」
うう、ナギサこれ結構がっつり覚悟決めてた? 今になってものすごく罪悪感が湧いてきた。今すぐ出て謝ったほうがいいかな。
「ミカさん、オトさんは何者なんですか。いつからあなたの体にいるんですか」
「オトはねー、私が生まれたときからずっと一緒にいるよ。私の初めてのお友達☆」
「そうですか……生まれた時から……。さすがにそれじゃ敵いませんね。それにしても、オトさんの話もちゃんと聞きたいところです。オトさんがこうしておらず、もしミカさんが裏切り者だと名乗り出ていれば……ミカさんは、ティーパーティーでいられるかも怪しかったところですし……それどころか……いえ、なんでもないです。起こらなかったことの想像をしてもしょうがないですから」
そこでナギサは紅茶を飲み、一息ついた。ミカはそんなナギサと、シマエナガと戯れていたセイアに視線をやっては気まずげに笑った。
「……図々しいのは分かってる。それでも、ナギちゃんとセイアちゃんにお願いがあるんだけど……本当のことをみんなに打ち明けたらだめかな」
「それはつまり、ミカさんが本当のトリニティの裏切り者で、オトさんが言っていたことは事実無根だと、そう発表しろと言っているのですか」
「うん」
「それは無理だな、ミカ。そうする利が無い」
「これから、オトさんが主体となって行動するつもりなのですか?」
「オトのことは内緒にしてきたけど、たぶんもうその意味もないから私はそれでもいい」
「いえ、わたしは堂々と表に出るつもりはないので、どうかそのままで」
「だ、そうだが……」
「それならば、私も反対です。ミカさん、表立っての経歴がないオトさんと違いあなたはティーパーティー。あなたが裏切り者だと公表するとどうなるかわかりますか」
「えぇー……オトに対する誤解が解けるってわけでもなさそうだね……?」
「あなたの下のパテル分派の権威が失墜します。そうなると、鬱憤の捌け口はあなたに向かう。……いえ、あなただけでなくオトさんにも、きっと。そしてひいてはティーパーティーの権威すら失墜するかもしれません」
「……えぇ……」
ね、ミカ。ここはわたしの我儘を聞いてくれないかな。わたしだって、ミカがいれば大丈夫。というか望んでこの状況になったんだから、ミカがわたしの悪口を気にする必要はないんだよ? だから、ミカが裏切ろうとしたことはここだけの内緒にしちゃおう?
「うー……分かった。あ、でも、オトの悪口を言ってる人を見かけたらそんなことないよって言うのはだめかな?」
「……真実を明かさないのであれば」
「分かった☆」
「若干心配だが、まあそれくらいなら構わないだろう。さて、積もる話もあることだが我々はそろそろトリニティに帰るべきじゃないか」
「そうですね、少々長居しすぎたかもしれません」
「じゃあ帰ろうか、トリニティへ!」
◇
病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも。
共に過ごし、愛を持って互いに支え合うことを誓いますか?
はい、誓います。
◇
「えーっと……こんにちは?」
「聖園オトです。本日をもってシャーレ所属になりました。色々、ご迷惑をおかけしましたが……これから、ミカともどもよろしくお願いします」
◇
「ねえミカ、わたし、ミカのこと好きだよ」
「うん、知ってるよ? 私もオトのこと、好き」
「……ミカのこと、魔女って呼ばせたくなかったの」
「うん。私もオトのこと魔女って呼ばせたくないよ? オトは魔女というよりお姫様だし」
「お姫様なのはミカのほうでしょ」
「オトもお姫様だよ」
「…………うん」
「大好きだよ、私のお姫様」
「わたしのほうが大好きだよ、わたしのお姫様」
「これからもずっと一緒にいようね」
「うん」
ミカの唇が、わたしの唇とそっと触れ合った。
これにて本編完結です。
ここで後書きを長々と書かせていただきます。
これまでは読み専で、小説投稿が初めてということもあり、読者の皆様におかれましては色々納得のいかない点や解釈違い、読みづらい点などもあったかと思います。
それでもここまで読んでくださった皆様に、心から感謝しています。
また、感想・評価・お気に入りしてくださった皆さまも、本当にありがとうございました。頂いた感想は全て目を通して、画面の前でニヤニヤしておりました。とても励みになっており、なんとか完結まで漕ぎ着けられました。
今後も番外編として不定期に更新は続けていきますので、引き続き応援していただけると幸いです。また、Twitter(@oto_siana)にて更新を通知しています。
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ミカは扉を壊さなかった。うまいことサオリからヘイローを破壊する爆弾を手に入れたオトは……
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